第4話 一輪草の記憶1 発端

8・furlong(ハロン)事件


 G.B.Pの二人は夕食を済ませるということになり、すでに食事を済ませている弥兵衛とバーンズは別のテーブルで待つこととなった。二人の話はもっぱら、2機の試験機が今後のコマンド・ウォーカー開発にどれほどの影響を与えるかというものだったが、ふと思い出したようにバーンズがあることを口にした。


「あれからもう4年か。ずいぶん時は流れたものだが、いまだ世界は混迷の只中というわけだ。俺たちはいつまで、どこで、誰と戦い続けなきゃいけないんだろうな。終わりの見えない戦いが続く中で、世界には戦いに適応した子供たちが増えてきているように思える。例えばあの、ロイヤル・レディのようにな」


 彼女の噂は、もちろんW.P.I.Uにも届いている。原理は解明できていないが、異常なまでに危機察知能力が高いのだという。今はまだ、戦うとしても正面から戦って勝てばいいという相手だが、将来的に腕が上がったり機体が進化するなどして正面決戦を避けたいと思う相手になったとしても、奇襲の類が通用しないとなれば打つ手はなくなる。そして最も困るのが、やはり「原因不明」という点である。


「W.P.I.Uでも、軍学校の入学者にそういう勘のいい子が増えたという報告があったようです。個人的には賛同しかねるのですが、専門の研究部も立ち上げたとか。しかしそういった研究の行き着く果ては人の兵器化だと思いますが、本当にそれでいいんでしょうか。生き延びて存続した人類が、実は戦いのために謎の適性を得たような者たちで、戦いがなくなれば目的を見失うようになりはしませんかね?」


 弥兵衛が抱く危機感は、バーンズにもあった。実際の問題として、年々コマンド・ウォーカー乗りは低年齢化が目立つようになってきている。それは自らが銃器を構えて戦うような役割ではなく、あくまで機械を操縦するのが役目である以上、適正が高ければ成人である必要はないからだ。もちろんトラブルなどの対処で機体を降りることもあり、総合的に見れば訓練された軍人のほうがまだまだ頼りになるが、連合によっては子供ばかりのコマンド・ウォーカー部隊も存在するのだという。


「いくら力があるといっても、子供に人殺しをさせるのはいい気がしないな。もちろん戦場に敵として出てきたなら迷わず撃つが、やはりいい気はしねえ。当人の自由意思で戦っているならともかく、普通に考えりゃあ戦わせてる大人が裏にいるだろうからな。そいつらを始末しなきゃ、いくら子供を撃っても終わりはしない」


 戦わされている子供たち……それには弥兵衛にも思い当たる節がある。4年前にW.P.I.Uが東南アジア有志連合(Coalition of the willing Southeast Asian)ことC.S.Aに対し海水浄化プラントの供与を決め完成目前となった折、建設地のハロン市に中華中央共同体(China Central Community)通称C.C.Cが軍事侵攻を掛けた「ハロン事件」が起きた。W.P.I.Uは建設作業チームの護衛が目的の、ごく少数の随行部隊を派遣しておりその中に弥兵衛もいたのだ。


「ハロンではC.S.AもC.C.Cも、多くの子供たちが戦っていました。水にも食料にも悩みを抱える彼らにとって、命は他者から奪って繋ぐもの。そこから脱却を図ろうとしたC.S.AにW.P.I.Uは奪わず生きるチャンスを与えようとしましたが、それはC.C.Cにとっても奪って生きるチャンスとなってしまった。ハロン市の戦いは、今でも忘れることはできません。あそこで私も多くを失いましたから」


 先の試験後に葉山准将とやや険悪なムードになってしまったのも、元を質せばこのハロン事件に理由があった。表向きは「W.P.I.Uの援助をC.C.Cが横取りしようとして戦闘になり、C.C.CとC.S.Aの部隊が共倒れで全滅した凄惨な戦闘」ということになっており、それは事実だが、真実ではなかったのである。



