第6話 一輪草の記憶3 破壊

13・敵を能く知る者


 自室に戻った弥兵衛は、先の戦闘で得られたデータを投影スクリーンに出し、泰山の大部隊に対抗するべく情報解析を始める。しばらく動画データを繰り返し眺めていて気が付いたのは、砲塔部に鏡面破砕銃を受けてバランスを崩した泰山の、機体バランス復旧速度が遅いという点であった。


「機体は設計図を入手すれば真似られるが、制御プログラムは独自で開発しなければならない。ジャンピングユニットによる空中戦術を避けたのも、あるいは制御のほうに難があったからなのかもしれないな。とにかく、これは狙い目か」


 大型ローラーによる移動が可能な疾風型市街地戦仕様と違い、泰山はすべて歩行型である。4本の脚部のダメージ具合によって移動速度も対弾性も大きく変化し、脚部が安定しなければ攻撃の精度にも悪影響が出る。敵の脚を狙っては市内を逃げ回り、追ってきた敵の集団から遅れた損傷機を狙って数を減らしていく。大まかな方針が見え始めていた。


(前方から強い衝撃を受けると、前二本の脚を地に押し付けて機体の転倒を防ぐ制御ルーチンらしい。これも利用できそうだ)


 一撃目で鏡面破砕銃などの衝撃力が高い攻撃を正面から当てれば、高確率で両前脚を地に押し付ける。ならばそうやって負荷が掛かった状態の脚に一撃を加えれば、より効率的にダメージを与えていけるはず。そこで弥兵衛は、一撃目を上体、二撃目を脚に撃ち込むよう攻撃するプログラムも作成する。


「初撃に使用する装備は二式短銃および四式鏡面破砕銃のいずれか。続けて発射する装備はカテゴリー指定なし……と。ただし初撃による姿勢異常が0.4秒以下であれば連続発射による追撃は無用。こんなところかねぇ」


 このプログラムをオンにすることで、衝撃力が高い二式短銃か四式鏡面破砕銃による攻撃を行って標的に0.4秒以上の姿勢回復動作が見られたとき、自動で脚部への追撃を行うようになる。熟練のパイロットであればそれらを手動で行えるが、何しろ人は過ちを犯す生物である。撃ってもムダなのに撃ったり、撃つべきところで迷い機会を逸することなど日常茶飯事なのだ。自動化して問題ない部分は、積極的にそうしていくのがセオリーとなってすでに久しい。


(残るは、小隊編成と基本戦術だが……前7後ろ5くらいが適当だろう。前衛が敵を誘引・分断し基本的には後衛が仕留める。大体はそれでいいとして、余剰機をどう使うか。遊ばせておく余裕もないが、さて……)


 W.P.I.U軍は全18機が残っており、パイロット12名が搭乗してなお6機が余る。すでに整備班が避難したので乗り換え用のスペア機としておくのが妥当な線だが、何しろそのような余裕はない。AIによる自動操縦で戦力として計算するしかないのだ。


(AI機はやや単調な動きになりがちという欠点はあるものの、疲れず集中力も途切れず恐怖に駆られないといった、人とは違う強みもある。今回はそれを利用して作戦を考えないと、さすがに手が回りそうにないな)


 このように考えに考えを重ね、弥兵衛は最終的なハロン防衛作戦を立案する。後にW.P.I.UやN.A.Uにおいて、市街戦モデルケースの一例ともされる誘引殲滅作戦の雛型ともなるものだ。


「我らは前衛7機で敵部隊を大通りに誘い込み、道路上に出た敵を後衛機で狙い撃つ作戦を採る。前衛部隊は3機で小隊を組み、敵を発見したら驚いて逃げるふりをし大通りに誘引してもらいたい。申し訳程度なら戦ってもいいが、基本的に戦闘は後衛部隊の攻撃で痛打を受けた敵機の殲滅時に行ってくれ。なんせ弾がないからね」


