第14話 戦士の極致

31・嘘と方便


「さて、次はチームBとの戦いだ。もう戦う前から勝てるはずがないなどと泣き言を口にする者はいないと思うが、今回は先ほどのように楽な展開とはならないだろう」


 実を言えば、次の戦いはおそらく初戦より楽である。チームBは初戦を見て「兵力を分散するのは付け入るスキを与える」と考え、さらに「ガルーダから撃墜判定を取るには集中攻撃が必要」とも思ったことだろう。そしてレックス=オオミヤを始めとした勝気な者ばかりのチームBは、必ずガルーダの撃破判定を含めての完全勝利を狙うべく作戦を立ててくる。彼らにとって「チームCのザコだけを倒しての判定勝利」などになんの価値もなく、その自尊心こそが良くも悪くも彼らの活力源なのだから。


「チームBは全機が中近距離仕様の装備で固め、一団となり突撃を掛けるはずだ。もしかしたら一機くらいは電子戦機が入るかもしれないが、前と後ろに分けての火力分担は行わないと推測する。そうと仮定した場合、対応策はどうすべきだろうか?」


 チームCの候補生たちから出された意見は、初戦のチームAが使ったような前方警戒&後方支援の基本的戦術が有効だろう……というものである。ただしそれは同等以上の戦力を有し、前が敵を抑えているうちに後ろが大打撃を与えられなければ、抑えきれず倒しきれずの中途半端な結果に終わる。ゆえに今回は使えないと結論づけた。


「この場合、同等の戦力とは前衛3機に後衛3機ということだね。それに対しこちらは4機だ。均等に分ければ2:2でどっちつかずになってしまうが、1:3で分ければ少なくとも片側は同戦力になるとは思わないか。私が前で1、諸君らが後3で割り振るのはどうだろう。私が撃破判定を受ける前にあらかた片付けてくれないと厳しいが」


 チームBの面々は自分を撃破しさえすれば後のメンバーはどうにでもなると考えており、実際そうなのだろう。だから眼前にその敵が現れれば、何か策があると分かっていても高確率で喰らい付いてくる。敵の策がどのようなものであろうと、ガルーダを撃破した状態で2機も残れば残りの3機は問題なく倒せるのだ。


「しかし、自分たちが手間取れば教官殿も苦しくなってしまいます。自分たちの技量も、根本的な問題として曲射攻撃の命中率もそこまで信頼していいほどのものではありません。別の方法を考えた方がよろしいのでは……」


 曲射攻撃は着弾までのタイムラグが存在する以上、動く標的が対象なら「狙って撃ってば当たる」という代物ではない。着弾までその場に標的を足止めする、もしくは着弾時にその場へ標的を誘導するといった補佐が必要となる戦法だった。


「信頼という話なら「私が諸君らを信頼できるか」ということではなく、私が失敗すれば敵部隊に飲み込まれる立場の「諸君らが私を信用できるか」となる。諸君らはどうだ。私が自分で口にしたことくらいは全うできる男だと信じてくれるかな?」


 そう言われて尚、反論できる者がチームCの候補生にいるわけもない。初戦も単機での前衛部隊誘引を成功させ、満足な近接戦装備を持たない後衛部隊の撃破に手間取った自分たちの分まで苦労を背負い込んだものの、この人はコンディションはブルーで終えたのだ。通常は6機に迫られて長持ちするはずもないが、それなりに持たせる算段があればこそこの作戦を提案したことに疑いの余地はない。


「信じてもらえるようだな。諸君らの機体は持て得る限りの長射程武器を装備し、自陣最後方に分散配置する。私が撃破判定を受けるまでに3機くらいの撃破判定と、他は撃破に至らずとも損傷が残る程度まで追い込めれば移動中に決着がつくだろうさ」


 かくしてチームCの戦術は、前後衛を分けての基本的な戦術に落ち着く。ただし前衛1後衛3のいびつな編成で、後衛には護衛も、救援に駆け付けられる僚機も存在しない。普通に考えたら敵に配置を見抜かれれば不利になること間違いなしの賭けだったが、チームBの個性も含めての戦術案であり、そして読みは正しかった。



【全機、俺たちの狙いは中佐だ!他のザコは俺だけでも3機まとめて片付けられるような連中だからな。そいつらだけ倒して時間切れ……では締まらねぇ。絶対に中佐から撃破判定を取って、頭の固い優等生どもにも現実ってもんを見せつけてやれ!】