9・渦巻く策謀


 ng歴297年5月、W.P.I.UはC.S.A北部のハロン市にて海水浄化プラントの建設に着手する。海水を飲料水や農業用水として活用することで、生活基盤を整えようというものである。技術的にはもう300年前には確立された代物だが、水不足の可能性などに思い至らず発展だけを目的とした国々にはその技術が残されておらず、過去の資料に頼るだけでは効率的な施設は建設できない。そこで、W.P.I.Uは「自分たちで生きていくために欲するのなら」ということで協力を受ける。これは「自分たちだけが生き延び人類を存続させる」というかつての先進国の取り決めに反しているが、不思議と抗議はなかった。それは「人の命を大切にしよう」などというものではなく、裏に大きな陰謀が働いていたからだ。


 ng歴298年11月7日、花形=ルーファス=弥兵衛中尉はハロン湾からC.S.Aベトナム地区ハロン市に着任する。海水浄化プラントの建設を担うW.P.I.U所属の柏葉重工業の派遣職員たちの護衛が、その主な任務である。技術を奪うというのは、施設そのものを奪うだけではない。技術を持つ者を拉致することで、その技術を手に入れようと画策する者もいる。この時代における重要技術の習得者とは、そういう存在だった。


「貴官が花形中尉か。軍学校時代は特別に優秀というわけでもなかったようだが、正式に入隊すると結果を出すようになった、か。なぜそうなったかの経緯は敢えて問わぬが、少なくとも私は貴官の祖父や父がW.P.I.Uの高名な政治家だからと言って、特別待遇はせぬからな」


 建設隊護衛部の部隊長・佐久田大尉は弥兵衛にそう告げる。軍学校時代に特別優秀でもなかった男が、卒業後は頭角を現したという。そして、その男の祖父や父は高名な政治家であるならば、最初に思い浮かぶのは「実力以外の方法」で出世したのだということだろう。それは佐久田大尉だけでなく、これまでの赴任地すべてでそうだった。弥兵衛は政治家になる気はなく、かといってやりたいことがあったわけでもなく、しかし生まれた家のことを考えればW.P.I.Uのために働く仕事に就かなければならない気もする。そのようなあやふやな理由で軍学校に入学したため、必死になって好成績を残そうとは思わなかったが、卒業して任官すると一変する。いつまでも学生気分でいられないというのもあったが、士官ともなれば多くの人の命を左右する身である。己の至らなさで自分が死ぬのはいいとしても、誰かを死なせるというのは我慢ならない。それゆえ、学生時代の彼を知る者は誰もが驚くほど勉強熱心になった。


「小官は軍に入隊した折、花形の家とは縁を断っております。仮に定年なり負傷なりで退役すれば復縁する可能性もございますが、そうなる前に死ぬ可能性のほうが高いと考えそういたしました。ゆえに父や祖父と小官は縁なき間柄ですので、ご心配には及びません」


 仮に「花形家の嫡男」のまま戦死するなら、ニュースに出るくらいはあるだろうが大した問題とはならない。だが、戦闘中行方不明(MIA)にでもなろうものなら捜索などで大問題となり、捕虜となればさらに複雑化してしまう。弥兵衛を見捨てても「縁は切れてる他人」だから、という理由が必要だった。


「ふむ、用意周到なことで結構だ。だが、まだしばらくは何も起こらんだろう。施設の完成は来年の5月末が目処ゆえ、それが過ぎれば我らの任務も終了するからな。まあ、半年ほどバカンスにでも来たつもりでやってくれればよい。ただし、いつでも退却できる準備は怠らぬように。いざ事が起これば、我らは建設隊と退却するのが任務ゆえにな」


 佐久田大尉の言い様に、弥兵衛は違和感を感じた。まだ「しばらくは」何も起こらず、施設が完成する「5月末が過ぎれば任務が終了」し、そして「何かあれば建設隊と逃げる」のだという。それでは「半年先の5月末あたりに何かあり、建設隊と逃げれば任務完了」だと言っているようにも思えるのだ。もしそうなら、このプラント建設自体が人道的介入でもなんでもない、別の遠大な目的があるということになる。


