第5話 一輪草の記憶2 混沌
11・過去に学び
最初の一撃はW.P.I.U軍の光線銃装備機から放たれた。この武器は莫大な電力を消費するため、市内の給電装置に直接ケーブルを接続しなければならず、携行兵器としては扱えない。そのため2機がハロン市内の高所から、バイチャイ橋の溶断を行ったのだ。橋を落とすなら橋への接近前か、橋を通過している最中だろうとの予測を立てていたC.C.C部隊は主力が橋を通過した後に橋を落とされるとは考えておらず、レーザーによる溶断を簡単に許してしまった。
「よし、狙撃隊はよくやってくれた。引き続き、充電状況を見ながら各自の判断で装備を選びつつ攻撃を加えてくれ。レコン、トレースのほうはどうだろうか」
【中尉、ではなくコマンダー001。こちらレコン020。敵前衛部隊のトレース、完了しています。情報を各機に共有し、メインモニターに状況を表示します】
「こちらコマンダー001、了解。各機、聞いての通りだ。定石では敵軍はレーザーかく乱弾を打ち上げるだろうが、こいつを使えば一時的に視界が悪化するゆえ我らはそこに付け入る。トレース情報からモニターに映された敵機に対し、各機は攻撃を加えよ。大まかな方向しか分からないレーダーには頼らぬように!」
レーザーを遮断するかく乱弾は、光を遮れば機能しなくなるレーザーの特性を利用した防御兵器である。視界を遮れば狙いをつけにくくなり、同時に仕込まれた微粒子で光を乱反射させ拡散させることで無効化を狙うのだが、短時間とはいえ視界が悪化するという問題もあった。もっとも、この点は視界悪化状態の中で鏡面装甲部分を前面に出しながら前進し、小回りの利かないレーザー兵器の射界から出るための時間稼ぎとして利用されるのが常である。弥兵衛はそれを逆手に取った。
【こちらガンナー018。スコープにより敵軍のレーザーかく乱弾使用を確認。装備を光学兵器から実体弾兵器に変更後、支援攻撃を開始します】
「……コマンダー001より前衛各機に、作戦開始を通達する。突撃!」
W.P.I.U護衛部の機体はWCW‐FB32、通称・疾風32型である。性能的には平凡な、目立った点の少ない機体ではあったものの、長く使ったこの機体をベースに多くのバリエーションモデルが存在している。そして護衛部の機体は市街地戦のみを考慮された、市街地戦仕様となっていた。このモデルの特徴は、通常だと歩行で移動する疾風型の脚部に大型ローラーが装備されたチェイサー・ユニットが装着され、舗装路面などの整地でのみ高機動力を発揮できるというものだ。主力機がこのような仕様であることも考慮し、ハロン市外での交戦を避けた、というのも敵を引き込んだ理由の一つである。
【こちらサポーター013。これより作戦領域のレーダー妨害を開始します。作戦領域各機は、個別レーダーから共有レーダーへの移行を開始してください】
レーザーかく乱弾による視界不良に加え、レーダー妨害により機械の目も潰す。コマンド・ウォーカーには各機体に周囲を索敵するレーダーが装備されているが、性能はそれほど高くない。高性能のレーダー装置はそれなりに大型化してしまい、機体の運動性能に影響ないサイズのものと限定されると機能面は諦めるしかなかったからだが、護衛部のレコン020のように偵察を主任務とする場合は武器を持たずに高性能レーダー装置を装備する場合もあった。もちろん、動きが遅く武器も持っていないため、狙撃隊と同じく後方のハロン市内で偵察に専念することとなるが、地味でも非常に重要な役目である。それと対になるのが電子戦装備のサポーターと呼ばれるタイプで、レーダー妨害や敵機の機能障害を起こすような装備を任されている。多くの連合ではこれらを別の機体で賄っていたが、W.P.I.Uはすべて疾風型の装備を変えたもので構成されている。中には非効率的なケースも見受けられたが、これは完全人型ロボットへの執念というべきなのだろう。
