No.FIVE ホリデーナイト。
それは古の呪い。
二人は惹かれ合う運命と宿命。
少年よ。
鍵を持ち、その錠を開けよ。
さすれば忽ちパンドラの箱は開く。
災いをあの少女に。
憎きあの少女に惨き祝福の呪いを。
願わくばあの少女に果てしなき悲しみを。
誰かを想う、苦しみと葛藤を。
___
謎は残ったまま楽しいスキー合宿は終わり。
__あの時、シンは魔法を使おうとしていた?
日常に戻って数日。今日は数千年前から一年に一度続いてきたホリデー。
年末には破壊神の誕生日を祝う日があるのだ。
今夜は、ガーネシアシンボルタワーのパーティーホールで国のエンターテイメントの要人が集まる宴が催される。そこにスーリアもコンパニオンの一人として呼ばれている。
学校から帰る途中で病院に寄った。
__鍵を開けてしまってはいけない。あのあにさまの言葉は、いったい何を意味していたのだろう。シンは魔法で何かの鍵を開けようとしていたの?
「そうか。シンくんはスーリアの開かずの扉を開けようとしていたんだね」
チャンドラ先生が言う。
精神科のカウンセリング室で、いつもの紅茶を飲みながら、独り言のようなスーリアの言葉に答える。
あの封印を少年は開けようというのか。スーリアの能力の発動を握る鍵を持った少年。エア・シンヴァラーハ。これは、事を急がないといけない。
先生はおもむろにスーリアの額に手を当てた。
「熱はないね。体調には問題がないようだ」
「先生、突然どうしたの?」
「魔法ってやつは少なからず体に影響するものらしいんだよ。スーリアに悪い影響を与えたんじゃないかと思ってね」
「悪い影響なんてないよ。先生は心配性だな」
「僕にとってはスーリアが一番大事だよ。君の少しの変化にも気づきたいんだ」
__それは、あたしが国の大事な実験体だから?あたし、知ってるの。先生は国の指令でこんな何も持たない普通の女の子に付き合わされてるってこと。
「先生、初めて自分のこと僕って言ったね」
「そうかい?」
先生はタブレット端末をいじり、スーリアにその画面を見せた。
「これは東照機国のアバシリと言う場所の写真だよ。綺麗だと思わないかい?」
一面の銀世界に鉄道が走っている。白樺という木の林に舞っているのは、ダイヤモンドダスト。
「綺麗」
「そう遠くないうちに、ここに二人で行ってみようか。最近スーリアは色々あったから、気晴らしに」
「いいの?先生と二人旅!?」
「そうだよ。君と僕の二人だけで行くんだ」
「でも、あたしは国家プロジェクトの被験者で、国外に出るのに面倒臭い手続きが何回も必要なはずだよ。それに、他に人が居なくていいのかな?」
「そのことは後で考えよう。僕は、スーリアと行きたいんだ」
「ありがとう。楽しみ」
「僕の思い出の場所を、君と見てみたいんだ。きっと行こう」
スーリアは、先生との距離が近くなった気がして笑顔になった。
しかし、次の瞬間、あることが頭を過ぎる。
「先生、あのね。スキー合宿のあった日以来、シンを見てないの。学校でも、歌番組でも一緒にならないの」
また封印の少年の話か。と、先生は思った。
「何でだろうね」
「あにさまが言うには、ちょっとした旅に出たって言ってたけど。だけど、もう一週間以上経つの」
「それは心配だね。そうか」
「先生はシンが何をしようとしていて、どこに行ってしまったのか心当たりがない?」
「ううん」
スーリアの表情が曇りはじめると、先生は話題を変えた。
「そう言えば、今日はパーティーの日だったね。君は歌って踊るんだろう?」
「うん。接待で呼ばれてて、ロックオンのプロデューサーや国関係の上司とか来るらしいの」
「楽しみだね」
「楽しみかな?作り笑いとかしなくちゃいけないから、ちょっとストレスかも」
先生は笑った。
「今日は楽しんでおいで。私もテレビ画面から応援しているよ」
「観ててね!」
先生の一人称が「私」に戻ったことに違和感を覚えながら、スーリアは手を振ってカウンセリング室を後にした。
__先生も、何かを誤魔化したり、隠したりしてるのかな?
所変わって、ガーネシアシンボルタワー。
ポールダンスにちょっぴりセクシーな歌詞を乗せて踊る。大画面のスーリアに、招待客も、テレビ画面越しに観ている民衆も釘付けだ。
あたしはいつも正しい道を歩いてる
皆はあたしについてこれる?
