デートのお誘い。
「そうだね。確かに集団生活でルールを守ることは大切だね。宇喜田君の言った通りだ。…シン」
ゼロは、シンに目配せした。シンはバツが悪そうに舌打ちする。
「わーったよ」
シンは、パチンっと一つ指を鳴らした。すると、シンの体が一瞬だけ虹色の光に包まれた。そして、その姿は先ほどのエア・シングリードとしての彼の姿と同じ制服姿をしている。
「コレ、制服ってのダサくて着てらんねーんだけど」
シンはシャツの襟をパタパタさせて見せた。
「シン。制服は、萌えの一つでもあるんだよ。コレは必要」
と、よく分からない理屈を言うゼロ。
(てか、さっきから思ってたんだけど、何か意味不明なことの連続で雰囲気に流されてたけど、シンや小生の人って魔法みたいなの使ってる?)
「先生、魔法使えるんですか?シン君も」
クラス中に湧き出した疑問に、口を開くエメラルド・サンドラ。彼女は、参考書を開きながら視線だけゼロを捉えている。
(よくぞ言ってくれた!エメラルド・サンドラ)
「ん?そうだよ。魔法は使っているよ」
何食わぬ顔のゼロの言葉にざわつく教室。
「魔法」それは古に絶えたという伝説のもの。
昔は誰でも使えたようだが、それもスッゴイ大昔のことで。今の進化した科学に匹敵する便利なものだったという。
(…ヤバさが尋常じゃなくなってきた)
教室に充満する不可解な熱気がさらにヒートアップしてきた。
「そうか。君達は、魔法を知らない世代の子たちなんだね。都会に住んでいるわけだし、知らないのもしょうがない」
ゼロはそう言いながら、黒板に「はじまりの魔法」と書いた。
「君達のずーっと前のご先祖さまは、それを日常に行なっていた。いつの間にか、魔法は科学に変わったけど…ちょっとコレについて考えてみよう。君、どう?かつての世界に息づいていた魔法のはじまりは、何だと思う?」
ゼロは、エメラルド・サンドラを見つめた。エメラルド・サンドラは、めんど臭そうに参考書から視線を上げ、ゼロに合わせた。
「さあ。知りません」
「そうか。エメラルドさん、君は、塾でほとんど高校過程の勉強は終了しているんだね。だから、この時間も塾での授業のために使っている。現代文のテキストは開かず、参考書を見てるのはそのため。学校には、大学進学のため、出席日数を確保するために来ている。そんな感じかな」
エメラルド・サンドラは驚いたようだ。ガタタっと音を立ててイスから立ち上がった。
「先生!?」
動揺を隠しきれないエメラルド・サンドラ。
「ああ、ごめんね。別に心を読んだわけじゃないよ。そういう魔法は使ってない。人生経験から、そうなんじゃないかなと思って言ってみた」
穏やかにゼロは言う。
「はじまりの魔法から派生していった魔法は沢山あるよ。読心術っていうのももちろんあるけど、今の進んだ医療技術も、元々は魔法なんだよ。その大元となるはじまりの魔法。気にならない?」
クラスメイト達は、息をのんだ。
(((気になる!)))
「さぁ皆、想像してみて。はじまりの魔法っていったい何なのか」
ゼロの呼びかけに、クラスメイト達が次々手を挙げる。
「小生の人…てか先生!」
ゼロは手を挙げたクラスメイト達全員の想像した「はじまりの魔法」を聞く。
「僕は、心がはじまりの魔法だと思う」
「私は、絆だと思うな」
「俺は、石器」
「薬草を煎じるのとか?」
「服を着ること」
「愛なんじゃない」
(キャー!それはあまりに恥ずかしい!)
「オレは、はじまりの魔法は、火起こしの道具だと思う」
そう言ったのは、シン。
「シンは知ってるんだから言わなくていいんだよ。でも、ちょっと違ってるかな」
ゼロは、黒板に「火」と書いた。
「はじまりの魔法は、火だよ」
(へぇー)
「火を手に入れてから、人は飛躍的にできることが増えた。温かくて、色んな物を作り出せるからね。魔法の一番の大元は、コレ」
スーリアは静かに、クラスメイト達がゼロに惹かれていくこの瞬間を嬉しく思った。
――あにさま、スゴい。流石だな。人を惹きつけてる。
「火は、人の手で作り出せる最初の魔法だよ。そのお陰で、自然と少し距離を置くことになるけど、社会をつくり、世界をつくってきた。人が最期を迎えるのも火と関連していると、小生は思っているんだ。この世界は、火によって滅ぼされる…はず」
その言葉で、クラスメイト達は、この教師が名乗った時のことを思い出した。
(ルドラ・シヴァ・ゼロ。やっぱり、この小生の人、昔、世界を滅ぼして、未だこの世界を終わらせようとしているんじゃ…)
「授業からだいぶ脱線したね。そろそろ現代文の授業に戻ろう」
とゼロが言い出したところで、一時限目の授業終わりの鐘が鳴る。
「おっと、そうか。じゃあ、現代文はこれで終わりだね。時が経つのは早いなぁ。次の授業も小生が担当だから、よろしくね」
(え?)
