第12話 I.C.C.W結成

27・次世代機教導隊育成計画


 ng歴302年8月31日、まだ午前10時前だというのに気温はすでに33℃。日本地区ならではの湿度と、首都軍管区に立ち並ぶ高層建築物により日光を浴び熱を蓄える面積が多くなることから、スチームオーブンレンジで加熱されているかのような気分になる朝だった。そのような環境下で弥兵衛は10分ほど前から官舎の玄関に立ち出迎えに来るという柊曹長を待っているが、10時を回っても一向に現れる気配がない。


「だいたい、あのドームがいけない。あんなもので都市部を覆ったら熱が籠るに決まっているんだ。ちょっと有害物質の砂が舞っているからといっていちいち気にしていたら、日本地区以外では暮らしていけないと思うが……」


 C.C.C本土から偏西風に乗り到達することがある黄砂には、大陸を汚染し砂漠化させた有害物質が含まれている。過去の某政治家に言わせると「直ちに影響はない」ということなのだが、問題が発覚してすでに300年ほどが経過する。既に「直ちに」の期間は優に超え、日本地区でも多くの弊害が生じていた。それを解決する手段として地下に都市が建設されたり、海の浅瀬に海底都市が建設されたりもしたが、地上生活では皆無の天井崩落や完全浸水、さらには密閉空間などの恐怖と隣り合わせというのは、どうしても性癖から受け入れられない人々もいる。そのため、約100年かけて一部の都市は透明の強化素材製ドームで覆われた。黄砂が舞わない日は開けられ普通の生活も送れるが、今日は早朝から閉じられ熱も籠りがちだったのだ。


(直ちに死ぬかもしれない軍人をやっているせいか、数十年後に体へ悪影響を及ぼす「かもしれない」ものに過敏に反応するってのが、どうにも理解できなくてなあ。特に、数十年後にはもうこの世にいないだろうって御老体が気になさるのがね)


 天高くそびえるドームを支える、うっすらとだけ見える半透明の支柱を見上げながら弥兵衛はそんなことを考えていた。実際、ハロンの人々はすぐ隣にC.C.Cの有害な砂漠が迫っていたものの、普通の生活を営んではいた。もちろんW.P.I.Uの生活水準には及ばないが、生きていくのが不可能というほどではない。下を見てどうすると言う人もいるが、上だけを見てもキリがないだろう……というのが弥兵衛の考えである。なにせ人は上ばかりを見たから失敗し、現在の世界情勢となっているのだから。


「中佐ぁ~!ごめんなさぃ~!車が爆発して遅れてしまいましたぁ~」


 遠くから呼びかけてきた声が柊曹長のものだということは理解できたが、走ってきたのか息も絶え絶えという感じだった。それよりも気になったのは「車が爆発」という不穏すぎるワードだが、いったい何があったというのか。


「何やら大変だったようだが、詳細は後ほど聞かせてもらおうかな。とにかく面会は11時で焦らずともまだ十分に間に合うから、まずは息を整えてくれ。ところで私は誰に会うのかすら聞かされていないんだが、君は知っているかい?」


「は……はいぃ……本日はまず外務防衛大臣にお会いいただき、その後は昼食会を兼ねてW.P.I.Uの閣僚会議にもご出席いただきます。きっと美味しいものが食べられますよ。羨ましいですねぇ」


 代われるものなら代わってあげたい……どころか、むしろ「代わってくださいお願いします」というレベルの話だ。公的立場で父親に会うというだけでも億劫なのに、その後は昼飯をW.P.I.Uの閣僚と共にせねばならぬという。弥兵衛にとってW.P.I.Uの現閣僚は多くがfurlong事件を知りながら、手を打たなかった恨むべき存在。それも未だに断罪されずのほほんと生きている、最後に残った復讐対象なのだ。



「ようこそ花形中佐。本日こうして呼び立てたのは、貴官も開発に携わった次世代型コマンド・ウォーカーの今後についての決定を伝えるためだ。諸事情により時間が押しているため用件のみ伝えるが、貴官には次世代型機の扱いを軍学校で教えるための教官を育成してもらう。軍では疾風型に代わる主力機の設計が開始され、完成型は従来と操縦法も変化するとの報告があった。初期型の配備は1年後を予定している」


