第2話 インストラクターとして

5・Linker Nation


 従来型のコマンド・ウォーカーは、各機体が独立した存在として制作される。頭部から脚部に至るまで、全身が一つの機体という括りである。そのため、パイロットの転属や戦死等により乗員に変更があると、操縦の補助をするコンピューターも初期化され、そこに新たなパイロットを搭乗させていた。しかしそれはムダが多く、蓄積されたデータの有効活用ができないかと考えられたのがW.P.I.U軍部内相互通信伝達機構、Linker Nationと呼ばれるシステムである。これは、例えばAというパイロットのデータが中央司令部に蓄えられれば、Aが転属して別の機体に登場した際も、かつての乗機と同じデータで補助コンピューターを使えるようになるのである。


「そして今回、リンカーのデータを細分化させることによって従来より細かい部分の変更が可能になったというわけです。従いまして、具体的にはコマンド・ウォーカー一機ごとの変更ではなくコマンド・ウォーカーの部位ごとに変更が可能となりました。試験用の2機に採用されたブロック構造は、従来のフレーム構造と違い機体各部が容易に分離できます。極端な例を挙げますと、クベーラの脚にガルーダの胴を載せることも可能となっております。その場合の有用性は、また別問題ですが」


 W.P.I.U研究開発部所属、キャサリン=シュレードは東南アジア系ルーツに見られる、浅黒い肌のウェーブがかった黒い長髪が印象的な女性技師だ。彼女の専門はプログラムとAI関連なので、実際に機体の性能についての部分にはやや疎い。仮に疾風型よりも骨太なクーベラの脚部に疾風型より華奢なガルーダの胴部を繋げたらムダが多いのはもちろん、W.P.I.U高官が泡を吹いて倒れるほど不格好な機体になってしまうだろう。もちろん、性能が良ければ見た目なぞどうでもいい……とするべきなのだが、コマンド・ウォーカー開発の理由が「外見にもこだわる戦闘用の大型二足歩行ロボット」なのだから、こればかりはどうしようもない。


「フレーム構造機体では下半身を失った機体は基本的に廃棄するしかなかったが、ブロック構造機体なら下半身を取り換えれば済むということか。まだ使える部品を捨てずに済むというのは、財布の紐が固い政治家や官僚を説得するには確かに悪くない案だね。見た目にもこだわる軍部には煙たがられそうだけど」


 W.P.I.U発足当初こそ、急激に拡大した連合領を守るために連合軍の予算は優先的に配分された。しかし今や連合成立から60年近くが経過し、戦力的にも安定期に入ったと見なされ軍事費配分はやや下がり気味となっている。周辺国の目的が技術や食物生成プラントの奪取である以上この戦いになかなか終わりは見えないが、それだけに可能な限りムダは抑え長期戦に備えなければならない。


「N.A.UやN.E.Uのコマンド・ウォーカーは、元が戦車だけに頭部や腕部が砲塔になっている機体も多く存在しています。腕部マニピュレーター装備型の攻撃システムは射角が広く取れたり武装変更が容易という利点こそありますが、整備の煩雑さや耐久性の問題、重量制限による攻撃性能の限定化といった問題もあります。上層部には、このあたり臨機応変に対処していただけますと助かりますが……」


 自分にそう具申してくれ……ということなのだろうが、いくら花形家の人間といっても今は一人の軍人である。言ったところでどうにもならないし、そもそも身分をわきまえない発言をする気もなかった。


「まぁ今回の試験でコマンド・ウォーカーもより高出力化の流れになれば、装備品自体も大型化していくだろうから……ほとんど腕自体が砲になってるのと変わらないって感じになるんじゃないかな。そうなればさすがに上の連中も可動腕部の存在意義を考えるかもしれない」


 考えるが、無くすという結論には至らないだろうけど。そこまでが弥兵衛の本心だが、それを口には出さなかった。もしかしたら上も考え方を変えるかもしれないし、コマンド・ウォーカーとは別の兵器が主流になっているかも知れない。いずれにせよ適当な未来予測に大した価値はないのだから、余計なことは口に出さないほうが賢明というものだ。特に、言質を取られると問題になり得る人間にとっては。


「ところで、2機の組み立てはどうだろう。予定では20時から夜間機動訓練が入っているけど、それに間に合いそうかな。もっとも、ゲストの到着がまだのようだから1機だけ完成させてくれればいいけどね」


