第17話 争乱の地へ

36・巣立ちに向けて


 ng歴303年7月24日、教導員育成科としては最後の定期試験が行われていた。今後は8月にWCW-V302 Venusの正式量産機採用記念式典と、9月1日からの正式配備が決定されている。教導員育成科を卒業する候補生たちも「内地に残り他のパイロットを指導する者」と「前線の紛争地でVenusの実戦データを収集させられる者」とに分けるよう指示が下されていた。


(柊くんとレックスの二人は実戦組で決まりだが……問題はこの両名の相性がよろしくないというか、あの一件以来どうにも因縁めいているところか。同じ部隊に配属されても真価を発揮できるかといえば、二人はそこまで達観できていない。間を取り持ってくれる、双方ともに適当な距離間を保てる者はいないものかね……)


 今日の試験でも互角の戦いを演じる、かつてのチームAとB。さすがに1年ほどでは人間関係に劇的な変化は見られず、相変わらず優等生のAと自由奔放なB、そして目立たないCという図式は変わらない。ただし最初に勝ち抜いたのがチームCだったという事実は彼らの意識を変え、チームCのメンバーが軽く見られることはなくなっている。チームCのメンバー自身もかつてのような自虐的ではなくなったのも大きい。


「よし。ラストはAとCの模擬戦だ。Aは柊雪穂、Cはマリア=ラダーに指揮官を任せる。Aは勝つか時間切れで成績トップとなり、Cは勝った上に被害を3機までに抑えなければ緒戦の負けを挽回できない。双方とも、眼前の戦いの勝敗だけでなく最終的な結果も視野に入れての作戦を立案すること。ブリーフィングタイムは昼食休憩も含め2時間を与えよう。最後の戦いにふさわしいものを期待している」


 自信を持って物事に取り組むようになったチームCの中でも、マリアナ地区出身のマリア=ラダーは大きく伸びた一人である。彼女のファミリーネーム「ラダー」とはかつて「羅多」と呼ばれたサイパン島のある村の名であり、強制疎開に伴い村の名を残すため名乗るようになったのだという。彼女が軍の道を志したのも、今は軍関係者しか立ち入りが許されない先祖の故郷を訪れたい……というのが理由だという。


(そういう想いを抱く者がいる中、サイパンをバカンス先としか見ていないような准将様もいるんだからなあ。まったく、そういう人には天罰でも下ればいいのに)


 自分のことは棚どころか遥か上空にまで放り上げ、勝手な感想を抱く弥兵衛。しかし実際、あの模擬戦では一戦だけ出場したに過ぎないような目立たぬ役どころだった彼女だが、今ではチームCのリーダー的な存在となった。もともと才能はあるのに目的が「サイパン配属」という低いところにあったため、それほどやる気を持っていなかったのが鳴かず飛ばずの原因であるが、彼女はすでに新たな目標を見つけていた。


「自分のように特段やる気もなく流されて生きるうちに自信を失い、いつしか後ろ向きになってしまっている人はたくさんいると思います。そういう人たちに道を示すことができるような人間になりたいと考えています。中佐があの日、自分たちに勝利への道を指し示して下さったように……」


 軍勤務が続きいずれ転属願いも出せる状況になれば、サイパン基地に配属という願いは叶う。そのためマリア=ラダーは好成績に興味はなくエースパイロットになりたいといった願いもなく、ただただ日々を送るのみであった。落ちこぼれと言われても気にせず、実機訓練でザコだ下手糞だと蔑まれても動じない。自分はそれが当然と考え暗闇の底に居座り続けた彼女やチームCのメンバーの下にある日、まばゆい光を纏う神鳥が舞い降りその境遇を打破した。そのことを彼女は生涯、忘れ得ないだろう。


「学生時代のお前にそっくりだよな、彼女は。お前みたいに問題ばかり起こして、父親が忙しく他の親族も近くにいないからといって親しい先輩を保護者代わりに指名し説教に付き合わせるような、ふざけた真似をしないだけ万倍マシだが。まあそれはともかく、やる気を出して真面目に取り組めば結果を出すあたりはそっくりだよ。意識を変えるほどの事象に出会えたってのはいいことさ。こういうのは早いほどいい」