(標的確認……泰山typeA。右腕は鏡面装甲を備えた大型シールド、左は腕自体がキャノンか。とりあえずその左腕をいただこうかな)
弥兵衛の駆る疾風型の前面スクリーンも視界0の状態だが、レコン020から送られたトレース情報をもとにコンピューターグラフィックスによる泰山typeAが映し出されている。このため、視界悪化による悪影響は受けないも同然なのだ。しかしこれは、どこの連合にもできるというものではない。ベース機体を疾風型のみに絞った分、周辺機器の開発に力を注げたW.P.I.Uならではの特徴だった。
「コマンダー001からレコン020へ。ターゲット033、左腕砲塔部の破壊完了。情報更新願う。引き続き戦闘を続行する」
弥兵衛の機体には右腕に「一式長銃・甲」が、左腕には「四式鏡面破砕銃・甲」が装備されている。長銃は人でいうところのライフル銃、鏡面破砕銃は鏡面装甲に損傷を与えるための散弾を放つ猟銃のような武器だが、衝撃力の高い武器としても利用できる。装甲を貫通しての撃破目的ではなく、武器やカメラ部分などの表層を破壊するには有効的な武器だったのだ。これを泰山の左腕砲塔に撃ち込み、砲身を曲げてしまうことで次々と攻撃不能にさせていく。
「コマンダー001より各機へ。そろそろ視界も晴れる。コンディションイエロー及びレッドの機体は後退を開始せよ。ブルー及びグリーンの機体は後退する味方機を援護するため、敵集団に対し再突入を行う。視界が晴れれば敵の攻撃も正確になるだろう。目的は時間稼ぎだ、決して深追いはするな!」
突入開始から約2分、片方だけが視界が遮られた乱戦でW.P.I.U軍は50機中20機ほどの武装を破壊した。狙いがそれであったため撃破された機体はいなかったが、それだけに被弾して武器を失い、冷静さを失ったパイロットの援護要請でC.C.Cの通信回線は満たされ更なる混乱を招く。奇襲は完全に成功したものの、一部の機体は闇雲に発射した泰山の攻撃を受けてしまい、損傷を被っている。完全な状態を100とした場合、損耗率10までがブルー、20までがグリーン、30までがイエロー、それ以上がレッドと区分けされ、弥兵衛は損傷が大きめの機体には撤退を命じた。まだ前哨戦で、本番は敵部隊が準備を整えハロン市内に突入してからである。ここで無用な犠牲は出したくないところなのだ。
(ブルー4、グリーン7か。イエローが2、レッドは1。有利な状況下とはいえ、この結果はなかなかのものじゃないか。みんな大したものだね)
リンカーネイションシステムにより各機の状況は逐一データベースに送られ、それを介し周囲の味方機の状況も把握できる。通信とそれによる報告しかできない軍も多い中で、このシステム下で部隊を運用できるというのもW.P.I.U軍の大きな強みであり、有利に戦える環境づくりに貢献している。
「視界が晴れるな。バッドコンディション機以外は再突入を開始せよ。サポーター013及び014は90秒後にレーザーかく乱弾を射出。それを合図に全機ハロン市内に帰投する。よし、掛かれ!」
四足歩行型の泰山とチェイサー・ユニット装備の疾風型では、人に例えるなら格闘技選手とローラースケートの競技選手のような違いがある。もっとも手にした銃は同じようなもので、当たりさえすれば十分な効果を期待できるとすれば、有利に戦いを進められるのがどちらかは簡単に想像がつくだろう。しかもスケート選手の側が得意な地形で、不意を突き、自分たちだけはっきり見えているとなれば。しかしこの場の視界が晴れてくると、泰山の攻撃も正確性を増してきた。
【こちらチェイサー007。コンディションレッドに突入。事前通達通り後退します】
【チェイサー011被弾。コンディションイエローに突入しましたが、あと40秒ならやれます!】