 今回の評価試験はW.P.I.Uの極秘事項だが、同盟連合たるN.A.UとG.B.Pからの視察団を受け入れることになっている。これはかつての先進国同士、互いが「人類のために生き残るべき」との密約を交わした時からの伝統でもあり、W.P.I.Uも両者に視察団を送ったことで得られた着想も多々存在する。初代メタル・コングもそうやって広まり、多くの刺激を与えた結果コマンド・ウォーカーの発展にも繋がった。必要以上の情報開示をしなくてよいなら、いくらでも見て行ってくれと言うのが同盟連合のスタンスであった。


「ガルーダはすでに最終段階で、こちらは確実に間に合うでしょう。クベーラはより大型のためやや難航しておりますが、エレキ・トリックも動かすだけなら大丈夫だと思います。全機能解放につきましては、両機とも明後日以降に持ち越しとお考え下さい。申し訳ございません」


 フレーム構造機ならば分解できないため、機体そのものを運ぶ手間はあるがすぐに起動できる。それに対しブロック構造機は全身を分解して運べるためスペース的な余裕はあるが、組み上げるまでにそれなりの時間が必要となるのだ。しかし西太平洋の各地に点在する島嶼国の防衛が任務である以上、輸送の負担が減り展開力が増すブロック構造機はW.P.I.Uにとって待望の新機構と言ってよい。欠点は受け入れ、長所を伸ばすべく自分たちが努力していくほかない。


「作業員たちもまだブロック構造機の経験が少ないから、それは仕方がないさ。では、私も試験までムーブメントに専念するかな。もし何かトラブルがあれば呼び出してくれればいいですから」


 そう言い残すと、弥兵衛は自身の仕事部屋に向かって行った。彼の仕事の一つはテストパイロットであり、そしてもう一つがコマンド・ウォーカーの各種挙動を設定する仕事である。基本的な動作はこれまで積み重ねられた疾風型の挙動を流用できるが、今回の2機は新型であるため独自の機構がいくつもある。それに対応した機動プログラムがなければ、単に見た目が違う疾風型でしかないのだ。



6・神鳥の羽ばたき


 形式番号WCW‐X00。試作機のため正式な番号が与えられていないその機体は、通称をガルーダという。この機体の目的は機動性向上のための各種新機軸をテストすることにあり、戦闘面はいっさい考慮されていない。よって、腕部はW.P.I.Uの伝統に則り装備されているが専用の固定武装なども存在しない。この機体の外見で目を引くのは、両腕部が接続されている肩口の部分が大型の板状になっている事であり、これは縦方向約270度に渡って回転し向きを変えられるラウンド・ブースターである。通常は後方に向けられ前進力を得るが、左右の2つを前方に向けての急速後退や片側のみ前に向けての急速回頭を可能にする、従来のコマンド・ウォーカーにはない新装備となっていた。


「両方を限界まで下方向に向ければジャンプの補助にもなるし、両方を上に向ければ急降下も可能か。使いどころを選ばないというのはいいが、これを疾風型に応用するのは難しいな。肩の外側か、腰か脚あたりに追加ブースターとして装着するしかなさそうだ。被弾したら即お釈迦だろうけど」


 弥兵衛は各行動時にラウンド・ブースターをどの角度に向けるかの数値や、回転終了までの時間とブースター点火の時間などを細かく入力していく。その結果はコンピューター内でのシミュレータで確認することができ、挙動におかしいところや不満点がなければデータを保存する。そうして一つ一つの行動を細かに設定するのが、通称インストラクターと呼ばれる者たちの仕事である。こうして各種挙動が入力されていることで、例えばパイロットが急速後退の操作を行えば左右のラウンド・ブースターが前方に向けられ、自動的に点火して後退が可能となるのだ。


「そして、この脚か。膝が後ろ方向だけでなく前にも曲がるというのは、人型原理主義者の高官たちにはなかなかに衝撃的なはず。両膝とも前に曲げた姿は確かに鳥のようだし、この名もおそらくここらが理由でついたのだろう。しかし、これは調整に手間取りそうだなぁ……」