「はっ!日々是常に戦場に在り。軍人である以上、その精神を忘れるつもりはありません。今後も任務に邁進してまいります」


 弥兵衛がハロンに赴任しておよそ2か月、ng歴も298年となり年明けを迎え、W.P.I.U本国からの視察団と新年を祝う催しが行われることになった。視察団代表はW.P.I.U軍ジョッシュ=C=オブライエン少将で、副官の葉山誠士郎中佐を伴ってのハロン入りである。彼は建設隊から作業の進捗状況を聞くと、佐久田大尉とともに隊長室へ消えていった。


「よう、久しぶりだな弥兵衛。プラント建設は順調のようだが、それ以外に何か変わったことはないか?」


 オブライエン少将に待機を命じられ、暇を持て余した葉山中佐が式典会場で弥兵衛を見つけると、子供の頃のように気さくな挨拶を投げかける。護衛部で中尉は佐久田大尉に次ぐ地位だが、新任ということもあり式典の準備には関わっていない弥兵衛もかなり暇だったため、二人も別室で話を弾ませた。


「誠さんって今は確か諜報部でしたっけ?ということは、オブライエン少将もその方面なんですよね。海水浄化プラントの建設状況を視察しに来る役割を担うには、やや畑違いな気もしますなぁ」


 暢気な物言いだが、内容自体はなかなかに鋭い。葉山中佐は痛いところを突かれてしまったものの、表面上はそれを出さない。ただ、彼が極秘任務を果たす上で協力者を探す必要があり、性格も能力もよく分かっている弥兵衛が有力候補だったことは間違いない。


「まあ、プラントの建設状況を見に来るだけなら別の者でもよかったのだろうな」


 つまり、目的はそれだけではないということか。諜報部といえば情報戦を専門に扱う部署であり、実際に交戦が始まる前から下準備を整える役割も担う。その部署のトップがわざわざ最前線とも呼べる危険地帯に足を運んだ以上、何かあると考えるほうが普通だった。


「私はずっと不思議だったんですよ。このベトナム地区は東側のすべてが海岸沿いなのに、なぜ最北端に近いハロンにプラントが置かれるのか……と。南側に建設するほうが色々と効率的なはずですし」


 ベトナム地区の最北端は、いわばC.S.Aの最北端である。そこはC.C.Cとの国境でもあり、そのような最前線に重要施設を作るというのはリスクも高いはずである。もちろん、環境破壊と砂漠化が著しいC.C.Cとの距離が近い分、ベトナム地区北部は非常に厳しい状況となっている。パイプラインの距離を少しでも縮めるにはより近い場所にプラントを建設したほうがいいのだが、見方を変えれば「国境近くに欲しい施設が作られる」ことでもあり、C.C.Cを刺激するには十分すぎると思われたのだ。


「C.C.Cは技術的には問題ないが、あそこは人の意思、心が致命的にまずかった。富を求め、それが結果的に破滅を呼び込むから節制しようと呼びかけても、奴らと来たら「自分以外の誰かが苦労すればよい」だからな。その結果、あれだけの広大な土地の大半が今や砂漠と汚染で彩られた死の大地だ」


 かつて、国土の大半がまともに人が住める環境ではなくなったC.C.Cは、他の国や連合の土地に国民を移住させる許可を迫った。しかし世界は「移住して、今度は移住先を破壊するのか。バカバカしい、自分たちの愚かな行為を噛み締めながらそこで果てろ」という姿勢を取る。それに対しC.C.Cは「この地球自体が共有財産であり、我らにも使う権利が存在する」と自分勝手な宣言をし周辺国への流入を開始した。それは「民間人なら攻撃を受けない」と踏んでの暴挙だったが、その読み通りにはならず各所で「侵略者」は排除されることとなる。


「いま、C.C.Cの海岸地区以外は「特別な耐性があるミュータントくらいしか住めない」と言われるような有様。その海岸地区も地下に都市を建設しなくてはならないほどの過密状態で、清浄な土地は彼らにとって至高のものでありましょう。ただ、周辺の勢力すべてに敵視された彼らはうかつに動くことができません。そんな彼らが、リスクを承知で動きたくなる恰好のエサがあるとすれば……」