 そして、ハロン市の地図を表示し大まかな配置を指示する。敵の目的である海水浄化プラントには攻撃の恐れが少ないと想定し、ここにガンナー2機とレコン機、護衛の2機を配置する。プラントには市の中央まで伸びた大通りがあるので、ここに敵を誘い出し遠距離から撃ち抜こうという作戦である。


「ただ、プラントからしか撃たれないと分かれば敵も誘いに乗ってこなくなる。そこで、プラントとは別角度にAI機の後衛部隊を配置することにした。AI機はクロスレンジ戦だと選択肢の多さから動きが単調になりやすいが、こと「範囲内に入った敵を撃つ」だの「微動だにせず待ち続ける」といった単純作業には強いからね。AI機に撃破スコアを持って行かれるのは悔しいだろうけど、ここは我慢してほしい」


 これまで、無人のAI機を囮にして有人機が撃破を狙うことはあったが、その逆が作戦として行われることはなかった。いくら命の価値が低い時代と言っても、それは敵対勢力に対してであり味方の命はやはり尊い。リスクを冒すのは、できれば命を持たないモノであるほうがいいと考えられるのは当然である。しかし今回はそのようなことを言っていられる状況ではなかったため、これはいわば苦肉の策といえる。


「では小隊分けだが、先述のように前衛部隊のリスクは大きい。操縦の腕に自信がある6名がこれに当たってもらおうかな。後衛部隊5名は敵撃破の要となるが、こちらは熱くなり過ぎないパイロットが適任だろう。内訳はサクマ少尉を中心に、話し合いで決めてくれて構わない。ちなみに私は単機で前衛に入るから、皆で決める前衛部隊は3機小隊を2組でよろしく」


 さらっと付け加えた最後の一言は非常に問題ある内容だったが、発言者があまりに淡々としていたため意見が出されたのはしばし間が空いてからだった。意見の大半は単機だと危険すぎるというものだったが、弥兵衛としても考えなしにそうすることを決めたわけではなく、その説明に追われることとなる。


「私はAI3機×2小隊ぶんの行動指示も出さないといけないからね。それに加えて自分も小隊を率いることになれば、さすがに脳がショートしてしまうよ。だから実戦闘行動は自分のことだけを考えられる状態にしておきたい。まぁ、操縦に関しては昔っから真面目に取り組んできたし、たぶん大丈夫さ」


 それに加え、弥兵衛は前衛2小隊と後衛部隊の指揮も行わなければならない。確かに自身の小隊まで指揮するとなれば、タスクオーバーは明らかだった。


「そういうわけだから、今回は各小隊にも大まかな指針ぐらいしか出さない。よって各小隊の隊長は、指針のもとで己の判断に自信を持てる者が当たってもらいたい。特に、途中で武器が尽きたり機体が持たなくなる可能性もある。その際は、指針になくともハロン市から出るという道を選ぶようにしておいてくれるとありがたいかな」


 こうしてW.P.I.U軍ハロン駐留部隊の編成は決定される。そして5月28日午前10時をわずかに過ぎたころ、レコン機よりC.C.C軍の行動開始が伝えられた。ハロン市の東から侵攻してくる敵機の数は、泰山型37機。W.P.I.U軍はおよそ倍の敵と対峙することとなったのである。



14・殺戮の宴


「コマンダー001より各小隊長機へ。準備状況を知らせてくれ」


【chrysanthemum(クリサンセマム・菊)小隊各機、準備完了】

【camellia(カメリア・椿)小隊、全機準備よし】

【azalea(アゼィリア・躑躅)小隊、作戦行動可能です】


 各小隊名は小隊内で決めていいと伝えてあり、弥兵衛が各小隊の名称を聞いたのはこれが初めてである。前衛の2小隊は英名Cから始まる花の名前、後衛はAから始まる花の名前を付けられていたが、彼らの根底には「生還の可能性は高くなく、おそらく異国の地で散るのだろう」という想いがあったに違いない。報告を聞いた弥兵衛は一瞬だが目を閉じ、そして決意したようにある宣言を行う。