「了解。チェイサー011は007を援護しつつ後退を開始せよ。ガンナー018及び019は両機に向いている敵機に攻撃を集中。当たらなくてもいい、とにかく撃って怯ませ時間を稼いでくれ」
コマンド・ウォーカー同士の戦いに於いて、お互いを一撃で大破せしめる武器は光学兵器くらいである。2発、3発と立て続けに当たれば深刻な被害を及ぼす武器もあるが、それは100mmを越えるような巨大口径の砲くらいで、現に疾風型が持つ一式長銃・甲は同系統でも大口径の攻撃力重視型だが、口径は30mmとなっている。これはコマンド・ウォーカーに求められた役目が戦車などの「大火力運搬装置」ではなく、あくまで「戦闘場所を選ばない軽戦闘車両の発展型」という位置づけだったからに他ならない。
「作戦タイム、オーバー。サポーター各機はレーザーかく乱弾発射開始。その後は視界が悪化し次第、各自の判断で後退を開始せよ。なお、これ以降の撃破は考課に値しない。無償奉仕がバカバカしいと思うなら素直に引いてくれ」
数に劣る敵が再突入を目論み、そして再びレーザーかく乱弾の目くらましを行った。この事実は最初に見えない環境下で大打撃を被ったC.C.C部隊を極度に警戒させたが、彼らに追撃が加えられることはなかった。そして約2分後、視界が良好になって初めて、追撃のためではなく逃げるために目くらましをしたのだということに気が付くのだが、後の祭りだった。バイチャイ橋にて行われた初戦はこうしていったんの終了を見る。両軍ともに被撃破こそないものの、バッドコンディションに至った数はW.P.I.Uがレッド2イエロー3に対してC.C.Cはレッド14イエロー18と、負け側の総指揮官なら卒倒すること間違いなし、というほど戦果の差がついたのだった。
「でも、私の作戦だって元ネタはC.C.Cの遠いご先祖様が考えた策を、現代的にアレンジしたものだからね。確か「半渡に乗ずる」と言ったかな。たとえ文明がものすごい速度で進化しても、人は同じ速度で進化したりはしないのさ。数千年前の考え方が現代でも通じるのが、何よりの証拠ってことなんだよ」
そう言う意味では私もグラスホッパー型を真似たC.C.Cを悪く言えないな……と笑いながら自室へ戻る弥兵衛の後姿を見て、兵たちは一様に「指揮官が佐久田大尉じゃなくて良かった」と思った。佐久田大尉が指揮官として弥兵衛より上か下かはともかく、自らコマンド・ウォーカーを駆り前線に出ることはない。指揮官としてはそれが正しいのだとしても、安全なところで指示を出すだけなのと同じ現場に居合わせるのとでは、やはり印象が違うものだ。そして何より、安全圏にいた後方の6機以外でコンディション・ブルーのまま帰還したのは、弥兵衛のコマンダー001と直接戦闘の担当ではないサポーター013、014のみである。敵機とクロスレンジで撃ち合った機体では唯一、コマンダー001のみがそれを果たした。指揮官としてだけでなく、コマンド・ウォーカー乗りとしての技量も十分に優れていたのだ。
「有名政治家の息子というだけで昇級……なんて噂もあったが、少なくともそれだけじゃないってのはよく分かった。この調子なら、援軍が来るまでどうにか持ち堪えられそうだな!」
それが初戦を終えた護衛部の総意である。それは正確な見方で、結果的にハロン市はN.A.U駐留部隊の到着によりC.C.Cを撃退することになるのだが、護衛部で生還できたのは弥兵衛ただ一人だった。後に「ハロンの狂気」と呼ばれた、無差別攻撃が行われたのがその理由である。
12・狂者の集う地
「先の戦闘から2日。敵軍先陣はハロン市から死角となる海岸に集結し、夜間に運ばれる物資で補給や整備を行っている模様。ここ2日の天候は雨のため光学兵器による運搬船の狙撃は不可能ですが、時間稼ぎは想定通りに進んでいます。援軍派遣のほうはどうなっているでしょうか?」
