第9話 一輪草の記憶6 終幕

19・残骸製造者 レック・メイカー


 サクマ少尉機を撃破したC.C.Cの一小隊3機は、背後の建築物が爆破されるのを目にする。一連の戦いに於いて袋小路に誘い込まれ、建築物に押し潰されるという小隊があったことを思い出し、急ぎ袋小路から退避し事なきを得る。


【爆破が完全ではなかったようだな。準備を急ぎ過ぎたのか、それとも別の不具合でもあったのか。いずれにせよ、運はこちらに向いていたようだ】


 小隊長はそう感想を漏らし、部下の2機も安全圏へ避難できたことに安堵する。だがそれこそが罠であった。今にも崩れんとする鉄塔に目を奪われた小隊のうちの1機が、背後から土木作業用の斧をコックピットブロックに叩き込まれたのである。


「……いま、自分たちは「助かった」と思ったろう。相手は爆破に失敗し、自分たちにはツキがあるとも。その想いがこうして、スキを生み出したわけだ。3つある罠すべてを同じように使うなどと、甘っちょろいことをするわけがないんだよ!」


 泰山型や、ベンチマーク先となるグラスホッパー型は四脚の下半身に人型の上半身が組み合わされた形状のため、上半身は360°の旋回が可能である。そのため「攻撃方向に対して上半身を向ける」という行動が可能なため正面装甲が特に厚い。その一方で背後の装甲は手薄な設計であり、N.A.Uはこれを数と背部装備で補っていたが泰山型では特にフォローされてはいなかった。ゆえに、弥兵衛機が放った大斧ランバージャックの一撃はいとも簡単にコックピットブロックに到達する。


(死んだのは子供か、それとも戦士か。確実に言えるのは、このパイロットが間違いなく死んだということだけ。残り2機、必ず討つぞ……少尉!)


 弥兵衛のA001もすでにチェイサーユニットはパージされ、高速走行は不可能となっている。1機を撃破した弥兵衛はすぐにビルの脇道に入り逃走を試みた。その機体には、すでに武装がなかったのだ。


【奴は丸腰だ。絶対に逃がすなよ!あの盾つきは勲功第一だしな!】

【高速走行ができないなら当機でも追跡可能です。友軍にも連絡しますか?】


 その質問に対する小隊長の返答は否である。敵は丸腰の1機で、しかも最後に残った指揮官機と思しき機体である。手柄を横取りされてなるか、という思いが強かったのだ。結果的に、この判断は最悪のものとなるが。


【ただ追うだけではなかなか追いつけん。二手に分かれ奴を追い詰めるぞ!】


 通常移動の疾風型と泰山型とでは、チェイサーユニット装備時ほどの差はないが疾風型のほうが身軽ではある。逃げる獲物をただ追うだけでは効率がが悪いと考え挟み撃ちを画策するが、これこそ弥兵衛の目的であった。逃走経路に残された残弾2の一式長銃を拾うと、曲がり角から追い縋ってきた機体の上体、そして脚部へと続けて攻撃を行う。そして大きく体勢を崩した機体の被弾脚部に前蹴りのような形で追撃を加え脚部を破壊する。コマンド・ウォーカーは着地の衝撃を脚で吸収する機構上、足裏方向から大腿部、もしくはその逆方向への衝撃には強い。格闘技で言えば、前蹴りや踏み付けなどは有効に行えるが回し蹴りはNG、ということになる。


「丸腰の相手がいつまでも丸腰で、ただ逃げるだけの獲物だとでも思ったのか?しびれを切らせて二手に分かれるよう誘いを掛けはしたが、こうも簡単に乗るとは!」


 ここまでくると、もはや駆け引き。つまりは人同士の戦いであり、機体や武器は関係ない。仮に生身など別の形での勝負だとしても、勝者は弥兵衛だったろう。転倒した泰山の腕部主砲の砲口を踏みつぶし、次に上半身を脚で押さえつける。そして、大口径砲の使用時に姿勢を安定させるための脚部ホールディング・ステークを泰山型のコックピットブロックに撃ち込み始める。ガキン、ガキンと鈍い金属音が響き、4射目にしてついに装甲を貫いた。


(斧で断ち割り、杭で貫きただ殺す……およそ文明人のやることではないな。まあ、人の本質など数千年前から大して変わっちゃいないだろうが)