「ん?何かな」
(不満じゃないけど、また小生の人か。教員免許いくつ持ってんだ?)
「そう。小生、全部の教科の免許持ってるよ。あまりに時間があるから、全教科取得できちゃった」
(心を読まれた!?)
教室が驚きに包まれる中、ゼロは微笑みを浮かべる。
「心を読んではいないよ。人生経験で、皆がそう思っているんじゃないかって、想像できたから言っただけ」
そう言うとゼロは、ちょっと不気味な「フフフフっ」という笑い声を意味もなく残し、教室を後にした。
さぁ、休み時間だ。
クラスメイト達は、我先にとシンの周囲に集まった。
「シン。お前何者なの?」
「シン君。魔法はどうやって使えるようになったの?」
「あの教師は、ルドラ・シヴァ・ゼロって、かつての世界を滅ぼした怪物なの?」
「小生の人とはどういう関係?」
「あ?何だよお前ら。いつもならオレに興味なさそうなのに、今日はどういうことなんだよ」
矢継ぎ早に覆いかぶさってくる質問に、シンはキレ気味に答えた。
「いや、あのさ、シン。俺ら、不可思議なことの連続でこの現実を脳で処理するのにオーバーヒートしてんだよ」
「ん?ふかしぎ?脳でショリ?おーばーひーと?ちょっと待てよ」
クラスメイトの質問が理解できなくて、シンはカバンの中から電子辞書を取り出す。
「いや、辞書で調べなくてもいいから!」
(そういやこいつ、アホだった…)
「てか、まず、その服!どうやって着替えたんだよ。さっきまで着てたボロボロの服は?」
「ん」
シンは、人差し指で宙を指すと、クルッと一回転させた。
指先から出る虹色の光の中から、机の上に、さっきまでシンが着ていたボロボロの服がポスっと落ちた。
「魔法!」
クラスメイト達は歓声を上げた。
「どうやったの?てか、どういうことなの?」
「別の空間に置いといた服を、この空間に呼び戻した。それだけ、だけど?」
シンは鼻を鳴らし、得意気だ。
「すごーい!」
「ねぇ、シン君。この刀は何なの?」
クラスメイトは、ボロボロの服の上に置かれた演舞刀を指差した。
「うん。コレはな、オレの商売道具だよ。演舞刀だから、人を傷つける物じゃねーんだけど。踊りながら使う物で、人に魅せる物っつーの?それ」
シンの鼻がどんどん長くなっていく。
「えー!シン君て、この刀を持ちながら踊るの?」
「そーだよ。スゲーだろ。カッコイイだろ。オレは元々、剣舞のダンサーなんだぜ。天駆天瑰の最先端、流行の先取りなダンスも好きだけど、元々は古くから伝わる剣舞をやってんだ」
珍しくクラスメイト達が自分の話を聞いてくれるとあって、シンの鼻は天井にも届かんばかりに高くなった。
もう、なんか、天狗になっている。
天駆天瑰の天狗さん。
「へー、あたしも、魔法と剣舞できるけど」
スーリアの思わぬ言葉にクラスメイト達が振り返る。
「え?スーリアも魔法使えるの?」
スーリアはあっさりと、
「うん。昔できたよ。魔法はよくあにさまに見せてた。昔だけど。剣舞も、あにさまに教えてもらってできるようになったよ。まぁ、昔の話だけど」
「「「へぇ」」」
感心するクラスメイト達。
シンは、スーリアに話を横取りされた気になったらしく、ドカンっと勢いよく両足を机の上に置いた。
「今は?今はどうなんだよ。できんの?」
挑発するシンに、スーリアはキッと真剣な顔をして人差し指を空中に構えてみた。
「うーん」
うなるスーリアの視線の先で、人差し指の先から見えない気のようなものが出ているような、出ていないような。
「スーリア。無理しなくていいよ」
そう言ったのは、ハルさん。
「うん。やっぱ、今はできないみたい」
てへぺろっとおどけてみせるスーリア。シンはこれ見よがしにスーリアに向かってダメ息をついた。
「ほらな。お前はできねーよ。お前みたいな頭空っぽで歌とダンスしかできないようなアホにはな。オレみたいな頭脳も容姿も揃ってるような完璧な男にはできるけどな」
(こいつに言われちゃお終いだよ)
白けた視線にさらされるシン。
