第13話 甘くて苦い現実

29・訓練の日々


 9月も半ばを過ぎると、教導隊育成科にはまず改装された疾風型が納入された。これは次世代型スタンダードモデルで採用予定の疾風型上位互換機が参考にされ、脚部は整地適応型(旧チェイサータイプ)、不整地適応型(旧ラビットタイプ)、水上適応型(旧サーファータイプ)等を疾風型のように追加パーツによる仕様変更ではなく、下半身ごと換装する形に変更されていた。


「実際、追加パーツをパージした例は5%にも満たない。いつ外していいかという判断が難しく、基本的に外すと性能は下がるため、だいたいパーツを付けたまま作戦を終えるかコンディション・ブロークン以降に突入してしまうんだ。ゆえに次世代機では、スタイルの変更を迫られた場合は下半身ごと変える形になった。それを既存の機体で試したところ、戦術の幅は狭まったが性能は多少なりとも向上したらしい」


 従来は疾風型という素体にあれやこれやと欲しいものを盛っていく、ピザやラーメンのトッピングがごときやり方でパイロットの要求を満たしていたが、それでは他の連合が開発した新鋭機を追い越すことは難しい。島嶼国の連合体ということで、海も含めた広域を守備範囲としているW.P.I.U軍は装備の機能集中が難しく、配備先に合わせたカスタマイズができることを重要視していたが、それで対応できる能力にも限界が来ている。基本性能を高めつつ汎用性を保つため、ブロック構造機で下半身を変更するといった非常に大胆な手法に頼らざるを得ないのだ。


「諸君らをはじめ、next(次世代機)に慣れたパイロットが一定数になるまでは、この改装疾風型でどうにか繋ぎたいらしい。まあ、諸君らも機体の性能どうこう以前に動かすことから慣れてもらわないといけないからね。シミュレーターと実機では、やはり異なるところもあるがとにかく乗ってもらおうかな」


 改装疾風型・壱型は下半身に強化ラビット・ユニットを採用、上半身両肩の外側にはガルーダのデータを参考に試作された姿勢制御用ブースターが装備されていた。これによりウサギと言うよりはトランポリンの選手に近い挙動となり、動くだけなら現在のW.P.I.U機ではガルーダを除けばトップの性能を持つに至る。だが、もちろんそれによる弊害も存在した。


『いちいち風景に気を取られるんじゃない!風景は流れる背景として捉えるくらいにとどめ、集中するのはターゲットのみにするんだ。動くものすべてに反応していてはキリがないぞ!』


『コックピットブロックの振動はかなり軽減されるが、移動にジャンプを多用する構造上どうしても視界は上下に大きくブレる。当然、衝撃はなくとも普段は実感することが少ない重力は感じる。脳が慣れるまで気分を悪くするだろうが慣れてもらわなくては困るゆえ、各自は後始末用の掃除道具を持って機体に乗り込め!』


 訓練場で候補生たちが動かす機体にスピーカーで指示を出しながら、弥兵衛は特注の「甘くないミルク入りアイスコーヒー」を一口含む。コマンド・ウォーカー操縦で最初に立ちはだかる関門が、船酔いにも似た感覚が襲う脳の錯覚である。全長10m近い機体のため視界は揺れるが、コックピットの衝撃は抑えられている。このため、体には負担がなくとも、脳が「自分は揺れている状況下」と判断してしまうのだ。そのアンバランスな状態は、鼻血や強烈な吐き気となって現れることが多い。


『甘ァァいッ!食堂のコーヒー的な液体Xすら苦く感じるほどに貴官らの判断も、苦痛に対しての覚悟も甘すぎるッ!貴官らはこの先、他人の命を左右する立場になろうというのだぞ。そんな甘っちょろいことでまかり通ると思っているのか!』


 さりげなく甘いコーヒーにいちゃもんを付けつつ、弥兵衛は候補生たちを叱咤する。普段は穏やかな物言いの弥兵衛も、実機を使った訓練や作戦行動中は言葉も荒く、そして厳しくもなる。それは命が掛かっている以上どうしても必要なことで、この症状の場合は命を落とす可能性こそないものの、慣れて克服しなければコマンド・ウォーカー乗りとしては死んだも同然である。シミュレーターでも再現は難しい以上、コックピット内をどれだけ異臭で満たそうとも乗り続けてもらうだけだった。


