第7話 一輪草の記憶4 爆炎

15・戦いの果てに


 ハロン市街戦が開始された日の翌5月29日、W.P.I.UはC.C.Cの攻撃音により朝食を妨害される。といってもW.P.I.Uを狙った攻撃ではなく、市民による抵抗組織と戦闘が行われているようであった。


「中尉、市民グループがゲリラ戦を仕掛けているようです。救援要請などは届いておりませんが、同じ敵と戦う間柄ではありますし、我らは手を貸すべきでしょうか?」


 サンドイッチを片手にサクマ少尉が、そう弥兵衛に問いかける。パラオ地区が出身の彼は日本的なファミリーネーム「サクマ」を持つが、漢字の表記は持たない。弥兵衛がハロン市に着任した後、彼に施設の案内をしてもらう中で「サクマ」を漢字で書くならどのようになるのか。やはり佐久田大尉と同じような文字になるのか……と執拗に聞かれたのが二人の最初の会話であり、弥兵衛には佐久田大尉よりよほど親しみを感じていた。


「いや、下手に手を貸すのは止めておこう。協力関係にあると勘違いされて昨日のように戦場のど真ん中に出てこられても困るし、そもそも我らの任務にC.S.A民間人の保護は含まれていない。我らは海水浄化プラントとその建設隊、そして我々自身の安全を守るのが任務だ。それにいま、任務外のことにかまけている余裕はないからね」


 もっとも、助けてくれと言われたら無視するわけにもいかないだろうけど。最後にそう付け加え、弥兵衛も食べかけのサンドイッチを口に押し込んだ。そろそろA001およびmum小隊の給電が終了し、警戒待機のcam小隊と入れ替わる午前10時が近づいてきていたのだ。


「しかし、国境のモンカイ市が陥落した時点でC.S.Aの治安維持隊はハノイ市に避難したというのに……残った人たちの心意気には感服するよ。ただ、戦意はあっても戦力はないからね。共同戦線を張るにはリスクが大きすぎて厳しいところさ」


 そして皮肉なことに、その心意気こそが彼らの命を奪うのだ。誇りのために命を投げ打つ覚悟があると断言する人間は確かに存在し、誇りはともかく尊厳を守るために死を選んだC.C.Cの少年兵たちのような者もいる。そしてここには、意地でも任務を全うしようと命を投げ打つ者がいた。誰が正しいのか、それとも誰一人として正しくはないのか。答えは見えないまま、今日も戦士たちは戦場に立つ。



5/29 13:15

「一般回線でC.C.Cから通達がありました。16時から捕虜の処刑を行うそうです。とはいえ我らに捕虜となった者はいないので、おそらくゲリラ戦を仕掛けて捕まったハロン市民のことを捕虜としているのだとは思いますが……」


 5/29日の交戦は、午前11時ころにまず海水浄化プラント付近で行われた。プラントへの被害を懸念してか曲射砲などは使われず、両軍のコマンド・ウォーカーによる近接戦が繰り広げられ、この戦いはプラントに陣取る後衛部隊の援護を効果的に活用したW.P.I.U側の勝利に終わる。しかし機体の補充も大掛かりな修理もできない制約があるW.P.I.Uにとって、コンディション・レッドが3機も出てしまったのは大きな痛手である。もっとも、この戦闘によるW.P.I.Uの戦果はブレイクアウト7と非常に大きなもので、戦力差は15:23と確実に差が埋まっている。そのためか、C.C.CはプラントからW.P.I.Uを誘い出そうとわざわざ処刑の通達を行った。報告を聞いた弥兵衛は眉間に皺を寄せるくらいには不快になったが、口にはこう出した。


「見え見えの単純な策だが、それだけに効果もシンプルだ。我らに市民を救う義務こそないものの、給電施設などは使わせてもらっている。ここで助ける素振すら見せずプラントに引き籠っているようなら「W.P.I.Uは市民なぞどうでもいいのだ」と喧伝でもして、W.P.I.Uに協力するから死ぬことになると市民を脅すのだろうね」


