第10話 新世代の戦士

22・未来世界の、さらなる未来


 4年前のfurlong事件についての昔話を一頻り終えた弥兵衛とバーンズ少佐は、改めて今回のお題目である新型機の話に戻る。焦点となったのは、やはり量産化についての問題をどう解消するかという点である。


「こう言っちゃなんだが、W.P.I.Uが疾風型にこだわる限り新機体のデータが生かされるとは思えないな。根本部分が違い過ぎて、追加装備とするのはどう見ても無理があり過ぎる。だが、新系統として量産し配備中の機体と置き換えるのも、それはそれで途轍もない時間が必要となるだろう。機体性能とは別の部分に問題が山積みだな」


 バーンズ少佐の指摘には、弥兵衛もまったく同意である。W.P.I.U選りすぐりのコマンド・ウォーカー乗りが集められたテストパイロットチームでも、ガルーダについての評判は芳しくない。その機動性能は認めるが、操作感が違い過ぎてこれまでの経験を生かすこともできず、熟練兵を一から鍛え直さなければならないのは大問題だろう……というのが主な理由であった。


「もし疾風型からの機種転換を行うなら……まず軍学校から養成カリキュラムを変えパイロットを育てないとなりませんから、早くても2~3年はかかりそうですね。私や少佐はまだ現役でパイロットをやっているとは思いますが、さてどうなるやら」


 今年26になる弥兵衛はともかく、バーンズ少佐は32と壮年期に入っている。G.B.Pのサー・ウィリアムのように指揮官として生きることは十分に可能だが、反射神経や体力的な部分で若者に後れを取るのは、人であれば避けられない。


「まぁ俺たちならあと10年くらいは平気じゃないか?これでも各地の戦線を回らされる忙しい身だが、最近の若い奴で手強いと感じたのはあのロイヤル・レディだけだしな。もっとも、未来のルーファス=花形がどこに潜んでるかは分からんが」


 あと10年か……その頃には、自分はどうなっているのだろう。まだパイロットを続けているのか、それとも復讐を遂げて満足し軍を抜けているのか。政治の道に入っていることだけはないと断言できるが、その他についてはまるで想像がつかない。


「新世代のパイロットたちに、あっさり追い抜かれているかも知れませんよ。もしそうなれば、長年の経験を生かしてセコい真似をしないと勝てない可能性だってあります。そのほうが、少佐はともかく私には合っている気もしますが」


 近年ではインストラクターによるモーション入力が進んだことでコマンド・ウォーカーの各種動作における自動補正機能も高まりつつあり、行おうと思った動作を行うだけなら個人差が出にくくなっている。操作技術がコマンド・ウォーカー乗りの華だった時期は過ぎ去りつつあったが、バーンズにとっても望むところではある。


「いいじゃないか。動かすだけならみな平等で、戦況に合わせてどう動くかが腕の見せ所というなら、それこそ年齢も肉体の衰えもあまり関係ないしな。さすがに疲れやすくなってきたとか美人を見ても今一つ滾ってこねえとか、若い頃に比べりゃそういうものがあるのは事実で、それらがいざって時に命を左右するかもしれんが……」


 妻子持ちのくせに何言ってるんですか!……という弥兵衛のツッコミを笑いながら受け流すも、バーンズ少佐にも思うところはある。それらの自動補正機能はパイロットをより低年齢化させるのだろう。現にN.A.Uでは国民保護の観点からパイロットの代わりに遠隔操縦の技術開発が進められており、通信の妨害やタイムラグを完全に解消できるなら実用に漕ぎ着けられるところまで来ている。だが、本当にそれでいいのだろうか。モニター越しにゲームでもするかのように敵を、そして人を撃つ行為を続けることが当たり前になれば他者を害するということに不感症となり、いずれは敵以外も撃つようになってしまうのではないかとも思うのだ。


