第3話 闇夜に舞い踊る亡霊

6・Divine Beast Movement


『WCW‐X01の試験はこれで終了いたします。テストパイロットを務めましたのはcodename:Chris・daggerこと、クリストファー=レジェス少佐でした。少佐、おつかれさまです。機体を格納ブロックに引き上げて下さい。続きまして5分後にもう一機、WCW‐X00の起動試験を行います』


 最後に携行型試作光線長銃の試射が行われ、試験プログラムが終了となった。その後、試験場に試験終了のアナウンスが流れると、クベーラは観覧席に敬礼しホバー移動で足早?に西側口から退場する。大量の資金を投入しただけの可能性を示したことに葉山誠士郎准将もご満悦の様子で、さっそくN.A.UやG.B.Pの高官たちの質問攻めにも合っていたが、その面倒すらもまんざらではない。なにせ彼は、人型コマンド・ウォーカー導入を決めた葉山誠一大将の孫である。やはりと言うべきか、人型機動兵器の開発にはただならぬ執念と情熱を持っていたのだから。


「実戦投入するにはまだ障害は多いですが、障害は越えるのが困難なほど燃えるというもの。必ずや実戦投入可能なものにし、コマンド・ウォーカー開発史に新たなページを加えてやりますとも!」


 そう言って高らかに笑う葉山准将も、まさか十分後には自身が冷や汗まみれになっているとは想像もつかない。そして、彼を冷や汗まみれにする直接原因が試験場に登場しようとしていた。


『試験場の整地も終わりましたので、これより次の試験を開始いたします。WCW‐X00は機動性試験機であるため、戦闘行動はいっさい行いません。観覧席の皆様におかれましては……えっ?……いいんですかこれ?』


 アナウンスの女性が言いよどんだため、観覧席にいた人々も何事かと顔を見合わせる。読み上げる資料は事前に打ち合わせされており、通常であれば詰まるような部分はない。仮に何らかのトラブルがあり、試験内容が変更になれば資料も変更を余儀なくされるが、機体にトラブルがあったという報告は受けていない。そうなると、葉山准将には思い当たる節が一つしかなかった。


「……あいつか。またあいつが勝手に何かするつもりなのかっ!あいつはいつもそうだ。人の目が集まるところでは、誰かを驚かさずにはいられない。普段は淡々と仙人のように生きているくせに!」


 弥兵衛と葉山准将は、ともに祖父がW.P.I.U初代首相と初代連合軍長官という間柄である。祖父の代から両家は個人的な付き合いがあり、この二人も子供の頃からの付き合いである。葉山准将は弥兵衛より4つ年上の今年30だが、昔から「普段は物静かなのに動くときは派手にやらかす」傾向が強い弥兵衛の被害者になることが多かった。そして今、彼は幼少の頃から刻み込まれた不安にさいなまれるのみである。


「頼むから、度を越えたお痛だけはしてくれるなよ……事と次第によっては、俺たちの首どころか新型機開発までふっとんじまうんだからな」


だがその願いも通じず、続くアナウンスを聞いた葉山准将は頭を抱えることとなる。それはおよそ、兵器試験場で聞くとは思えない言葉だったのだ。


『あ~、大変失礼いたしました。お集りの皆様におかれましては、試作コマンド・ウォーカーによる華麗なダンスショーを披露してご覧に入れると、テストパイロットのcodename:ghostこと花形=ルーファス=弥兵衛から伝言がありました。それでは、どうぞお楽しみください』


 この場にW.P.I.U首脳部は来ていないが、報告は受け資料映像も渡される。重要な試作兵器の起動試験、それも同盟連合の高官たちもいる状況でこれをやるには、さすがに度が過ぎていると葉山准将は思ったものの、ここまで来たらもう止められない。それに、N.A.UやG.B.Pの関係者はこれを何かのジョークと受け取ったのか、笑いながら試験開始を待っていた。