 今はハロン市民の憎しみがC.C.Cに向いているが、露骨に市民をないがしろにし続ければ恨みを買う可能性はある。援軍到着予定日までの、少なくともあと4日は現状を維持しておきたいW.P.I.Uとしても、処刑台に上げられた人々を本気で救う気はなくとも「救おうと行動は起こした」という姿勢は見せておかねばならなかった。


「プラントを出れば危険は大きくなるが、ここは動くしかないね。コンディション・レッドの3機体をAI機にし、それらを率いて救出に向かう姿だけ見せるとしよう。救いに向かう途中、我が軍はなんと3機のコマンド・ウォーカーを失うというこれまでにない被害を出してしまった。そうまでしてハロン市民を助けようとしたが、力及ばずまことに遺憾である。さあ、ともに侵略者を打ち祓い犠牲者の仇を討とう……なんて筋書きはどうだろう。まあ、我が軍の隊員に犠牲者は出ないけれど」


 そう言ってニヤリと笑う弥兵衛を見て、隊員たちは一様に「家系なのか、政治家の資質がありそうだ。どちらかと言うと煽動政治家の類だが……」と思ったが、自分たちの置かれた環境と相手の思惑をマッチさせた妙案であるとも思ったものである。


「私には誰も彼も救えるほどの才能がない。まず最初に考えるべきはW.P.I.Uに属するみんなで、次は同盟連合の人々。そしてハロンの人々ら友好的な中立の者が来て、最後は敵対する者たちということになる。この考えが揺るぐことはないし、そのためなら鬼だ悪魔だと囁かれようとも最善と思える手段を採るよ。それが人の命を預かる者の責務だろうからね……」


 人の命が安い時代だとはいえ、やはりそれを断言するのは「冷酷な思考の持ち主」という誤解を招きやすい。しかし花形という政治家の家に生まれた弥兵衛は、自分を支持してくれる有権者と敵対する有権者とで、同じW.P.I.Uの民であっても扱いが異なることを目にしてきた。人が生きていく中に於いて、万人が平等ということはあり得ない。敵と味方を平等に扱えば、それは味方に対して著しく不平等なのだから。


「では早速、コンディション・レッドの機体3機を準備してほしい。武装は弾切れした七式噴進砲でも持たせておこうか。素手だと明らかに怪しまれてしまうし、あの武器はもう砲身で殴るくらいでしか使い道がないから惜しくもない。戦費を出してくれている納税者には、申し訳ないと思うけど」



5/29 15:15

 W.P.I.U側の本拠地となっている海水浄化プラントから、コマンド・ウォーカー6機が出撃する。うちAI制御の3機は機能的に半壊の状態だが、チェイサータイプのため移動は車輪駆動であり、遠目には普通の状態に見ることができた。この一団が出撃したことはすぐにC.C.Cの観測員に知られるところとなるが、W.P.I.Uの目的がそれであると知る由はなかったのである。


「ここから処刑場までに至る道で、待ち伏せに適した地形は多くない。あまり入り組んだ場所で待とうものなら自分たちが現地民に奇襲を受けるから、それなりに開けた場所にそれなりの数を集めるだろう。大通り公園、運動場、それにサッカースタジアム。このあたりが匂うところだが、現在のところレコン機に反応はない。レーダー妨害機が届いたのか、それとも本当にいないのか。それは不明だが、どこから来るか分からんことだけは確かだ。各員、油断はしないよう。特に横の二人はね」


 5/29日は昼過ぎから雨が強くなり、視界状況が悪く雨音によりPソナーセンサーも近距離限定となっている。頼りはレーダー索敵だが、これは妨害を受ければ感知できない。本格的な戦闘編成であれば妨害電波を感知するレーダー装備もあるが、ハロン市駐留軍にそこまでの超高性能索敵装備は配備されていなかった。そのため、この時代でも有視界での戦闘を強いられることは多々あるのだ。現在、AI機が2機ならんで前を進み、もう1機は最後尾につけている。前後から奇襲されるならこれらに攻撃が向かいやすくなるが、左右から攻撃を受ければ誰に向かうか予測はしづらい。弥兵衛としては、捨て石にする3機以上の損害を出したくはなかった。