 チームBのメンバーも軍学校高等部は卒業しているので、特段に成績が悪いわけではなく愚連隊の集まりというわけではないが、少なくとも真面目な優等生を演じる気は持ち合わせていないグループだった。それでも「教官の学生時代に比べたら可愛いもんだろう」というのが当時の弥兵衛を知る者すべての統一見解であり、それに関しては当人すらも弁解の余地はない。



「人類が先達の失敗すべてを次に生かし後の世代が同じ過ちを犯さないなら、人は今頃ただ一つの失敗もしない神になっているんじゃないでしょうか。しかし人が文明を築いて数千年が過ぎても人のままであり、相変わらず過ちも繰り返します。そして私もまた人である以上、今回こうして過ちを繰り返しました。それが人の摂理なので」


 寝坊して朝食を食べ損ねることが多かった弥兵衛は、コマンド・ウォーカーの実技教習中にコックピットで軽食を取ることがしばしばあった。実戦ではコックピット内で飲食はもちろん用を足すことすらあるが、教習でわざわざそれをやることはない。発覚すれば言うまでもなく叱られるが、弥兵衛は先の発言のように屁理屈を捏ねては問題行動を繰り返した。罰として掃除当番などをいくら課されようとも、である。


「いやぁ、自分が悪いとは思ってるんですよ。朝ちゃんと起きて食事もとればこうはなりませんでしたし。だから罰は受けます。でも空腹のまま操縦なんかして集中が途切れたらもっと大変なことになるかもしれないので、同じ状況に陥ったらまたコックピットで食べますよ。例えより重い罰を受けることになっても」


 そう言って憚らなかった弥兵衛に対し重いペナルティーを科した教官もいたが、宣言通りまったく意に介さない弥兵衛に教官たちもついに根負けし、以降は顔を合わせても「寝坊をするな。朝食を食ってから来るように」と注意するに留まった。教職側から見てやっかいな生徒というのは、態度や成績が悪い者のことではない。微妙にずれた信念を最後まで貫く、意志の強さを持っている者がとにかく手を焼くのだ。



(まったく、アレに比べたら君らは実に素直だよ。しっかりとした結果さえ見せれば納得してくれるんだから。今なら分かる。自分がどれだけふざけた学生だったか)


 第二戦の初期配置地点に向かいながら、弥兵衛はつい自身の過去に思いを馳せてしまう。教導員科設立の会議で父親にも皮肉を言われたが、確かに教官の学生時代を想えば優秀な者ばかりだ。扱いが悪い、チームCのメンバーですらそうである。


【教官殿。Cチーム各機、配置に着きました。しかし本当によろしいので……?】


「ああ、作戦通りで構わないよ。なぁに、これは模擬戦で実弾を使うわけじゃない。誤射ペナルティーは口頭注意くらいで済むし、それが曲射弾なら罪状も軽い。悪いのは攻撃開始のサインが出ても退避しない私となるさ。だから気にせずやってくれ」


 実戦に於いて友軍に対する誤射は重罪で、それが意図的か偶発か、有視界か有視界外かで罪状も変わる。通常は誤射を避けて戦うものだが、今回は数の劣勢をカバーするための秘策として「曲射攻撃の着弾範囲内に居座る」という常軌を逸した作戦を用いることにしたのだ。自身の腕と、相手の性格を天秤にかけてのことだ。



『ようこそ、チームBの諸君!見ての通りここには私が一機だけで、他のメンバーは戦場各地に散開しここへ攻撃を叩き込む。私を無視し他のメンバーを狙えば諸君の勝利だろうが、私から撃破判定を取るつもりなら最低4機は残ってもらわないとな。試合の勝利を狙うか、私を倒すことにこだわるか。さあ、好きな方を選びたまえ!』


 チームBは開始直後から電子戦機のレーダーかく乱範囲内で万が一のレコン機対策を行いつつ、チームC側の陣地に突入する。本拠地付近の平野に単機で待ち構えていたガルーダが外部スピーカーで話しかけてくるとは考えていなかったものの、弥兵衛が口にしたチームCの戦術は概ね予測通りである。レックス=オオミヤは「奴は必ず単機で行動する。他のザコと一緒にいても仕方ないからな!」と、言葉は乱暴だがある一面では的確な判断を下していた。


【よし、ビンゴだぜ!まずは全機で奴を落とす。002、003は作戦通り奴の着地をマニュアルで狙え。004は曲射弾観測、005と006は俺と鳥を追い立てる。いくぞ!】