『WCW‐X00ガルーダ、起動開始。まずは皆様の御前にて、ご挨拶させていただきましょう』


 クベーラが出入りした西口ではなくガルーダは試験場の北口、南口の上にある観覧席とは対面する側から登場した。出口から出てくるまではクベーラの倍近い速度のホバー移動を行い、その速度は見ていた者たちを十分に驚かすこととなる。既存の最速コマンド・ウォーカーはN.E.Uの高速偵察機フェンリル型(およそ時速80㎞)だが、一目見てそれを上回っていることは推し量れたからだ。しかも、観覧席まで200mはあろうかという距離を、一気にジャンプで詰めてきた。そのままでは観覧席前の強化シールドガラスに突っ込むかという勢いを保ったまま、である。しかし実際に衝突することはなかった。観覧席の手前で前方に向けられたラウンド・ブースターを点火し、勢いを相殺して一瞬だが空中で静止すると、そのまま着地したのである。


『当機に搭載された新機軸、ラウンド・ブースターは噴出方向を自由に設定可能でありますゆえ、従来機のように移動方向が限定されることはありません。また、ご覧いただきましたようにジャンプ機構としても空中制御機構としても利用可能となります。現試作段階ではロケット・カートリッジにより持続制限時間が決められておりまして、これを実用段階でどうするかが目下の課題となっておりますが、コマンド・ウォーカーの機動性に変革をもたらす装備となることでしょう』


 コックピットから弥兵衛が機体説明を行うのは、事前の打ち合わせで決めた原稿を予定変更で使い物にならなくしてしまったからである。打ち合わせでは地上を移動しつつ、ラウンド・ブースターによる急制動急加速などを行うのみであったが、それではクベーラに比してインパクトに欠けると判断したのだ。


『これより、当機の持ち得る機動力を駆使し一つ舞を披露いたそうと考えております。急ぎ組み上げた動作プログラムのためこれが初の起動でありまして、粗相があるやもしれませぬが、どうかご容赦を』


 ガルーダは試験場の中央まで移動し、観覧席のほうに向き直ると一礼し動作を開始する。それはこの時代、冬季では氷上で行われ夏季ではホバーシューズやホバーボードでも行われるような、滑るような動作の滑走競技そのものの動きである。ホバー状態で前方を向きながら後方に移動できるのはラウンド・ブースターを前方に噴射することが可能なガルーダならではの動きで、この状態から加速しブースターを相互起動させ休息旋回を加える2回転ジャンプも披露し、着地時は膝関節が前に折れ衝撃を吸収して姿勢を崩さないなど、新機軸をこれでもかと言わんばかりに披露するための演技構成であった。


「本当に、舞うように踊っていますわ。コマンド・ウォーカーであのようなことができるなんて、この目で直に見ているというのに……とても信じられません」


 思わず漏らしたマーガレットの言葉は、その場にいた者すべての総意でもあった。特にこの時代でもG.B.Pの貴族階級ともなれば、社交の場で踊りを披露することもある。踊りの系統がやや違うといっても根本となる「人に見てもらう」部分に変わりはなく、弥兵衛もまた、家柄から幼少の頃には舞踊を習わされたこともあり、そのあたりの所作に気を付ける心は持っている。ガルーダが単によく動くということだけでなく、ダンスとして見栄えのする動きであることに彼女は心底驚かされていた。


「このダンスが直接、戦闘に役立つかと言えば……答えはNOだ。しかしこんな動きができる機体が主流になれば、うちのバッタどもは間違いなく時代遅れになるな。まあ、お偉いさんはどう考えてもこっちじゃなくさっきのほうを気に入りそうだが」


 リッキー=バーンズ少佐の意見は、色々と的を得ていた。まず、ガルーダのような動きが当たり前のようにできる機体が増えればジャンプと着地にリスクを抱えるグラスホッパーは欠点ばかりが目立つようになる。そして、N.A.Uの上層部が基本的に「大きい・力強い・堅い」といったようなワードを好む傾向にあるため、おそらくはガルーダよりクベーラを参考にする形で今後の研究が進むのだろう……ということも見抜いており、そしてそれは数年後に現実のものとなる。