「敵機と交戦を開始したら、届く場所であれば最後の曲射砲弾を使用する。その場合は少し時間を稼がないといけないが、AI機は盾にしてしまって構わない。ただしAI機はコンディション・ブロークンの段階で機密保持機構が作動するようセットしてあるから、アラートが出たら1分以内に距離を開けてくれ」


 機密保持機構とは、鹵獲により機体情報が流れることを阻止するための、有体に言えば自爆装置である。通常はコンディション・ブレイクアウト時にパイロットの生命反応が失われ、それでいてコックピットブロックなど主なシステムが健在の場合に作動するようになっているが、今回は「コンディション・ブロークン状態で発動」というものに書き換えられていた。


【mum001、了解です。しかし中尉、敵さん来ますかね。仮に来なかったら我々も処刑場に突入となりますが、その際はどういたしましょう?】


 mum001のサクマ少尉以下2名は、コマンド・ウォーカーの操縦に長けたハロン市駐留部隊でも最精鋭である。敵中に歩を進め、場合によっては支援攻撃があるまで時間を稼ぎ、そして離脱し帰還する。非常に困難が予想されるこの任務に精鋭を率いたことが、結果的には正解だった。


「そうなれば、処刑台の民衆を見捨てるわけにはいかないだろうね。例えフェイクであっても、我々はそのためにプラントを出た。それが目的地でUターンしたのではさすがに取り繕えない。さすがに民衆にも恨まれ給電も危うくなるだろうから、適当に戦ってさっさと逃げ……いや、その必要はなさそうだ。各機、10時方向に留意!」


5/29 15:34

 中央大通りから横に入り、さらに細い通りで隊列が単機縦列になったところを狙うのがC.C.Cの作戦だった。もう少し広い場所での奇襲を予想していた弥兵衛の読みは外れてしまったが、別の読みは当たっていた。奇襲部隊のうち数基が、住民の抵抗を受けていたのである。


「まったく、言わんこっちゃない。しかし困ったな。このまま曲射砲を使えば住民も巻き込んでしまうが、警告すれば敵にもバレる。つくづく邪魔をしてくれるねぇ」


 ごく一般的に考えれば、C.C.Cは住民の妨害を恐れ開けた場所を戦場に設定する。住民も視界が通る場所のC.C.Cには手を出せないから交戦は起こらず、そのC.C.Cに攻撃を加えて戦力を削る。何の奇もてらわないこの作戦がこうもあっさり破綻してしまうあたり、ハロン市の混沌ぶりが窺い知れた。


「仕方ない。西方のスタジアムに逃げ込むふりをして敵を誘引する。プラントから離れる形になれば敵もいくらか油断するかもしれないが、それだけに我らも囲まれやすくはなる。各自の判断で離脱する権限を与えておくから、機体へのダメージが蓄積される前に引き時を見極めてくれ。よし、行動開始だ!」


 その指示と共に北西へと向かっていたW.P.I.U小隊は西方へと進路を変え、かつてはサッカースタジアムとして使われていた競技場に向かう。コマンド・ウォーカーで内部に入るつもりはないが、スタジアムの周囲とは開けているものであり、それはハロン競技場も同様である。ここでなら、自由に戦うことができるのだ。


【こちらcam001、攻撃準備完了しています。ただその地点が限界射程に近く、悪天候などの条件も重なっておりますから、着弾点に多少の誤差が発生するものと思われます。攻撃目標地点からは長めに距離を取ってください】


 そのようなやり取りの最中、最後尾のAI機が転倒する。コンディション・ブロークンであるその状態になれば1分後に自爆するのだが、それを知らないC.C.Cの各機は攻撃を集中させ、約1分後には大破させた。実は自爆によるものだったが、C.C.Cにとってはこの戦いで初のW.P.I.U機撃破だったため大いに士気は高まった。