 そして残り1機も同じように誘い出して撃破したころ、日も暮れ始めた。もちろん機能的にはコマンド・ウォーカーでも夜間戦闘も可能だが、電子戦機の補助がなければ自身から探照灯を放って目標に対する確認や正確な情報収集を行う必要があり、そのようにして闇夜の中で灯を持つ者が他者からどのように見えるかは言うまでもない。どうしても必要に迫られない限り、専用の装備で固められた機体以外での夜間戦闘は行わないのが定石だった。


「さて、残りは4機か。N.A.Uの到着刻限を考えると、明日には決着を付けようとするだろうな。夜襲の可能性もあるが、駆動音や歩行音のおかげで奇襲はまず不可能と考えると、今夜は休んで明日の勝負に備えて来ると見るのが妥当な線だろう」


 弥兵衛は海水浄化プラントの北側広場、天籟砲により多くの僚機が残骸と化したこの場所で機体を停止させる。近くで見れば損傷が少ないことは分かるが、遠目には残骸の一つと見えないこともない。何もない場所にただ1機で佇むよりは、いくらかのカモフラージュ効果があると考えたのだ。ここでコックピットブロックから出ることもなく、合成食糧を水で流し込み、シートで眠る。最後の晩餐、最後の安眠としてはあまりに粗末なものだったが、それだけに神経は戦いに向け研ぎ澄まされていく。


(皆が俺に、戦え、そして殺せと……敵だけでなく、自分たちを死に追いやったすべてを憎み、恨むと……俺は最後の一人として、皆の想いを遂げるために……)


 極度の緊張と、連戦による疲れ。敵を容赦なく討ち、罪悪感を振り払うように努めて冷酷であり続けた結果、弥兵衛の精神もまた、壊れかけていた。聞こえるはずのない死者の声に耳を傾け、それに衝き動かされるその様は人形のようでもあった。


「やってやるさ。必ず、死ぬ前に、奴らも、味方の顔をした敵も、すべて……」


 5/31日の夜はこうして更けていき、ハロン市に静寂が訪れる。一方でその遥か西方では、N.A.Uの部隊が夜も返上でハロン市に向かっている。その先鋒を務めるのは、エースとして名高い[ハリケーン]の異名を持つリッキー・バーンズである。


【操縦はオートに任せて、皆も眠って構わんぞ。もっとも、この騒音で眠れるとしたら大したもんだがな。とにかく予定では昼までにはハロンに入る。C.C.Cの連中は市街地に広域殲滅弾を撃ち込むようなクソったれ共だ、容赦なく一気に始末するぞ!】


 大型で重厚なグラスホッパー型の歩行速度は、実に疾風型の3割にも満たない。長距離移動には適さない機体だが、ハロン市では激しい戦闘が予想されるためN.A.Uとしても軽戦闘車輛を向かわせるわけにはいかなかったのだ。しかしこれでも、彼らとしては全速力でハロン市に向かってはいる。途中で遭遇したW.P.I.Uの部隊から、補給も整備もままならないと分かっていてハロン市に残る部隊の話を聞き、そして先日はハロン市が広域殲滅弾による攻撃を受けたとの報告も受けたからだ。


(駐留部隊は苦戦しているだろうな。すでに全滅していてもおかしくはないほどの戦力差があり、到着したところで死亡確認や遺体回収が関の山かもしれん。だが、自分の身を顧みず国のために命を賭けた兵士たちだ。どんなものでもいい。国に送れるものが残っているなら、それをどうにか拾ってやらねば……)


 仲間も、その遺体すらも見捨てず故国に連れ帰る。それがN.A.Uとなる前、合衆国時代からの伝統とも言うべき、彼らの流儀である。もっとも、ハロン市に到着した彼らが目にしたのはすでに終結を迎えていた戦闘と、その結果による惨状だったが。



20・散らずの花


6/1 12:11

 N.A.Uの部隊は予定通り、昼にはハロン市に到着した。市内突入前に行った無人機による偵察結果と、残存していたW.P.I.U機とのデータリンクにより判明した戦況の各種データを見たN.A.Uの隊員たちは、その状況に言葉を失う。


