擬似恋愛提案。
「押忍!スーリア」
朝、ベバリービルズの北出口から出たら、シンが空中バイクに乗って現れた。
「シン!どうしたの?朝っぱらから暴走族?」
「いーからいーから。後ろに乗りなさい」
シンは、立ち乗り空中バイクの後ろの空席を指差す。スーリアは、その空中に浮いた車体の上に乗り込む。
「しっかりつかまってろよ」
シンの手が、スーリアの両腕を自分の腰に誘導する。車体がフワッと浮き上がった。
「お客さん、行き先は、私立ガーネシア高校ですね?」
「はあ。まあそうですね。私立ガーネシア高校で」
すると、車体は勢いよく風の上を走り出した。
「早ッ。シン免許持ってんの?安全運転で」
風に負けないように、大声で喋る。
「わかってんよ」
「てかシン、あんた交通案内って見えないんじゃないの?大丈夫?」
「あ?オレ、ゴーグルかけてんだろ。大丈夫!」
シンのかけているゴーグルがキラリと光る。交通案内の看板の色は、色覚異常の人がかけるゴーグルで判別できるようにカバーしているのだ。
あっという間に着く高校。
校門には、昨日、交際を認めたシンの言葉で納得して帰ったはずのマスコミがハッている。
「今朝はどうしてバイクで送迎なんてしてくれたの?らしくないことしてんなー」
「黙れよ。優しいオレ様が、恋人のお前をわざわざ大事に守って運んでやってんじゃねーか」
喋りながら、校門にバイクで乗り付ける。
――そういや、あたしとシンは恋人なんだから、そりゃ一緒に登校するか。否、実際は恋人でもなんでもないわけだけど。
「シンくん。スーリア」
「ん?」
マスコミのひとかたまりから、プロデューサー風のサングラスの男性が、二人の名前を呼んだ。
スーリアに名刺を差し出してくる。「雑誌アップル&シナモン・サワタリ」
「えっと…」
囲み取材が目的なら、わざわざ名刺なんてくれなくても口頭で名乗ればいいはず。どういうことなのだろう。
「スーリア、単刀直入に言うよ。君たちのデートを買わせてくれ」
「え?」
すると、面食らったスーリアの前にシンが出る。
「サワタリ。お前、嗅ぎつけるのも、計画すんのも早いな。流石、自称恋愛ジャンキーは伊達じゃねー」
「シン!この人知り合い?」
「ああ。こいつは、雑誌だけじゃなくてテレビ番組も手がける、他人の恋愛が好きな下衆なおっさんでさ。オレもこいつの手がけるテレビ番組に出てたんだよ」
「へー、シンがテレビ番組ね。バラエティタレントもやってるんだ」
「…お前、もうちょっと他人に興味持てよ。知らねーの?アップル&シナモン」
「ん。んん?アップル&シナモン!?」
スーリアはピンときた。
恋愛モニタリングバラエティ・アップル&シナモン。
それは巷の女子たちがウハウハする、ドッキドキのシェアハウス実録恋愛模様。
芸能人の10代後半から20代の男女が、同じ屋根の下で暮らすのを観察するドキュメンタリー番組なのだ。
「知ってる!何かと話題だよね。アップル&シナモン。シェアハウスの名前は、レモンハウスだっけ」
「オレ出てるオレ出てる」
「そうなの?実はあたし見てないからわかんないんだよね」
「見てねーの?お前、本当に女子高生か?」
「失礼な。ネットで話題になってるらしいよね。本当に恋愛してるのか、演技なのかって」
コホンっ。
と、スーリアとシンの会話に割り込んでくるのは、アップル&シナモンのプロデューサー・サワタリ。
「本当だよ。スーリア。若者が、甘酸っぱい真実の恋愛の果てに、実った果実のように熟した真実の愛を見つけるハウス。それがレモンハウスだよ。ね?シンくん」
「きめーなサワタリ。でも、ま、オレは素だったけどな」
と、そこでシンの自分語りが始まる。
「オレはまあ、なんつーの?演技をすりゃーそれは天才的な出来栄えになるわけだけど。オレが本気だせば、Aガーデン演技栄誉賞くらいはもらえちゃうけど。あえてレモンハウスでは演技しなかったわけ。オレのありのままの魅力っつーの?それを発揮したかったからで…」
スーリアは察した。
――シンは大根だな。確実に大根役者だな。
「ところでシン。あたしとデートした日は、シェアハウスのことなんて何にも言ってなかったじゃない?同居人たちによかったの?」
「あー、オレ、最近レモンハウス卒業したんだわ。今はシェアハウスも番組も出て、ゼロと二人暮らし」
「は?マジ!?ちょっと、そんなのあにさまから聞いてない!」
「別にお前に伝える必要ねーだろ」
「あるよ!あるある!必要ある!あたしがあにさまと二人暮らしする!」