 さすがのガルーダも常に飛行状態でいられるわけもなく、飛べば必ず着地する。そして着地の瞬間はマニュアルで狙いをつけやすい絶好の機会なのだ。学科嫌いでも戦闘には自信を持つだけに、チームBの戦術はチームAの敗北も踏まえ練られていたのだが、程なくして予定が狂ってしまう。


【こちらB004!第一波弾道弾予測、着弾地点はこの付近です。あの人、本気で自分ごと俺たちを撃たせるつもりですよ!】


 ガルーダは今のところ、第一戦で見せたようなハイジャンプは行っていない。それは森に駆け込み射線を切ろうとした機体がいないため、高く飛び上がり空中から狙う必要がなかったからだが、結果的には「着地の大きなスキを狙う」という戦術が機能しなくなった。まさか手の内を読まれたのか……と考え出したところに曲射弾の報告である。経験が浅い候補生に色々と迷いが生じてしまうのも無理はない。


【レックス!アラートがヤバいことになってるぞ!ここはいったん下がったほうがいいだろ。こんなところでまともに戦えるわけがねえ!】


 B005のリカード・コンティの意見はたちまち賛同者多数となったが、レックスは決断を下せないでいた。すでに初弾が着弾したと判断され、正面モニターにはB004の着弾予測データに近いあたりに爆発のエフェクトと、ヘルメットスピーカーからは着弾爆発の轟音も聞こえる。そして徐々に着弾予測が自分たちに迫ってくると、危険を察したリカードらが退避行動を取る。隊長の命令とは関係なく、個々の危険回避の判断が必要との結果だが、それは完全に予測の範疇であり狙い目だった。


【バカ野郎!奴にスキを見せるんじゃねえ!下がるなら目くらましくらいは……】


 ガルーダは味方からの曲射弾を避けながら、横に低空で跳びつつ退避行動を取ろうとしたB005とB006の脚部に攻撃を加える。ダメージ・コンディションで言えばグリーンになる程度のものだが、脚部被弾後は姿勢制御のため、動きが鈍くなってしまうのは歩行型機体の逃れ得ぬ宿命でもある。二機はそこに曲射弾命中の判定を受け、たちまち戦闘能力を失ってしまう。


『隊長の判断が遅いから、部下が自身の判断で行動するしかなかった。その結果がこれというわけだ。第一戦から何も学ばずにノコノコ出てきたのかね、君は!』


『うるせえ!アンタさえ倒せば俺たちの勝ちだ。アンタを倒せばいいだけだろ!倒してやるさ。倒して俺がすべてを過去にしてやる!ハロンの英雄さんよォッ!!』


 弥兵衛はレックス=オオミヤが自分に対し思うところがあるというのは薄々感じていたが、この返答を聞いてポジティブイメージではないことを確認した。彼のことで知り得る情報の中で、ネガティブイメージを持たれるような接点はなかったと思うものの、軍人をやっていればどこかで繋がりがあってもおかしくはない。ゆえに深く考えるのは止め、レックスの意見に対し本音で答えてしまう。


『それは実に興味深い。そうなってくれたら私の周囲も静かになり、もう少し楽に生きられることだろう。まったく悪くない提案だが、まぁ今の君には無理な話だっ!』


 それは弥兵衛の心からの希求であったが、レックス=オオミヤにとっては単なる煽りでしかない。彼の故郷パラオ地区はW.P.I.U成立前から日系の流れを汲む人々が多く、彼の住んでいた村にはW.P.I.U軍で出世し村に仕送りを続けた英雄とも言うべき男がいた。しかし男は4年前に戦死し、生きることに悩むこともできない。だがその上司だけがおめおめ生き残り、英雄として祭り上げられるおまけまでついた挙句、生きるのが大変だとほざきやがる。怒るな、と言う方が無理な話だ。


『部下を犠牲にしてまで一人生き延び英雄になったから、良心が痛んで人生がつらいんだろうよ!アンタもハロンで戦死しての英雄だったら苦しまずに済んだはずさ!』


(アンタ「も」か。ハロンで戦死した者の中にオオミヤというファミリーネームのパイロットはいなかったはずだが、パラオ地区の出身者はいたな。サクマ少尉……君の知り合いなのか、このレックスは。ならば私は仇も同然、恨まれて然るべきだな!)