(しかし、この候補生たちだが……確かに優秀な者もいる反面、代表として扱われるほどなのかという者も少なからずいる。選考基準が単に「成績だけ」でないことは確実だが、上の連中は何を考えているのか。またロクでもない話ではあるまいな……)


 訓練開始から約2週間が経過し、候補生たちの実力も見え始めた。大まかに分けると、柊曹長ら能力から代表として選抜されたのだろうと思われる優等生集団に、同じく能力はあるが素行や性格から通常のコースを外れたと思しき跳ねっ返り集団、そして今一つ芽が出ない感のある後続グループといったところである。事前の話では「各地から選抜されたエリート」ということだったが、どうも現実は違ったようである。


(もっとも、これが「教官を務める男の学生時代に比べて」という前提ならば、間違いなくエリート揃いと言えるところが笑えるか。そういうつもりだったなら笑い話で済むが、この三者を同じ部署に配属することで不要な軋轢を生んでしまうのもね)


 慣れない環境に置かれたら、人はまずグループを作るものである。優等生グループは、上層部の事前審査で最優秀と判断され弥兵衛の出迎えにも来た柊雪穂がごく自然にリーダーとされた。跳ねっ返りグループはパラオ地区出身のレックス=オオミヤ、そして後続グループにはまとめ役も存在しない。問題は、しっかりとグループ形成された集団がグループに入っていない者たちを見下していることである。個人としてはそれをよく思っていなくとも、グループの一員としてはそれに賛同せざるを得ない。これは学徒に限らず、人間社会ではどこでも起こり得ることなのだ。


「よう、やってるな。まさかお前が教官殿とは恐れ入ったぜ。例のghost dancerは東京湾基地に運び込み組み立て中だが、明日には引き渡せるはずだ」


 そう声を掛けてきたのは、急遽ガルーダの輸送を命じられた葉山誠士郎准将。彼は研究開発部の輸送機albatrossでガルーダと共に東京湾基地へと飛来し、総司令部への報告前に懐かしの母校へ立ち寄ったのだった。


「こんなところに顔を出すなんて、将官というのも存外ヒマなんですね。そういえば食堂の薄くてまずい例のアレ、今は強制的に砂糖ありなんですよ。ミルクなし砂糖多めとかいう飲み方を好む誰かさんには、ちょうどいいんじゃないですか?」


 かつての上司たる上官だが、今はプライベートでここに訪れていることは明白。ならば遠慮なく軽口も叩かせてもらおうというのが二人の関係である。もっとも、近くに待機していた訓練中以外の候補生は、葉山准将の階級章と彼に対する弥兵衛の軽口を聞き青くなってはいたが。


「まあ、ヒマかそうでないかと言えば確かにヒマだ。主目的たるガルーダ輸送の任はすでに完了、この地で残る目的と言えば木村中将の呼び出しくらいだからな。しかし中将は俺たちに何の用があるのだろうか。お前、心当たりあるか?」


 なるほど、母校に立ち寄るついでに情報収集もしておこうというわけか。木村中将と言えば軍部でも一目置かれる存在で、その人物から「非公式に」呼び出しを受けたとなれば少しでも情報を集めておきたくなるのも当然のことだ。しかし嫌がらせでも何でもなく、弥兵衛も呼ばれた理由には皆目見当もつかない。


「いやぁ、私にも呼ばれた理由に心当たりはないです。ただ、これは推測ですが、教導隊育成科の発足があってたまたま来たから話そう……ということですよね。少なくともサイパンにいた頃や、それ以前も声を掛けようと思えば掛けられたのに、その頃の私たちに用はなかった。となると最近の、教導隊育成科かnextの関係ですよね」


 そう葉山准将と話す合間にも「レックス、遅れているぞ!」と叱咤する姿を見て、葉山准将も思わず笑ってしまう。どちらかと言えば、弥兵衛は怒鳴る側ではなく怒鳴られる側……というイメージが強かったからだ。


「まあ、お前にも思い当たる節がないならどうしようもないな。木村中将の件は6日後の晩にお会いするまでお預けだ。しかし、なかなか「悪くない」じゃないか。怒鳴られる側じゃないお前さんってのも」