 目と鼻の先に、安定した水源のある土地が誕生すればどうなるか。C.C.Cはすでに他勢力への攻撃は正当な権利の行使であると宣言し、南部のインド洋連合(I.O.U)や北部のロシア領連合(U.R.T)とも散発的な戦闘が繰り返されている。C.S.AにはW.P.I.UやN.A.Uの駐留部隊が存在するため今のところ手出しはしていないが、それを敵に回しても得るものがあると判断すれば交戦も厭わないだろう。


「そうだ。このハロン海水浄化プラントは、C.C.CとC.S.Aを戦争状態に陥れるため仕組まれた罠ということになる。このことはN.A.UやG.B.Pにも通達済みで、それゆえ供給についての異論もなかった。通常なら技術供与など賛成されるはずもないことは、よく知っているだろう?」


 先進国連合は、とにかくこの地球上から不要(と考える)人類を減らしたい。しかし自分たちが直接それらに手を下すのは消耗も激しく、とても効率的とは言えない。そのため、生きるために欲する手段をエサにして相争わせようというのだ。放置すればいずれ致命的な打撃を被る彼らを、なぜ遠大な策を用いてまで排除しようとするのか。この時代は西暦2000年代のような、極端な人権至上主義が廃れて久しく、死生観に関して言えば西暦1500年くらいの中世に近い。力を持つ者が世の春を謳歌し、持たざる者はただ滅びゆくのみである。力ある者が植民地を必要としていないという意味では、あの時代より人権は尊重されているかもしれないが、それは持たざる者たちに持つ者たちの影響が及びにくいということでもあった。


「つまり先進連合はC.C.Cを不俱戴天の存在と考え、戦いを本格的に決意したということでしょうか?」


 C.C.Cの環境破壊は、W.P.I.U日本地区にも多大な被害を及ぼした。偏西風に乗って運ばれる汚染された黄砂は西日本を中心に深刻な問題となり、屋根に覆われた都市や地下に生活圏を移した都市も多く存在するほどである。そのような生活を強いられた人々を中心に、C.C.Cに対する怒りや不満は根深いものとなっており、C.C.Cに対してだけは武力行使も賛成というのが日本地区の大勢を占めている。


「政治家の人気取りという奴だな。W.P.I.Uが建設を担当した人道的援助のプラントが襲撃されれば、ただでさえ憎まれているC.C.Cに対する感情はこれ以上ないくらいに悪くなる。その上で、被害者のC.S.Aに手を貸し悪のC.C.Cと対決することを表明するわけだ。否応なく政府の支持率も高まりそうじゃないか」


 ――人気取りのために戦わされ、命を落とすかもしれない兵たちの支持率はどうなんですかね。弥兵衛は思わずそう漏らしてしまったが、葉山中佐もそれは同意見だったようで、だからこそここにやってきたのだと告げる。


「そう、そしてその犠牲の中に有力政治家の息子がいたらどうなると思う。その息子は政治家の父と縁を断っていたとしても、世の人々はそう思わない。でだ、息子を殺された父は有権者の同情を集め、W.P.I.Uの首相に見事当選という筋書きがあったりするんだよ。まったく反吐が出るぜ!」


 つまり自分がこの時期にハロンへ赴任となったのは、生贄の祭壇に捧げられたということなのか。父親の反対を押し切って軍関係に進んだという確執はあるが、そこまで切り捨てられると考えてはいなかった弥兵衛は思わず絶句してしまった。


「……現段階の内偵では、この件に親父さんは絡んでいない。すべては親父さんを首相に祭り上げて、その恩恵に授かろうとしている連中の策謀だ。軍としては許しがたい話だが、残念なことに軍内部にも連中の協力者がいる。でなければ、この建設案自体が実行に移される訳がないからな。そしてわが諜報部として、じゃないな。俺個人としては、いま別室で二人っきりの奴らが怪しいと見ている」


 それがオブライエン少将と佐久田大尉のことを指すであろうことは、すぐに理解できた。今回の視察に畑違いのオブライエン少将がやってきたのも、情報漏洩の心配がある通信では扱いにくい話題があったからに違いない。そこまで情報が出揃えば、弥兵衛にも答えは見えた。