「俺のカワイ子ちゃんとも、意外と早くお別れかな。個人的にはこのガルーダとかいう神獣……ディバインビーストと同じようなものを開発してもらって、互角の条件で奴と再戦したいがね」


 彼の愛機グラスホッパーtype4はN.A.Uの現行機では最新型で、それなりに長い付き合いになると考えていたのだが、離婚の日は早まるだろうと直感していた。そして、離婚原因となるであろう者たちの演技が終わりを迎えようとしている。ガルーダは最後に、ラウンド・ブースターを可能な限り下方向に向けて大きくジャンプすると、月面宙返りのような動作で宙を舞い着地を決める。一連の動作に、ただ一つのミスもない完璧な演技であった。


「ブラボー!踊り出すと言い出した時はジョークかと思ったが、別の意味で確かにジョークだった。さすがだぜ、ルーファス=花形。いや、今はghostと呼ぶべきか」


 着地後、観覧席の前まで移動して敬礼するガルーダに声を最初にかけたのはバーンズ少佐だ。陽気ないかにもAmericanな彼は、もちろん兵器で踊ったことを問題視するような男ではない。最初に上がった声が賞賛だった以上、場の空気はその方向で固まり観覧席すべてから拍手や賛辞が送られ出す。これにより葉山准将の心労も、いくらか軽減されたのである。もっとも、笑って許す気はなかったが。


「花形中佐殿。貴官には申したきことが山ほどあるゆえ、ガルーダを格納庫に戻したらすぐにここへ来てもらえますかな?いや、どうか来てくださいと懇願させていただくか。命令しても、どうせ聞きはしないんだからな……」


 コックピットで葉山准将からの通信を受けた弥兵衛は、もはや自虐のレベルにまで達している言葉にやり過ぎだったかと僅かに後悔するも、機体の魅力をアピールし起動試験の結果も良好だったため、とりあえず良しとした。しかし、これ以上の被害を出さないためにも迅速に葉山准将の指示に従わなければならない。一言を残し、ガルーダは急速後退からの180℃回頭を行い高速で北口に引き返していった。


『これにてWCW‐X00ガルーダの起動試験を終了いたします。拙き舞であったと思いますが、お付き合いいただきありがとうございました』


 後方からは葉山准将の「いいから早く行って、すぐに戻ってこい。すぐにだぞ!」という怒声が響いているが、弥兵衛の頭はすでに機体チェックに切り替わっている。CPUシミュレータ上では機体負荷に余裕を持たせた演技構成にしたものの、実際に行えば予想外の事態が起こることは往々にしてある。ここで無傷のまま終わるのと、異常個所が見つかるのでは後の言い訳の有効度が大きく変化するため、どうにか無傷であってくれと願うばかりである。


(うん、大丈夫そうだな。これなら「無傷だったし結果も悪くなかったんだから」と釈明できる。可能性も立証できたし、大目に見てくれないかなあ。でも誠さんマジメだから、やっぱりダメか……)


 そうと知ってるなら最初からするな……という話ではあるが、やれることがあれば試したい。とにかくチャレンジする前から失敗すると決めつけて動かないというのが、性格上どうにも許せないのがこの男である。それで失敗することもあるが、困難から結果を叩き出したことのほうが断然多い。それゆえに、26で中佐という階級が与えられているのだが、次の戦いに於いてはかなりの苦戦が予想される。彼はその相手、幼馴染でもある葉山准将の前に命令通り迅速に出頭し、姿勢よく立っていた。



7・ghostの実体


「あれがghost?どのような人物かと思いましたけれど、あまり人の目を引く感じではありませんわね。外見的にパッとしないあたりから、あのコードネームが付いたのかしら?」