「各小隊の状況、了解した。ところで皆は小隊に詩的な名を付けたものだから、私だけ「コマンダー001」というのはどうにも味気がないね。以降、私はanemone(アネモネ・一輪草)というコールサインに変更しようかと思う。私はA001と略すから、菊小隊はmum、椿小隊はcam、躑躅小隊はleaに識別番号を合わせてくれればいいかな」


 このやり取りが必須だったかというと、そうではなかったのだろう。しかし戦いを前にすれば嫌が応にも緊張し、緊張したままでは実力を発揮できない。それを回避するのも、司令官に求められる資質の一つなのだ。


【mum001よりA001へ。ご指示の件、了解であります】

【こちらcam001。コールサイン変更の指示、了解しました】

【lea001からA001。呼称変更了解。レコン機のデータベースに変更を加えます】


 戦意も、修理補給以外の準備も万端のW.P.I.U軍ハロン市防衛隊は、かくして侵略者の到来を待ち受けることとなる。最初の犠牲となったのは、初戦で武器を破壊され復讐に燃える、血気盛んなC.C.Cの一小隊だった。


5/28 10:37

[奴らが逃げるぞ!セコい真似をしなければまともに戦えない腰抜けが。逃がすか!]


 初戦でほぼ一方的に叩きのめされたC.C.Cだが、それは単に裏をかかれたからで実力に劣っていたわけではない。実際に自軍は敵軍よりも数が多く有利な状況である以上、ここ数日の監視によると補給や後続部隊の影も形もないという。まともに戦えば負けるはずはないのだ。昔からいつも小賢しい島国の小同盟め……というのがC.C.CのW.P.I.Uに対する印象である。C.C.Cの長い歴史がそういった想いを抱かせ、その考え方が多くの悲劇をもたらしたものだが、未だにそれを改めようとはしない。弥兵衛に言わせれば「技術は発展しても、人は容易に変わりはしないものさ」ということである。


【mum001よりlea各機へ。敵機を中央通りへ誘引成功。攻撃を開始してくれ!】


 mum001のサクマ少尉から通信が入り、レコン機のlea005以外が中央通りに姿を見せたC.C.Cの3機に攻撃を集中させる。護衛も兼ねたチェイサータイプが実体弾の長銃で鏡面装甲部に先制攻撃をかけ、ガンナータイプが電力さえあれば弾切れを心配しなくていい光線銃で撃破を狙う。まったくの無警戒だったこともあり、C.C.Cの3機は一瞬にして行動不能に陥った。


「各小隊の連携、お見事と言うほかないな。ところで、コンディション・ブロークンと思われる機体に追撃は無用だが、背部電力パックを狙えるなら攻撃を加えブレイクアウトさせても構わない。放置して再起動されても面倒だしね」


 コンディション・ブロークンは行動不能状態に陥った機体を、コンディション・ブレイクアウトは爆散するなり電力供給システムが深刻なダメージを受け、二度と機体として復旧できる見込みがなくなったものを指す。ブロークンは機体を回収して修理すれば再利用もできる可能性があるほか、余程の不運でもない限りコックピットブロックのパイロットが生存していることが多い。味方機であれば、状況を確認し救おうとするのが一般的である状態だ。


(もはや敵に対しての人権が軽んじられて久しい時代さ。ゆえに、ブロークンの機体を囮にして救援に来た部隊を狙わせてもらう。やり方が卑怯だろうと、姑息だろうと構うものか。そも彼らが侵略してこなければ、こうはならなかったのだから!)