 だがそうと分かっても、ここで手を抜く弥兵衛ではない。勝ちを譲って一時は満足するかもしれないが、その先には何があるというのか。討てたと思った仇は相変わらず生き続け、それでいて実際に殺す気概はない。それがあるなら今までいくらでもできたのだから。理想と現実の差異に思い悩み、辿り着いた答えが「偽者の英雄を越える」ということなのだろう。ならばせいぜい、高い壁になってやろうじゃないか。


(易々と勝たせはしないさ。不用意な回避行動の時点で終わりだな、この一撃で……)


『ニセモンなんぞに負けてたまるかよ!まだ終わりじゃねぇぞこの野郎!!』


 曲射弾を小ジャンプのステップインで避けたレックス機の着地を見逃す弥兵衛ではないが、彼の放った一式長銃からの攻撃はno damageの判定だった。レックス機は脚から着地せず、柔道でいうところの前回り受け身のようにして弥兵衛の予測地点とは違う場所に降り立った。狙いが正確だったからこそ命中しなかったのだ。


(避けた!?こちらの攻撃タイミングが分かっていなければあのようなことは……早すぎれば修正可能で遅すぎれば普通に当たる。まさか見抜いたというのか?)


 自身の近くに着弾する曲射弾の軌道を横目に確認しつつ、一式長銃を背部のウェポンラックに納め自動給弾の完了待ちに入る弥兵衛だが、やはり驚きは隠せない。あの対処法はベテランパイロットであればまだしも、新米もいいところの候補生がこなせる動きではなかったからだ。しかし偶然という可能性もある。もう一つの武装である二式短銃を持たせると、起き上がろうとするレックス機に狙いを定める。しかし実際に攻撃が行われることはなかった。チームBの残り3機が牽制射撃による時間稼ぎを試み、それの回避に専念しなければならなかったからである。


「ghostよりチームC各機へ。支援攻撃を滑空砲から誘導弾に切り替え発射準備。誘導目標はこちらで指定する。準備でき次第、各自攻撃開始だ」


 誘導弾、つまりミサイルはロックオン対象を追尾するというのはこの時代でも変わらない。ただしレコン機のサポートがないと有視界の敵機をロックオンする必要があるため、有視界戦闘なら取り回しのいい通常火器を使うほうが効率的である。だが今回は有視界戦闘を行っているガルーダから誘導目標を指定することで、それに向けて誘導弾を発射することとなる。しかしこれも、誤射の危険が大きい荒業だった。


【チームC各機、誘導弾準備完了。発射は10秒間隔、一機につき3射!攻撃開始!】


 戦場の3か所に散らばったチームCの各機が肩に担いだ八式誘導弾を上空に向ける。実際に発射はされないが、コンピューター上では発射され3発の誘導弾がまず電子戦機のB004に向かう。誘導弾接近の警告音が鳴り響くB004は回避を試みるも、ガルーダの妨害もあり「誘導弾3発が直撃」の判定を受け敢え無く戦闘不能となる。もともと誘導弾の避け方などはまだ教えておらず、撃たれれば避けようもない。卑怯と言えば卑怯だが、それを使う選択肢は彼らにもあり、実際にチームAのRear部隊は誘導弾を装備してはいた。不運なことに有効活用はできなかったが。


『では現地実習と行こうか。とにかく誘導弾は自機に向かってくるんだ。基本的にはあらかじめ跳ねて空中から着地し誘導弾の移動ベクトルを真下の地面に向け、着地時さらに動けばだいたい頭を越えるか地面に直撃する。それで致命的な損害だけは避けられるだろう。他にも撃墜したりダミーマーカーで防いだりも可能だが、まあ今回は失敗しても実弾に当たる訳じゃあない。試しに避けてみたらどうかな?』


 次に狙われたB005は言われたように誘導弾が見えると高く跳ね、誘導弾の高度に合わせる。そこから真下、もしくはミサイルに向かう形で着地すれば誘導性能の限界を超え曲がり切らずに頭上を通り過ぎたが、未知の恐怖ゆえか斜め後ろに下がりながら着地してしまう。これでは誘導弾の誘導範囲から逃れられず、直撃は避け得ない。


『タイミングはよかったんだが、ちとビビリ過ぎたな。後ろではなく前に降りろ。誘導弾の下を潜り抜けるつもりで突っ込むんだ。もう次が来てるぞ、B006!』


 チームBのメンバーも、冷静になれば「演習中に何をやっているんだ?」となったはずだが、実弾を使っていないといってもコックピット内に再現される映像と轟音は現実と変わらぬ再現度で、緊張と恐怖を駆り立てるには十分である。もし本物なら避けなければ死ぬものが迫っており、それは本能的に避けたくなる代物である以上、一時的には敵となっている人物の声だろうと聞いてしまうのは不思議でもない。