 最初の会談相手が花形外務防衛大臣であると聞いた弥兵衛は、前言を翻し「車がテロに巻き込まれて爆破された」ことを理由に20分も遅れて総司令部に入った。どうせ上からの指示を言い渡されるだけなのだから、無理に急がなくともよい。確かに手段を選ばなければ11時には間に合ったが、それをすれば多くの人に迷惑も掛かる。そうまでして急ぐ必要もない相手だと思ってのことだが、ジョージの切り出した話は予想以上に無茶な要求だった。


「つまりそれまでに何とかしろと、そういうご指示と考えてよろしいのでしょうか。しかしながら配備される機体もないのに訓練しろと申されても、訓練のしようがありません。この案には色々と抜け目もありますし、再考を具申いたします」


 このやり取りをした二人が親子であることは、隣席したすべての者が知っている。しかし親子間にまるで温かみがないことを知っていた者は少ない。最初のうちは公的な場であるから気を遣ってそう振舞っているのだろう……と考えていた出席者も、次第に熱を帯びてくる言い合いに本気で辟易し始めた。


「サイパンで踊りに使った道具は取り寄せる。それがあれば、当面はどうにかなるだろうというのが軍の判断だ。それに現行機を回収し次世代機の挙動に近づける追加装備の優先的供給も決定されており、これだけあれば補給なしでも戦い抜けた英雄殿には十分すぎるだろうと将校たちも言っている。若くして中佐の地位を与えられた以上は、それだけの働きは見せてもらわないとな。嫌なら逃げても構わんが」


「人に結果を求めるなら、最低限の要求くらい満たしてくれないと困るんですよ。あのハロンも軍上層部は守れ守れと言うだけで補給も寄こさなかったから、あのように無用な被害が出たことをもうお忘れですか。今回も実際に使う機体がまだないのに、一年以内に形にしろとか無理難題にも程があると申し上げているんです」


 片や組織のトップではあるが実務は担当せずスケジュールの着実な実行を求める大臣で、いわゆる背広組。片やその実務の責任を負わされる現場の制服組である。意見の隔たりは如何ともし難く、この二人の関係が良好ではないことも合わさり意見は徹底的に対立してしまう。


「まるで議論がまとまる気配もありませんな。ここは一つ、休憩を挟むとしましょうか。喉も乾きましたし、冷たいものでも飲んで頭を冷やされるがよろしかろう」


 この場を救ったのは、W.P.I.U海軍の中村昌也中将。定年も近い60超えの老将で、定年の65を越えたら政治家も含めいっさいの公職には就けないW.P.I.Uでは最高齢の軍人でもある。今年50になったジョージ=半兵衛が新米政治家の頃から30年以上も軍に在籍しているため、ジョージにとっても頭の上がらない数少ない人物だった。


「中村将軍のご意見を是としましょう。しばし休憩を挟み、昼食会が開始される予定の13:30までには一定の結論を出すとします。では、一時解散!」



「ぬうぅ、石頭のくそったれめ!背広組ってのは、やれと言えば成果が自動的に出るとでも思っているらしい。奴らはいいさ、言うだけなんだから。だが、それをやらされるこっちの身にもなってみろってんだ。バカバカしくて話にならんよ!」


 ――中佐、声が大きすぎます!……という柊曹長の注意勧告もむなしく、弥兵衛の口は父と背広組、そして軍上層部にまで批判の言葉を紡ぎ始める。もはや打つ手のない柊曹長は「絞め技でもかけて黙らせるしかない」ところまで追いつめられたが、幸いなことにそれを実行せずには済んだ。


「荒れとるのう、グランド・サンは。普段は物静かなくせに、ひとたび荒れると手が付けられないあたりはお爺様によう似ておるわ。まったく荒ぶることがないお父上とは反りが合わぬのも、無理からぬことかの?」


 そう声を掛けてきた中村中将の姿を見かけると、悪態をついていた弥兵衛も勢いよく立ち上がり敬礼する。およそ10年前、弥兵衛が軍学校に在籍していた当時の校長が中村中将(当時准将)であり、学生時代は模範的生徒と呼べなかった弥兵衛は随分と迷惑をかけた過去がある。ジョージとは違う意味で、頭の上がらぬ相手だった。


「はっ!これはお見苦しいところを見せてしまい、実に恐縮の至りであります。小官と致しましては、着実な任務遂行のためぜひ入念な準備をと請願したところでありますが、なかなか理解は得られぬ様子でして。ひとえに小官の力不足でありましょう」


「そう畏まらんでよいわ。にしても、学生時代は特に見所のなかった貴官が、同期の中で最も昇進が早いとは……これだから教育者は面白い。そうは思わんか?」


 自分に教職の経験はなく、隊を率いて指示を出し戦ったことはあるが、これを教育者と呼べるとも思わない。弥兵衛の答えはありきたりなものとなってしまうが、それこそが中将の狙いであることに気付いたのは言い終わってからである。