タンホア市のN.A.U駐留軍は最速でも到着に7日ほどは必要との返答があり、それまではW.P.I.U軍だけで持ち堪えねばならない。フィリピン地区から援軍の派遣も検討されているが、ハロン市での惨状を利用したい者たちにとっては、問題があっさり解決するのもよろしくない。そのため、葉山中佐の話によると進発が遅れているということだった。
「我々は軍人ですから、残って戦えと命令されれば戦います。建設隊の技師たちはすでにハノイ市へ避難しており、ここで死ぬまで戦う理由が存在しないとしても……です。しかし今後、初戦のような激しい戦いが続けばこちらの武器弾薬もそれほど長持ちはしませんから、せめて補給隊くらいは送っていただかないと手の打ちようもありません。増援は遅れても構いませんが、物資だけはどうにか急がせてください」
そう訴える弥兵衛も、それを聞く葉山中佐もここだけは見誤った。ハロン市に多少の損害が出ることを望むような連中でも、まさか「味方部隊に補給物資を送らない」という選択をするとまでは考えていなかったのだ。そのため初戦で派手に立ち回ったような作戦を立てることもできず、C.C.Cが態勢を整えるのをただ見ているしかないという状況に陥っている。
「そちらの窮状は分かっているつもりだ。最後の手段として空輸も検討してはいるが、運べる量はたかが知れているからな。どうにか輸送艇の進発を急がせるから、持ち堪えてほしい」
通信の最後にそう言った葉山中佐だが、彼自身それが気休めの言葉にすらならないことを自覚している。現状ではフィリピン地区の全部隊に待機命令が出されており、補給物資を送りたくとも送れない。残る手段はN.A.UやC.S.Aに急ぎハロン市への補給を依頼するか、偽の命令書をでっち上げてフィリピン地区から補給艇を進発させるくらいしか残されていなかった。
(政治家どもの人気取りのために訓練された優秀な者たちを失うなど、絶対にあってはならない。こうなれば俺も、手段は選んでいられないか)
葉山中佐は最後の手段として、弥兵衛の父にしてW.P.I.U上院議員でもある花形=ジョージ=半兵衛とコンタクトをとる。幼少期には可愛がられた過去もあるが、成人してからは顔を合わせてはいなかった。軍関係に進んだ自分が、いくら顔見知りとはいえ有力政治家に会うというのは要らぬ憶測を呼ぶと自粛していたのだが、もうそのようなことを言っていられる状況でもなかったのだ。しかし、話し合いで色よい返事を引き出すことはできなかった。厳格な政治家たるジョージ=半兵衛は自身の派閥に属する不埒者を罰するとの約束こそしたが、自身の権限が及ばない軍を動かすことはできないと言い切った。それをしてしまえば不埒者と同じになってしまい、罪を問う資格もなくなる……というのが理由だった。
「ジョージおじさんは昔から変わりませんね。大義のため、正道を歩むためには公私のけじめをきっちりとつける。一政治家としては、とても尊敬できる姿勢だと思います。しかし自分には、一人の人間として友人を見捨てることなどできません。もしこの一件でハロンの部隊が全滅するようなことがあれば、自分はW.P.I.Uに害が及ぶとしてもこの一件を世に暴きしかるべき裁きを受けさせる所存です。もうお会いすることもないかもしれませんが、本日はお会いできてよかった。それでは、これにて失礼いたします。仲間を救う手立てを考えねばなりませんから」
穏健な手段による解決法をすべて無くした葉山中佐は、今回の一件に反感を募らせていた諜報部の同士とともに、日本地区からフィリピン地区への定期輸送船の強奪を画策する。敵対勢力からの妨害工作を受ける可能性は十分に考えられていたが、まさか味方に襲われるとは思っていなかった輸送船「リトルホープ」はあっさり制圧されてしまい、その航路をハロン市へと向けた。その名の通り、小さな希望を運んで。