「ウッゼーな。ゼロの名前が出た途端に騒ぎやがって。そんなにブラコンだとそのうち飽きられるぞ」
「ブラコンは余計なお世話!」
「仲良いね。君たちは」
ハッとして我に帰るスーリア。サワタリはパチンと両手を合わせている。
「その調子でさ、沢山夢のある写真におさまってみない?」
ちょっと大人な雰囲気に気圧されして、スーリアは思い出す。
「せっかくですけど、あたしがディーヴァプロジェクトで生まれた試験管ベイビーだとはご存知ですよね?あたしが恋愛模様をカメラに撮られるなんて、国家が許しません」
「じゃあ聞いてみるといいよ。君を形作るプロジェクトのお偉いさんに」
「あたしには、連絡手段がないんです」
と、スーリアが困り顔で言うと、サワタリが手渡してきたのは携帯電話。
「繋がってるよ。話してみるといい」
サワタリは得意げだ。
「もしもし…」
スーリアは恐る恐る電話の向こうに話しかけた。
シンは、訝しげにサワタリを見て言う。
「ずいぶんやることがはえーよな。アイツの差し金か?」
サワタリは大人な感じの笑顔で答える。
「さあね」
「アイツ、一緒に住んでた時から思ってたんだけど、何でやたらとオレにかまってくるのかな?」
腕を組んで考え込むシン。
「いやね。アイツだとは言ってないじゃないの」
と、なだめるようにサワタリ。
「アイツが裏で糸を引いてるような気がしてなんねーんだよ。オレとスーリアの行った、星と夜景の見える場所が世間にワレたのも、アイツが仕組んでんじゃねーか?」
「まさか。そこまでアイツがシンくんに執着するとは思えないよ。いくら同じグループでもそこまで干渉しないでしょ」
「そーか?なんか気に食わねー」
と、しらばっくれた感じのサワタリの顔を、ジーッと覗き込むシン。
さて、アイツとは誰なのだろう。
「え!?あの…」
電話中のスーリアは驚きの声をあげた。
「あの、いいんですか?あたしが男女交際しても…いえ、交際は決して不純ではないのですが。その、こんなこと許されるなんて思ってなくて…」
シンがスーリアを見ると、スーリアはいつも使わない敬語を話すだけでなく、いつになく畏まって、電話の相手に気を使っているように見えた。
「…はい?それもいいんですか?あたしが誰かと仲良くしてるのを画像にして公開しても…」
スーリアは電話片手に額の汗を拭き、シンにもの言いたげに視線を移した。
「…ええ。それは分かってます。国の実験体のあたしが、そんな無責任なことはしません」
視線を合わせるシン。
「何だよスーリア」
スーリアは苦笑して目をそらした。電話の相手に頭を下げる。
「ええ。冗談でもそんなことは有り得ないので。お約束します…では、お疲れ様です」
切れた電話をサワタリに返すスーリア。
「何話したんだよ。そのお偉いさんとやらと」
疑いの目を向けるシン。
「いや…別にいいじゃん」
「はあ?今の目は確実にオレに助けを求めてただろ!」
「いやいや、いいんだよ。シン君」
「君付けって何だよ。言え!何話した?」
「言えるかー!」
スーリアは、シンの頭に向けてハリセンチョップをかました。
――言える訳ないでしょーが!上司が…てか話したのは正確には秘書の人なんだけど、あんな風に釘刺されるなんて!
「いってーな!いきなり何すんだよ!」
「あんたバカ過ぎ!」
シンはスーリアの頭をグシャグシャにこねくり回す。
――…実験体のあたしに恋愛を許してくれた。恋愛を見世物にしてもいいって許可をくれた。でも、あんなことまで言う!?
「わっかんねーヤツだな。お前は」
シンは、一通りこねくり回すと満足したよう。そこで、始業のベルが鳴る。キーンコーン…
「やべ。ホームルームに遅れたら、ゼロに今度はオレの本当の姿晒される!ウリ坊だけでも滅茶苦茶ハズいのに!」
走り出すシンは、振り向きざまにサワタリに言う。
「後で取材の日取りとか連絡しろ。スーリア、行くぞ!」
シンの手はしっかりとスーリアの右手を掴んでいる。
「まだあたし、サワタリさんと話したいことが…」
「そんなの後にしろ。どうせオレとは付き合ってません、とでも言うつもりなんだろ?ゼロの授業に遅れるのはやべーんだよ」
――シンは、本当に無邪気に手を握ってくれる。本当に、ほんっとーに、無邪気なガキなんだから!
見送るサワタリを置き去りにして、校舎に走る二人。
あの電話の向こうで、スーリアは上司の秘書に言われていた。
「子供をつくるなんて、しないでね」
――何言ってくれてんの!?当たり前でしょ!そんなことするか!もーう!どいつもこいつもバカ!!