 通常の立ち姿は人型だが、この状態だと下方向への力に対しての衝撃緩和力、特に斜め後ろ下方向に弱い。人が不意に押された時、後ろからの力なら前傾姿勢で踏ん張れば勢いが腿から膝へと伝わり分散できるが、許容量を超える前からの力には踏ん張っても勢いを逃がせず、無様に尻もちをついてしまうのと同じである。ガルーダは自身の高機動性により多くの負荷が多方向に掛かるとの想定があり、従来型にはない耐衝撃性能も求められていた。


「衝撃力が中心より後方に向かう状況、かつ衝撃力がnを越えた場合に膝関節を前方に折り曲げての耐衝撃姿勢に移行……っと。nは、暫定値で疾風型の通常姿勢の140%くらいにしておくか」


 このようにして、各挙動の動作を決めるという気の長い作業を求められるのがインストラクターという役職である。非常に地味だが、これをこなすにはまずコマンド・ウォーカーの操縦に長けていなければならず、実戦で多くの経験をしている必要もあったため、誰にでも任される役目ではない。


(通常の行動プログラムはこんなところか。さて、後はゲストに見せるエキシビションだが……やっぱりアレしかないよなぁ。洒落を理解してくれる人たちなら気に入ってもらえるはず)


 弥兵衛の考えたアレとは、ガルーダの特性である機動性を披露するため、ゲストの前でダンスショーを披露するというものである。それも、より動きの激しい氷上のアイスダンスのように、である。ガルーダの脚部には新機軸の移動法としてホバー移動のシステムと、足裏の中央にボール状の移動負荷軽減システムが試験導入されている。人によっては、少なくともコマンド・「ウォーカーではない」ということになるが、移動手段が車輪型の機体も存在する以上、いずれこのようなものも使われる日が来ることは疑いようの余地もない。移動手段としての実用性も含め、試しておく必要はあったのである。


「よし、ガルーダはこんなものだろう。次はクベーラか。あっちは面白みがないけど、軍用機という観点で評価が高くなるのはこの機体なんだろうね。つぎ込まれた金額も半端じゃないらしいし」



7・守護神の威光


 WCW‐X01クベーラ。もともと財宝の守護神たるインドで親しまれたその神は、他国へ伝来するにつれ趣を変える。そして流れ流れて日本に至り、毘沙門天という名の武神として祀られるようになった。この機体もその名に恥じぬ力を秘めており、試作型とはいえ高出力のジェネレーターは疾風型の実に3倍強の出力を誇る。ガルーダに搭載された最新型ジェネレーターの特別改装モデルと比べても倍近いというこの自慢の高出力を、機動性以外に回せばどういう結果が出るのか。それを試すのがこの機体の役割である。そのためクベーラは機動性が度外視されており、機体は全体的に大型化している。それまでW.P.I.Uで最大記録保持機体だったメタル・コングをも優に超え、疾風型の倍近い重量となっていた。


「試作型複合防衛システム、エレキ・トリックねぇ。機体の周囲に高電圧領域を張り巡らし、敵弾を着弾前に誘爆もしくは軌道変更させることで被害を軽減する……か。近くに味方や民間人がいたらとても使えるはずないが、そういう場所で戦う可能性はまったく考慮されてないのかな?」


 まぁ試作品なんだしテストなんだから仕方ないか。そう納得してみるも、弥兵衛は避難する民間人の退路を確保しながら戦ったこともあり、もしそのような状況ではいくら優秀でもこの機体は使えない……ということがどうしても先に出てきてしまう。とはいえ、有用性はこれから高める必要があるとしても、上層部が防御装備に力を入れるのは当然パイロットのことを考えての結果である。逆の方向で考えられるよりはよほどありがたいというものだ。


「それと、携行型試作光線長銃?なるほど、この機体出力があれば外部電源なしに光線銃が使えるか。基本的には電源確保が容易な防衛側でしか使えない武器だったが、少し環境が変わるかもしれない。まぁ、バレたら鏡面装甲で防がれたりレーザーかく乱弾で防がれはするだろうけど」


 光線銃とはいわゆるレーザー発振器を搭載した装備で、レーザー光線を照射して対象に損害を与える兵器である。西暦からng歴に代わった頃にはすでにメジャーな兵器となっていたが、何しろ突き詰めれば直進する光でしかない。光を跳ね返す鏡面装甲で対応されたり、光を遮断し乱反射させる微粒子を含んだ対レーザー光線かく乱弾を打ち上げられれば、途端に使い物にならなくなる。しかも、高出力を求めれば装置もそれだけ大きくなり、持っていることが発覚すれば先述の対応策が取られる。そのような背景から、この時代のレーザー兵器は弾道弾迎撃以外の用途としては、運搬リスクや総合コストに見合わない兵器という認識が強くなっている。