 人の口癖を流用してからかう葉山准将に「大きなお世話です」と返す弥兵衛だが、人材育成はいざやってみると確かに悪い仕事ではない。同じW.P.I.Uのためといっても、戦場で殺し合いをするよりもはるかに建設的なのだから。例えその先に、多くの戦死者がいるのだとしても。


「これまでの任務に比べて、破格に大変ですけどね。furlong事件での戦いのほうがマシと思えるほどに、色々と考えさせられますから。しかし思いのほか早くガルーダが来たことで、早急に悩みの一つが解決できるかもしれません。その点に関しては礼を言わせていただきますよ」



 翌日にガルーダを受領した弥兵衛は、軍専用高速道を使い首都軍学校に戻る。もはや試作機扱いではなく、正式にWCW-G001ガルーダの名称を得た機体は実戦向けに改修され、火器の運用に即した腕部の大型化や各部への装甲追加により、試験機時代よりも機動性は大きく低下している。だがそれでも、改装疾風型を優に超える機動性と扱いにくさを誇るじゃじゃ馬的な機体となっていた。


「これがnextの開発に影響を与えた試作機か……疾風型とはまったく違うんだな」


 軍学校のハンガーに駐機したガルーダを見上げながら、候補生たちが口々に感想を述べる。彼らはサイパンでの試験映像を見られる立場ではなく、実際にガルーダがどう動けるかを知る術はなかったが、すぐにそれを知る機会を得る。


「明日、実機を使った模擬戦を行う。チーム分けはチームAのリーダーを柊雪穂に、チームBのリーダーはレックス=オオミヤに命じる。両名は10人1チームとし5人の出撃メンバーと各機体の装備構成、用いる戦術のすべてを立案してもらう。なお両チームに入らなかった者は、チームCとして臨んでもらおう。では始めてくれ」


 そう指示を受ければ、当然のように日頃から懇意にしているグループでチームが組まれるに決まっている。チーム分けは10分と掛からず終了し、チームA・Bは戦力が伯仲する関係となる一方で、チームCは明らかな戦力不足と思われた。候補生たちの間に流れる空気も、ABどちらに軍配が上がるかということだけに向いていた。


「チームAとBの戦闘は5機小隊同士で戦ってもらう。残念だが、この科には10機しかないからな。チームABとチームCの戦いは3機2小隊の計6機と、4機小隊の戦いとしようか。AB各チームはそれぞれ必ず1人1戦は出るよう2戦に振り分けてくれ」


 それを聞き、AB両チームはもちろん自分たちが4機で、チームCが6機と考えた。しかしそれでは5機小隊と4機小隊で9人しか出撃できず、1人は出撃できない計算となる。それを指摘されると、弥兵衛はこう言い放った。


「チームA及びBとチームCの模擬戦は、チームABが6機だ。ABのリーダーは2戦とも出撃し、残りの9名を2戦に振り分けてくれ。ちなみにチームCには私も入るからな。私とガルーダを含めて4機だ。数の利点を生かせるよう、戦術をよく練るように」


 自分たちにハンディが与えられると知り、チームABのメンバーは色めき立つ。いくら教官が加わるとはいえ、チームCのボンクラどもに負けるはずがない。そういう思想が根っこの部分から染みついているからこその反応で、弥兵衛としては何としてもその思想を打破しなくてはならないのだ。


「中佐は大したご自信ですが、チームCに所属したことを撃墜判定を受けた理由にはしないでくださいよ?」


 チームBのリーダー、レックス=オオミヤの挑発的な物言いは、いかにも勝気な若者という感じのものだ。これ自体はけっして悪い事ではないが、根拠のない過剰な自身に繋がっては甚だまずい。弥兵衛は模擬戦後のことも見据え返答する。


「私が撃破判定を受ければ、実戦だったら准将に特進だな。それも悪くないが、おそらくその未来には至らないだろう。まあ、諸君らも善処してみてくれ」



30・将と兵


「教官殿……やはり自分たちがチームAやBに勝てるとは思えません。彼らは同年代と思えないほどに優秀で、なぜ自分たちが同じ科に選ばれたか迷うほどです。教官殿の名誉を汚さぬためにも、出撃は我々だけにすべきではないでしょうか?」