【戦闘開始時の戦力差12+AI機8:50に対し、現況1:1だと?しかも途中で2機が離脱、広域殲滅弾により12機を失ったとある。いったいどういうことなんだ……】


 N.A.Uの隊員たちも、C.C.Cの機体がグラスホッパー型の紛い物であることはよく知っている。だがW.P.I.Uの主力機たる疾風型が、倍以上の差を容易に覆し得るほどの高性能機ではないこともまた、周知の事実だった。


「特にこのW.P.I.U001……撃破13撃破幇助15は記録違いだろうと思えるほどのものだ。コンディション・レッドに突入しているが、まだ間に合うかもしれん。全機、跳躍準備に入れ。市内では高機動状態に移行する!」


 バーンズ大尉の指示により、グラスホッパー各機が四本の脚を縮めてジャンピングユニットに反発力を溜め始める。最初のハイジャンプさえ行えば、次からは着地時の衝撃力を反発力に転用できるため、ブースターの噴射といったエネルギーの消費を抑えられるのが特徴である。それまでの「メタル・コング的な何か」と呼ばれたグランド・エイプ型に代わるこの機体は、主にN.A.U陸・海軍の精鋭部隊に与えられて次世代のコマンド・ウォーカーを担い得ると期待されていた。


「よし、全機ハロン市に突入する。C.C.Cのフェイク野郎どもに、本物がどういうものか教えてやれ!」


 号令と共に、総勢40機のグラスホッパー型が文字通りバッタのように跳ねて市内に突入を開始する。歩行時の鈍さは見る影もなく、重量級の大型機が高速で接近してくる様は恐怖を駆り立てること間違いなし……といったところだが、今回に関して言えば周囲にあるのは残骸のみである。


【こりゃ酷いもんですよ大尉。特にC.C.Cの機体は脚を破壊して動きを止め、コックピットブロックを潰すという手段で撃破されているものが多いようです。明確な殺意を感じる戦いぶりと言えますな】


 数に差がある以上、ブレイクアウトを狙うのは分かる。だが基本的に守りの固いコックピットブロックを狙うよりは、武装破壊や脚部損傷によるブロークン突入からの追撃でブレイクアウトさせるのが一般的である。しかし残骸の多くはコックピットブロックが狙われ、つまり機体よりパイロットを殺すことが目的に見えた。


「正面装甲を避けて、横や後ろから致命的な一撃を与えているんだ。W.P.I.U001のパイロットはかなりの腕であることは間違いない。だが、それほどの腕があるならより簡単に敵機を無力化できるはず。なぜ、コックピット潰しにこだわるのか……」


 攻撃機会が限定されるコックピット狙いより、別の場所にも攻撃を加えるほうが楽に戦える。後に「補給が完全に滞り武器弾薬も心許ないため、少ない攻撃で最大の効果を得る」手段としてパイロットを狙ったことが判明するものの、この時点では「殺人を愉しむパイロットなのか」という思いがあった。


【W.P.I.U001は目下、ハロン市の北西部で最後の敵と交戦中のようです。動き方から判断しますと、逃げる敵を追いかけているようであります。コンディション・レッドの状態で追いかけるとは、やや常軌を逸しているように思われますが……】


 センサーユニット装備の僚機から通信を受け、先頭のバーンズ機はジャンプ中に廃墟のビルを足場にして方向転換を行う。過去のコミックに描かれたヒーローを参考に「スパイダームーブ」などとも呼ばれるその動きに後続も倣い、N.A.Uの突入部隊は北西部を目指して高速移動を続ける。


「このペースなら数分で視界内への捕捉も可能だ。しかし状況が分からぬ以上、敵機を発見しても攻撃は待て。まずはW.P.I.U001の発見を優先しろ」


 バーンズ大尉は詳細を口にはしなかったが、彼には予感があった。直前に見かけた残骸はコックピットを近接武器で貫かれており、射撃武器による損害は見られなかった。W.P.I.U機はすでに銃器がなく、近接武器しか持っていないのだろう。そのような状況で敵機を追いかけるということは、敵機も攻撃不能であると考えるのが妥当である。放置すれば逃げるだけの、戦闘能力を失った敵を追う兵士……まともな精神状態になく、下手に近づけばこちらに狂気が向くと考えたのだ。