(コマンド・ウォーカーも、レーザー光線を感知すると自動で鏡面装甲部分による防御をする挙動が組まれているしね。ただ、動かない固定目標には滅法強いから攻略戦なんかには使えるか)


 光線の出力にもよるが、大きな目標に十分な損害を与えるには「数秒から数十秒ほども、同じ場所に当て続けなければならない」という問題もある。コンピューターの補佐があっても、発振器の動きより速く、しかも複雑に動かれれば照射が途切れ思うような結果も得られない。弥兵衛が見た中でもっとも同情したのは、レーザー光線を照射された側が即座に地面をロケット弾で撃ち、爆炎と土埃でレーザー光線を遮断したシーンである。コマンド・ウォーカーを始めとする機動兵器同士の戦闘で多用されないのも、このあたりの理由が大きかったのだ。


「いずれにせよ、この辺はキャサリンさんたちの領分だからね。各種の挙動は疾風型の流用で十分に賄えそうだから、あとは機体調整の終了を待つとするか……」


 ふと時計に目をやれば、時間はすでに17時を回っている。キャサリンと分かれたのは13時過ぎだったので、何だかんだで4時間ほど作業に熱中してしまっていた。弥兵衛は冷蔵庫から冷えた水を取り出しボトルの半分ほどを一気に飲み干すと、ソファで横になる。夕食までにはまだ時間があり、その後は(予定通りなら)夜間起動試験である。少し目を休めておこうと、仮眠を取ることにしたのだった。



8・閃光の武神


 夜間起動試験開始時刻の20時が迫る頃には、W.P.I.Uの高官やN.A.U、G.B.P両連合の招待客もすでに観覧席に座っていた。W.P.I.Uからは研究開発部長官の葉山誠士郎准将らの要職が訪れており、N.A.UやG.B.Pも軍高官や名うてのコマンド・ウォーカー乗りが新型機の登場を待ちわびていた。


「見ろよ。N.A.Uのエース[ハリケーン]リッキー=バーンズだぜ。アフリカ戦線に派遣されてたと聞いたが、わざわざ戻ってきたのか。このテスト、思ったより注目されてるんだな……」


 そうW.P.I.Uの作業員たちが話すその男は、立派な体躯を持つ黒人系の男性である。ハリケーンというのはもちろん本名ではなく彼の戦いぶりから付けられた渾名で、N.A.Uの新型機であるACW‐084Cグラスホッパーtype4を手足の如く扱い、地上と空中を忙しく往復しつつ敵機を撃破していく様がハリケーンに例えられた。グラスホッパー型はN.A.Uらしく大型かつ超重量重装甲のヘビー級コマンド・ウォーカーで、巨体ゆえにどうしても低下する機動性を独自のジャンピングユニットでカバーする傑作機だった。唯一の欠点は、負荷のかかるジャンピングユニットの交換サイクルが短く、金のかかる機体だということくらいである。


「今日はあのルーファス=花形がパイロットをやるんだろ?奴のことだ、間違いなくただの披露では終わらず何かをしでかすはずだ。俺は新型機じゃなくそっちを楽しみにしているんだ」


 リッキーは過去の合同演習で、弥兵衛と模擬戦を行ったことがある。ジャンプ前や着地直後にある静止時間は持ち前の装甲で耐え、ジャンプ中は自然落下や空気抵抗などでその重量に見合わぬ動きを見せるグラスホッパー型から旧式の疾風型で撃破判定を奪うのは至難の業と思われたが、弥兵衛はグラスホッパー型の戦闘傾向として「四本の脚部になるべく同じ負荷をかけるため、可能な限り平らな場所に着地する」部分に着目。荒地に逃げ込むふりをしてリッキーを誘い込み、あらかじめ数少ない平地に転がしておいたロケット砲の予備弾をグラスホッパーの着地時に撃ち抜き誘爆に巻き込むという策を使ってジャンピングユニットを動作不能に追い込み、最終的には撃破判定を取ったことがある。それを見たN.A.U海兵隊機動部の隊員たちは卑怯だとなじったが、勝つために最善を尽くした弥兵衛に対しリッキーは悪い印象を微塵も持ってはいなかった。