スーリアの出番が終わると、舞台は社交場に変わる。沢山の人がスーリアの名前を呼び、寄ってきた。
「スーリア、今日も輝いてたね!カッコよかったよ」
「ありがとう」
声がするのは足元から。背が低い中年の男性は、歌番組「ロックオン」のプロデューサー。
「ハヌマさん。今日も可愛いですね」
口角を上げて笑顔を意識。プロデューサー・ハヌマを敵に回したら、仕事がなくなってしまう。
「スーリアも可愛いね」
ハヌマはスーリアの輝く生足を撫でた。驚くスーリア。
「ハヌマさん、セクハラですよ」
「ごめんごめん。僕の身長じゃ肩に触れることができないからね」
「まあ!肩を撫でるのもセクハラですよ」
スーリアは笑いながら、ウェイターの持ってきたシャンパンを一つハヌマに渡した。
「ありがとう」
ハヌマの後ろに仮面を着けた背の高い青年が近づいてきた。
「そうだスーリア。今日は、もう一曲踊ってくれないかな?社交ダンスで」
「え?」
__今日はあたしの曲を2、3曲パフォーマンスすれば終わりって聞いてきたのに?
「この男の子とルンバを頼むよ。今日のスペシャルな日に似合うスペシャルなダンスをリクエストする」
「あ、はい。いいんですけど、今日初めて会った人と踊るなんてできますかね?」
青年は仮面を脱いだ。
「あ!」
「スキー場で会って以来ですね。お嬢様」
このイケメンには見覚えがある。
「国立第一高校のヤンくん!」
「はい。俺と一曲おどってくれませんか?」
ヤンは跪いて、スーリアに手を伸ばした。これでは踊らない訳にはいかなくなってしまった。想定外の展開なのに、ときめく心。
スーリアは、ヤンの手をとる。
「ヤンくんは、社交ダンス、どこの先生に習ってるの?」
「ラクシュミー先生に」
「あたしもラクシュミー先生に習ってる」
会場に音楽が鳴り出す。
スポットライトの当たる舞台に出て行く二人。
「この曲は知ってる」
「愛して愛されて、ですね。ラクシュミー先生の十八番の」
「てことは、あたし達踊れるじゃない」
「はい」
ヤンは笑顔で。
少年のような屈託のなさと同居する大人の雰囲気に、スーリアはクラクラする。
ダンスが始まった。スキー場の時のように、ヤンに身を任せるスーリア。
__楽しい!ヤンくんとはなんだか息が合ってるように感じるわ。
ダンスを踊りながら、あることに気づく。
__ヤンくんの右手、冷たい。本物の手じゃない。
ふと思い出す。
色を失くすくらい遠い記憶の中で、ある小さな男の子がスーリアに言っていた。
「スーちゃんのパパとママは?…スーちゃんって、パパもママもいないんだね」
その遠い日、原っぱに出かけた。
というか逃げた。現実が辛すぎて、泣きながらあにさまの居る原っぱに走った。
嘘の咲かない草原で、あにさまは言ってくれた。
「スーリアのパパとママの代わりに小生がいるんだよ」
ふと見た白昼夢が終わると、ダンスは終わっていた。
息を切らしてヤンが言う。
「気づきましたか?俺の右手は義手です」
「あ、ごめん。気を悪くしたなら謝る」
「いいんです。もう俺らは小さな子供じゃない。変わってしまったんですね」
「ん?」
__俺らってどういうこと?小さな頃会ったことあったかな?
「どういうこと?」
スーリアの問いかけに、ヤンは微笑んだ。
「またお会いしましょう。お嬢様」
ヤンは背を向けて去って行く。
「待って!聞きたいことがあるの…」
引き止めようとしたスーリアだったが、歓声の観衆に阻まれる。
「スーリア、社交ダンスもできるの」
「すごく良かったよ」
「う、うん。ありがとう。あたし、あの人に用があって…」
スーリアは人集りに紛れて行くヤンの背中を指差した。
「あの人?ヤン・クールマ・リのことかい?」
頷くスーリアに、顔を見合わせる人たち。