6/1 12:22

 バーンズ大尉の予感は、当たらずも遠からずである。6/1日の戦闘はそれまでと違い、機動力に勝るW.P.I.Uが先手を取り動き回るものではなかった。昨日までと同じようにW.P.I.U機が出てくると考えていたC.C.C残り4機は虚を突かれ、そして「援軍が来るまで逃げ回るつもりか」という疑心暗鬼を生じさせる。結果、より効率的な索敵を優先したC.C.C隊は散開しハロン市の調査を行ってしまった。4機でまとまっていれば弥兵衛は手の出しようもなかったのだが、散開したために各個撃破の機会を得ることとなり、唯一の希望として待ち続けた千載一遇の機会を逃さなかった。


「ターゲット050捕捉。コマンド・ウォーカーは貴様で最後だ。このコンディションでは援護攻撃も避けられないだろうが、まあいいか。目的は果たしたしな……」


 最後の泰山型は砲身部分に疾風型の右腕を差し込まれ、握っていたグレネードが爆発し射撃不能となった。疾風型も右腕を失ったが、そのグレネードが最後の射撃・投擲武器であり、相手の砲身を潰せるなら取引としては十分だったのである。


「古代や中世じゃあるまいし、この時代に近接武器など不要。そう考えていた時期が俺にもあった。しかし今だけは、お偉いさん方のロマン志向に感謝するさ!」


 人型ロボットにこだわったロマンチスト達は、当然のごとく装備にもこだわった。コマンド・ウォーカー用の重火器はもちろん、見栄えだけはいい近接戦闘用の武器も用意したのだ。もっとも、銃があれば弓や刀剣が廃れたようにこの時代でも武器としての実用性は高くなく、主目的は土木作業用になってはいたが。


「大量生産、大量運用による機能集約が仇となったな。生産性向上のための機能限定化が、単機で武器もなく逃げ回るという絶望的状況を生んだわけだ。しかし、逃しはしない。俺たちが生きて戦い、散った証として貴様にはここで死んでもらう!」


 かくして、技術が発展した未来世界に於いて「逃げる者に対し、刃物を手にした者が追い回す」という光景が繰り広げられることとなる。機体各所に損傷がある両機はなかなか決着がつかず、泥仕合の様相を呈していたところにN.A.U部隊が到着し、そのあまりに時代錯誤的な光景に呆然としてしまった。


【おいおい、この時代に刃物を手にしたバーグラーが出るのかよ……】

【なぜ、ああまでして殺したがってるんだ……あいつ頭は大丈夫か?】

【大尉、通信を送ってみますか?おそらくムダでしょうが……】


 部下たちの声を聞きながら、バーンズ大尉はW.P.I.U001の動きに目を奪われた。右腕を失い、脚部も損傷が激しい。動かすのも難しいと思われるその機体を動かし、今まさに敵機のコックピットブロックを貫かんとするパイロットがいる。右腕を失った場合の制御プログラムを用意し、脚部の損傷具合に応じて制御を変えるなどの下準備を行っていなければ不可能なことだ。その用意周到さと、狂気じみた執念に興味を持たずにはいられない。


【目標は確認した。以後は市外からの攻撃に備え、レコンは東方の索敵に専念せよ】


 バーンズ大尉の指示により、隊員たちも我に返る。戦いはまだ終わってはおらず、市外には車輛部隊が展開しているという情報もある。市内を安定させるだけでは勝利と言えないのだ。そしてN.A.U部隊が行動を起こした時、ついに最後に残った泰山型のコックピットブロックが貫かれた。


6/1 12:36

『そこのW.P.I.U機、応答せよ。こちらはベトナム地区タンホア市駐留のN.A.U海兵隊機動部、バーンズ大尉だ。通信機器が故障しているのなら、動作で応答してくれても構わん』


 泰山型の脇腹付近からRB‐14Ripper Bladeを突き入れ、その名の通り殺人者となり果てたパイロットにバーンズ大尉が呼びかける。通信機器が故障している可能性もあるため、それは外部スピーカーから行われたが、返答は通信によるものだった。


【N.A.U?……そうですか。フフ、まさか。よりにもよって、最も死んでもらいたかった奴だけが生き延びて。ハハ、これが結末だと?ヒッヒッヒッ……】


 それを聞いたバーンズ大尉は、一人残ったパイロットが恐怖と緊張から逃れるために興奮剤を使用したとも疑ったが、すぐにそうでないことを理解した。


【多くの部下を死なせて、指揮官だけが生き残る。怒りや失望を通り越して、もはや笑いしかこみ上げてきませんよ。フッ……フフ……ハッ…うぅ……うぉぉ……】


 乾いた笑いの後に慟哭が続き、通信が終わる。バーンズ大尉は通信相手が男で、しかもまだ若いのだろうということは察した。本来なら所属と階級を名乗るべきではあるが、状況が状況だけにそこまでは求めない。