「あっちはG.B.Pのザ・ロイヤルだな。キャバリアーも何人か来てるようだ。」


 G.B.P最強と名高いコマンド・ウォーカー部隊は、王室より認められた精鋭のみが所属するザ・ロイヤルである。その中でも腕の立つ者は騎士階級が与えられ、キャバリアーと呼ばれている。過去には馬、そしてこの時代ではコマンド・ウォーカーを馳せるというわけである。そんなG.B.Pの機体は馬型……ではなく意外にもW.P.I.Uと同じく二足歩行型が主軸だった。もっとも、脚部に関しては馬の下肢のような形状をしており、それがかつての騎士に通じるということで現在の扱いに至るという。その主力機はGCW‐05Rナイト・オブ・ナイトメア。前方からの衝撃に耐性がある脚部ということを生かし、大楯を構え突進する様はまさしく過去の騎兵そのものである。主武装もRL‐11ロケット・ランサーという槍状の近接武器部分に弾頭着脱式の信管切り替え式ロケット弾が組み合わされたもので、騎士槍を意識したものとなっていた。ちなみにこれは通常のロケット弾として発射することはもちろん、槍部分を敵機の駆動部や装甲の隙間に差し込んでから切り離し時限信管で爆発させることもできる。効率など総合的に考えるとやや頭のおかしい開発者がいたことを伺わせる武器となっているが、歴史的に見ても怪しい兵器を多く生み出しているお国柄ということもあり、今ではそれを疑問視する者はいなかった。


「まずは、機体概要についての資料映像が流されるようである。皆の者、しかと目を凝らし見落としのないようにな。我が連合にとっても、二脚型の発展は大いに興味のあるところなのだから」


 部下たちにそう声を掛けたのは、ザ・ロイヤル副隊長のサー・ウィリアム=ヴァロース。貴族階級ということで普段から落ち着いた物腰で振る舞い、それが完全に消滅した頭髪と合わさり高齢に見えるが、まだ50になる前の現役世代である。弥兵衛とはインド戦線にて、同じインド洋連合の同盟軍として共闘したこともあったのだが、初対面で握手をする際ウィリアムの後方を通った電気自動車のミラーが陽光を反射させ、それを目に受けた弥兵衛がたまらず悶絶したのを自分の頭頂部で反射したフリをして嫌がらせをされたと勘違いし、態度にこそ出していないが弥兵衛に対していい感情は持っていなかった。もっとも、それは完全な誤解だったが、悶絶した弥兵衛が「レーザーか!」と思わず声を上げ、普通に考えてあり得ぬことを言ったゆえからかわれたと疑われたのだ……。


「お父様、試験機ガルーダのパイロットは弥兵衛=ルーファス=花形となっておりますわ。お父様が常々お話になる、例の無礼者と同じ名ですわね。きっと下賤の者らしく、品のない様を晒すことでしょう」


 それを聞いたウィリアムは苦々し気な表情を一瞬だけ浮かべたが、口には「ここでは副隊長であろう」と出すのみである。窘められた若い女性はウィリアムの娘サー・マーガレット=ヴァロースで、齢21にしてザ・ロイヤル入りが叶った天才肌のコマンド・ウォーカー乗りだった。直感に優れるのか、危険を察知し回避行動に移るのが一般のパイロットよりも早く、攻撃を巧みに躱し、また大楯で無効化していく様をG.B.Pの人々は神話の女神リアンノンに譬える。彼女自身がリアンノンの伝承と同じく印象的な金髪を蓄えていたこともあり、この異名は広く受け入れられていた。



 それらのやり取りがあってしばらく後、空中スクリーンに資料映像が投影される。従来のフレーム構造機からブロック構造機への移行、リンカーネイションシステムとの複合でコマンド・ウォーカーの各部位をパイロットごとに微調整可能となった点などの新機軸は、N.A.U、G.B.P両連合の関係各位の度肝を抜く結果となる。ただし、それらも構想としてはすでに上がっていたものなので、試作機とはいえそれを達成したことに驚かれたのだ。よって、興奮が冷めると当然「結果」が待たれることになる。その期待を受けて最初に姿を現したのは、WCW‐X01クベーラだった。


【長らくお待たせいたしました。これより試験機の起動試験を行います。まず登場しますはWCW‐X01となりますが、当機には強い閃光を放つ試作装備が搭載されております。お近くの係員より閃光遮断グラスをお受け取りになり、装着されますようお願い申し上げます】