「うちのもそうだが、幼い子供ってのは時にものすごく残酷なことをするだろう?例えば羽虫の羽を毟ってもがいているのを観察してたり、敢えて蟻を踏んで歩いたりなんかする。経験から学びそういった行動も取らなくなるが、もし学べなかったらどうなるんだ。いい歳をした奴が分別もなく他の命を奪って愉しむのだろうか。俺には、世界がそういう方向に向かっている気がしてならないのさ。兵器の操縦が楽になった結果、老若男女問わず戦場に駆り出される世界ってのが迫っているってな……」


 弥兵衛に子供はおらず、歳が大きく離れた兄弟親戚もいない。ただ、過去を振り返ってみれば確かに蚊をレーザーで撃ったりした記憶はある。いくら害虫の代表格たる存在とはいえ、殺すことに何の躊躇いもなかったのは事実であり、それがいつの日か人に対してもそうなるのではないかという危惧はあった。何しろ、旧先進国連合同盟は根本思想に「地球を破壊するだけの野蛮人は地球のために滅べ」というものがある。その考え方が地球のためには真に必要だとしても、究極的には「不倶戴天の仇は討つ」というものであり、いつ、どこで隣人を不倶戴天の敵の仇としてしまうか分からない不安定さが人間にはある以上、この時代の世の在り様は危険にも思えた。


「そのあたりは、民衆に選ばれた政治家を信じるしかないんでしょうね。公平かつ聡明で絶対に過ちを犯さず、永遠に老化も劣化もしない完璧な独裁者がいるのならすべてを委ね独裁国家になってもいいって人は多いでしょうけど、そんなのは人間じゃあり得ませんから。数多くの試行錯誤、トライ&エラーを積み重ねて歴史を紡ぐ。これまでの人類史がそうだったように、これからもそうなるんだと思いますよ」


 というより、そうなってもらわねば困る。先進国連合に独裁国は存在しないが、生きるか滅ぶかの瀬戸際に立たされたそれ以外の連合には独裁者が立っていたり、限りなく独裁に近い共和制だったりする地域も多い。だがそれらの連合に世界を導くことは不可能だろう。自分のことだけを第一に考えるからこそ力でしか権力を握れず、民衆の支持を得られていないと分かっているからこそ力で押さえつける。そのようなものに服従、あるいは協力する有力者など内通した輩くらいのものだろう。


「それにしても少佐は、国の将来についてずいぶん考えておいでですね。もしや、いずれ政治の道にでも進むおつもりですか。N.A.Uでは将校が政権中枢に招かれることもあるようですし、何十年後かのN.A.U国防長官に少佐が就任している可能性もあるわけですね。遊説先の地元紙に[ハリケーン]注意報が出されたりしそうですなあ」


「政治家に近いのはそちらじゃないのか。父も祖父も政治家で、当人は若くして功を挙げた軍人と話題性は十分だろう。もちろん政治家としての能力は未知数だが、そんな奴はいくらでもいるからな。しかも恐ろしいことに、まずは当選しなければならないから能力は二の次で人気と話題性が最重要と来ている。その点で花形中佐殿に勝る人材がいないことは間違いないはずさ」


 バーンズ少佐の思慮深さを話のネタにした弥兵衛だったが、強烈なカウンターを受けてしまう形となる。実際にどこぞの政党に勧誘されたり、知らぬ間に後援会に入れられていたりと散々な目に逢っており、軍に身を置いていなければ世間の荒波に飲まれ溺死状態になっていた可能性も高い。


「これは私の負けですね。ただ、furlong事件のこともあるので政治に近づく気はないですよ。欲に溺れれば自分が「ああなる」かもしれないと思うと……」


 出世欲を満たすため、W.P.I.Uの兵も現地住民も生贄に捧げた為政者たち。敵として戦ったC.C.Cをも上回る憎むべき存在だが、いざ己がその立場になれば、彼らと同じ道を選んでしまうかもしれないのではないか。そんなことはあり得ないと断言するには、まだ経験が足りなかった。その自覚があればこそ、政治には関わらないのだ。