(泣けるならこいつは大丈夫だろう。喜び、怒り、愉しむ精神異常者はいても己の不明に涙する精神異常者はいない。己の不遇や不幸に涙する精神異常者はいくらでもいるが、この男は自分に怒り失望した。己に向かい合う心がまだ残っている)


『こちらとしては、一人でも残ってくれてよかった。君らのお仲間とも、全滅などさせんと約束したからな。ところで、今は話をする気でもないだろうからデータリンクだけお願いできるか。どう呼んでいいかも分からん、ってのは不便でいかん』


 泣きたいなら、好きなだけ泣かせてやる。ただ、音声での返答はその妨げになるだろうからデータリンクで返事をしろ……というバーンズ大尉の心配りだった。これが生涯のライバルにして戦友となる、花形=ルーファス=弥兵衛とリッキー=バーンズの最初の出会いだった。



21・静謐なる殺意


6/2 7:44

 N.A.U部隊によるハロン市の解放が宣言されると、市外に避難していた民衆の帰還も始まり街は活気を取り戻し始める。それまで戦っていたW.P.I.U部隊のことは忘却の彼方に追いやられ、救世主たるN.A.U部隊ばかりが持ち上げられていたが、弥兵衛にとっては市民の評価なぞどうでもいい話だった。


「昨晩はよく眠れたようだが、朝食は口に合ったかな?そうか、それはよかった。ところでこうして呼び立てたのは、貴官に聞いておきたいことがあるからだ」


 戦闘終結宣言の翌日、弥兵衛は朝食後にバーンズ大尉の下に出頭せよとの要請を受ける。N.A.U所属ではないため拒否は可能だが、一宿一飯の恩もあるため用件を特に詮索することもなく話に乗ったのだ。


「緒戦の交戦記録は実に見事なものだった。しかし一転、2戦目からは非常に苦しい戦いとなったようだ。これは補給に問題が起きたから、と考えてよいのだろうか」


 弥兵衛の答えはただ一言、yesである。弥兵衛はあまり重大事に考えていなかったが、これはN.A.Uにとっても看過できない話であった。W.P.I.Uが補給もせず見捨てた場所に、自軍を送り込むなど場合によっては犬死である。見方によっては同盟相手を陥れたことにもなる国際問題であり、これが葉山中佐の切り札でもあったのだ。


「そうか。君らにも色々あるようだな。残念ながら俺らもそうさ。連合国家ってのはどうしても、そういったものから逃れられんのだろう。ところで、今後はどうするつもりなんだ。浄化プラントは吹っ飛んじまったし本国に帰還か?」


「6/4日に輸送艦リトルホープが到着し、7日にここを発つ予定です。ハノイに向かった部隊員たちも、それまでにはここに戻るでしょう。数日はゆっくり過ごしますよ」



 その予定は着実に遂行された。乗っ取った輸送船をちゃっかり回収目的のものにすり替え到着した葉山中佐から、今回の一件における裏事情のあらましを聞いたバーンズ大尉は激しく憤り、国を通じてW.P.I.Uに抗議することを約束する。W.P.I.Uが見捨てた地にN.A.Uを派遣させるとは何事か、と問われれば政治問題化は避けられない。


「これで政治屋どもに一撃くらいは食らわせてやれるな。俺もお前もしばらくは冷たい目で見られるだろうが、無理のある処罰なんかはできないはずさ。それにしてもよく生き残ってくれた。お前が生き残ったってのが、奴らには何よりの凶報だろうよ」


「人を病原体か何かのように言ってくれるのはさすがに不愉快ですが、奴らが頭を抱えて苦しむなら病原体も「悪くない」ですね。今回の戦いは悪い事ばかりでしたが、お互い生き残れたこととバーンズ大尉と知り合えたことは「悪くない」です。もっと違う、別の形でこうなれたならよかったんですけど」


 顔を合わせれば軽口の応酬が始まるのは変わらぬ花形弥兵衛と葉山誠士郎の二人だったが、今回に関しては危ない橋だったという自覚はある。そして、橋を渡る理由となった者たちとの戦いが始まるのはこれからであった。


