スクリーンの二人。
街の大型ビルの並ぶ交差点などには、若い二人をツーショットにして、電子スクリーンがニュースを流している。
「女神の遺伝子を再現した試験管ベイビーである歌姫のスーリアと、人気のダンス&ボーカルグループ天駆天瑰の謎の美少年エア・シングリードの交際が、昨夜明らかになりました」
「スーリアとシンの若気の至りw」
「その夜の行方を誰も知らないみたいだけど、まさかのエッチな展開?」
「現役JKとDKのカップルか。若いな」
「うらやま〜」
「美男美女のカップル」
「黒い肌の女子と白い肌の男子の組み合わせか」
「若いねお盛んだね」
「二人はどこまでいってるか知ってる人情報上げろ」
「リア充は爆発してください」
「スーリア、どうするの?ネットでも、テレビでも、話題は、スーリアとシンとのことだよ」
と、休み時間。
タブレットPCを開き、ネットの掲示板を見ながら、宇喜田くんがスーリアに言った。
「うーん。どうするもこうするも、多分、そんなに長く続く騒ぎじゃないと思うんだよね。放っておきたいところだけど…」
スーリアは、シンPを抱っこしながら言う。
「放っておくことができたら、そりゃ一番楽だけど、スーちゃんだったらそうもいかないんじゃない?」
と言ったのは、ハルさん。
「どういうこと?」
スーリアは、国家のディーヴァプロジェクトによって作り出された、唯一無二の歌姫。
その存在は公的なもので、スーリアの行動は、あらゆることで制限が設けられている。いわば、国家プロジェクトの一つであるスーリアには、本来、人間的な自由な心も恋愛もご法度と言えるのだ。
「あたし、シンと恋愛なんてしてないよ」
「プギー」
スーリアとシンPは顔を揃えて言った。
「でも、世間はそうは思わないんじゃない?だって実際、昨日コンビニで二人でいるところを多数の人に見られてて、二人で公園デートしてる証拠写真までネットに上がってる訳だし」
と、ハルさん。
そうなのだ。
コンビニで二人で買い物をしたところを見られたのは想定の範囲内だった。
が、人のいないはずの星と夜景の見える公園で、気をつけていたはずのシンがシャッター音でやっと気づいたように、人に嗅ぎつけられたのは予想外だったのだ。
シンPは、器用に前足で文字を書きはじめた。それは先ほどのゼロがやったように、光る文字として具現化する。
「オレも不思議なんだよ。魔法で場所を移動してるし、どう考えても普通じゃ足がつかないはずなんだ」
とある。
「ウリ坊のくせに器用に文字書けるんだね」
と、正直な感想を言うハルさんに、シンPはスーリアの腕の中から突進した。
「いったーい!何、シンP。ウリ坊は普通、怒りの感情なんてないはずだよ?」
ギクっとするスーリア。スーリアに言った言葉ではないが、引っかかる。
――感情なんてないはず。
スーリアは、その言葉をどこかで言われている気がした。
「オレが怒ってんの分かってんじゃねーか!」
と、文字を書いて再びハルさんに突進するシンP。
「シンPウザっ」
ハルさんは、シンPの体当たりにゲンコツで応戦する。
「プギー!」
「このー!」
揉みくちゃになる一匹と一人。
そんな喧騒を無視して、スーリアの心は遠いところにあった。
――スーリア。君には、感情も心もない。人々を魅了する綺麗な人形なんだ。
誰かがスーリアに言っていた。紅茶のフルーティーな香りのする部屋で、優しい声で言っていた。
――あれは、誰だったのだろう…でも、そう。あたしは、人形なんだ。忘れそうになってたけど、あたしは自由なんて許されない。誰にも、心の奥底の人間らしい感情なんて悟られてはいけない。あたしは、スクリーンの中で輝く着飾った綺麗なだけの、人形。
スーリアの瞳が、暗い深淵を映し出すかのように漆黒に染まる。
「スーリア?」
その呼びかけで目を覚ますスーリア。声の主は、エメラルド・サンドラだ。
「スーリア、どうするの?これからしばらくは、校門にマスコミが張ってることになる。わたしは、毎朝マスコミにスーリアとシンくんについてしつこく聞かれるのなんて嫌。どうするつもり?」
「あたしのせいでごめんなさい、エメラルドさん。あたしは、帰りに校門で張ってるマスコミの人たちに言うつもり。あたしとシンは、付き合ってませんって。それで、納得してもらえるんじゃないかな」