「競技場に到着後、AI機を敵前に押し立てる。敵は訝しがるだろうけど、だからといって撃たぬわけにもいかないだろう。そこに支援攻撃を行ってもらい、我々は混乱する敵を尻目にこの場から離脱させてもらうつもりだ。支援攻撃で痛打を受けた敵機が視界に入るかもしれないが、ここでの追撃は禁じる」


 さらなる戦果を求め追い縋るC.C.C機の前にわずか2機が躍り出れば、獲物が目の前に出てきたと喜ぶのが狩人の反応である。それは軍人にあるまじき思考だが、少なくとも逃げる敵を屠ったばかりのC.C.C兵の心情は軍人ではなく狩人である。そして狩人の集団は、軍人により討ち果たされることとなるのだ。


「こちらA001。西競技場の中心点から南東346mに向け、攻撃を開始せよ。いくらか節約したところで次に集中攻撃を行えるほどの弾はなく、またその機会が訪れるかも分からない。これが最後のつもりで撃ち切ってしまってくれ!」


5/29 15;53

 西競技場の南東とは、南側にある海水浄化プラントの北西にあたる。C.C.C部隊は背後から曲射攻撃を集中され、大混乱に陥った。寸前まで「逃げる敵を狩っていた」狩人は、ここが戦場であり相手が軍人であることを思い直す機会が与えられた瞬間に爆炎の中へと消えていったのだ。しかしこの混乱が、更なる悲劇を呼び寄せる。



16・天より注ぐ破滅の凶風


「先遣隊からの援護要請だ。座標はハロン市のS788、W025となっている。地図を」


 C.C.Cハロン攻略隊の総指揮官、劉畦斐中将は国境のモンカイ市を南下したあたりに本隊を進めていたが、3日もそこで先遣隊の戦果報告を待っていた。敵は半数以下で、増援はおろか補給隊がハロンに入ったという報告もなく、おそらく制圧が完了したら報告があるものと考えていたのだ。しかし最初の連絡は制圧完了というものではなく、悲痛な叫びと共に送られた援護要請だった。


「射程内ではあるか。要請を無視しては士気にも関わろうから、至急「天籟砲」の準備を開始しろ。目標、ハロン市S788、W025!」


 天籟砲とは拠点攻略用の移動式要塞砲で、言わば巨大な自走砲である。レーザーの迎撃で大陸間弾道弾のような「発射から着弾までに長い猶予のある」大型兵器は有用度が下がったものの、レーザーで迎撃できるのは視界内に入ったものだけである。地平線の陰に隠れるハロン市に降り注ぐ弾道弾を、遠く離れたW.P.I.U本土から迎撃することは、どこかで反射させる手段でもない限りは不可能であり、このような大型自走砲の価値は攻撃兵器として見直される時代になっていたのである。


【劉将軍、攻撃準備整いました。偽装解除および主砲斉射、いつでも可能です】


 それを聞き劉中将が攻撃開始を命令すると、偵察衛星による発見を免れるための迷彩偽装が解除され、全長100m近い巨大な砲身が姿を現す。それを運搬する車体の大きさは全長150mにもなる、自走砲の極致とも言うべき代物である。これの移動した痕跡を消すため、C.C.C本隊では戦車など戦闘車輛が主力となっていた。


「各員、防音および耐衝撃用意!攻撃は120秒後だ。間に合わずに死んでも軍は責任を取らんぞ!よいな!!」


5/29 16:06

 120秒後、耳をつんざく轟音と共に巨大砲が南西に向け2連射する。ハロン市まではおよそ100kmほどの距離だが、この巨大砲にとっては造作もない射程だった。しかし問題は、攻撃目標地点としたハロン市S788、W025という座標である。それはW.P.I.Uの後衛部隊が曲射攻撃を行っている場所、つまりは海水浄化プラントがある座標だった。C.C.C先遣隊は混乱のあまり、自らが奪取すべき目標地点に巨大砲による攻撃を要請してしまう。そして本隊の地図データは今年度初頭に更新された最新版だが、そこには海水浄化プラントは記載されていない。自らの所業の意味に気付いたのは、すべてが終わってからだったのである。