「諜報部は、C.C.Cが不穏な動きを見せている兆候をつかんだ。そう遠くないうち、例えばプラント完成目前で奪取を目論み技術者ごと手に入れ今後に役立てる……と。しかし軍部としてはプラント完成前に技術者たちを放置して先に撤退するわけにもいかない。そこでどうするか、打ち合わせに来たわけですか」


 葉山中佐は一言「ご名答」と答えたのみだが、その顔には緊張が走っている。今回ここに訪れた最大の理由を、今から幼馴染に話さなければならない。しかもそれは、かなりの重荷なのだ。


「佐久田大尉は、C.C.Cの攻撃が始まる直前にハロンを出るだろう。転属直後に攻撃があるというのも疑われるだろうから、俺の読みでは体調不良による診断のため本土に一時帰還……というところか。そうなれば臨時の後任は、階級からして花形中尉殿となるわけだ。それに備え、お前は独自に防衛作戦と住民避難の計画を練っておいてくれないか。佐久田大尉は具体的な指示や計画は残さずここを去るだろう。彼らにしてみれば、護衛部が混乱のうちに全滅しても一向に構わぬからな。だが、奴らの思うようにはさせん」


 葉山中佐のほうでもハノイ市に住民避難要請を出す準備や、南のタンホア市に駐留するN.A.U部隊に対する救援要請の準備を整えておき、C.C.Cとの交戦に対処するとのことだった。そして、ハロンを守り切った上でこの一件を明るみに出し、策を巡らせた者たちを断罪するのだという。これはハロンを守り切れなければ民衆は怒り狂い、話に耳を傾けてはくれないだろうとの判断からだった。


「まったく面倒なことになってきましたねぇ。赴任初日、バカンスの気分で過ごしてくれと言われましたが、最後の晩餐的な意味でのお言葉だったとは……やってくれたもんです。いいでしょう、協力しますとも。私も、策を巡らせた連中の鼻をへし折ってやりたくなってきましたし」


 こうして弥兵衛は秘密裏に防衛計画を練り、4月も終わりが近づいた27日に、佐久田大尉が「突然の感染症疑惑」によりW.P.I.Uマニラ市の病院に搬送される。心配そうな護衛部の隊員たちの中で、弥兵衛だけは葉山中佐の読みが鋭すぎて思わず笑いそうになるも、それはどうにか堪える。もっとも、佐久田大尉がご退場召された以上C.C.Cの攻撃も近づいているということであり、笑ってもいられなかったが。



10・嵐の前兆


「おそらく数週間以内に、C.C.Cとの交戦が始まると思われる。各員は明後日までにこの行動計画書に目を通し、何か意見があれば具申してほしい。それと、ハノイ市およびタンホア市にも連絡を。内容は「豚が出荷された」のみでいい。それで通じる手筈ですから」


 隊長職を引き継いだ後、初となる会議で弥兵衛は隊員たちにそう訓示を述べる。それを聞いた隊員たちは言うまでもなく一様に驚いたが、ハロンという地理的条件に少なからず疑問を抱いていた者も多く、その可能性については覚悟していた面もある。驚いたのは、弥兵衛がすでに防衛策を定めており、計画書という形に仕上げていたことであった。


「……花形中尉は、C.C.Cとの交戦が近いとご存知だったのでしょうか。そうでなければ、計画書を定めハノイ市やタンホア市とスムーズな連携ができるのはあまりに妙な話ではないかと思われます」


 弥兵衛が指示を受ける側であっても、同じ疑問を抱いたことだろう。常に先のことを考えて行動しろ、というのは使い古された言葉だが、いざそれが現実のものとなれば「裏があるのでは?」と疑ってしまうのが人というものだ。しかしまだ罪状が明らかになっていない以上、ここで憶測に基づく情報源を明かすことはできない。この場は嘘をつくことになろうとも取り繕うしかないのだ。