「そう簡単にはいかないんじゃない?スーリアは、いわゆるスーリアなんだし。どうにかしなさいよ」
ため息まじりに、吐き捨てるように言ったエメラルド・サンドラの瞳に見覚えがある。
あの瞳は、迷惑だと言っている。
暗い表情になったスーリアは、機械のようにただ流れ作業のように授業のノートをとった。
それを教壇から見ていたゼロは、変わらない暗い青い瞳で物憂げに見た。
「スーリア、シンの魔法は帰る頃に解けてるからね」
お昼の休み時間にそう、一言だけ伝えにきたゼロは、スーリアの頭を撫でた。
「あにさま?」
無表情で首を傾げるスーリア。去り際に、後ろを振り返るゼロの表情が微笑んでいるように見えた。
その時シンPは、ウリ坊のままスーリアの腕に収まっていた。
シンPは、お昼をスーリアに介助されていた。それは、食堂でのことだった。食器を使えない手なので、スーリアの手から自分の好きなカレーの付いたナンをもらっていたのだ。
ゼロは、スーリアに話しながらシンPに目配せしていた。シンPは、心は人間の「シン」としてその視線を感じとった。
「なんだろ、あにさま。学校じゃあ兄妹として接してはくれないのにな…」
前髪が作る影で暗い瞳のスーリアが呟く。
顔を見られたシンPはウリ坊らしく答えた。
「プゴ」
帰りの時間がやってきた。部活をしていないスーリアが帰路につくのは早い。今日も帰ったらその足で、超高層タワー「ガーネシア・シンボルタワー」でロックオンの収録だ。憂鬱なこの放課後。きっと、どこもかしこもマイクを手にした人たちでいっぱいだろう。どこに行っても。
校門には、やっぱりマスコミが待ち構えている。
「スーリアだ!」
「スーリアちゃん、今日の学校はどうだった?」
「何で朝は答えてくれなかったの?」
「シンくんは一緒じゃないんだ?」
…はあっ。
深くため息を吐くスーリア。
――言わなきゃ。はっきりさせなきゃ、この人たちはきっと曖昧にしておくとずっとついてくる。
「皆さんご苦労様。はっきり答えておくね。あたしとシンは…」
「スーリア、言ってやれよ」
言いかけた言葉を遮って大声を投げかけたのは、シンだ。人間の姿に戻っている。
――!?
「スーリア、照れんなよ。はっきり言ってやれ」
シンは馴れ馴れしくスーリアの肩に腕をまわしてくる。
「何、シン。やめてよ」
――ここで出てくるか、普通。
シンの登場でざわめくマスコミたち。
「シンくんだ!スーリアと付き合ってるって本当?」
嫌がりながら動かないシンの腕を解こうとするスーリアが、シンの口から聞いたのは、なにぃ〜って感じの言葉だった。
「オレとスーリア、付き合ってるぜ」
!?
「はぁあ!?」
思わずあんぐりと口を開けるスーリア。
「シンくんとスーリアは本当に付き合ってるの!?」
「昨日のネットに出回った写真は、デートの写真だったんだ!」
「ガセじゃなかった!」
沸き立つマスコミたちに、スーリアは慌てる。
「何でそうなるの!違う!あたしとシンは付き合ってなんかない!!」
「いやいや、照れんなよスーリア。オレら彼氏と彼女じゃん?」
「ウソウソ!違うから!」
メモを取りだすマスコミたち。録音機のスイッチをいれる。
「やめて〜」
マスコミたちの手を止めようと身を乗り出すスーリアに、シンはまわした腕に力を入れて二人で後ろを向く。
「スーリア聞け」
シンはヒソヒソ声だ。
「話合わせろ。この場はとりあえずそーいうことにしとこうぜ?オレに任せろ」
「はあ?あたしは嫌…」
と大声で罵倒しだしそうなスーリアを遮り、シンは再びマスコミに向く。
「この超絶ハンサムなオレ様が、平々凡々な女子高生のスーリアに頼まれて、仕方なく恋人になってやったんだよな!オレみたいなNo. 1イケメンと付き合えるのに、こいつ、なんか照れてるんだよ」
スーリアの頭をクシャクシャに撫でるシン。
「勝手なこと言わないで!あたしはあんたなんかに頼んでなんかない!」
スーリアは真っ赤になって叫んだ。
「え?じゃあ、スーリアがシンくんに頼まれて付き合ってるの?」
「シンくんから告白したの?」
「どっちからアプローチしたの?」
シンに口を塞がれてモゴモゴするスーリア。
「違うー!」
――これじゃ収拾つかない!