『飛来する誘導弾が1~2発なら避けられていたが、3発目に掛かったな。このように誘導弾は数発が1セットとなって撃たれることがほとんどだ。実戦で使われることも多い武器であり、チームに関係なく各員はこのことをよく覚えておくように!』



 結局チームBはレックス機を残して全滅となり、勝負の趨勢は決した。そのレックス機もコマンドパネルに「前転回避」が登録されていたわけではなく、マニュアル操作で上体を倒しその後オートの姿勢制御をオンにして復帰という無茶を行ったため、各部のオーバーロードチェックに手間取り復旧が遅れてしまう。そこを狙っていれば決着はついていたが、弥兵衛には一つ確かめたいことがあった。


『さて、残るは君だけだな。投了してくれても構わんが、それでは気が済まぬだろう。ゆえに一度だけ正々堂々の勝負をする機会を与える。受ける気はあるか?』


 弥兵衛の提案は、西部劇のガンマンが決闘するかの如く背中合わせで10歩進み、そして相手を撃つというもの。振り返る操作の正確性と、オート射撃では弾道予測の演算で発射にタイムラグが発生するため、マニュアル射撃の腕も問われる勝負法である。そのため、N.A.UやW.P.I.Uでもそれなりに見かける訓練法でもあるのだ。


『いいぜ、受けてやる。もう模擬戦の勝敗なんざどうでもいい。アンタだけでも!』


 そうして人型ロボット同士の時代錯誤な決闘が開始される。候補生の大半は勝負の意味を計り損ねていたが、弥兵衛は先ほどのレックスの動きには既視感がある。それだけはどうしても確かめておく必要があり、そのために勝負が必要なのだ。


(あのタイミングで避けたのは、まるでG.B.Pのロイヤル・レディが如しだ。彼女は人の殺気のようなものを感じ取れるのだそうだが、もしレックスに同様の才があるなら先ほどの動きも頷ける。いずれにせよ、試させてもらうぞ……)


「こちらghost、チームC各機に通達。決闘開始後、10歩目のカウントと同時にレックス機へ向け滑空砲を発射せよ。約束通り、正々堂々と一騎打ちを受けた後のことだから気にすることはない」


 密かに指示を出し終えた頃、背中合わせの2機が歩みを始める。1歩、2歩とカウントが進んでいき、ついに10歩となった瞬間レックス機は完璧ともいえるタイミングで旋回を終える。ガルーダはいまだ背を向けており、レックス=オオミヤは勝利を確信し、ガルーダのコックピットに向け攻撃入力を行う。


『俺の勝ちだ!自分から挑んでおいて返り討ちとは、ニセモンらしい幕切れだぜ!』


 感極まって思わず目を閉じ喜びに浸ったレックスだったが、よくよく考えると命中音が聞こえない。目を開きモニターを凝視すると、そこにはラウンド・ブースターを下に向けて支点にし、逆立ち状態で浮いているガルーダの姿があった。これは人の決闘ではなく、コマンド・ウォーカーの決闘なのだ。仮に上半身だけを真後ろに向けようと、肘から下の部分だけを背後に向けて撃とうとも反則ではない。己の甘さを呪いつつレックスは反撃に備えるが、不思議とガルーダからの危険は感じなかった。


『チャンスを逃すとはみっともねぇな!いま、トドメをくれて……??』


 しかしレックス機がガルーダへ追撃を掛けることはなく、滑空砲による曲射弾の命中によりレックス機もコンディション・ブロークンで戦闘不能となる。事態が呑み込めていないレックスも、そしてチームBのメンバーもしばらく呆然としていたが、彼らを現実に引き戻す非常な宣告が下される。


『作戦タイム、オーバー。チームBは6人すべて完全撃破され、実戦なら2階級特進で全員中尉殿だな。おめでとう、将来に備え一足早い出世気分を味わうといい。そしてチームCは初戦に続き今回も目立った被害はなしか。これでチームA・Bの対戦結果を待たずしてチームCの勝ち抜けが決まった。見事な作戦行動だったぞ』


 戦場に在って撃破判定を受け、移動不能になっていたチームBの各機も戦闘終了と同時に通常の状態に戻され、移動可能になっている。しかし動こうとする機体はなく、ただコックピット内で悔しさに打ちひしがれるのみだった。それはブリーフィングルームで戦闘の推移を見守っていたチームAのメンバーも同じで、彼らとしてもチームBが勝ってくれれば次の直接対決に勝利し逆転首位も狙えたのだが、その希望もこれで潰えてしまったのだ。