「誠さんもずいぶん無茶をしたもんだ。まあそうさせてしまったのは私なんだろうけど。しかし、船がここに着くことはないんだろうね。これはいよいよ、覚悟を決めなくちゃいけないかなぁ」
初戦からすでに4日、C.C.C部隊は橋の修復には取り掛からず、橋を渡ったコマンド・ウォーカー隊の修理および補給が完了し次第、攻勢をかける様子であった。コンディション・イエロー18機が復旧したとして、戦力は20:38と倍近く、補給品が完全に滞っているため長引くほど不利となる。物資面が万全なら援軍到着まで約一週間なら持つだろうと考えていたが、現状それは非常に難しかった。
「この状況を説明しても、上は「現状を維持せよ」としか言わない。そこで諸君らには一つ、決断してもらいたいことがあって集まってもらったんだ。すでに建設隊がハノイ市に避難しているのは知っていると思うが、どうやらここにも建設隊のメンバーがまだ残っているような気がしてね。残っているようなら早急にハノイ市へ向かってほしいんだが、残存メンバーに心当たりはないかな。何しろこの切羽詰まった混乱状態だ、私が手違いで許可証を出してしまうこともあるだろうから後々問題になることはない。残るか行くか、それは各自で判断してくれ」
それは、暗に「建設隊名義でハノイ市に避難してもいい」という話である。護衛部としてはハロン市の絶対死守が命令だが、手続きを誤ってハノイ市に送られてしまっているうちに戦いが終わっていたならどうしようもない。もちろん帰国後に処罰はあるだろうが、戦死するよりはマシだろう……ということだ。「中尉はどうするのですか」との問いに「まさか私自身が建設隊だと思っていた、なんて話が通るわけもない。もちろん残るよ」と弥兵衛は答える。護衛部の隊員たちはどうしたものかと顔を見合わせ激しい議論が始まるが、すぐに答えが出そうもない。弥兵衛は返答の刻限を定め、隊員たちの前から去った。
(この戦いを引き起こした要因の一つに私も含まれている。自分で望んだことではないにしても、無関係を決め込むには花形の家がW.P.I.Uに強く関わり過ぎた。そういうしがらみのある男が、ここで死ぬのは運命である気もする。だが、彼らは違う。彼らが政治家の欲望のために殺されるなんて、あっちゃいけない)
もし自分が死んで、父が予定通りW.P.I.U首相に就任したなら……おそらく、今回この企てを起こしたような連中を許しはしないだろう。力を持つ者こそ、より厳しく自己を律しなければならない。口癖のようにそう唱えていたジョージ=半兵衛は、通称「公職厳罰法」なる「特定公務員犯罪厳罰化法案」を提唱、法案を通したことで知られる。これは公職にある者が故意に罪を犯し有罪となる場合、一般連合民より重い刑罰が科せられるというものだ。この法案は人権や法的平等の関係で抵抗も激しかったが、ジョージ=半兵衛は冷たい眼差しを向けこう言い放ったものである。
「諸君らは、公職に就いたら故意に罪を犯すつもりなのかね?そのつもりなら素直に裁かれればよく、そのつもりがないならこの法案を恐れる必要はない。私には反対する者の気が知れんわ!」
そう言われた利権屋どもの顔といったら、それは痛快なものだった。しかし同時に、自分は父と同じような心構えで生きていけるかと不安にもなる。そして、その不安から父とは別の道を歩むことを決断したのだが、思わぬところで繋がってしまったことも、弥兵衛には運命を感じるのだ。
(でも、最後くらいは家の名に泥は塗らない散り様を見せる。これは、W.P.I.Uが長年にわたり抱え続けた政治腐敗を撲滅させるための戦における、開戦の狼煙なのだろう。ならばせいぜい派手に、どこの誰にでも見えるくらいのものを上げてやるさ!)