「A001より各小隊へ。中央通りを避けつつ敵ブロークン機体に近づける裏通りの、側面から攻撃を掛けられる位置にAI機小隊を移動させた。mumおよびcam両小隊はAI機の位置を確認のうえ、利用できそうなら利用してくれ。その間、中央通りへの敵部隊誘引は当機が行う。lea005、敵部隊の動きはどうか?」


【近いものは中央通りの北側から3機、並行に走る東側裏通りから3機ずつ接近しています。それ以外ではハロン市の北外周から西側に回り込もうとしている6機と、南側から海水浄化プラントを伺う6機が確認されました。それ以外の17機は、現在のところハロン市の東口付近から動いておりません】


 数の優位を生かし、ハロン市を包囲しつつ機を見て余剰戦力を一気に投入し殲滅する。作戦としては至って合理的で、自分が敵司令官の立場なら同じように攻めたかも知れない。だがそれだけに、そのような動きをするであろうことが読めたということでもある。弥兵衛が最も恐れていたのは作戦も何もなく、38機が一つの集団となって押し寄せることだが、それをすればC.C.Cの損害も非常に大きなものとなる。おまけに、作戦も何もあったものではない突撃を敢行した日には司令官職の存在理由を自ら否定することにもなるため、おいそれとその方法は使えない。肩書だのメンツだのに人が縛られるのは、いつの時代も変わらなかった。特にC.C.Cに於いては。


「A001、状況了解。北側の3機はこちらで誘引するから、東裏通り方向から来る3機はmum、cam両小隊でAI機前への誘引を頼む。AI機への指揮権は一時、両小隊の隊長へ移譲する。攻撃停止の判断はそちらで計ってほしい」


 そう指示を出すと、弥兵衛は前面モニターに集中する。ここからは、一時的とはいえ司令官ではなく一コマンド・ウォーカー乗りとして立ち回ることになるのだ。しかも、現在の装備は右手に大型シールドとそこに隠した二式短銃、左手には暴走機鎮圧用の雷光杖と呼ばれる、棒状のスタンガンとでも言うべき代物である。これは市街地の警護に当たる警察機構の機体が扱う装備であり、今回はハロン市駐留部隊が平時に持っておくために持ってきたもので戦場に持ち出すものではないが、武器となり得るなら何であろうと引っ張り出さねばならない懐具合が伺い知れた。


5/28 11:19

[なんだ?あの機体、戦場に公安用の鎮圧装備を持ち立っている。気でも触れたか?]


 弥兵衛にC.C.Cパイロットの声は聞こえなかったが、そう言われているのだろうなとは予想がつく。雷光杖、正式名ライトニング・ケインはコマンド・ウォーカーのフレーム部分に高電圧を流すことで一時的に機能障害を起こす装備で、警察組織が犯罪に使われる機体を無力化するためのものである。戦闘で使うことは可能だが、それを当てられるなら直接的な攻撃となる近接戦闘武器を使うほうが効率的で、W.P.I.U軍にもRB‐14Ripper BladeやLA‐17Lumberjackといった、N.A.U発祥のコマンド・ウォーカー用の刀剣や土木作業用の斧が配備されている。ハロン市の部隊にもそれらはいくつか残っているが、弥兵衛は敢えて雷光杖を選択した。


「おっと、こんなところに敵軍がっ!……なんてね。まあ、ここに居るのは分かっていたんだけど、そんな感じで無様に逃げ出すとしよう」


 敵は一機で、しかも手にしているのは警察用のもので攻撃的な武器ではない。さらに出会い頭に迷わず逃げ出すとあれば、大半の人間は自分たちの圧倒的有利を疑わないものだ。C.C.C部隊は逃げる弥兵衛を追いかけるが、大通りの手前で急停止する。さすがに、釣られて大通りに出てくるほど愚かではなかったのだ。


「A001よりlea各機へ。光線銃装備機は発射準備願う。照準は当機のシールドの合わせ、攻撃時間は7秒で頼む。彼らには、こちらからご挨拶させていただこう」


 大通りに通じる道の途中で移動を停止し、おそらくは指示を待っているであろう追跡隊の前に囮と思われる先ほどの機体が姿を見せたのと、その機体の盾がレーザーを反射させ直角に曲げたのは同時のことだった。弥兵衛は味方のレーザーを反射させ、大通りに出なければ攻撃はないと考えていたC.C.C機の不意を突いたのだ。先の解析で弥兵衛の機体に銃器がないと判断していた彼らは、弥兵衛の姿を捉えると防御ではなく射撃を優先した。そうさせるために、目立つ武器を持たなかったのである。