 試験場の西側口よりホバー走行で登場したクベーラは、試験場の中央で静止状態に移行し着地する。非常に重量が増したその機体を歩かせるのは不具合発生の元と考えられ、クベーラは長距離を歩行することもできない。ガルーダと別の意味で、すでに「ウォーカー」とは呼べなかった。


「あれは、120mm無反動砲装備の戦闘車両か。まともに直撃すればコマンド・ウォーカーも無事ではない代物だが、あの機体の防御装備には余程の自信があると見える。さて、どうなることやら……」


 素材工学が発展し、作ろうと思えばいくらでも巨大な砲を作ることは可能な時代となってはいるが、相手が人間、そして人が作りしものであるならば必要以上の大きさは要らない。巨大怪獣も巨大な異星人の母船も出現していない以上、兵器のサイズは500年ほど昔から大きく変わってはいなかった。そして、このテストに使われる120mm弾は楯や重装甲部分に当たれば防ぐことは可能だが、駆動部など装甲が脆弱な部分に命中すると深刻な被害を及ぼすくらいには危険な存在である。貴重な試験機にそれを向けるからには、それだけの自信がなければ不可能なはずである。その場の全員が息をのみ開始を待った。


『エレキ・トリック起動準備完了。試験開始、いつでもどうぞ!』


 クベーラのテストパイロットはW.P.I.U研究開発部所属クリストファー=レジェス少佐。フィリピンルーツの30になる気鋭の士官だ。年下で軍歴も自分より短い弥兵衛の部下という立場だが、そういったことを気にしないサバサバとした明るい性格をしているため、弥兵衛も彼には一定の信頼を置いている。


「……機体の各所がうっすらと光っている?あれは、ただの装飾ではなかったのか」


 光っている部分はクベーラの各部を縁取るように施されていた電極で、遠目には騎士の鎧の縁取りに見えなくもない。普通なら兵器に装飾という発想は出にくいはずだが、ウィリアムはいかにもG.B.P的な発想から装飾が施されていると考えたのだ。そして、驚いているうちに無反動砲が発射され、ほぼ同時に強烈な閃光と轟音が周囲に炸裂したのだった。


「これは、まるで落雷ですわ。このような装備、集団戦で使えるはずが……それにしても、閃光に注意しろと言うなら音にも注意していただきたかったものですね」


 轟音に驚かされたマーガレットはそう口を尖らせたが、W.P.I.U側としては軍関係者ならこれくらいの轟音は屁でもないと思っていたのだ。そして実際のところ、何が起きたのかを肉眼で確認できたものは皆無と言える状態だったため、リプレイ映像が投影されると大きなどよめきが起こる。砲弾がクベーラに近づくと、高電圧領域に入った途端に爆散したのだ。これは、質量を持つ実体弾の類はあらかた効果を失うことを意味している。この試作品が完全な形で起動するとなった時、炎や電撃、レーザー光線など実体を持たないタイプの攻撃兵器でしか有効打を与えられないということになるのだ。


『エレキ・トリックEMPmode準備完了。テストを次の段階に移行してください!』


 次に奥から登場したのは、地対地ミサイルランチャー装備の車両だった。別方向の2輌から同時に計8発の小型ミサイルが発射され、途中まではクベーラ目掛けて突き進むも、途中で誘導性能を失いあらぬ方向へ飛んでしまう。高電圧空間生成との同時使用はできないが、電力を妨害電波として拡散することで誘導装置などに動作不良を起こすのがこのモードの機能である。対EMP機能も組み込まれた有人兵器に効果は低いが、無人兵器に対しての効果が見込まれる。防御的な電圧防御と、攻撃的な妨害電波。この両者を扱えることから、エレキ・トリックは複合防衛システムと名付けられている。


「OK、さっきは機体に興味はないといったがありゃ間違いだ。こいつは確かに、完成すれば時代を一変させるかもしれねえ。この分だと、ルーファス=花形の機体も普通じゃないだろ。面白くなってきたな!」


 クベーラの試験終了が伝えられると、閃光遮断グラスを外しながらリッキーがそう口にする。この後すぐに、彼は自分の予言が正しかったことを知ることとなるが、現段階での試験場はクベーラの性能を讃える拍手で満たされるのみであった。

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