「小官には教職の経験がなく、中将のご質問にお答えしようもありません。学生時代の成績および素行を考慮致しますと、軍学校に講師として招かれることも生涯ないでしょう。ご期待に沿えず、申し訳……あっ!」


「そうかそうか。確かに貴官の軍学校時代は相当じゃったからな。しかし今回、教導隊員を育てるという役目を果たせば教育者の面白みも知ることができ、儂に謝罪する必要もなくなるというわけだ。これは、またとない幸運に恵まれたのう」


(やられた。最初からこの状況に追い込むため声を掛けてきたに違いない……)


 教育者の経験がないので中将の質問には答えられない。教育者になることもないでしょう。そう答えてしまった弥兵衛だが、最初から「教育者に興味はない」と答えれば中将の罠に陥ることはなかった。しかし当たり障りのない返答で場を切り抜けるであろうことを見透かされ、中将に「縁がないはずの教育者になれて君は幸運だ」と逃げ道を塞がれてしまった。このあたりは経験の差から、覆すのは不可能に近い。


「まあ、若者いびりもこれくらいにしておくかの。真面目な話、これはW.P.I.Uの未来に関わる話ゆえ、能力も覚悟も、強い意思もある者に任せなければならぬ。儂が貴官を推薦したのは、furlong事件を生き延びた貴官がいくらおだてられようとも舞い上がることのない自制や自律の心を持っていたからだ。それは、教えようとしても容易には教えられん。能力や覚悟だけなら、他にも任せていい人材はおったが……」


 確かに、自分が受けなければ誰かが代役になるのだろう。その人物が有能か無能かはともかく、弥兵衛ほど上に対して意見できる人物である可能性はまずない。組織の一員として上に逆らえないのは普通であり、軍上層部や政治家に恨みを抱く弥兵衛であればこそ反骨心を剥き出しにできるのであり、本音を出して向かってくるからこそ上も「小憎らしい奴」とは思いながらも「嘘偽りを言う男ではなく、実際にやり遂げた能力もある」という評価に落ち着いていたのだ。このような男ばかりではたまらないが、一人や二人ならいても構わぬと思われていたのは幸運だったが。


「小官がこの件を受けて、問題があるようなら遠慮なく言えと。問題があっても考課を気にして黙るような奴に未来は託せぬということですか。まったく、買い被られたものです。次は訓練生を死なせるかもしれないというのに」


「それだけではないが、ここで話せるものでもないから詳しくはいずれな。その時は葉山の坊ちゃんも連れてくるようにの。貴官らが揃ったら相談させておくれ」


 ここでは言えない話……だと?自分と葉山准将、それに木村中将に共通点があるとすれば、一つは軍学校卒業生ということ。だがそのような経歴の持ち主は軍にいくらでもいるので、考えられるのはもう一つの共通点である。


(furlong事件の折、私と誠さんは軍に目を付けられる行為をしたが、結果的には不問となった。そしてもう一人、同じように目を付けられたのが木村中将だ。ハロン駐留部隊を密かに脱出させるため、W.P.I.Uの虎の子とも言うべき特殊潜航艇艦群を動かしハロンに向かわせたが、結局それが間に合うことはなく不問とされた。軍に逆らうことも恐れぬ人間ばかり集めての会合、か。これは何か重大事が……?)


「葉山誠士郎准将にはガルーダ輸送の件についての連絡も必要となりますから、その折に木村中将の御用向きにつきましてもお伝えさせていただきます。准将がいつ、サイパン旅行から戻ってくるかはお約束しかねますが」


「急がずとも構わぬよ。儂が退役するまでには会いたいものじゃがな。どれ、話も終わったことだし飲み物でもどうじゃ。貴官は確か、軍学校の薄くてまずいコーヒーすら砂糖なしミルクありで飲んでいたかの。相変わらずそうなのか?」


 カフェインの過剰摂取はよろしくないから……という理由が実しやかに囁かれるほどに、軍学校の食堂で飲めるコーヒーは薄くて有名だった。せめて糖分補給の役にでも立てなければ飲む意味もないと、多くの学生は砂糖やシロップをたくさん入れたものである。そんな中、弥兵衛は「甘いコーヒーは下の付け根に残る感じがして気に食わない」という独特の表現で甘みを付け加えることはなかったのだ。そして卒業から6年ほど経過した今も、それに変わりはない。