 葉山准将にこってり絞られている弥兵衛を見て、サー・マーガレットはそう漏らした。彼女から見た花形=ルーファス=弥兵衛という男は、例えばN.A.Uのバーンズ少佐のような大柄で筋肉質な男ではなく、かと言って線が細いかというとそうでもない。つまり平均的という意味で目は引かない。顔立ちも、彼の口癖を借りれば「悪くない」が、道行く人のすべてが記憶に残すような美男子というわけでもない。何から何まで薄い、空気のような感じがするあたりghostとはうまく表現したものだと思ったのである。


「まあ、落ち着いてください准将殿。クベーラよりガルーダで先に試験を、と具申いたしましたが却下なされたじゃないですか。しかし、クベーラの後ではガルーダもあれくらいやらないと見栄えがしないと考えまして、急遽プログラムを変えたというわけです。試験内容の変更はテストパイロットに認められている権限の範疇ですし、ガルーダも異常なし。ゲストもお愉しみいただけて三方一両「得」ってものじゃないでしょうか。総合的に見ても悪くない結果でしたし、ここは終わり良ければ総て良しの寛大な精神でお目こぼしいただければと……」


 試験中にトラブルが発生した際、テストパイロットに試験プログラムを変更する独自権限がないと、行動計画不履行や命令違反に問われる可能性が出てしまう。それを法的にも回避するため、テストパイロットにはある程度の裁量が与えられているのだが、弥兵衛はそれを悪用した形だった。葉山准将が怒っているのもその点で、周囲を驚かせたことは予想がついていたし腹も立てていない。事前の相談もなく、最良の結果を求めるために自分を犠牲にしてでも目的を達しようとする考え方が非常に危ういと思うのだ。


「どうしてお前は、もっと周囲を頼らないんだ。口ではそんなことはないと言うだろうが、最後の最後はいつも一人で決断してしまう。他人を信じようとしない者が他者から信じてもらえはしないと、あれほど言ってきたのにまったく変わりゃしない。もしや、まだあのことを引きずっているのか?」


 離れた場所にいたマーガレットに会話内容は届かなかったが、葉山准将の言葉がghostの表情を一変させたことは理解できた。怒りを露わにしたわけではないが、目つきも眼光も鋭さを増し、何より静かだが強烈な気迫とでも言うべきものを感じる。ここがもし戦場であれば、間違いなく防御なり回避の行動に入っただろう。彼女の直感はそう危険を訴えたが、実際は何も起こらなかった。


「ご叱責はまことにごもっともながら、今回の試験と無関係の一件について触れられる言われはないかと愚考いたします。試験についてのお話が終わりましたなら下がらせていただきたく存じますが、よろしいでしょうか」


 弥兵衛にそう言われて、葉山准将も自身の過失を認める。彼は下がっていいと伝え、最後に「すまん」と謝ったが、弥兵衛も「私こそ、無断ですみません」と返す。二人には、過去にやり直したくてもやり直しようがない一件があり、それに触れるのはタブーなのだ。頭に血が上ってしまった葉山准将はそれを口に出してしまったが、言っている時点ですでに後悔していたのである。



「hey!ルーファス=花形!さっきのダンスは最高だったぜ。次に俺と戦う時は、あのディバイン・ビーストを出して来てくれ。よく動く奴を敵に回したらどうなるか、是非とも試してみたくてな!」


 解放された弥兵衛は即座に次の人物に捕まり、挑戦を受けることになった。ガルーダは試験機だから演習に参加することはないでしょう、と告げられるとバーンズ少佐は落胆するが、試験結果を元に開発される装備なり量産機なりが演習に出る可能性はあると告げられると、今度はあからさまに喜ぶ。本当に「喜怒哀楽がはっきりした人だな」と弥兵衛は思う。


「あの演習で私が勝利判定を得たのは、色々と運が良かったからですよ。もちろん運のみでそうなったとは考えていませんが、仮にもう一度あの時と同条件で勝負をすれば、手の内を明かしてしまった私にもう勝ち目はありません。ですから、そうリベンジにこだわらなくともよくありませんか?」