「今はそういうことにしとくといいさ。将来のことなんざ、誰にも分かりゃあしないんだからな。……お、向こうの二人は食事が済んだらしい。さすがは貴族というべきが、ずいぶん待たされたもんだ。まぁこの話も有意義な時間ではあったが」


 そう言いつつ起ち上がるバーンズ少佐に倣い、弥兵衛も立ち上がって食事を終えて向かってくる二人に向き直る。どういうわけだかこの二人には嫌われている気もするが、今回はゲストとして招かれている彼らを軽々しく扱うわけにもいかない。面倒くさいという感情を感じさせないよう、うまく立ち回らねばと意を決するのだった。



23・進化と適応


 ザ・ロイヤルの二人は生鮮食料品がふんだんに用いられた食事に満足したようで、機嫌はいいように見えた。先ほどまでの、どことなく余所余所しい態度は空腹だったからだろうか……と考えた弥兵衛だったが、どうもそうではなかったらしい。


「それではお話に戻らせていただきますが、バーンズ少佐から撃破判定を取ったというのは事実なのですね。それは、例えば小隊戦の最中にそういうことが起こったというような、トラブル的なものであったのでしょうか?」


 うん、彼女はどうしても実力で自分が少佐に勝ったはずはないと思いたいらしい。そう思うこと自体は、リッキー=バーンズという男と戦った経験があるなら当然かもしれない。勇猛果敢にして冷静沈着、視野も広く部下への指示も的確。実戦に於いてN.A.U海兵隊機動部はいまだ不敗、模擬戦での敗北は指揮を次世代の士官候補に任せた結果という、規模も練度もまさに世界最強のコマンド・ウォーカー部隊で、その象徴ともいえるのが[ハリケーン]リッキー=バーンズなのだ。すでに6~7年前くらいから戦技教本には常連の存在にもなっており、若きパイロット候補生には憧れの存在にして、目指すべき目標でもあった。


(それが、こんな冴えない男に負けるはずはない。どうせ集団戦において数に勝る状況を作るなどした、判定的な勝利に違いないのだ。そもそも、W.P.I.Uのポンコツで最新鋭のグラスホッパーに勝つということ自体が嘘くさい……ってところかな。まあ夢をぶち壊しにしたのだから、嫌われても仕方ないのかもしれないが)


 弥兵衛が予測したほどまでにマーガレットの印象は悪くなかったが、方向性としては同じである。早い話、バーンズ少佐が負けるところをイメージできないのだろう。


「演習の公式映像はN.A.UとW.P.I.Uの協定で見せられないが、俺個人の記録データであれば俺の裁量で公開は可能だ。どうしても見たいというなら見せてもいいが、見れば後悔するかも知れないとだけは言っておこう。この花形中佐は君が思いも寄らない方法を考え、それを実践し俺に勝った。無論、サシの勝負でな。戦士に対して「勝てるはずがない」などと言う君には、刺激が強すぎるかもしれない。一人前のレディを子ども扱いして申し訳ないが、お父上の了解も得られたなら見せるとするよ」


 自分が認めている男に対してのあまりの言われように、バーンズ少佐はつい口を出してしまったが、実際に見てもらわないと納得はしないだろうというのは弥兵衛も同じである。そこで、ウィリアムの了解も得たうえで急遽この食堂にて模擬戦データの公開が行われることとなる。噂話程度に知っている者は多くとも、実際の映像を見た者は少ない。食堂はすぐに足の踏み場もないほどの人だかりができてしまった。



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「相手は、ルーファス=花形……今は中佐か。ハロンで泣いてた中尉殿が、また随分と出世したもんだ。しかし非公認とはいえ、こいつは撃破14撃破幇助15のビーストだからな。機体が旧式だとしても油断はせん。全力で行かせてもらおう!」


 個人データは、後に個人が記録を振り返るためのものである。淡々と映像だけが流れるよりは、本人が実況気味に台詞を入れているほうが記憶も鮮明に蘇えるというものである。そのため、個人データを記録している場合のコマンド・ウォーカー乗りは「独り言がやたら多い」ことでも知られる。バーンズ少佐はあまり気にしていなかったが、過去を大暴露されたほうは平静ではいられなかった。