【諸君らの評価が低かったメンバーで構成されたチームに負けた気分はどうかな。兵士として重要なのは学校の成績ではないと最初に説明したはずだが、これで理解してもらえることを期待する。そして今後、諸君らは教導員として満足に機体を扱えないような者たちを指導していかなくてはならないが、自分よりも知識や技術が劣る教習生を見下していては嫌われ、クソ教官めと陰口を叩かれることだろう。そうなりたくなければ人の短所ではなく長所を見出し、生かす方策を考える癖をつけるように】


 成績が優秀だったり操縦の腕に自信があるのはいい。だがそれを他者より自分が優れているという証にするのはいただけない。現時点ではそうなだけかもしれず、見下していた相手が後にとんでもない大物になる可能性だって生きてる限り0ではないのだから、目先のことにとらわれ大局を見失ってほしくはなかった。もっとも、通信に割り込んできた男は目先のことしか考えられないようではあったが。


【ちょっと待て!正々堂々と勝負すると言っておきながら味方に撃たせるとはどういう了見だ!話が違うぞ!もう一度、俺と勝負しやがれ!】


 レックス=オオミヤはそう息巻くも、チームBの仲間からも制止される。機体性能の差はあるかもしれないが、操縦技術も作戦立案能力も、ついでに言えば統率力から人間的な素養の全てにおいて及んでいない。自分たちがザコと見下した者たちを率いて戦い、そのザコに自分たち6人すべてを討たせた。そこまでされて、ようやく彼らは眼前にいる男がお飾りの英雄ではなく、コマンド・ウォーカー乗りの指揮官としては頂上から数えたほうが早い、極致の存在であることを痛感させられたのだ。


【何が違う?10歩進んで以降はお互いが持てる手段を使い敵を撃つ。私は私の僚機を使って君を撃った。私か君が撃たなければならぬ、とは一言も言っていないぞ。まあチームBは君以外全滅していたから、君が撃つしかなかったろうが私は違う】


 あの瞬間、撃とうと思えばもちろん撃てた。撃つという意思を見せた時にまた避けようとするのかは興味もあったが、それ以上に知りたかったのは明確な敵意を感じ得ないであろう遠方からの、作業的に放たれた攻撃をも感じ取れるのかということだ。チームCの各機は決闘開始後10歩が経過した時点で事務的に攻撃入力を行い、当たるかどうかも分からぬ見えない敵に害意の持ちようもなかったはずで、そのせいかレックスは曲射弾に気付けなかった。サイパンでバーンズ少佐とロイヤル・レディの直観力に対応する手段を話した際、至った答えの一つが「殺気を感じるなら殺気を感じさせなければいい。適当に放たれた曲射弾や、地雷などの罠はどうか?」というものであり、今回はそのうちの一つを試させてもらったというわけだった。


【クソったれの嘘つき野郎め!アンタこそいつもいつも、人を見下しやがって!いずれ必ず俺がアンタを打ち負かしてやるからな、覚えてろよ!】


【先ほども言ったが嘘はついていない。確かに真実をすべて話してはいないが、それは方便というものさ。仏の嘘は方便……というやつだな。ところで仏の如く心が広い私は君の暴言をここで咎めはせんが、来週からは新しい講師もやってくる。あの人らが私と同じように見逃してくれるとは限らぬゆえ、口には十分に注意することだな】


 こういう物言いが、人を見下していると思われてしまうのかな。ついそう考えてしまう弥兵衛だが、これは父親なり葉山誠士郎なりとの戦いで鍛えられた結果、無意識にそうなってしまうため止めようもない。


(しかし、ここにも新世代の戦士がいるかもしれないとは。個人的に研究するには悪くない題材だが、これは果たして偶然だろうか。勘のいい若者に、成績度外視で選ばれたメンバー、そしてnextの急展開。これらに何かつながりが……)


 一抹の不安を抱える弥兵衛だが、今はまず日々の教練に勤しむほかない。まだ確たる証拠もなく、悩んでも仕方がないのだ。そう前向きに考えていたものの、思いのほか早く答えに触れる機会を得る。9月下旬に、かねてからの約定通り葉山誠士郎を伴い木村中将と個人的に会った席で衝撃の事実を知らされたのである。

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