「天籟……その風の音を聞いた時、それ即ち死を意味するが、何も分らぬまま死ぬことを哀れとは思わぬ。だがせめて、苦しまずに逝け」


5/29 16:06

【こちらlea005!W.P.I.U本部より緊急連絡です。ハロン市北東104km地点に敵大型兵器の現出を確認……とのこと。外見的特徴から自走砲の類と推定されるとのことですが、いかがいたしますか?】


 どうすると言われても、自分たちに打つ手はないとしか言えない。ただ、敵の目標が海水浄化プラントである以上、あそこだけは狙われないだろう。それよりは、外に出ている自分たちこそ運悪く攻撃に逢えば助からない可能性もあるな……と考えた弥兵衛は極めて妥当な指示を出す。もっとも、その指示は結果的には最悪だったが。


「後衛部隊はプラント内で待機せよ。海水浄化プラントが目標である以上、そこから動かぬ方が安全なはずだ。mum001以下前衛部隊は北東方向からの着弾に備え、遮蔽物にできそうな建物の陰に移動せよ。ビルやマンション、競技場でもどこでもいいから各自の判断で速やかに移動してくれ。姿を見せたからにはすぐに攻撃が来るぞ!」


5/29 16:08

【W.P.I.U本部より連絡。敵巨大兵器が攻撃を開始。予測着弾点はハロン市S800、W020~030?これは……当施設です!敵の目標はこのプラン――】


 通信はそこで途切れ、弥兵衛の耳に聞こえたのは風切り音と、直後に響いた爆音であった。天籟砲から射出されたのは目標地点に接近すると無数の炸裂弾を散布する広域殲滅弾で、これを2発も撃ち込まれた海水浄化プラントと、そこに待機していた後衛部隊は瞬時に爆炎の中に消えた。


【ダメです中尉。cam・lea両小隊も、AI機の残り4機もすべてブレイクアウト……】


 サクマ少尉も言葉を詰まらせるが、副隊長としての義務感が辛うじて言葉を紡がせたのだろう。しかし弥兵衛は、ただ一言「ああ、分かっている」と返すのみである。


(こんなはずはない。敵は浄化プラントのために攻め寄せてきて、我らはそれを守るために戦った。それをこうも簡単に吹き飛ばすなら、なぜ最初からそうしなかった?どうして俺たちに無用な殺し合いをさせた?遊びで戦っていたとでもいうのか!?)


 弥兵衛のその疑問と怒りは、C.C.C先遣隊も同様である。先遣隊指揮官はバイチャイ橋を渡れず後方から指揮を執っていたが、敵中で孤立し負け続けのコマンド・ウォーカー隊の心情にまでは配慮が行き届かず、結果的に後方の本隊に救援要請が送られるという不始末を犯す。そして攻略目標が破壊された時点で先遣隊を含めた部隊の作戦は、自滅という最悪の形で幕引きとなる。多くの人員と機体だけを失って。


「全機、プラントに帰投せよ。望みは薄いが、機器が故障しただけで生存者はいるかもしれない。そうでないとしても、今後のことを決めねばならんから……」


 そう弥兵衛に指示を受け次々と交戦区域を離脱していく4機の疾風型に、泰山の部隊が攻撃を掛けることはなかった。C.C.Cの隊員も目の前で起きた現実に戸惑いを感じており、自身に攻撃を加えようとしているわけでもない相手のことなど気にしていられなかったのだ。


(完全に俺のミスだ。敵が自分と同じ考え方をすると思い込んでいたから、このような結果を招いたのだ。あらゆる可能性を考えたはずなのに、浄化プラントに攻撃があるという可能性は考えなかった。目標だから手を出すはずがないだと?バカめが!)