「ちょっと、少佐!個人情報保護の観点からもこれはまずいんじゃないですか!?」


 泣いて、それでいて敵機を残骸に変えまくったレック・メイカー。さりげなく過去を暴かれた弥兵衛はバーンズに抗議したが、ここまで多くの人の注目を集めてしまった上映会を、いまさら止められるはずもない。



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「武装は左腕にtype3アサルトライフルと、右背部ウェポンラックにtype7ロケットランチャーか。ロケットを受けすぎなければ被撃破の可能性は低いが、それは向こうも承知の上だろう。さて、どう出て来るかな?」


 疾風型の武装は三式突撃銃と七式噴進弾のみで、極端な重武装を嫌ったことが窺い知れる。それに対しグラスホッパーはMark52型40mm重機関銃にBreaker8ショットガン、背部ユニットには予備弾倉とスキのない装備であり、撃ち合いになった場合は勝負にもならないことは確実だった。


「やはり、まともには撃ち合わんか。だがソロ戦である以上は逃げても事態は解決せんし、タイムオーバーまで逃がすつもりもないっ!」


 接敵し交戦が開始されると、グラスホッパーはジャンプ姿勢に入る。まずはそこを最初の好機として狙ってくるだろうと考えていたが、バーンズ少佐が豪快に連射し弾幕を張ったこともあり、疾風型は突撃銃をいくらか連射した程度であった。そしてバーンズ機がジャンプすると、諦めたように逃げ出す。疾風型は不整地専用のラビット・ユニットが装備されており、これは低空の小ジャンプを行うグラスホッパーの廉価版とでも言うべき代物である。大ジャンプにより高空から襲うバーンズ機を大鷲とするなら、弥兵衛機はまさに逃げ惑うウサギのように見えた。


「その軽い機体では、動きながらロケットランチャーを撃つのは難しかろう。着地を狙おうと考えていたのだろうが、手の内が読めた以上そうはさせん!」


 バーンズ機は巧みな空中制御で着地タイミングを変え、狙いを定めさせない。そして追う猛禽と逃げる小動物のやり取りは平地から荒地へと、その場所を変えていく。


「どうやら、そろそろ限界のようだな。致命傷は避けていてもコンディションはイエローに突入し、反撃の機会も与えられない。性能差を考えれば、よく持ったと言うべきなのだろうが……」


 心のどこかで、この男は今までの相手とは違うのではないかと思っていた。ハロンで見たこの男の動きには惹かれるものがあり、今回それを実感できるのだろうと。しかし現実は残酷で、つまらないものだ。やはり勝つのは俺か……と悟った時、バーンズの視界に入った弥兵衛機の背部ウェポンラックにロケットランチャーがないのを確認する。手に持っているわけでもなく、撃つ機会のない重荷をデッドウェイトと考えパージでもしたかと思ったのと、バーンズ機の着地に合わせ弥兵衛機が突撃銃を放ったのは同時のことであった。




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「うおお!着地点に大規模爆発判定だと?R1・2脚部完全破壊、L1脚部損傷大……」


 演習は実機を用いて行う。これは機動時のGなどを機械で再現するより、実際に動かすほうが訓練になるためだ。しかし実弾で撃ち合うわけにもいかないため、攻撃や被弾の判定はコンピューター上で行われ、その結果がそれぞれの機体にフィードバックされる。実際のバーンズ機も弥兵衛機も全くの無傷だが、演習上の損傷に合わせて機体制御に負荷が掛かるのだ。


「くそっ!もうジャンプどころかまともに動くこともできん。だが、まだ終わりじゃねえ。調子に乗って出てきたら蜂の巣にしてやるぜ。さあ来い!」


 グラスホッパーの上半身は360°回頭が可能である。どこから来ようとそちらに向き直り、撃ち合いになれば勝つのはこちらだ。バーンズも思わぬ痛手を受けたとはいえ歴戦の勇士である。この程度で闘志に衰えは見せない。