 チームCのメンバーは自信のなさが見て取れるほどに委縮しており、それがあまりに後ろ向き過ぎる意見を生み出している。レックス=オオミヤのような自信過剰なのも困るが、ここまで自身が不足しているのも困りものだ。


「諸君らは何か、大きな思い違いをしている。これは1人で相手と競り合う個人戦ではなく、あくまで集団戦なんだ。集団として優れている側が勝利を掴むのであり、そこに個々の能力が及ぼす影響は限定的であることを……この模擬戦で証明しよう」


 とはいえ、彼らを互角の条件で敵機の前に立たせれば被撃破は免れ得ない。有利な条件下で敵機と対峙させ彼らに撃破判定を取らせることで、双方の自信に関する問題を一挙に解決してやろう。それがこの模擬戦における弥兵衛の目論見である。


「ただし、それには諸君らの働きが必要だ。私の指揮に従わなかったり、戦いを前にしても「自分たちには無理」だなどと初めから心が負けていては、勝てる勝負も勝てやしない。私も超能力者ではないから未来は分からないが、だからこそ今この瞬間に最善を尽くす。それがいい結果に繋がると信じて。皆もぜひ、奮起してくれ!」


 確かに自分たちでは両チームに勝てるとは思えない。しかし今回は「花形中佐の参戦」という別の要素がある。彼に頼ることになったとしてもそれが集団戦のルールであり、日頃バカにされ続けた相手に一泡吹かせることができるかもしれないのだ。チームCのメンバーはこの千載一遇のチャンスを逃すまいと俄然やる気を出し、その顔つきは最初の自信なさげなものとは比較にもならない。まず最初の問題はクリアできたと考えていいだろう。


「チームAとの初戦だが、戦いになると慎重派に化ける柊くんのことだ。6機の振り分けは前衛3、後衛3のスタンダードな編成でくるだろう。こちら……というよりガルーダのことは「よく動く試作機」というぐらいの情報しかないから、大胆な編成で臨むのはリスクが大きすぎると考えるに違いない。そこで我々はこう戦う……」


 弥兵衛の作戦は、基本方針として後衛を先に叩くものであった。しかし後衛は3機いれば必ず索敵用のレコン機を組み込むものであり、これの目を掻い潜りつつ敵の前衛にも捕まらずに後衛を叩くのは不可能に近い。レコン機の索敵用装備を無効化する手段はいくつか存在するものの、それには戦闘能力を放棄せざるを得ず、数で劣る側がその装備を持つわけにはいかなかった。


「そこで「両軍は交戦前に自陣のどこにでも配置可能」という条件を利用する。私以外の3機は戦場の外縁に配置し、レーダー妨害機能以外すべての動力を切った状態で戦闘開戦を迎えてもらおう。主動力を切ったコマンド・ウォーカーはPソナーにも反応しないから、当然レコン機に反応するのは私の機体だけとなる。そして私は3機分のダミーを引き連れこちらの陣の奥に下がるわけだが、それでどうなるかは諸君らにも予測がつくだろう?」


 敵4機が奥に移動すれば前衛3機がそれに追い縋るべく前進し、後衛は敵を捕捉しつつ緩やかに後方から進軍する。その目は完全に捉えた敵集団に向けられ、後方や側面をわざわざ索敵することもなくなる。全方向を索敵すればそのぶん一方向に対しての索敵能力は低下し、標的をロストする可能性もあるからだ。


「そうだ。諸君らには近接戦闘能力が欠如した後衛の3機を叩いてもらう。いくら相手のほうが技量に勝るといっても、近接戦闘装備を施した機体でなら後衛機の撃破は容易だろう。後ろを潰してもらったらこっちに来て、残りの3機を潰せばいい。私は諸君らが戻るまで、前の3機と遊んで待つとするさ」



【Rear006よりAリーダーへ。敵集団を正面5077に発見しました。Pソナー音紋表示は疾風型3とアンノウン1です。これがおそらく中佐の機体と推測されます】


【Aリーダー了解です!各機、一旦停止し全方位警戒をお願いします。中佐の機体が未知数である以上、正面の疾風型は囮で中佐の機体が回り込んできているかもしれませんから、全方位の索敵を密にし異常がなければ正面の敵に向かいますよ!】