「ターゲット010、ブロークン。ターゲット011、コンディション・レッド。ターゲット012、コンディション・イエロー……」


 7秒ほどの照射で、先頭にいたC.C.C10番機は左腕砲塔と左側の脚2本を失い擱座した。その奥にいた11番機も右腕を溶断され、被害は甚大。3機の中で一番奥にいた12番機のみが、レーザー到達後に大きな被害が出る前にどうにか鏡面装甲で防御できたに留まり、12番機はすぐに逃走を試みたが弥兵衛の機体に追撃はできなかった。


「A001よりlea各機へ。北側の敵小隊は被害甚大、行動不能機もある。位置座標を確認のうえ、曲射砲による追撃を要請する…………いや、待て!攻撃中止だ!!」


 レーザーにより大損害を受けた敵小隊に追撃を加えようとしたが、弥兵衛は攻撃の中止を指示する。動けなくなった敵機にハロン市の民兵組織が群がり、憎き敵国人を機体から引きずり出そうとしていたのだ。


5/28 11:47

『ハロン市民に警告する。その二機のうち一機はいまだ戦闘行動が可能であり、不用意に接近するのは危険だ。すぐにこの場を離れなさい。繰り返す、至急この場より離れなさい。ここは非常に危険だ。聞こえているのだろう!』


 外部スピーカーに切り替えた弥兵衛の警告は、今や世界の共通言語たる英語で行われたもので理解できないはずはない。現に幾人の若者が弥兵衛の機体のほうに向かって声を上げていたが、彼らが何を言っているかは聞き取れなかった。しかし表情から察するに、侵略者に対する怒りや不満を抑えきれない……というのは理解できた。


『ここは戦場だ。戦場に個人の怒りや憎しみだけを抱いたまま、のこのこ出てくるんじゃあない!確かにこれは戦争だが、戦争とは軍人が行うものだ。諸君ら一般人が戦場に立つ必要はない!すぐに下がれ!!』


 味方であるはずのハロン市の住民に向かって言うには強すぎる言葉遣いになってしまったが、実際のところ弥兵衛は非常に不愉快だった。怒りや憎しみを胸に秘めて戦う者は、極めて残忍になる傾向が強い。この場合も、おそらくC.C.Cのパイロットは引きずり出されたらロクな死に方はできない。殺し方に綺麗も汚いもあるか……というのは正論だが、軍人が「戦って死ぬ」のと「戦えなくなってからリンチでなぶり殺しにされる」のが「同じ死」であるはずがない。


「A001よりlea各機へ。曲射砲の準備を再開せよ。座標は先ほどと同一だ」


 その連絡を受け、lea小隊の各パイロットに緊張が走る。この地に残ったパイロットに「まだ市民がいます」と意見する者はいない。弥兵衛がそれを承知で、まだ動ける敵機を攻撃せよと言っているのは分かっていた。


「このままでは、どのみちコンディション・レッドの機体に彼らは蹂躙される。警告はしたが聞き入れないとあれば、もうどうしようもない。もし生き残れたなら全責任は私が取る。攻撃を……」


5/28 11:58

【こちらlea005!Pソナーセンサーが攻撃音を感知!市外の東方、バイチャイ橋の対岸からです。音紋データでは155mm砲相当……?曲射弾、来ます!】


 それだけ聞けば、どこが狙われたかすぐに分かる。敵中で擱座し、もはや生還の可能性もない自分が最後にできること。自身の機体の位置情報を送信し、そこに支援攻撃を行うよう要請したのだろう。二機の泰山のコックピットブロックが開き、出てきたパイロットは故郷のある北東を向き敬礼している。驚いたことに、二人ともまだ子供と言える年齢だった。