「……索敵範囲外からか。まったく、チャンスと思って踊り出てくるようなら逆転の目もあったんだがなあ。残念だが、そこまでうかつな奴じゃなかったわな」


 結局、弥兵衛機はバーンズ機の有効射程には入らず三式突撃銃を撃ち尽くす。コンディション・ブロークンに持ち込むのがやっとだったが、コンディション・レッド寸前で戦闘を終えた結果、監督官もコンピューターも弥兵衛機に勝利の判定を下す。


【お疲れ様です少佐。今回は運よくどうにかなりましたが、非常にタフで疲れる戦いでした。もうこんな、苦労するばかりの戦いは御免被りたいものですよ】


「やってくれたな、ルーファス=花形。この荒地の数少ない平地で着地を狙うのも、そのためにロケットランチャーの弾頭に細工をしていたのも計画通りだったというわけか。チャンスでも頑なに撃ってこない時点で何かあると察するべきだったぜ。だが、勝ち逃げは許さんぞ。リベンジはさせてもらうから覚悟しておけよ!」


【この戦いのために、さんざんあなたと機体を研究しましたからね。着地衝撃を均等化したいがため、可能な限り平坦な場所を選ぶことは分かっていました。そこに、炸薬だけを詰めた弾頭を撃ち込んでおいて起爆したんです。読みが外れていれば、負けていたのはこちらでしょう。運だけではありませんが、運も味方したのは事実です】


「レック・メイカーはご謙遜だな。状況に合わせて最善の手立てを模索し、実践した結果がこれだ。もっと勝ち誇ってもらわないと俺の立場がないし、リベンジを果たした際の喜びも半減する。とにかく次の戦いまで方々に自慢しておいてくれよ?」


 その上で、次は俺が勝ってやる。言葉にはしなかったが、バーンズ少佐は久々に追う側となったことに喜びすら感じていた。しかし当人の気持ちと周囲の感情の温度差はかなり激しかった。


【あんなのは卑怯者のすることだ。正面から戦えば隊長が負けるはずねえ!】

【もう一戦、リベンジマッチを申し込みましょう。このままでは納得できません】

【そもそも、1:1での戦い自体に意味はない。実戦は集団戦なんだからな!】


 判定とはいえ敗北したことに、バーンズ本人より海兵隊機動部の部下たちが憤りや不満を感じているようだった。送られてくる通信も彼を擁護するものばかりであり、ついには演習相手の人格攻撃を行うほどに加熱していく。


「そこまでにしておけ。この戦いは定められた方式に則り、両者も納得の上で行われた。それを侮辱するなら、俺に対しての侮辱でもあると受け取らせてもらう。それに彼は勝利を得るために俺とこの機体を研究し、荒地の中でも平坦な地形に降りるというクセを見抜いて罠を張った。俺も同じくらい彼と機体を研究していれば、付け入るスキはいくらでもあっただろう。だが俺はそれをしなかった。しなかったんだよ!」


 なぜ、そうしなかった。相手はハロンのレック・メイカー、ただの敵ではないことくらい分かっていたのに。油断したつもりはない。戦いに於いても最後まで全力を尽くしたし、機体性能で勝るというアドバンテージもあった。それでも負けたのは、絶対的に「勝利への執着」が足りていなかったからに他ならない。


「まったく、俺も[ハリケーン]だなんだとおだてられているうちに、どうも慢心していたらしいな。これ以降、隊内で俺を[ハリケーン]と呼ぶのは禁止だ。少なくとも再戦に勝ちリベンジを果たすまでは……以上だ。通信およびデータ記録終了!」



 食堂の中央に映し出されたバーンズの映像が切られると、室内の照明も点灯し始める。ただ食堂が普段の姿を取り戻しても、普段の喧騒は戻らなかった。常勝無敗の英雄リッキー=バーンズが模擬戦とはいえ敗れたのは、偶然かそれに近い形だろうと考えていたのはマーガレットだけでなく、事実を知らない者の大半がそうである。こうも見事なまでにしてやられているとは、誰一人として夢にも思っていなかった。