「年始の視察にプラント建設とは縁遠い諜報部のオブライエン少将が来たことで、今年中に何かあるのかもしれないという予感はしました。そして、いつ佐久田大尉に意見を求められても答えに窮さぬよう、個人的に考えていたことを流用したのがこの計画書です。ハノイ市やタンホア市とも、いざという時どうするかという話はしてありますよ。それが次席権限士官の仕事ですからね」


 嘘は混じっているが、すべてが嘘というわけでもない。客観的に見ても異常な部分がないその話は、問題なく受け入れられた。もっとも、疑わしいとしても受け入れざるを得ない。この場の指揮権は弥兵衛にあり、彼らがそれに代わる妙案を持っているわけでもなく、考える時間もなかったのだから。



 時はng歴298年5月14日、ついにC.C.Cの越境が報告される。C.S.Aの国境警備隊は一日で敗退、敵戦闘車輛は100台を超える大軍とのことであった。


「国境のモンカイ市は陥落、残る都市は東北東のカムファですがこれも長持ちはせんでしょう。急ぎ計画通りに住民の避難を開始してください。援軍到着までの時間を稼ぐためこのハロン市で市街戦を挑まなくてはなりませんから、巻き込まれたくなければすぐに避難せよとの通達を」


 そう通達すれば住民は避難するだろう。弥兵衛はそう考えていたが、ここで一つの誤算があった。完成目前の海水浄化プラントを奪われてなるものかと、一部の住民が残って戦うと言い出したのだ。戦意は高くとも戦闘力が低い未訓練の民間人志願兵など、極端な話ただの足手纏いでしかない。農民が竹槍で落ち武者を狩れた時代ならともかく、機械化兵団を相手に銃を撃てたぐらいでどうにかなるわけもないのだ。弥兵衛はやんわりと住民代表の協力を断ろうとしたが、ここは自分たちの故郷だと突っぱねられてしまう。これが後の悲劇に繋がってしまったのだ。


「敵軍視認!バイチャイ橋の目前に迫っております。先頭は……コマンド・ウォーカータイプが約50!」


 C.C.Cの主力機・泰山は、N.A.Uのグラスホッパー型からジャンピングユニットを取り外し、軽量化したような四足歩行型の機体である。おそらく何処からか入手した設計図を基に、再現性の低い部分をそぎ落として完成させたものだと予想される代物だが、総合性能的には疾風型と大差はない。動きの軽さでは疾風型が勝り、武装のキャパシティーでは泰山が勝るという傾向の違いがある程度であった。


「作戦通り、敵の主力が渡り切り橋頭堡を築き上げた段階で橋をレーザーにより溶断する。後続の補給隊が合流する前に一撃を加え、その後はハロン市に籠り市街戦で消耗を強いる。各隊、行動開始せよ!」


 西側以外の周囲を湾で囲まれたハロン市は、東の対岸に向けバイチャイ橋がかけられている。これを落としておけば一時的に足止めできるが、次は湾を越えようとする上陸部隊がどこを渡ってくるか予想しなければならなくなる。しかし護衛部の現有戦力は疾風型20機と、敵コマンド・ウォーカーの半数にも満たない。その上で湾の各所に警戒配置するとなれば戦力比がさらに広がると考えた弥兵衛は、敵の主力に敢えて橋を渡らせ、後続の補給隊などを遮断する作戦を採る。いくら戦力が多くとも、補給がままならないならただのロボ。弾が切れても戦おうと近接戦闘を挑んでくるなら、身軽な疾風型に分があるのだ。


「光線銃担当の2機とレコン機、護衛の3機以外はレーザー溶断が完了し次第、私に続き敵部隊に攻撃を掛けてくれ。標的は本体ではなく、装備する重火器および鏡面装甲に狙いを絞ることを忘れないように。この戦いは時間稼ぎが目的だ。くれぐれも装甲が厚いコックピット部分などは狙わぬよう留意せよ!」


 5月22日、要衝のバイチャイ橋をあっさりと渡り切り「敵には備えがない」と完全に油断していたC.C.C機動部隊に対し、準備万端のW.P.I.U護衛部が今まさに襲い掛かろうとしている。花形中尉が大規模戦闘を指揮するのはこれが初めてであり、彼の名を高める「furlong事件」の始まりでもあった。

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