『W.P.I.U軍ハロン市駐留部隊司令官、花形中尉より最後の警告を行う。ここはすぐに曲射砲弾が降り注ぐ死地となろう。それでもなお、勇敢に戦った兵士たちをなぶり殺しにしたいというなら思うようにするがいい。もう止めはしない』


 自身の名を敵パイロットに告げるよう放送し、二機の泰山に向け敬礼しつつ急速後退し距離を取る。泰山のパイロットもこちらを見たようだったが、最後に視界へ飛び込んできたのは同じような子供のハロン市民が泰山パイロットにナイフを突き立てる姿と、そして降り注ぐ曲射砲弾により付近のすべてが爆炎に呑まれる光景であった。


「クソったれめ!どうしてこうなる。どうしてこうなったんだ!!」


 自分たちは敵を討とうとした。仮にあの市民がC.C.Cの少年兵を殺さなければ、手にかけたのはおそらく自分たちだろう。軍人たる自分たちには兵士は敵を討つ権利がある……などとは考えていないが、少なくとも討つ覚悟も討たれる覚悟もあった。しかしハロン市民たちはどうか。その場の流れとでも言うべき狂騒に駆られ、本来なら無縁であったろう殺人を行い、そして何も分らぬまま死んでいく。だが、自分にそれを批判する資格はなかった。C.C.Cがやらなければ、市民ごと撃っていたのは自分たちだったのだから。ゆえに弥兵衛の怒りは自分自身と、己にこのような戦いを強いた祖国の指導部に向けられている。


(敵のパイロットは子供で、それを殺したのも子供で、これから死ぬのも子供で。そうして争った後に生き残りいい想いをするのが、戦場にも出てこない政治家の老人共だというのか。お爺さんの理想と夢。父さんの崇高な理念。自分もそれらは素晴らしいと思うが、現実に蠢くのはもっと醜い、そう、例えようもなく醜悪なモノだ)


 弥兵衛の政治家不信、そして政治家嫌いはこの時に極まったと言っていい。政治家の家系に生まれながら政治家を嫌うという矛盾に弥兵衛は生涯、悩まされることになるのだが、それはある意味で贅沢だったのだろう。何しろ、彼はこの地獄のような争いの地から、逃れることが叶うのだから。


5/28 12:05

「A001より全小隊へ。C.C.C機はコンディション・ブレイクアウト以外では当該機を目標地点に定め曲射砲を使用してくる可能性が出てきた。攻撃を加える場合はブレイクアウトまで持ち込むように。確実性を高めるためには、弾を使い過ぎても構わない。とにかく中途半端な攻撃だけは絶対に避けてくれ」


 この時点で、計画の一部であった「損傷機を放置し、救援に来た敵を襲撃する」という作戦は使いにくくなってしまった。敵のパイロットすべてが先ほどの少年兵のような道を選ぶわけではないだろうが、あの二名がそのように死んでいったことは全部隊員に知らされただろう。誇り高き仲間の仇を取れと煽られ復讐に燃えるか、それとも屈辱的な生よりも彼らに倣えと伝えられるか。いずれにせよ、子供たちの死を利用して士気を高めようとしてくるのだろう。


(まったく敵味方関係なく……揃いも揃ってロクでなしの大人ばかりだな。この場に限って言えば、旧先進国連合同盟が人類のために生き残るべき存在とも思えんよ。だからと言って負けてやることも譲ってやることもできないあたりが、また度し難い)


 そう自嘲する弥兵衛だが、戦いはC.C.Cが撤退するかW.P.I.Uが全滅するまで終わらない。ごく短時間のうちに中央通りで最初の犠牲となった3機と味方の曲射砲に撃たれた2機、そしてAI機の射界に誘引された3機の計8機が失われたC.C.Cだが、それでも戦力比はコマンド・ウォーカーだけでも18機:30機と、5割増しの差がある。ハロン市における5/28日の戦闘はC.C.Cの市街地包囲完了を以っていったん終了したものの、今後の両軍による市街戦はより熾烈なものになろうとしていた。

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