「感想はどうかな、ロイヤル・レディ。君が「勝てるはずはない」と考えた勝負に勝った男の戦いぶりは。君は……いや、君だけじゃないな。俺自身も含めこの場にいる多くの者は、おそらく[ハリケーン]リッキー=バーンズが負けるはずがないと決めてかかっていたのだろう。俺たちは「無敵のハリケーン」という偶像に惑わされていたんだ。唯一、この花形中佐を除いてな。それが勝負を分けた。お分かりかな?」


 そう言いながら隣にいた弥兵衛の肩をたたくバーンズの顔は、負けたことを再確認して屈辱に歪む男のものではない。慢心に気付かせてもらえたことへの感謝と、対等に戦える相手が出てきたことへの喜びで満たされている。バーンズは、自身の才能によって高みに至りそれゆえに孤独だったが、今はもう違う。


「まあ、今すぐは受け入れ難いだろうな。だから君自身の戦いを中佐に予想してもらおうか。俺と君の戦い、情けないことに俺は鮮明に覚えてはいないが、ゆえに俺は彼にどういう戦いだったかの説明もしようがない。だが、きっと彼は戦いの趨勢を当ててくると思うぞ。興味あるだろう?」


 あまり面倒事は勘弁していただきたいのですが……という弥兵衛の抗議に「君の名誉のためでもある」と押し切り、バーンズはマーガレットに勝負予測を持ち掛ける。彼女としても、ここで断るわけにはいかなかった。


「まったく、しょうがないですね。ではまず前提として、少佐がグラスホッパー4、サー・マーガレットがナイト・オブ・ナイトメア通常兵装でよろしいですか?」


 それを皮切りに、戦場の地形や彼我の兵力差などを聞いた弥兵衛は、しばし目を閉じ頭の中で2機の戦闘をイメージする。もちろん細かい動きまで予測できるような超能力者ではなく、そもそもバーンズ少佐が勝ったということを知った上での予測である。結果ありきの予測に意味はないだろうと思いつつも、至った結果を話し始めた。


「K.o.Nの対空兵器が肩部速射砲のみと考えれば、接近し射角を取らせないことが最善であるはず。ゆえに接近戦を挑むグラスホッパーvs距離を取るK.o.Nという戦いになるのでしょう。しかし速射砲だけでの撃破は難しく、ロケット・ランサーを有効に使わなければなりません。そこで狙うは空中機動中が着地となるのでしょうが……」


 当然、それはバーンズ少佐もお見通しであろう。グラスホッパー型は弥兵衛機に撃破判定を取られた後、空中制御用のブースターを下方にも向くようにして着地衝撃を和らげるように改良された。これを行えば着地衝撃を次のジャンプに流用できなくなるが、そこに拘るからこそ付け込まれたという教訓は捨て置けなかった。そしてこの機構を追加したことで、従来よりも大胆な空中機動が可能となったのだ。


「なかなかロケットによる有効打が決まらない。そこで、自慢の大楯を生かし接近された味方に別の機体が敵ごと巻き込むようにロケットを撃ち込み、盾の分だけ被害を抑えトータルのダメージレースに競り勝つ……といったところでしょうか」


 まるで見ていたかのような戦況分析に、ウィリアムもマーガレットも「やはりバーンズ少佐が教えたのでは」と疑ってしまうものの、バーンズがそういう真似をする男でもなければ、そうする理由もないことは分かっている。この花形という男は「与えられた情報から未来を予測することに長けている」らしいことは思い知ったが、最後に余計な一言を付け加えたために悪い印象は残ったままになってしまう。


「ただ、ロケット・ランサーは着発信管と時限信管を切り替えられるはずですし、時限信管にし盾で隠しながら足下にでも転がしておけば、密着しようとするグラスホッパーも手痛い目に逢いそうなものですけどね。私ならおそらくそうしたかな?」