 Aリーダーこと柊雪穂の指示は的確で、普段の「強引で人の話も聞かず落ち着きがない」姿は微塵も感じさせない。だが、コマンド・ウォーカー乗りはコックピットに座ると性格が変わるタイプの人間が多数派である。閉鎖空間と、戦いに際し命をやり取りする緊張感が普段は抑えているものを引き出してしまうのだろう。ただし彼女のようにいい方向に変わるというのは、間違いなく少数だったが。


【全方位索敵完了。正面方向以外にレーダー反応、Pソナー共に反応ありません】


 その報告を聞き、柊雪穂は敵が戦力を集中して勝負を挑むつもりだと予測する。数に劣る側が下手に戦力を分散させれば各個撃破されるのは太古から戦の常道であり、その判断は誤りではない。問題があるとすれば、そう判断するであろうことを相手に読まれてしまっていたことだろう。


【Front002、003は私と敵部隊に攻撃を掛けます。Rear004、005は援護準備。006は引き続き敵部隊の監視を。地形図から判断すると敵部隊は小高い丘に陣取っていますから、接近時は上からの攻撃に注意です。では各機、行動を開始してくださいっ!】


 軍関係者が聞いていれば感心するであろう無難な指示を下すと、チームAは2手に分かれての行動を開始する。数が劣るため部隊に攻撃能力が著しく劣るレコン装備の機体がなく、こちらの動きには気づいていない様子だった。そして森林部を抜け、小高い丘の手前に差し掛かった頃チームAの機体に攻撃アラートが表示される。丘から狙撃するにしても射線は通っておらず、命中判定が出るはずのない攻撃だった。


【今の攻撃の意図は分かりませんが、ここまで近づけば遠くから一方的に撃たれる心配はありません。Front部隊、突入開始!】


 チームAのFront部隊はRear部隊の援護攻撃を受けつつ戦う作戦を果たすべく、武装よりも速さと耐久力を重視している。手には軽火器とシールドを装備し、交戦しながらRear部隊に攻撃地点を送信し大火力の援護攻撃を行わせるというものだ。コマンド・ウォーカー同士の戦闘ではコンディション・ブロークン以上に追い込むために必要となる火器は機動性を阻害するほどの大型火砲か光学兵器、もしくは数を集めての集中砲火くらいしかない。FrontとRearの2部隊に分けるのは適切であるが、それだけにセオリー通りの作戦は予想も付きやすい。


【一機だけ……?中佐はダミーマーカーを引き連れていたと?でも、どうして】


 森を抜け丘の前に出たFront部隊を待ち受けていたのは、敵部隊の洗礼とでも言うべき射撃の嵐……ではなかった。高所に陣取り、森から出てきた敵に集中攻撃を掛ける。それが待ち受ける側にとっての利点であり、そうなる可能性が高いからこそ耐久力を重視した装備を施しているのだ。ここまでは何も間違っておらず、教本にもある典型的な戦術のはずだが、相手の動きが想定外だった。そして柊雪穂が弥兵衛の意図に気付くのとRear部隊からの緊急通信が入ったのは同時だった。


【Rear004、敵機確認!くそっ、もうこんな近くに3機も来てやがる!八式滑空砲および九式誘導弾のパージ許可を!こんなもの抱えてたらいい的だぜ!!】


 すぐに武装パージの許可を出すが、Rear部隊に残る近接戦闘の武装は二式短銃のみで、三式突撃銃や四式鏡面破砕銃、五式機関銃などの中近距離対応装備を持つ機体に張り付かれれば長くは持たない。すぐにでも救援に駆け付ける必要はあったが、正面の敵機がそれを許してくれるはずもなかった。


【リーダー、Rear部隊が危険です。いくら相手がチームCの連中といっても、まともな武器がなければ戦い様がありませんよ?急ぎ戻りましょう!】


【では私が中佐をけん制します。Front002、003は徐々に後退し、敵機からの射線が途切れたら全速でRear部隊の救援をお願いします!】


 まだ、勝ち目はある。Rear部隊を襲った部隊を返り討ちにして救い、パージした武器を再装備すれば当初の作戦通りで、しかも敵は残り1機。Front部隊はじりじりと後退を始め、Rear003が森に入りガルーダからの射線が途切れようとしたとき、突如ガルーダが左右のラウンド・ブースターを下に向けて噴射を行い、天高く舞い上がる。