 花形はそれなりの家柄ということで、幼少時から言葉遣いには厳しい家だった。それでも昂ると一人称が「俺」と粗くなるのは、まだ若いということもあるがやはり日本地区の出身だからだろう。


「まだ敵の攻撃がある可能性を考えれば、全員が機体を降りるわけにはいかない。とりあえず2名は機体に残り警戒待機に当たってもらうが、プラント内では凄惨な光景が広がっている可能性もある。そのようなものを見たくなければ私だけ降りよう」


 あの場にいた人間はすべてコックピットブロック内のため、爆炎で吹き飛んだ者はいない。しかし機体の耐熱温度および冷却機構は一般環境の地上戦闘仕様ということで、高熱空間に長く耐えられるようには作られておらず、耐熱限界を越えればコックピットブロック内も灼熱地獄と化す。これはある意味、機外にいて即死できたほうが幸せだったかもしれない最後の迎え方だ。


「私も降りて捜索に加わります。なぁに、何だかんだで連中も悪運の強い奴らでしたから、今回もちゃっかり生き延びている事でしょう」


 それはサクマ少尉の、予測というより願望だった。彼は弥兵衛よりもハロン市駐留部隊のメンバーとは付き合いも長く、個人的に親しい同僚もいた。着任して半年ほどの弥兵衛よりよほど心のダメージは大きかったのだが、プラントの調査でその傷はさらに大きなものとなる。結局、そこに生存者は誰一人としていなかったがために。



5/29 19:43


「諸君。これから話すことをよく聞き選択してほしい。我らは守るべき浄化プラントを失い、もはやこの地に留まる理由はなくなった。常識的に考えれば、ここはハロン市から脱出するべきなのだろう。そうしたいと思う者は、すぐに出発してくれ。幸いプラントから離れた場所にある武器庫に害は及ばず、4機で使うには十分な量の装備が残されているから、西側のC.C.C部隊を抜くくらいは簡単なはずだ」


 そう言われても、すぐに返事をする者はいない。選択をしろということは、その常識的な道とは別の何かがあるということだからだ。


「我々は、いったい何のために戦ったのだろうね。浄化プラントを守るため?それともW.P.I.Uやハロン市民の意地と尊厳を守るためかな?しかし、今となってはもう理由なぞどうでもいいや。もし今、ここでなし崩し的に戦いを止めてしまったら、ここで死んだ者たちの命はまさしくムダでしかない。死人を出したが、部隊は全滅を免れた……などという終わり方が許されていいはずがないと私は思う。だから、私はここに残るよ。ハロン市駐留部隊の最後の一人として戦い、ここで死に、駐留部隊は「補給を受けられない状況下で最後の一人まで戦い全滅した」という事実を以って、連合軍の在り方に疑義を生じさせる一石としたい。だが、君らがそれに付き合う必要はないよ。重要なのは「著名政治家の息子がそういう状況で戦死した」って事実だしね」


 もし自分がここで戦死すれば、ハイエナのごとく話題を探し求めるマスコミが逃すはずもない。仮に見つけられないとしても、その情報を流し問題提起するであろう人物に心当たりもある。もうこれが最後である以上、隊員や市民のことも考えず思う存分に戦って死のうというのが残された希望だった。


「中尉がお好きになさりたいように、私も好きにさせていただこうと思います。あの攻撃で散った仲間たちの中には、特に親しい間柄となる予定の者もいました。その仇討ちをしたところで無意味と分かっていても、それをせずに生き延びても残りの人生を納得して過ごせる自信がありません。戦って戦って、最後まで生き残れたなら……改めて己の存在意義と生きる目的を考えてみます」


 サクマ少尉の言葉に残りの二人、パガン曹長とエミリオ軍曹も同意し、結局4人ともハロン市から逃れるという選択はしなかった。後の戦技教本ではこの判断を「誤りである」と評しつつも、戦闘結果については「極めて興味深い」と結論付けられている。かくしてハロン市攻防戦の最終幕「wreck maker(レック・メイカー 残骸製造者)」が始まることとなる。

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