そう決意も新たに、刻限が迫ったことを確認した弥兵衛が食堂に戻ると、隊員たちが整列する。どうやら話はまとまった、と考えて良さそうだった。弥兵衛が「皆の結論を聞こう」と促すと、階級的に次席権限を持つサクマ少尉が一歩、列から進み出てその問いに応じる。
「隊員54名で協議を行いました。残ると決めた者は小官を含め11名、みなコマンド・ウォーカー乗員であります。整備班31名と、乗員その他12名は避難する道を選びました。これでよろしいでしょうか」
「よろしくは……ないかな。11人も命知らずのもの好きがいたことには呆れてしまいました。しかしそれが諸君の選択であるならば、もう何も言うことはありません。避難組で最高階級は……君か、ラッテ曹長。では君を避難組の主任とするから、さっそく準備に取り掛かってもらいたい。君たちにはコマンド・ウォーカーを2機しか付けられないが、安全圏の西へ向かう分にはそれで十分だろう。この状況だから弾薬も多くは渡せないけど、食料や水はこちらを気にしなくていい。ゆとりあるぶんを持っていってくれ」
戦うための物資は多くを割けないが、生きるための物資は不要。なぜなら、そう遠くないうちに消費されなくなるのだから。ことさら悲愴ぶってそのような言い方をしているのではなく、ただ事実をありのままに話して指示を出したのみだが、避難する側には心に刺さる言葉でもある。そのため、やはり自分も残ろうと言い出す者がちらほら現れ始めてしまう。
「もう許可証の設定が終わりハノイ市にも送りましたから、ここでの変更はできませんよ。ハノイ市に避難してから、そこで登録解除を行ってください。……いや、実際のところ皆さんのように決断できる人材を、こんなところで失うのはW.P.I.U軍にとっても多大な損失なんです。皆さんが軍学校に入り、卒業してここまで積んだ経験をお金に換算したら、きっとコマンド・ウォーカーの10機も買えるでしょう。なので本当はあの11名も避難してほしかったんですが、それについての権限は私にないですから命令もできなくてね。そういうことなので、避難することを恥とは考えないでください。諸君は正しい判断をしたのです」
避難組にそう声を掛けると、弥兵衛は解散の号令を下す。これから、残された18機と自身を含めた12名でC.C.Cの38機ほかの戦力に当たらなければならない。すぐに何らかの作戦を立てなければまともに抵抗もできず蹂躙されるのみであるが、同じ負けるにしても為す術なくだけはプライドが許さなかった。戦史に残るほどの戦いぶりを見せ、その上でこの戦いが一部の政治家の欲望を満たすために仕組まれたことを葉山中佐が糾弾してくれれば、必ずやW.P.I.Uを揺るがす大事件となるはず。そう信じて自らを奮い立たせるしかない。
「私は自室で作戦を考えるから、サクマ少尉以下の残留組は機体コンディションのチェックを行ってもらいたい。武器が足りなくなる可能性も考えると、土木作業用具や暴走機鎮圧用の警ら装備も使わなきゃいけなくなるかもしれないかな。手間だろうけどそちらの確認もよろしく。ずいぶんと埃をかぶってそうだけどね……」
こうして、5月26日の夜も更けていく。初戦の大戦果で優勢のまま持ち堪えると思われたW.P.I.U軍は、補給の停滞という予想外の事態に「戦って死ぬか逃げて生きるか」という選択を強いられる。そのどちらを選ぶか決まり切っている選択肢の中で、あり得ないほうを選んだ者が12名もいる。後に「狂った者ばかりの戦い」と言われたfurlong事件において、彼らもまた、ある意味で狂っていた。
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