「ま、オレら、誰もが羨む美男美女のカップルってことで」
と、シンは得意な様子。
「イチャついてぇ、見せつけてくれるねシンくん」
「君たちの交際は世間が公認していいんだね?」
マイクを向けられたシンは言う。
「ああ。オレらが付き合ってるって、雑誌の表紙にでもしろよ」
――まったくもー!シンのバカ!バカバカバカバカバカ!ついでにカバ!
スーリアは空中列車に乗っている。
あれから悶々としながら家に帰り、着替えてから、人目を気にしながら列車に乗り込んだ。
上下ジャージ姿でシートに座り、フードを被り、一人あの時を思い返して、ブツブツとあいつへの呪いの言葉を唱えている。
シンとマスコミの囲み取材を受けたのは、つい一時間程前。
――ウリ坊でケモノ!あのアホ!サイテー!マジ信じらんない!!
シンとスーリアは二人仲良く写真を撮られた。
隠し撮りされたものではなく、望んで撮られたもので…と、言うのはまあ、シンだけで、スーリアは不本意そのものだったのだが。
シンはスーリアの頭を抱え込んで、愛しそうにその髪の毛にキスするフリをした。
「ヒューヒュー」
「アツいねお二人さん」
「もっとラブラブなとこ見せてー」
と、カメラを構えて囃し立てるマスコミたち。
――ふっざけんなー!
シンが何でスーリアにそんなことをしたのかというと、力一杯に交際を否定したいスーリアの口を塞ぐために頭を抱えたのだった。
――あたしの美しい緑なす黒髪に、鼻息が当たっただろーが!
「スーリア、好きだぜ。お前の大きな黒い瞳、サラサラの黒い髪、なめらかな黒い肌。どれも魅力的だ」
と、いつになく甘い雰囲気で囁くシン。
――黒い何々って、お前は色見えないんじゃないのか!なめらかな肌だとぉ?艶かしい言い方してんじゃねー!
「シンくんって、スーリアの見た目がタイプってこと?」
と聞いてくるマスコミ。
――どう答える、シン。ここで変なこと言ったらボロが出るぞ?
シンはノリノリで言う。
「うん?まー見た目もそりゃ大事だよ。最強美形なオレ様の彼女だもんな。スーリアの全体的に黒い所、好きだぜ」
「なるほど。性格的なところは、シンくんにとっては問題ではないんだ?」
――シン、あたしは自分の体が黒い所、そんなに気に入ってないんだけど。てかマスコミの人…それって、あたしが性格的に問題があるとでも?
「いや?スーリアの生意気なとことか、自分に酔ってるとことか、カワイイと思うな。オレの話聞いてくれるとこなんか優しいと思うし」
シンはケロッとした顔で言っている。
――!?
スーリアの顔が沸騰しそうなほど真っ赤になった。
「スーリア聞いた?ヤバいじゃん。シンくん惚気るなあ」
――シン!?何言ってんの?優しいって、あたしが!?生意気だとか自分に酔ってるとか、よくわかんないけど、あたし、優しい?
「じゃーオレら、これからやることあんだわ。そろそろ退いてくれるか?」
と、シン。
マスコミは、
「そうだ。二人はそれぞれ仕事だよね。分かった」
と言って、撤退する様子を見せると、カメラの画像をこちらに見せて言った。
「この画像、良く撮れてるでしょう?明日の新聞の表紙にさせてもらうね」
そうして去っていった。
シンはイタズラっぽく言うのだ。
「オレら、あいつらの熱が冷めるまで、しばらく恋人やってみねー?」
明日の新聞には、照れるスーリアと、その頭を抱くシンが載るだろう。
冗談でしょ
あたしはあんたなんか好きじゃない
好きじゃない
自分に言い聞かせるけど
あたしの手を強く握った
その温もりが
熱が
あたしを悪い魔法にかけたみたい
虜になってしまった
オレに任せろって
力強く言ったあいつの
その言葉を
疑うまでもなく
本能で信じてる
「だからって、本気でそんなことにはならない」
!?