教室の扉の前に着くと、シンはスーリアをジッと見つめた。
「シン、何か?あたしとあんたはフリで付き合ってる。いわば、偽装恋愛でしょ?」
シンは答えに少し間をおいた。
「オレは、お前となら本気で付き合ってもいいと思ってるけど」
血相を変えるスーリア。
「ふざけんな!あたしはあんたとなんか御免だ…」
スーリアの口を人差し指で塞ぐシン。
「オレらホームルームに遅れたんだよ。静かに紛れ込んでくぞ」
教室のドアが開かれる。
未知の世界が待っているような気がした。これからの展開はスーリアには予測不能だ。
街角のスクリーンには、イチャイチャしているあま〜い恋人の姿っぽいのが映っている。
「歌姫スーリアと、天駆天瑰のシンが交際を認めました。早速、雑誌アップル&シナモンに仲のいい姿を披露してくれました」
「いやー早い展開でしたねー。色々と」
「交際発覚から認めるまで早かったですからね。おまけにアップル&シナモンに特集されるのも早い」
「さすが編集長兼プロデューサーのサワタリ氏ですよ」
「何だかビジネスの香りが濃厚ですな」
「スーリアはディーヴァプロジェクトの被験者ですし、何か国家的な企みがあるのかもしれませんね」
「まさか!政府はそこまで被験者を使うことはないでしょう」
「せいぜい子供の恋愛ごっこか、世間を騒がせたいだけのビジネスカップルじゃないですか?」
テレビのワイドショーのアナウンサーやタレントやコメンテーターが言う。
雑誌アップル&シナモンは、あれから事務所を通じスーリアにコンタクトを取ってきて、シンに頭を抱かれたスーリアの写真に付属させて、交際についての記事を載っけた。
高校の教室で、それを見ながらシンがスーリアに問いかける。
「お前さ、アレから、サワタリのおっさんのデートを買わせてくれの件について、連絡来た?」
「うん。今度の土日にグラビアみたいな感じで撮るらしいね」
「ほー。オレんとこにもマネージャーから話来た。グラビアね」
含みを持たせるシン。訝しげに、スーリアは問う。
「グラビアって、別にセクシーな何かを撮られる訳じゃないと思うけど?」
「いや、オレが言いたいのはそういうことじゃなくて…」
「?」
「オレはサワタリのおっさんから、コスプレデートとか聞いてたんだけど…」
「コス…!?」
「シーンくーん!!」
いきなり教室のドアが乱暴に開け放たれた。名前を呼ばれたシンは、声の主へと振り返る。
「お!ヨシコじゃん」
「シンくん!彼女ができたってマジなの!?」
そのヨシコと呼ばれた涙目の女子は、制服が窮屈にぱつんぱつんするほどの大柄な体格のタラコ唇の乙女だ。
教室が騒つく。
「シンくん!嗚呼、シンくん!わたしというものがありながら、他の女のモノになるなんてっ!」
ドシンドシンと地響きをさせながら、ものスゴイ勢いでシンに走り寄るヨシコ。
クラスメイト達は、ヨシコの通り道の机を端に寄せる。
「おっしゃ来い!ヨシコ!今日もいつもの相撲だな!」
シンは、両手をパチンとさせると、両足を開き踏ん張ってヨシコを待ち構える。
「違うのよ、違うの!わたしはいつもただ、あなたに抱きしめられたいだけなの。どうか分かってシンくん。どうかわたしの愛を受け止めて。わたしをお姫様抱っこして、愛を囁いてちょうだい!」
ドドドドドド…
激しい愛が、シンに受け止められる。
「お前の挑戦状受け取った!お望み通りお姫様抱っこしてやるよ!」
ズシンキラーン!
シンは、巨岩のようなヨシコの体をみごとにお姫様抱っこしてみせた。
(((ぉおおおお!)))
教室に歓声が上がる。スーリアも、思わず拍手した。
「さすがシンくん!女子相撲若手のホープ、フランソワーズ・ヨシコをその細腕で持ち上げるなんて!」
「シンすげーよ!重量挙げ選手になれんじゃね?」
宇喜田くんとゲイルが口々に言う。
スーリアの瞳には、シンが世界の舞台で活躍して表彰台に上がる何かの選手に見えた。
――シン、カッコイイ!
シンは、汗を光らせてヨシコに囁く。
「ヨシコ。お前は、この広い世界でたった一つだけの、最高の相棒だぜ!(重量挙げのバーベル的な)」
「シンくん!」
感動に潤むヨシコの瞳。
「泣くなよヨシコ。お前がいねーとオレの筋肉にいい負荷がかからねーんだよ」
フンっと、ヨシコを持ち上げる腕に力を入れるシン。
「シンくんてば…最高の『漢』!!」
シンに漢を感じたヨシコの体は、さらに持ち上げられた。
「どーだ!」
シンはヨシコの体を天井に届かんばかりに掲げた。教室は拍手と歓声で湧き上がった。
「皆、何か楽しそうだね。授業始まるよ」
と、ゼロの一言がクラスを一気に静かにする。ヨシコは、無言で教室を出て行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます