第8話 一輪草の記憶5 散華
17・murder gale
浄化プラントが破壊された翌5/30日のハロン市は、久々に交戦が行われない一日となった。しかしW.P.I.Uの4人は監視1名整備3名の振り分けで一日中作業を行い、休息とは無縁の時間を過ごす。だが、これが最後で後はどう戦って死ぬかという想いが強かったせいか、疲れはまるで感じていない。
「こちらの機体整備はこんなところか。後は戦場に幾つかの仕掛けを用意すれば、いつ始まっても対応できる。問題は、敵さんの動きだが……」
弥兵衛らは戦う道を選んだが、それも敵がいなければ成立しない。褒められた理由ではないとしても「W.P.I.Uの腐敗を暴くための人柱になる」という理由がある弥兵衛と違い、浄化プラントを確保できないC.C.C先遣隊はここで戦う理由はなく、撤退したとしてもおかしくはなかった。
「レコン装備も失われたため正確な動きは掴めませんが、ハロン湾に船影はないので渡河しての撤退は行われておらんのでしょう。西に抜け北回りで水場を越えることはできますが、西からN.A.Uの部隊が接近中なことは彼らも知っているでしょうし、そのルートで逃げようとする確率は低そうですな」
そう口にするサクマ少尉も、市内に残るC.C.C先遣隊にはやや同情気味ではある。もはや目的は達せられないのに安易な撤退も叶わず、いつ襲われるか、そしていつ敵の増援が到着して一気に蹂躙されるのかと恐れる時間が続くのだから、神経の擦り減り様は尋常ならざるものがあるに違いない。
「まあ敵さんも逃げない以上は、戦うしかないってのもこちらと同様だろう。だが地の利はこちらにあり、それを生かすべく策を弄してみた」
弥兵衛はリストバンドCPUから投影ディスプレイに地図を表示すると、プラント周辺にある3つの袋小路にマーカーをセットし説明を始めた。
「この3つの袋小路には、路の出入り口部分に共通した条件がある。それはマンションや看板塔などの大型建造物が存在することだ。昨晩、二手に分かれて爆薬を仕掛けてもらったのはこのためだ……と言えば、どう使うか想像はつくだろう?」
昨日の交戦前コマンド・ウォーカー戦力比は12+AI機6:23と迫ってきていたが、交戦後の数値は4:18と挽回のしようもないほどに広がっている。ここまで差があると、コマンド・ウォーカーだけで勝負をするのは無理があった。
「各機とも、いずれコンディション・ブロークンにまで追い込まれるだろう。その気配が見えたらいずれかの袋小路に逃げ込み、敵機を誘い込んだら起爆してくれ。動きを封じれば障害物に埋まったパイロットが機体を捨てて出てきたり、手を貸すために別の機体のパイロットが降りてくることもあるかもしれない。相手は子供の可能性もあるが、迷えば先に死ぬのはこちらだ。チャンスなら迷わず撃つように」
自分たちの機体が動かなくなる前に、白兵戦に持ち込むため敵機の動きを封じる場所に誘い込み、機体から出てきたパイロットを狙う。自由に動ける状態ではさほど気にならないが、動けなくなった状態でコックピットブロック内に閉じ込められるというのは心理的負荷が大きく、大半のパイロットはまず外に出ようとする。そこを狙い機体ではなくパイロットを討つことで戦力差を縮めようというのである。
「機体を操縦する技能に長けてはいても、兵士として訓練が行き届いているとは限らない。特にまだ若い、子供と呼べるような兵であれば尚更。確かに、策としての実用性は高いですな」
エミリオ軍曹がそう言うのは、おそらく「コマンド・ウォーカーの勝負ではなくパイロットを狙う」ことに躊躇があったのだろう。相手がどうこう以前にパイロットは「自身の技量で勝負する」職人気質の者が多いものだ。
「これは命令ではないから、使いたくなければ使わなくても構わない。我々はもう部隊として機能もしていないから、各自散開し持てる技量を見せつけてくれ。あまり離れすぎないほうが攻撃を受けた味方のフォローはしやすいだろうけど、それでも倒せて1,2機が限界だ。それ以上に囲まれそうなら、いずれにせよ狭い場所に向かうしかないとは思う。後は各自の判断に任せよう」
戦闘部隊の指揮官として、ここまで愚かな指示はあったもんじゃない。何しろ、勝つための作戦はなくただ敵に出血を強いるだけ、しかも数に差があり過ぎて固まっていても蹂躙されるのみだから散開し、襲われた味方をエサにし少しでも敵を討とうという。自身と、この状況を作った者たちに嫌悪感を覚えるには十分だったが、それでも弥兵衛は止まらない。
「では各員、持ち機に搭乗せよ。もう、こうして直に顔を合わせることはないと思うが、いずれあの世で各員の戦果報告を聞かせてもらおう。誰が一番だったか、向こうの銘酒でも賭けて勝負といこうか!」
5/31 8:22
戦闘がなかった5/30日の間に、C.C.C先遣隊はハロン市の最北端に集結していた。本隊の劉中将に「天籟砲の攻撃が浄化プラントを破壊した」と報告すると、もちろん中将は烈火のごとく怒り狂ったが、もはやこの戦闘を継続する意味なしと悟り退却を開始した。バイチャイ橋を落とされ孤立した先遣隊にはとりあえず「輸送艇の到着までハロン市に留まり、市民を盾にする形で大規模攻撃を防げ」と命じたが、C.C.C政府にはC.S.Aと「無血撤退を認める代わりに市民を解放する」という交渉を進めるように要請している。兵だけを逃がすならすぐに船を用意できたが、コマンド・ウォーカーの損失をこれ以上に出してしまえば責任問題がより大きくなると考え、先遣隊の残存機だけでも回収しようとの判断からだった。
「すると、市の最北端にあるC.C.Cの集結地点に市民が囚われているのか。そして諸君らは、奪還のために行動すると。……分かった。我々はもう部隊としての力はないが、それでも完全装備のコマンド・ウォーカー4機というのは力として十分なものだろう。我々も協力させていただくとする」
出撃直前に、見る影もない残骸と化したプラントに訪れたハロン市民による話を聞いた弥兵衛は、即座にそう応じた。事前の取り決めとやや異なる状況に違和感を感じたサクマ少尉らは、機体に乗り込んだ後に通信でその真意を質す。
「これで、W.P.I.Uへの義理は立てた。見ようによっては「壊滅的被害を受けた我々が逃げもせず、ハロン市民のために最後の一人まで戦った」ということにもなるだろうし、政治家共はそうやって美談に仕立て上げ陰謀を覆い隠そうとするだろう。だがその小細工も、真実が明らかになれば逆効果となる。そして何より、W.P.I.Uの一般民たちにとって本件は関わりないことだ。死にゆく我らはどれだけ愚かと言われようとも恥じ入ることはないが、残された者らはそうじゃない。愚者として死ぬよりは、義人として死んだと思われるほうが……W.P.I.Uの立場もいくらかマシってものさ」
【なるほど、少年兵すら容赦なく討った冷酷な軍人……と評されるよりいいですな】
【墓碑銘はルイス=パガン義のために死す……ですか。確かに悪くはないですね】
【そういう理由なら親兄弟も許してくれるでしょう。誰かのために死んだなら、と】
やはり彼らは、私ほどに覚悟ができていたわけではなかったんだな。部下たちの返事を聞きながら弥兵衛はそう思ったが、もう後戻りはできない。彼らには何度も戦線離脱を勧めたし、逃げることが恥ではないと諭しもした。ではなぜあなたは逃げないのか、という問いには「指揮官だから」と嘘を言うしかなかったが、この陰謀の主目的が自分の命だと伝えれば、あるいは逃げてくれたかもしれない。だが確たる証拠がない以上、それを公の場で話すわけにはいかなかった。
「ただし、最初の砲火は市民とC.C.Cで交えてもらう。我らから口火を切ったのでは「勝てる見込みのない相手に襲い掛かった大バカ者」との誹りも免れ得ない。あくまで「劣勢な市民を救うために行動を起こした」という背景が必要なんだ。C.C.Cも気が立っているだろうから市民の被害は予測もつかないが、そこは堪えてくれ」
まったく、よくも「市民を助けるために最後の一人まで戦った」などと言えるな。実際に考えていることはまるで違うだろう、この詐欺締め。自分自身にそう悪態をつきながらも弥兵衛は発進を指示する。ハロン市駐留部隊の、最後の戦いが始まった。
5/31 9:28
C.C.C先遣隊が駐留している拠点は市北端の外壁沿いにある市民会館を接収したものを中心に、電気自動車などの残骸をバリケードにして作られている。ここが陣地として選ばれたのは、それなりの広さと自家発電施設が存在するためだろうと市民は話していたが、自分たちが攻められるという可能性は深く考慮されてはいなかったらしく、防衛側が有利と呼べる地形ではなかった。
(街の外周部は海岸に近くなるだけあって中央より低いが、低地に陣を構えたら曲射以外でも撃ち込まれやすいだろうに。一昨日までなら気軽に撃てもしなかったが、今日に関しては話が違う。そのあたり、思い知ってもらうかな……)
ハロン市は西側が陸に繋がる、半島のような場所である。当然、外縁部より中央のほうが小高くなっており、中央側から見下ろす形のW.P.I.U側には射撃が行いやすいという地の利があった。
「よし、各機レコンドローンを射出し狙う相手の目星をつけておいてくれ。私は敵拠点の側面に回り、ここからでは死角になる拠点裏側を伺う。市民団の話によると襲撃は9:40分ということだったから、それまでは待機だ」
部隊に残された武装のうち、中距離以遠も狙える装備は一式長銃が3丁あるのみで、それらは弥兵衛以外の3名が所持していた。そこで3名には高所から狙撃を行わせ、二式短銃と四式鏡面破砕銃を持つ弥兵衛は敵陣に突入することとなった。
「狙撃は、パイロットが乗り込むためにコックピットブロックのハッチを開いた瞬間を重点的に狙っていこう。それが難しければ、パイロット自体を狙ってくれ。コマンド・ウォーカー乗りの流儀に反していようとも、今の我らにそのようなことを言う資格はない。悪鬼羅刹となったからには、この道を突き進むのみ。いいな!?」
W.P.I.UとC.C.Cとの間には戦時条約が結ばれておらず、機体に乗り込む前のパイロットを撃ってはならないという軍法も存在しない。コマンド・ウォーカーのコックピットブロックは立方体の中に衝撃を吸収する複数の柱に支えられた球状のコックピットが存在しており、ハッチが開いた際に攻撃を加え柱や球状部分に損害を与えれば、揺れ動く機体を動かし続けるのは困難を極める。修理自体は容易だが、時間を稼げれば短時間でも数の劣勢は埋められるのだ。
5/31 9;41
C.C.Cが陣取る市民会館前の通りから、一台の電気自動車が道を外れ市民会館に向かったのは9:41のことである。市民会館前には2機の泰山型が門番のように立ちはだかり、警告後に腕部の80mm無反動砲を発射し暴走車両を破壊したが、それこそが作戦開始の合図であった。周辺の建物や下水のマンホールから、次々と市民団が現れ市民会館に殺到していった。泰山型のパイロットは暴走車両は撃てても人を撃つことに躊躇いがあったのか、すぐには攻撃を開始しなかった。80mm砲は、人を撃つのには威力過剰ということもあったのだろう。しかしすぐに沈黙は破られ、携行ロケット弾などを放った市民に対し、報復の攻撃が開始される。
【C.C.C機が市民への攻撃を開始した。我らはW.P.I.Uの協力者たるハロン市民を援護するため、これより攻撃を開始する。mum小隊各機、作戦行動を開始せよ!】
サクマ少尉がわざわざそう口にしたのは、この場の戦闘記録を残すためである。通常はリンカーネイションシステムにより記録はすぐ本部に送られるが、W.P.I.U本土から遠く離れたこの地ではレコン機の経由なしでシステムの接続することはできない。それでも残すのは、機体の残骸から解析されるかもしれないからだ。
【mum002、ターゲット008コックピット破壊成功。引き続き009を攻撃します】
【こちらmum003、市民会館から市民らしき人々が逃げ出しています!】
【mum001了解。中尉、狙撃は外した場合の市民への被害が懸念されます。攻撃対象を起動中の敵機へ変更してよろしいでしょうか?】
「A001、状況を確認。これより敵駐屯地に突入する。コックピットつぶしはこちらで行うゆえ、そちらは私に目が向いた敵機を撃ってくれ。敵がそちらに背を向けるよう、私は北側に回り込む!」
作戦開始後、まだ5分程度である。まさかそれほど早く市民が解放されるとは考えていなかった弥兵衛だが、むしろC.C.Cが市民を盾にするため敢えて逃がしたのかもしれないと思った。現にW.P.I.Uの各員は市民を巻き込むことを恐れ実に戦いにくくなっているが、C.C.C機と言えば市民を踏みつぶしたり排莢が直撃しようともお構いなしで疾風型に攻撃を行っており、それは凄惨な光景であった。
「この場には殺人の疾風が吹き荒れている。他人のことをどうこう言える立場ではないが、貴様らは明らかにやり過ぎだろう。相応の報いが必要だな!」
二式短銃で上半身を撃って姿勢を崩し、その反動制御のため脚に負荷が掛かった所を四式鏡面破砕銃で撃ち足を破壊する戦法は、いまだに有効だった。現地で行動プログラムを書き換えられるような人材は、少なくともこの先遣隊には存在せず、そのために「脚を破壊され行動不能になったところを3機の長銃が浴びせられる」という連携で4機ものブレイクアウトを生んでしまった。
(これで使用不能になったのは、コックピットだけ潰したのを含め6機ほど。残り10かそこらなら、市の中央部に誘い出して罠に嵌めればどうにかなるか?)
『私はW.P.I.Uの花形中尉だ。ハロン市民に告ぐ、一両日中には西方よりN.A.Uの大部隊が救援に現れるはずだ。そうなれば市の秩序も回復することだろうが、その前に死んでしまっては意味がない。ほんの数日でいい、ハロンを出て時を待たれよ。私からは以上だ。ではW.P.I.U各機、我らが廃墟に帰還するとしよう!』
そのようなことを外部スピーカーで高らかに宣言したのは、もちろん理由がある。まず、いい加減ハロン市民が邪魔にも程があるということ。戦って死ぬだろうという時に「市民を気にしたせいで」という理由は避けたいという想いがある。あと数日で決着がつくのだから、その短い期間くらいは我慢してもらいたいというのが隊員たちの本音だった。そしてN.A.Uの到着時期をC.C.Cに知らせ、W.P.I.Uは廃墟と化したプラントに戻ると教える。後は彼らが、N.A.Uの到着前にこれまでさんざん煮え湯を飲まされたW.P.I.Uの連中に一泡吹かせてやろうと決断するのを待つばかりである。
【見事にやってやりましたな、中尉。あの場は多くの犠牲者も出ましたが、近いうちに仇を討ってやることもできましょう】
ハロン市南部へ撤退する道すがら、給電区画を経由しながら緒戦の勝利にサクマ少尉らは沸き立つ。給電区画は道路に埋め込まれた非接触型の充電施設で、この上にいる時間だけコマンド・ウォーカーのジェネレータにエネルギーが供給されるため、作戦行動中でも充電が可能だった。
「敵もまだ10機くらいは残っているし、例の大型のものも含め橋向の曲射砲を使う可能性だってある。死と隣り合わせ……というのはこちらも同じさ。市民たちが巻き込まれないことを願うばかりだが、どうなるだろうね」
5/31午前に起こった戦闘は、ハロン市民にも多くの犠牲者を出した。市民たちは覚悟を決めて事に臨み、W.P.I.U部隊の協力があればこそ成功もしたが、犠牲者を出した遺族にしてみればC.C.CもW.P.I.Uも、等しく「人の土地で暴れるよそ者」という想いを抱いてしまうのは無理もない。吹き荒れた殺人疾風、murder galeは更なる殺人を呼び込むことになるのだ。
18・最後の一輪 anemone's
5/31も午後に入ると、整備補給を終えたC.C.C部隊が南下を始める。目的は複数あったが、一つは小憎たらしいW.P.I.Uの残存兵力を掃討してやろうということ。そしてもう一つは、仮にこの作戦で機体を失えば輸送船を待たずに小型艇で指揮官級の人員だけ逃れることも可能……ということである。C.C.Cのコマンド・ウォーカー乗りたちもまた、上の立場の者にとっては使い捨ての道具でしかなかった。
【最後の機体が撃墜されましたが、レコンドローンの最後の通信では3機小隊が4つ確認できました。これはつまり、一人当たり3機撃破と考えると……何とかなるかもという気にもなりますな】
そのパガン曹長の言い分は、弥兵衛も分からないでもない。ただしレコン機が健在で敵機の動きが把握でき、サポーターがいて通信やレーダー索敵も妨害し敵部隊の連携を断つことができればの話である。幸いC.C.Cのコマンド・ウォーカーは機体搭載型レーダーの性能が悪く、索敵は専用車両に担当させていたが、それらはバイチャイ橋を渡ることができなかった。そのためこれまでの戦闘では常に先手を打てたが、もうそれも不可能である。Pソナーセンサーによる攻撃音の察知もできない今では、橋の対岸から曲射攻撃を行われても着弾まで気付けない。敵小隊と交戦中に援護要請を出され、足止めされているところに着弾して即終了……という可能性も高いのだ。
「対岸の部隊の動向が掴めないのは苦しいところだが、まだいるものと考えておくべきだろう。スキを見せれば砲弾の雨が降り注ぐものと思っておくように!」
弥兵衛はそう注意喚起をしたが、それは思わぬ形で実行される。孤立していた小隊の一つを弥兵衛とパガン曹長で強襲した際、3機中2機をブレイクアウトに追い込み勝利を確信したパガン曹長は、最後の1機のコックピットブロックが開かれ両手を挙げて出てきたパイロットに驚き動きを止めてしまう。それはまだ子供の、しかも少女だったからだ。ついさっきまで戦い、死んだであろうあの2機のパイロットもこの子のような子供だったのだろうか。そう自身の行為に戦慄していた彼を、降参した少女ごと曲射攻撃が焼き払った。
(あれほど迷うなと話したのに、やはり人の心を捨てきれなかったか。それとも俺が異常なのか。討った敵が子供だろうと、少女だろうと何も感じない俺のほうが……)
そう思わずにはいられないが、今は感傷に浸っている場合ではない。まだ戦いは始まったばかりで、これからも多くの悲劇と、それに伴う犠牲者が出るのだろう。
「こちらA001。ターゲット004・005・006を撃破。だがmum002はブレイクアウトだ。また、敵は対岸からの曲射攻撃を行うことも確認した。各機留意せよ!」
5/31 14:56
午後から開始された最終決戦は、W.P.I.Uの損失1に対しC.C.Cは3。先の曲射攻撃から数の上では変動していないが、多くの機体はコンディションが悪化していた。
【こちらmum001、コンディション・イエローに突入。そろそろ誘引地点Bに向かいます。しかし中尉はいまだグリーンに入ったばかりですか。さすがですな】
「長射程の武器がない代わりに、クロスレンジ用に脛や肩のシールドが付いているから、君らに比べて被害が抑えられるというのも当然だろう。だがこれが失われれば、近づかなければ戦えないぶん被害は一気に大きくなるだろうさ。ところでmum003は誘引地点Aを使うという話だったが、そちらはどうなっている?」
【mum003、敵を地点Aに誘引完了。これより起爆し敵を足止めします!】
「A001了解。足止め後は、すぐに離れて様子を伺え。なにせ味方ごと曲射攻撃に巻き込もうとするような相手だから、足止めをすれば巻き込まれる可能性が高い。敵パイロットが出てきても絶対に近づくな。小銃で撃てなければ、見逃しても構わない」
エミリオ軍曹は作戦通り敵機を誘い込んで建造物を爆破し、2機を下敷きにして動きを止める。軍曹自身は指示通りコンディション・ブロークン寸前の機体を捨て、近くのマンションから相手の動きを伺った。兵士として優秀だった彼は下敷きになった機体の様子を間近で確認するため、健在機から出てきたパイロットを狙撃し、耐え切れず出てきた下敷きになった機体のパイロットも撃ち抜いた。
「さて、俺の機体もさすがに危ないしな。下敷きにならなかったあの機体、どうにか使えないものかな?」
通常であれば敵の機体を奪えるはずがないことくらい分かりそうなものだが、戦闘の最中にあって興奮気味だったのだろう。作戦を遂行し、達成感に包まれていたのもあったかもしれない。ゆえに、うかつに敵機に歩みを進める彼の背後にC.C.Cの兵士が立っていたことに気が付いたのは、彼の胸に血の花が咲いてからである。
「な……!まさかの2ケツ(2人乗り)ってか……訓練機じゃあるまいしよぉ……」
そう言いつつも振り返りながら小銃を敵に向けたが、その後に轟いた銃声は彼の銃から放たれたものではなかった。エミリオ軍曹は敵コマンド・ウォーカー2機を行動不能にせしめたが、1機は健在。そして彼自身は還らぬ身となった。
【mum003、通信途絶。2機は潰せた……というのが最後の連絡です。これで残り機数は敵軍7、当方2ですか。なかなか面白くなってきましたな】
「パガン曹長もエミリオ軍曹も、コマンド・ウォーカー乗りとしての落ち度は微塵もなかった。補給が万全で、訓練通りのムーブができたなら命を落とすこともなかったはずだ。彼らだけじゃない。あの攻撃で散ったみんなも、皆よく鍛えられていた」
そんな優秀な者たちを犠牲の祭壇に捧げてまでして、本国の連中は何を手に入れたいというのか。自身が直面しない事態に対してはこうも残酷でいられるあの連中に未来を任せて、本当にいいのだろうか。弥兵衛はそう思わずにはいられないが、ここでサクマ少尉に愚痴を聞かせても無意味である以上、軽口を叩くしかない。
「しかし、この隊も残るは我ら両名だけか。部下の陰に隠れていた訳ではないし、それでいて上位階級2名が残ったというのは、どうにか面目躍如と言えるかな?」
【もうすぐ一名になりそうですが、腕を考えれば中尉が最後に残るのは当然でしょうな。さて、どうにか敵機をB地点に誘引しました。あとは起爆タイミングを……】
だがサクマ少尉の機体は、思わぬ場所からの攻撃で脚部が損壊する。攻撃を加えたのは、ハロン市民団の一部過激派である。W.P.I.UもC.C.Cも関係なく、市内を戦場にした外敵を等しく憎む集団であった。脚部を破壊され擱座した機体に、C.C.C機が攻撃を集中する。C.C.C機は動けないサクマ少尉機に敢えて近づく必要がないため、敵機を袋小路に誘い込めなくなってしまったのだ。
【コンディション・ブロークン突入。脱出したところで敵に撃たれるか、市民に撃たれるかのどちらかですから……小官の命運もここで尽きたというもの。ならば、これまで命を託してきたこの機体と共に参ります。中尉、どうかご武運を!】
「ああ、任せておいてくれ。少尉の奮闘も、隊の皆の戦いもムダにはしない。残りの7機もすべて叩き潰してやるさ。私の着任以来、これまでよく補佐してくれた。ありがとう、さらばだ……!」
サクマ少尉は最後に何かを言ったようにも思えたが、実際に聞こえるのは通信途絶のアラートのみであった。もともと一人でハロン市に残るつもりではあったが、いざ一人になってしまうと、寂寥感が胸にこみあげてくるものである。しかし悲しみに暮れている暇はなかった。
「CPU、エリアマップに友軍装備の位置情報を表示。例え1発でも、残弾があるものはすべて表示しろ。そのデータと、給電区画を重ねて表示。効率よく給電区画を回りながら武器を拾えるルートを算出しておいてくれ!」
普段は使わない操縦補助用AIだが、そういった指示に対応する能力は複座でもう一人パイロットがいるより効率的である。程なくしてマップ上に各種データが出揃うと、弥兵衛は無意識に舌なめずりをする。
「最後に残ったのは菊でも椿でも躑躅でもなく、一輪草か。一人きりとなったこの俺に、これほどふさわしいcodenameはまたとないだろうな。だが、このまま終わるとは思うなよ。我らの生きた証、命令に殉じた兵としての矜持を見せてくれる!」
そう決意を述べると、弥兵衛はサクマ少尉が戦死したB地点に向かう。ここには彼が誘引した3機がいると分かっており、それは高機能索敵装備がない現状では極めて有益な情報であるからだ。隊で最もハロン市民に気を配っていた少尉が、よりにもよってハロン市民に撃たれるという事実は弥兵衛の怒りに油を注いだが、物事には優先順位がある。まずはC.C.Cの部隊を叩き、その過程で市民に流れ弾が飛ぶような状況であったなら、もう攻撃を躊躇はしない。かくしてハロン市にレック・メイカー、残骸製造者が誕生した。
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