「えぇ!中佐の軍学校時代って食堂のコーヒーが「甘くなかった」んですか?現在は最初から甘くなっていて、エネルギー補給を求める学生に大人気なんですよ?」


 その柊曹長の言葉には、色々とツッコミたいところがあった。まず、甘いコーヒーなどクソくらえということ。だがこれは個人の嗜好もある以上、口には出せない。ゆえに弥兵衛が口に出したのは別の点についてである。


「現在はって、聞いていなかったが曹長は士官科にまだ在学中なのかな?私はてっきり、高等科で卒業したものだと思っていたが……」


 W.P.I.U軍は軍学校に高等科と、その上の大学にあたる士官科、各種の専門知識を学ぶ兵器科などが存在する。そして、高等科には無料のコーヒーサーバーはなく、それ以上の学科に属していなければ話についてこられるはずがなかったのだが、卒業していれば少尉になるはずである。となれば答えは「在学中」しかなかった。


「この9月から士官科に、新しく「コマンド・ウォーカー教導員科」が新設されることになりまして、私や選抜メンバーは高等科から飛び級という形で上がりました。私たちは8月中には寄宿舎に入りまして、そこで食堂の甘いコーヒーが学生たちに大層な人気だと知ったんです」


 飛び級、ということは本来ならまだ高等科ということなのか。この際それはいいとして、問題はコマンド・ウォーカーの操縦訓練は部隊に配備後、配備先で行うものであることだ。学生時代に知識を蓄えシミュレーターでは動かすが、実機を動かすことはないのである。そのような学生が「教導員候補生」とはどういうことなのだろう?



「次世代機は現行機と全く別物であり、現行機の経験はまるで生かせないそうではないか。ならば、現行機のクセなどが付いていない若者が良いとの判断でな。まあ、そう露骨に落ち込むな。確かに操縦経験は0時間0分0秒だが、全地区から好成績を収めた有望な若者が集ったと聞く。まったく、どこぞの中佐の学生時代とは大違いだ」


 休憩が終わり、引き続き協議が開始された議場で弥兵衛は教導隊員の候補生について質問を行う。そして痛烈な皮肉も含まれたジョージの返答がこれであった。通常の精神状態なら確実に何かを言い返しらであろう弥兵衛も、さすがに「1秒たりともコマンド・ウォーカーに乗ったことのない若者を1年で教官クラスの腕前にしろ」という途方もない要求にあきれ返り、言葉も出ず黙り込む。


「誰だったか「学生時代の成績はあくまで学生としてのもので、軍人となれば学生時代の成績は無関係」と高説を垂れていただろう。彼ら候補生もぜひ、軍人としても一人前に育ててやってほしい。学生時代も配属になってからも苦労し、それでいて同世代では随一の出世頭となった中佐なら可能だろう。以上だ、期待している……フフ」


(畜生めの皮肉担当大臣が、好き放題に言いやがって!しかも最後に堪え切れず笑いやがったが、これ当人たちもうまくいくわけないと思ってるって事じゃないか。こうなったらやってやる。毎日のように要望なり問題改善要求を送って、向こうから「もうやめろ」と言わせてやるからな!絶対に後悔させてやるぞ!!)


 こうして激怒を内に秘めたまま午前の予定は終わりを迎える。残る昼食会は頭に血が上っていて、柊曹長にメニューを聞かれても「甘くはない何かだった」としか答えられなかったが、憎き閣僚のことを気にする暇もないほど「反撃手段」の準備に忙しく、気付けば終わっていたのはある意味で幸せだったかもしれない。


「何やら波乱の幕開けになってしまったが、今後ともよろしく頼むよ曹長。いや、高等科卒業扱いならみんな曹長だろうからパーソナルで呼ばないとダメか。では改めてよろしく、柊くん」



28・Instructor Coops of Command Walker next


 ng歴302年9月1日、W.P.I.Uでは新学期となる季節がやってくる。軍学校に限らずすべての学校・学部では新たな門出を祝うムードが漂う中、弥兵衛の前に整列したW.P.I.U各地区から集められた60名は緊張の面持ちで担当官を待つ。


「あの花形中佐がこの学科の担当なんだろ?すげえよな!」

「俺はあの人の戦いに憧れてコマンド・ウォーカー乗りを目指したんだ!」

「柊さんは中佐と会っているのよね?どんな方だった?」


 しかしまだ若者、少し間が空けばどうしても気が緩んでしまう。講堂内が騒がしくなったのを見計らって、弥兵衛は講堂内に入った。そして中央前方の講壇に立ち、候補生たちを見渡す。誰も彼もまだ10代後半の若者で、人間社会の闇に触れたこともないかもしれないが、これからそれに触れてもらわねばならない。