 それは悪意の欠片もなく、有効な手段の一つとしてただ提示されたものである。しかしそれに気付けなかった当事者としては、いい思いを抱かないのも当然である。


「そうですねっ!もし中佐がバーンズ少佐と対峙されていたら、撃破判定を取っていたかもしれませんね。私のように近づかれて戸惑ったりせずにっっ!」


 そう言い残すとマーガレットは挨拶もそこそこに、食堂から出て行ってしまった。若くして精鋭部隊に抜擢されたのだから、当然その誇りもある。だがこの場では歳相応の小娘であることを痛感させられてしまったのだ。恥ずかしさや悔しさ、そして己の不明と多くの感情がない交ぜになり、貴族らしからぬ行動を取らせてしまう。



「いや、娘が実に見苦しい姿をお目にかけました。しかしご両名には、あえて御礼申し上げよう。あの通り、娘は若くしてザ・ロイヤルに抜擢されましてな。確かにセンスはあるのですが、それだけに自信過剰と思える節もありまして。これを機に、ただ駒を操るだけが騎士の務めではないことに思い至ってくれたらと願うばかりです」


「ウィリアム卿もご苦労が絶えませんな。しかしご令嬢は、確かにコマンド・ウォーカー乗り……G.B.P流に言えば「駒」の操者としては新世代を担う逸材。小官ら旧世代の者ができることと言えば、経験を伝えるくらいのものでしょう」


「今回の経験をどう生かすかは、ご令嬢次第でしょうね。とりあえず私からは「戦う前から勝負を悟らない」ことが伝わればと思うばかりですが、どうやら嫌われてしまったようですから伝わらないかもしれません。何卒よしなにお伝えください」


 ザ・ロイヤルの二人が食事を取っている間、弥兵衛とバーンズは待ち時間に止め処ない会話を弾ませたが、その中にはサー・マーガレットも含まれていた。そして公式に入手できる彼女の記録データを見て、二人はずいぶん驚いたものである。相手の動きを見切ったかのような回避動作は「卓越したセンス」で済まされるようなレベルではなく、裏をかくなり不意を突くなりの方策が必要という結論に至るほどだった。


「必ずや伝えさせていただこう。それと娘の度重なる非礼は、ここで正式にお詫びさせていただく。まだ若輩者ゆえ、どうかご容赦を」


 気にしていませんから……と弥兵衛が返すと、ウィリアムも食堂を後にする。その頃には集まっていた観衆も食堂から去り、残るは弥兵衛とバーンズほか数名というところで、時間的にも後は休むだけという状況である。



「しかし、新たな世代のパイロットか。俺は中佐に負けた時も、コマンド・ウォーカーの戦いに個人の技量以外を持ち込む奴が出てきたかと戦慄したもんだが……ロイヤル・レディはその逆で、個人の技量を突き詰めたって感じだな」


「我々だって、まだ変われる可能性はありますよ。少佐にしても前の演習の、29歳361日でギリギリ20代だった頃より体力は落ちたかもしれませんが、今のほうが断然お強いでしょうからね。先ほど申されたように、歳は大した問題じゃないです」


 嫌味のつもりかこの野郎!……というバーンズの抗議を尻目に、弥兵衛も自分の部屋へと向かう。今日は朝から機体の組み立てや機動プログラムの組成、テストなど忙しい一日だったが、それに見合う充実感も得られた日だった。こういう仕事なら忙しくても「悪くない」のだが、いつまでも続かないのだろうなあというのが弥兵衛の思うところである。そしてそれは試験が一通り終了した1か月ほど後の8月末に、現実のものとなる。


「本国からお前に呼び出しがかかった。新たな任務があるそうだが、それが何かは俺にも伝えられていない。とりあえず連合軍総司令部に出頭してくれ」


 そう告げる葉山誠士郎准将の顔つきも厳しいが、正式な辞令である以上は従うほかない。弥兵衛の南国バカンス気分は約1か月で終了し、権謀術数が渦巻く日本地区へと舞い戻ることとなってしまった。

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