 以前の勝負は、せめて互角の勝負を演じようと[ハリケーン]リッキー=バーンズおよび、グラスホッパーtype4をとことん研究し活路を見出した。それに対し、相手は特別な対応をしていない。だが次に同条件で戦うとすれば、リベンジに燃えるバーンズ少佐は十分な研究をした上で臨むだろう。武器の性能にそこまでの差はないが、武器の搭載量も装甲や耐久力も瞬発力に至るまで負けている状況で、エースに研究されても勝てると考えているほど弥兵衛はおめでたくはなかった。


「だが、それでも勝負になったら勝つために俺をどう出し抜くか……考えて悩み抜いて何かをしでかすんだろ?俺はお前さんみたいな、俺の予測を越えてくる奴と戦うのが楽しいのさ。強敵と対峙することで俺自身の限界を知り、それを知った上でさらに自らを越えるためにもな!」


 バーンズ少佐の意見は確かに正しい。不利な状況で勝ち目がないとしても、始まる前から投了などする気もなく、一筋の光明を見出すべく考えるのを止めはしない。諦めが悪い、もしくは見苦しいと言われようとも、とにかく全力を尽くす。それが花形=ルーファス=弥兵衛という男だったのだ。


「お話に加えていただいてもよろしいですかな。N.A.UやW.P.I.Uの両雄が顔を合わせているこの機会に、是非とも紹介しておきたい者がおりましてな。あらためて騎士階級を得てザ・ロイヤルに正式配属となった、サー・マーガレット=ヴァロースと申す者です。さあ、こちらに来てご挨拶なさい」


 弥兵衛とバーンズ少佐の話に入ってきたのは、G.B.Pのサー・ウィリアムであった。彼自身は名うてのコマンド・ウォーカー乗りというわけではないが、ザ・ロイヤルを指揮しバーンズ少佐の所属する海兵隊機動部に模擬戦で勝ったことがあるほど、部隊指揮官としては優秀な軍人である。


「只今ご紹介にあずかりました、マーガレット=ヴァロースです。バーンズ少佐とは前の模擬戦で交戦いたしましたが、わたくし個人は撃破判定を受けてしまったことがあります。あの時はまだ見習い同然でしたためご挨拶することも叶いませんでしたが、今回こうしてお会いできて光栄ですわ。そして、W.P.I.Uのルーファス=花形中佐。私はanemone'sのコードネームしか存じませんでしたが、今はghostなのですね。以後、お見知りおきを……」


 ウィリアムに引き出された女性隊員が自己紹介をすると、その派手な雰囲気に思わず顔をそむけたくなる弥兵衛ではあったが、さすがに失礼と思い自身も名乗り挨拶を交わした。視察団として訪れたのだから正装ということなのだろうが、軍施設にドレスで来るというのはどうなのだろうというのが第一印象で、次に来たのがまだ若いということ。そして最後に、バーンズ少佐に負けたのかということだった。もっとも、G.B.Pの主力ナイト・オブ・ナイトメアはロケット・ランサー以外の射撃武器が肩に装備された速射砲のみなので、接近戦において空中の敵を狙うには適さない。グラスホッパーに近づかれてしまうと大きく不利となるため、そこに付け込まれたのだろうことは容易に想像できたが。


「噂のロイヤル・レディのことは聞いているぜ。あの演習で戦っていたとは知らなかったが、俺が撃破した相手の中に一機だけやたら動きのいいのがいたから、きっとあれが君だったんだな。君に手間取ったせいでこちらは戦力をそがれ、総合的には俺たちの負けになった。ルーファス=花形に対してとは別の意味で、いつかリベンジさせてもらおうと思っているから、その時はよろしく頼む」


 かつて演習で戦ったことがあり、当時の記憶があるからか、マーガレットのバーンズ少佐に対する物腰は柔らかいように感じた。それに比べ、いくら初対面といっても自分に対しては「えらく事務的だな」と弥兵衛は思ったが、その理由についてはすっかり気付かなかった。もっとも意図的に彼女の父を侮辱したわけではなく、本当にただ眩しかっただけなので、あの一件が悪印象の理由と聞けば閉口するしかない。