「私はこの戦いで部下を失い、まだ子供だった敵も容赦なく討ち、戦いには無関係なはずのハロン市民をも死なせました。いまさら、殺す相手がいくらか増えたところで罪の意識なんぞありはしません。物理的にか、或いは社会的にか。そのどちらになるかは分かりませんが、この一件を引き起こした連中を必ず殺します。それが、この戦いで生き残った私の果たすべき使命だと思いますから……」


 戦闘は終わり、普段のもの静かな青年に戻っていた弥兵衛だが、その言葉には戦闘中に見せたような激烈な殺意を垣間見ることができた。彼らが仕出かしたことに対する法的責任を問い、仮に法が彼らを裁かないというなら自分も法には従わない。どのような手段を用いてでも復讐は果たす。自分の手は、すでに血塗られているのだ。


「そうだな。世界が戦いに向き始めて幾久しいこの時代、俺たちの代で戦いを終わらせることは叶わないだろう。ならば未来に何を遺せるかと考えた時、俺はせめてこのW.P.I.Uくらいは薄汚い策謀で民衆が死なずに済む形で次世代へ渡したいと、そう思うのさ。俺は軍で、お前は政治で……と考えたこともあるが、どうもダメそうだ」


 弥兵衛はもともと政治に興味がなかったから軍に入った経緯があり、今回の件で政治に対する不信は極まった感がある。父親との行き違いが解消されれば家に戻るかもしれない、という葉山中佐の目論見はあえなく潰えたといえる。ただし、それ以上の手札を引き当てたが。


「まあ、軍のほうを整えたら俺が政治に行くさ。お前が嫌がることを代わりにやってやるんだから、当然だがお前にも協力はしてもらうからな。いずれ票集めしてもらうとして、差し当たっては今後もW.P.I.Uの有名人でいてくれればいいからよ?」


 有名人とは何のことだろう……と訝しがる弥兵衛に、葉山中佐は意地の悪い笑みを浮かべながらこう伝えた。


「正式発表はまだだが、お前さん本土に戻ったら表彰が待ってるぞ。命令を忠実に守り、ハロン市民のために最後まで戦った勇士隊を率いた指揮官のご帰還ってな。軍や政治屋どもは英雄を作り上げて、この不祥事をもみ消すことにしたらしい。ハロンに残った12名はすべて2階級特進だそうだ。生き残ったお前さんすらそうなんだとさ。よかったな、生きているうちに2階級特進するのは初めてのことだって話だぞ?」


「はあ?私は部下だけ失った無能な指揮官の代名詞として、軍学校の教本にでも載るかと思っていたんですがね。それがどうして褒められなきゃいけないんです?」


「そりゃあ「軍は補給を滞らせたが、実は花形少佐殿が部下を叱咤激励し背水の陣を敷くために打った布石である」とでも言っておけば、補給隊を送らなかったことも美談になるってもんだろ?あいつら、そういうことにはホントよく頭が回りやがる。そう言っちまった後で、軍神たる花形少佐様が否定したところで「またまた、ご謙遜を……」ってな。ああ、自分で言ってて腹が立ってきたぜ!」


 弥兵衛は絶句し、ぐうの音も出ない有様だった。しかし彼はその運命に抗うべく前線勤務を望み、次に派遣されたインド戦線においてG.B.Pのザ・ロイヤルと共闘、そこでも抜群の武功を上げ中佐への昇進を果たす。これ以上の出世は他の士官の士気にも関わるということで評価がされにくい兵器開発部に回され、現在に至っている。



(あの日に抱き、誓った復讐の想い。策謀に関わった者たちのうち、幾人かは社会的に抹殺された。しかしまだ、すべてじゃない。ハロンに散った者たちのためにも、必ずや成し遂げて見せる。そのためだけに私は……)


 あれから4年、担当部署は変われど抱いた想いに変わりはない。だが今は小休止だ。同志たる葉山誠士郎も左遷という形で新型コマンド・ウォーカーの開発に回され、軍の中枢からは弾かれた形となっている。しかしこの開発が軌道に乗れば、別の道が開ける可能性もあるのだ。それを信じ、花形=ルーファス=弥兵衛はコマンド・ウォーカーを駆り続ける。復讐を遂げ、よき未来を遺すために。

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