 と、葉山誠士郎はマリアをそう評したことがある。チームA・B双方から距離もあり、能力的にも見所のある彼女であれば柊~レックス間のいい緩衝材になれる気もするが、やや人見知りなところがあり容易に打ち解けないのが悩みどころであった。


(だがああいう子はその環境に放り込まれたら意外と適応も早そうだしな。各チームのリーダーから選出、というのも分かりやすくていい)


 そう思案を巡らせながら戦況表示モニターに目を移せば、すでに両チームが出撃準備を終えている。程なく作戦開始の合図が出されると両チームはお互いの姿を求め彷徨ったが、その配置図には見覚えがあった。


(あの日の夢をいま再び、ということか。実力が拮抗……どころか勝っているであろう相手に対し損害を抑えて勝つには、正攻法では厳しいと判断したようだ。しかしそれを悟られようものなら、柊くんは素早い対応を見せるだろう。一度あの手で痛い目を見たのだから。そして何より機体性能の向上が、ね。さてどうなるかな?)


 チームAは基本通りの前後衛分担編成で、各機の性能向上によりレコン機は置かず前衛の援護要請に合わせ遠距離攻撃を行う戦術である。それに対しチームCはチームAと最初に戦った時のように、数機を分散配置し後衛を狙う戦術を採った。攻撃の主力たる敵後衛部隊を殲滅できれば自チームの損害も抑えられ、総合戦果でも逆転できると踏んでのことだったのだが、以前と同じように事は運ばない。


【C003よりCリーダー!敵後衛部隊がしぶとく、殲滅にはまだかかりそうです!】

【こちらA004!ただいま敵部隊の奇襲に対処中のため、援護攻撃は不可能!】


 結局、チームAの前衛3機とチームCの釣り出し2機が交戦するも決着がつかず、チームAの後衛2機とチームCの奇襲部隊3機の戦いも決め手を欠いた。暁星は疾風型のように後衛用の重装備をしても致命的に動きが鈍ることもなく、奇襲を受けたとしてもある程度は自力で対処可能という点を計算に入れていなかったのだ。その結果、両チームともに「戦力分散による火力不足」で相手を撃破しきれず、ただ時間だけが過ぎ去っていく結果となった。


『作戦タイム・オーバー。両チームとも全機コンディション・レッドながらブロークン以上は皆無、というのは壮絶な泥仕合とでも言うべき結果だが、その過程には見所もあった。いずれにせよ戦闘は引き分けとなる。ご苦労だった、引き上げてくれ』


 チームBの加わる戦闘はA:BもB:Cも時間内に決着がついたので、これはA・C各リーダーの考え方がすれ違った結果なのだろう。Aが前衛の数を減らす、もしくはCの釣りをかつての弥兵衛のように1機で臨むなどしていたら、戦力が集中され膠着状態には陥らなかったかもしれない。だがそれは「後から振り返ればその答えに至る」だけで、最初からその作戦を選んでいたら「賭けに出た」と評されたはずだ。


「両チームとも、作戦立案および遂行はなかなか悪くないものがあった。チームAは引き分けでも構わない点を視野に入れての軽武装高機動の前衛3機だろうし、チームCはそれを見越して後衛2機を殲滅後に動きの軽い3機を包囲するつもりだったこともよく分かる。ただ両チームともチームBとの戦いの記憶が根強いのか、もう少し簡単にコンディション・ブロークンに至ると考えていたかな。あれはなかなか特殊な才能ゆえ、今後は「戦力の集中」に重きを置くようにしてもらいたい」



 チームBのメンバー、中でもレックス=オオミヤの操縦技術は間違いなく候補生でも№1だろう。正面の撃ち合いでは捕捉されにくく、動きも思い切りがいい。唯一の問題点は、その力が本能によるものなのか集中するほどにキレを増す半面、冷静さは失われてしまうことにある。チームAとの戦闘では敵機5機中撃破3半壊2にまで至るが、自軍は全滅で敗北判定。チームCとの戦闘では策に嵌まり自軍3機消失から敵機全滅で見事に逆転するも、最後に残ったのはレックス機のみという有様だった。