「そこの柊くん以外は、初めましてということになるかな。諸君らは私のことを知っているかもしれないが、私は諸君らを知らない。だからまず、諸君らに兵士としての適性があるか確かめさせてもらおうと思う。もちろんみな成績優秀だというデータは拝見させてもらったが、それはあくまで学生としてのものだ。私が知りたいのは兵士としての適性があるかで、これは成績と関係がない」


 自分たちは選ばれてここにいる。これからは色々と学んで、新たな部隊の中枢を担っていくのだ。そう考えていた候補生たちに弥兵衛は強烈な先制攻撃を加えたが、実際にコマンド・ウォーカーを動かしたこともない候補生に無理もさせられない。そこで選んだのが、実際の戦場を見てもらうことだった。かつてサー・マーガレットを黙らせたように。


「諸君らには、私が個人的に記録したハロン市での戦闘記録を見てもらう。それを見ても尚、ここで学ぶ気概と覚悟がある者は残ってくれればいい。理想と現実のギャップに耐えられなかった者は、別の学科への転属を私の力が及ぶ限り協力すると約束しよう。あと、事前に言っておくが映像にはかなり凄惨なものも含まれる。諸君らがこれから学ぼうとするコマンド・ウォーカーの現実がそれなんだ。もし気分が悪くなったら退出してくれて構わない。私からは以上だ。何か質問はあるかな?」


 候補生たちからの質問はなく、すぐに「上映会」は開始される。初戦のバイチャイ橋ふもとにおける戦闘では作戦通りの戦果に候補生たちも感嘆の声を上げるばかりだが、次の戦闘で擱座した機体にハロン市民が殺到したこと、C.C.Cの機体から出てきた二名のパイロットが今の自分たちより幼いこと、そのパイロットをハロン市の子供が刺したところで曲射攻撃が着弾しすべてが炎に包まれたあたりで、脱落者が出始めていた。中には退出時に弥兵衛へ嫌悪の目を向ける者もいる。


(あの戦場にいなかった者がこれを見てもなお、私のことを英雄だと思えるなら……それはもう狂信者でしかない。私に抱いている虚像や幻想も打ち祓わないとね)


 記録が進み、W.P.I.U側にも犠牲が出た天籟砲による広域殲滅攻撃の恐怖、残された4機でC.C.Cの拠点に攻撃を掛けた際の奮戦と市民の犠牲、残存機が1機、また1機と失われ孤独になっていく弥兵衛機の惨状、そしてついにC.C.C最後の機体を撃破し高笑いする狂気じみたパイロットの声に、講堂内は凍り付く。


【ハハハッ!やった!ついに!!すべてを討った!!!ハロン市駐留部隊はその使命を果たし、敵勢力の排除に成功したッ!皆の死はムダじゃなかったんだ!】


 映像はそこで終了した。これ以上はN.A.Uとのやり取りがあり、個人データといっても勝手に公開していいものではなかったからだ。部屋の照明が戻り、残った候補生の数を数えてみれば半数以上は空席となっている。だが、弥兵衛はそれでいいと考えていた。これから学ぶのは、より効率的に人を殺すために進化したマシンの動かし方である。自分が直接・間接を問わず殺人者になることに抵抗を感じるようなら、別の道を模索してもらうほうがいいに決まっている。


「柊くんには言ったが、私は「W.P.I.Uの誇り」や「ハロンの英雄」と呼ばれるのが嫌いだ。その理由は、最後まで映像を見た諸君らならよく分かるだろう。現実は……戦場はそんな言葉で飾られていい場所じゃないんだ。しかし諸君はその戦場で戦うための道具、それもより効率的に殺すため進化した次世代機の扱いを誰かに教え殺し合いさせる道を選ぼうとしている。そのことの意味をよく考え、覚悟ができる者だけ明日以降の講義に出席してほしい。まだ早いが、今日はこれで解散にしよう」


 後にI.C.C.W(Instructor Coops of Command Walker next)=次世代型コマンド・ウォーカー教導隊と名付けられる精鋭集団の門出は、かくもほろ苦いものとなった。翌日の講義に参加した物は33名、初日から約半数の脱落者を出す結果に軍上層部も驚きを隠せず、弥兵衛の「反撃作戦」第一段は一先ずの成功を見たのだ。

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