「スーリアは、ヤンに深追いしない方がいいんじゃないかな?」
「何で?」
「ヤンは今話題の天駆天瑰のヴォーカルで、モッテモテだよ。スーリアがヤンの取り巻きの女の子の一人になるなんて、似合わない」
「え?ヤンくんはシンもメンバーになってる天駆天瑰の一員だったの!?」
「そうだよ。そんなことも知らないで踊ってたのかい。てか、シンはそう言えばスーリアの彼氏だったね」
「そんなことどーでもいいの。ヤンくんはあたしのこと知ってた。昔会ったことがあるのなら、あたしも思い出したいだけなの」
スーリアの神妙な言葉に、カメラのフラッシュが焚かれる。
「スーリア浮気か!?天駆天瑰で女の子を奪い合い!いい話題になるな」
スーリアは慌てて。
「やめて!あたしは奪い合ったりできるような代物じゃないわ。あたしはあたしのもの。天上天下唯我独尊よ」
仁王立ちのスーリアに、またもやカメラのフラッシュが焚かれる。
「安定の自己中心性だね」
「どーも。もういいんじゃない?パーティーは盛り上がったし、後は大人たちの時間でしょ。自己中なガキのあたしはお家に帰るわ」
スーリアは、群衆に背を向け歩き出した。
帰り際に聞いたのは不穏な言葉。
「スーリア!ヤンは悪い奴らとつるんでるから、気を付けて」
__まさか!
と、スーリアは思った。
__優しくて頼りになるヤンくんが、まさかね。
マネージャーから渡された毛皮のコートに身を包んで、ハイヤーに乗り込む。ガーネシアシンボルタワーの玄関でのこと。
薄暗い路地裏に、丸いフレームのサングラスをかけた背の高い少年が、沢山の仲間を引き連れて暗闇に消えて行ったのを見た。
__ある種類の人たち。どこにでもいるんだな。
スーリアはベバリービルズの自分の部屋へと向かった。
___
丸いフレームのサングラスをかけた少年は、サングラスを外した。
「ヘッド!」
取り巻きの少年たちが膝に手を当て、路地に道を作るように並ぶ。
「今日のダンスどうでしたか?」
少年は壁に寄り掛かり聞いた。
「最高でした!」
「スーリアをうまくリードしていて、最強にカッコよかったっす!」
「ヘッドは最強のダンサーですね」
「歌もダンスもこなすなんてマルチな才能、俺らじゃ到底及ばないっす」
ヘッドと呼ばれた少年はため息を吐く。
「フー、その頭の悪そうな感想どうにかなりませんか。俺は、彼女に近付けたかどうかを聞きたいんです」
取り巻きたちはビクビクしている。
「すんませんっした」
「スーリアは完璧にヘッドにほの字ですよ。スキー場で優しくコーチして、今回も優しくダンスをリードして、最高の雰囲気っすよ」
取り巻きたちは、ヘッドの私情に巻き込まれて、内心ちょっと不満なのだが。
ヘッドの怒りを買うと自分の身が危ういため、ヘッドを出来うる限り持ち上げる。
「スーリアは完璧にヘッドのことが好きっす」
またため息を吐くヘッドの少年。
「お世辞をありがとうございます」
「いやいやお世辞なんかじゃないっすよ」
「いやいやいや、お世辞ですよ。所詮俺は、錠を開ける鍵を持っていない。封印の少年ではないわけですしね」
「何すか?鍵?封印の少年?」
「いや、こっちの話です。シンは鍵を持つ封印の少年。俺は、古からの呪いなんてものに掛かってはいないんでね」
「古からの呪いっすか?ヘビーな話っすね」
「わかってないでしょう、鍵と錠も、封印の少年も」
「は、はあ」
ヘッドが怒り出しそうな予感にビクつく取り巻きたち。
ヘッドはもたれかかった壁を弾くようにまっすぐ立つ。
「俺は次の作戦に行こうと思います。彼女の学校にいよいよ乗り込みます」
そうして、少年達の会合は終了した。
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