「おかしいなぁ。昔はできたんだけど」
首を傾げるスーリア。
「スーリアさぁ、小生の人とはどういう関係なの?」
「うん?」
さらに首を傾げるスーリアに、聞いたのはエメラルド・サンドラ。
「あにさまとあたし?」
ズイっと身を寄せてくるクラスメイト達。
「…あにさまとあたしは、血の繋がらない兄と妹、だよ」
「てことは、義理の兄妹ってこと?ご両親が再婚どうしとか?それとも義兄弟の盃を交わしたとか?」
「兄なら、ルドラ・シヴァ・ゼロっていう名前でも、大昔にいたとされるあの伝説の怪物とは別ってこと?」
次々とくる質問に、スーリアは神妙な顔になって言った。
「あにさまは、伝説にあるあのルドラ・シヴァ・ゼロと同じだよ。…あにさまに許可も得ず言っていいのか分からないけど、あにさまは、世界を何度か滅してる。…そう、聞いてる。他の大人から。真実は確かめようがなくて分からない。それから、義理の兄妹っていうのが当てはまっているのか、自分でも分からないんだけど、あたしにもあにさまにも親がいなくて、兄妹だと言ったのは昔のあにさまとあたしの口約束だよ」
――誰も邪魔できない、綺麗な花の咲く原っぱで、今と同じ青い髪の毛と青い瞳の大きなあにさまが、ぐずって泣く小さなあたしに約束してくれたの。
「聞いたことあるわ。それな。子守りしてたら急に泣き出したウザって〜ガキに、泣き止ませるために言った、嘘も方便ってやつだろ」
口を挟んできたシンに、はっとしてスーリアは鋭い視線を向ける。
「あんたに何が分かんの!あたしと、あにさまの何が!」
シンも、スーリアにつられてカッとなった。
「わかんねーよ!興味もねーし!ただ、オレの方がゼロのことはよく知ってっけどな」
「ふうん。あんた、あたしの小さい頃にあにさまの側にいたのなんて見たことないけど?見たのは今回が初めてだけど?あんたこそいつからあにさまと知り合いなの?」
「ぁあ?ケンカ売ってんのかこのアマ!オレは、お前の小さい頃にゼロに付いてお前に会いに行ったことはねーよ。でも、オレはお前よりゼロと一緒にいる時間が長いんだよ。羨ましいかこのアマ」
「へぇ〜」
スーリアは、シンのその言い草で納得した。
要は、シンはゼロのことを知っているような口ぶりのスーリアに焼きもちを焼いているのだ。それで、クラスメイトの視線を奪ったスーリアに相まってツンツンしていたというわけだ。
「なんだ。あんたもカワイイとこあるんじゃん」
得意気なスーリア。シンはカッと赤くなった。
「な、なんだよカワイイって。何だかわかんねーけどムカつく。どーいう意味だよ!」
「ぷっ」
吹き出したスーリアと共に、ハルさんも吹き出した。
「シンくん、焼きもちってカワイイー。幼稚園児ですか。バカ」
「あ、朝の時の!仕返しかこのヤロー!」
拳を振り上げるシンをすかさず止めに入るスーリア。
「シン、そうやってすぐ暴力に訴えかけようとするの、よしたら?」
「お前こそ。人を小馬鹿にした態度はよしたら?」
苦し紛れに言うシン。スーリアは、ひとしきりハルさんと笑った後、ふうっと一息つくとシンの左肩を掴んだ。
「あたし、あにさまのこともっと知りたいんだ。シンともっと話したいよ。あたしの知らないあにさまのこと」
「ん?」
シンは少し考えた。こいつ、ゼロから聞けばいいことオレから聞きたいって?
「ま、いいぜ。放課後、コンビニのイートインででも話すか」
スーリアはハッとした。
――これって何気にあたしからデートに誘ってる!?ヤバっそんなつもりじゃ…
「何考え込んでんだよスーリア。放課後じゃ都合がつかねーなら、日曜日にデートでも行くか」
――!?
「な、何言ってんの!?デ、デート!?」
「ん?」
キョトンとするシン。しかしすかさず表情がニヤリとした感じに変わる。
「ははーん。お前エロいやつだな。そういうの期待してんの?」
「ち、違う!」
ザワッとなる教室。
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