さざめく人々。
我に帰る。
今、スーリアはロックオンのステージで歌っている。
恋を初めて知った女の子を主人公にしたダンスナンバー。可愛くて、カッコイイ感じに仕上がっている。
それが今、歌の途中で思ったことを言ってしまった。
プロとして失格だ。人に魅せている最中に私情を持ち込むなんて。
――今日のあたしは、どうかしてる。
シンは言っていた。
「スーリアを彼女にするってよく考えると、オレ、スゴくね?」
マスコミの去った二人きりの校門。あいつは笑っていた。
「何でそんな余裕!?あんた、とんでもないことしたんだからね!」
スーリアは怒っていた。
「はあ?オレはゼロに言われたから、お前を独りにはしねーけど?」
「独りって、それは問題じゃないよ。あんた、国家規模のプロジェクトに反逆したことになるんだからね。分かってる?」
「ほー。反逆ね。上等じゃん」
「だから、何でそんな余裕!?あんたは知らないかもしれないけど、あたしは、医科学者カンダタを現場主任にしたディーヴァプロジェクトのメイン被験者なの。国家事業の実験体のあたしが、いっぱしの人間みたいに恋愛をするなんて許されないの」
「何で許されないんだよ。恋愛は万人に自由じゃん」
「分かってないな。あたしは万人じゃない。あたしは人間の形はしてるけど、特別なの。あたしが、人間らしいことをしちゃいけないの。自由じゃいけないの!」
「誰が決めたんだよそれは」
「誰って…」
口ごもるスーリア。シンはスーリアの肩をポンと押した。
「オレに任せろよ。お前に自由がないなんて似合わねー。反逆、上等じゃん」
「シン…」
スーリアは言えなかった。
自身が恋愛をすることがご法度なら、その相手も、国家反逆の罪を負うのではないか、という懸念。
世間に付き合ってることが広まれば、プロジェクトのお偉いさんの目にも触れるだろう。
そうなれば、シンにこれからあらゆる国家的な妨害があるかもしれない。だけど、言えなかった。
「オレは、忌み嫌われた一族、幻竜族の生まれでな。嫌われるのも、世界から排除されようとするのも慣れてんだよ。心配すんな」
シンは、なぜか笑顔で。
その笑顔の奥に寂しさが少し覗いていて。眩しくて、本当に頼れそうな気がして、何を言ってもその意思を曲げないだろうと思ったから。
――だけど、付き合うって、有り得ないから!あたしが普通の女の子だって、シンとそんなことにはならない!…と思う。
「スーリアどうしたの?いつも歌詞を間違えたりしないのに」
舞台から降りると、タオルを渡すマネジャーが言った。
「彼氏ができたから、ラブ脳になってるんじゃない?」
と言ったのは、ロックオンのディレクター。
「そんなんじゃないから!」
スーリアはディレクターの顔をめがけてタオルを投げた。
「あらら。スーリア、怒り心頭?」
タオルがかかった顔で、スーリアをからかうディレクター。
スーリアは、フンっとディレクターの靴を踏みつけると、プンプンしながらロックオンの会場を去って行った。
――あたしに、彼氏なんて有り得ない。
好きな人がいても、その想いは叶わない。
片思いは片思いのまま。
気持ちが届いたとしても、結ばれることはない。
そんなこと分かってる。
好きな人ならいるけど、憧れで終わる予感はしてるの。
彼らがあたしを恋人にするなんて、有り得ない。
あたしは、人に作られた人。
人造人間、セカンドクラス、観賞用に着飾った愛玩の人形。
そんなこと分かってる。
利用価値がなきゃ、その存在さえも許されないこと。
ここに居るためには、理由がいること。
あたしを、無条件に好きになってくれる人なんて、
この世界のどこにもいない。
そんなこと分かってる。
だから、期待なんてしない。
枷が外れるなんて、有り得ない。
自由なんて、装うもの。
みんな、気まぐれな愛情であたしを振り回す。
あたしを利用し尽くしたら、飽きてそのままポイでしょ。
そんなこと分かってる。
分かってるから、もう、一人にさせてくれないかな。
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