「ところで、先ほどのお話……花形中佐がバーンズ少佐から撃破判定を取ったと聞こえましたが、それは事実でありましょうか。その、試験に使われた2機ならともかく疾風型でグラスホッパー型に勝つというのは、非常に困難と思われるのですが?」


 それはコマンド・ウォーカー乗りとして興味があるということなのだろうが、普通に考えて不躾な質問であることは間違いない。それゆえ、サー・ウィリアムは取り急ぎ非礼を詫び、娘を窘め謝罪させようとしたが、弥兵衛とバーンズは二人して笑いながら質問に答えた。


「おう、確かに俺は撃破判定を取られたぞ。次は同じ手を喰う気はないがな!」

「結果的にうまくいっただけですけど、取ったか取ってないかで見れば確かに取りましたね」


 そして「やっぱり直に見ていないとなかなか信じられないか」とさらに笑う。なぜそうなるかと言えば、彼女に限らず初対面のコマンド・ウォーカー乗りにはだいたいその質問を受けるからだ。そしてもし初対面の人物にその質問を受ければ、その質問をさせたきっかけを作ったということで弥兵衛の勝ちとなり、コーヒーを一杯を奢るという決まりになっていた。もちろん逆にその質問が出なければ弥兵衛が奢るのだが、この勝負に関しては弥兵衛のワンサイドゲームである。リッキー=バーンズから撃破判定を取るというのは、そういうことなのだ。


「いやぁ、また私の勝ちですね。でも次の戦いで負けたら、もうこの質問はされないかな。全世界が「最初の勝負は偶然の勝利だった」と認識するでしょうからね。それまでは、美味しく勝利の一杯をいただくとしましょう。あ、お二人もいかがですか。コーヒーではなく紅茶もあったと思いますよ。それも、結構しっかりしたやつが。戦闘内容をお話するとしても、少し長くなるので立ち話はなんですし」


水や食料の問題が人類に致命傷に近い被害を与えているこの時代にとって、最高の贅沢は高価な宝石でもなければ有名ブランド品でもない。安心して口にできる生鮮食品や、人工合成物ではない飲料などを嗜むことこそが豊かさの象徴となっている。そのため、食べきれない量の食品を用意した挙句にやはり食べきれず、廃棄するといった行為は有罪にしている連合も多いのだ。その点、高機能食物生成プラントを抱える有力連合では食料品に余裕がある。そして職務上、命の危険が大きい軍関係者は優先的に供給を受けるため、この時代では豊かな暮らしができる身分であり、軍関係への志願者もそれなりに多かった。


「それでは、ご相伴に授かりながらお話を聞かせていただきましょうか。実を申せば、輸送機で出された昼食は合成食糧で食が進みませんでな。しかも到着が遅れ夕食もまだとなれば、なかなかに空腹でして」


 サー・ウィリアムは騎士階級にあるが軍人なので、それほど美食家というわけではない。その彼をもってしても口に合わない合成食糧とは、各種プランクトンを土台に必要な栄養素のみを加えまとめられた「それを口にしていれば死ぬことはない」程度のもので、ある人物が「家畜の餌となんら変わらん。少なくとも味覚が優れた生物である人間の口にするものではない」と嘆いた代物である。科学技術が発展したこの時代においてなぜ不味いままなのかと言えば、それは「このようなものばかり口にしたくなければ、食料品を大事にする生き方をしろ」という強烈なメッセージを送るためなのだ。


「それは災難でしたね。この基地では海洋資源を生かした料理なども可能ですから、食事はお愉しみいただけることと思います。そのためにサイパンが選ばれた、と噂する者もいるくらいですから」


 こうして四人は、弥兵衛を先頭に食堂へ向かうこととなる。同盟連合とはいえ、所属も扱う機体も基本的な考え方もすべてが違っているこのメンバーが、後に一つの目的のために協力する日が本当にやってくるとは、この日の段階に限って言うなら誰も考えてはいなかった。

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