「そちらの後衛も不利な状況でよくやる。思ったより粘られているから、誰一人として行かせるわけにいかなくなった。私が撃破を取っては意味がないのだがな……!」


 空に舞い上がったガルーダに対し柊機はけん制射撃を行うが、地上での平行移動と違い空中では前後左右に加え上下の動きも加わるため、まるで当たる様子もない。というのも、コマンド・ウォーカーの攻撃は能動的行動を指示するコマンドパネルに表示される「右腕装備」「左腕装備」「背部装備」「内部装備」といった部分にタッチすれば半自動で行われ、自身で狙いをつけるのは狙撃銃を装備した機体かエース級のパイロットのみだが、自動攻撃では「動きがなければ敵の現在点」「動きがあれば着弾時に敵が移動していると予測される地点」に攻撃が行われる。地上を動く相手なら移動方向の予測はしやすいが、空中の相手は途端に予測が難しくなる。何しろ、空中の物体は重力による落下が起こるのに対し、地上の物体が地面を陥没させて沈み込むことなど滅多にないのだから。


「オートの単発攻撃に当たるほど、私もこの機体も甘くはないぞ!こういう時はオートを切って、自分で狙いをつけるんだ。ちょうど、こんな風に!」


 空中のガルーダがラウンド・ブースターを下に向けたまま支点にし、脚を振り上げて月面宙返りのように回り機体正面を下に向けたのと、一式長銃が放たれたのは同時のことである。森で射線を切ったと思い込み背を向けて救援に向かったFront003は上空から右脚に被弾判定を受け、右脚部機能停止となってしまった。


【こちらRear006!Rear部隊は3機ともコンディション・レッド目前です。援護はどうなっていますか!リーダー!】


 当たらない自分の攻撃と、激しく動きながら一発で当ててくる相手の攻撃。読まれていた自分の作戦と、まったく読めなかった相手の作戦。何もかもが対照的すぎるこの結果は、まだ19にもならない若き候補生に動揺を与えるのは十分すぎた。考えをまとめるまでほんの数十秒だったが、その頃には大勢が決していたのである。



「A・C両チームとも、日頃の訓練を感じさせるいい戦いぶりだった。実機に乗り始めて2週間ほど、しかも動きの軽い疾風・改でこれだけ動けるなら大したものさ。結果については……勝敗は兵家の常という言葉がある。戦っていれば勝つことも負けることもあるということだ。この経験を次に生かすことを忘れなければいい」


 自分たちが問題なく勝つと思っていたチームAのメンバーは意気消沈気味で、勝てるはずがないと思っていたチームCのメンバーは喜びを隠さない。勝負に「たら、れば」は無意味である以上「チームCに中佐がいなければ勝てた」という言い訳は通用せず、それを分かっているからこそチームAのメンバーは何も言わない。


「諸君らもこれでよく分かっただろう。個々の兵士の能力は高いに越したことはないが、戦いも指揮で人を使うこともそれ以上に重要なものがあるんだ。そして諸君らは兵に模範を示す教導員への道……つまり兵でなく将になる道を進む。今後は技術や知識だけではなく、人の心に思いを馳せることも学ぶようにしてほしい。それが、この模擬戦のように相手の作戦を予測することにも繋がるのだ。よろしいかな?」


 多くの候補生は、これで少しは思い知ったことだろう。だが、まだ問題はある。チームBの勝気な連中は、言葉だけで理解できるほど物分かりはよろしくないのだ。次の第2戦で思い知ってもらうしかない。彼らの未来のために。


「次はチームBとCの模擬戦を行う。チームBはチームAの戦いぶりを見ていたのだから、ある程度はチームCの力量も計れたことだろう。その情報をどう生かすかは諸君ら次第だが、とにかく善処を期待しようか。まぁ頑張ってほしい」


 お前たちはチームAよりも多くの情報を与えられているのだから、当然チームAよりは善戦してくれるのだろう……と、ことさら煽るような言い方をしたのにはもちろん理由がある。後にそれを知ったレックス=オオミヤは「詐欺師野郎!」と憤慨することになるが、弥兵衛を詐欺師と呼びたくなる模擬戦がいま、始まろうとしていた。

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