「こいつらの中じゃ、やっぱり俺がトップだな。また俺とサシで勝負しろよ。次こそは撃破判定を取ってやるからよ!」


「まったく……君は指揮官として味方を全滅させたことに思うことはないのか。ならばいっそ、私に倣い「訓練の英雄」でも名乗ってみるかね?ハロンで味方だけを死なせて生き残った、この私のように。なかなか面白くないものだぞ、英雄扱いも!」


 弥兵衛を「同郷の知人を戦死させた男」として憎んだこともあったレックスだが、今では単純に「超えるべき存在」としか捉えないようになった。とはいえ過去のいきさつを忘れ去ったわけではないので、そのように問われれば己の所業を振りかえざるを得ない。彼は自分が、かつて憎んだ男と同じことをしたのだ。しかも味方のことを考え続けた結果の弥兵衛と違い、何も考えることなく味方を犠牲にしたのだ。


「……そういう小難しいことはヒス女や根暗女にやらせりゃいいんだよ!あいつら人を陥れるのが好きそうだしな。それに人には得手不得手ってもんがあり、自分に合った道を選ぶのが幸せへの近道だって言うだろ。俺は戦いに出て、ただ勝つだけさ!」


 誰の受け売りかは知らないが、レックスの言い分は確かに道理ではある。しかもこれから修了までの約一か月では指揮官としての成長を見込めるはずもなく、当人にもその気がないことはこの発言でよく分かった。ここでは「別の指揮官の下でもいい」という言質は取れたので、それだけで良しとすべきなのだろう。


「ではご要望の通り、君は実戦データ収集班に回すこととしよう。内地の教導班にしたところで、現段階では他人にうまく教えることもできそうにないからな。ただし君が班のリーダーになることはないぞ。自分でそう言ったのだし文句はあるまい?」


 こうして候補生たちの得意分野に応じて仕分けが行われ、3チームから2名ずつが実戦データ収集班に回され、残りの24名がW.P.I.U各地区の大型拠点基地にて機種転換訓練の訓練教官を務めることになった。無理な要求とも思えた「1年以内に教導員を育成」という任務を果たし、あのいけ好かない外務防衛大臣にも嫌味を言われずに済んだと一安心する弥兵衛だったが、彼の身にも進路の話が舞い込むこととなる。



「9月からは教導員育成科2期生が入隊……ですか。ただし一期生の経過観察から一年での教科修了は無謀という結論に達したため、三年を目処に教科の見直しを行う。ついでに、軍学校の正式な学部として発足すると。なぜ最初っから一年は短すぎるという判断に至らなかったか、質してやりたいところなんですがね?」


 葉山誠士郎から9月以降の育成科についての申し渡しに弥兵衛も思わず愚痴が出てしまうが、それも仕方のない事だ。もし三年、せめてもう一年あればあのレックスをも一廉の指揮官にする程度の精神的成長を促すことはできた。しかし短すぎる猶予期間が結果至上主義的な面を持たせ、それが「操縦に長けセンスもあるが知識なり心構えに問題がある」という、最も伸びしろのあるチームBのメンバーを中途半端な形で送り出すことに繋がってしまったのは残念なところだったのだ。


「言いたいことは分かる。だが、当面の問題は彼らじゃなくお前のほうだ。教導員育成科が正式な学部に編入されるにあたり、正式な教員資格がないと指導できなくなっちまった。確か「どうせ他人に教える機会などない」とか言って、任意のものとはいえ試験をすっぽかした誰かさんじゃダメってことだ。これから試験を受けるか?」


 そのような面倒を甘受するくらいなら最初から試験をサボるはずもなく、弥兵衛の答えはNOだった。しかしそれは同時に「9月からの配属先が未定」となることでもある。そのことについて訊くと、葉山はさも当然といわんばかりに転属を伝えた。


「この兵器開発部のメンバーは全員、ここ育成科に残留だ。候補生を実験台によりよい兵器開発に邁進しろってことだろうが、それは構わんさ。例の「養殖業者」についても首都にいたほうが調べは付きやすいし、コックピットブロックの調査もここのほうが便利だろう。というわけで、お前は前線送りだ。実戦データ収集班と一緒にな」


 新型であるVenusのことをよく知っていて、なおかつコマンド・ウォーカー部隊の指揮経験が豊富で、それなりに高階級にあり指揮権限に問題のない人材。それが実戦データ収集班の受け入れ先となる大隊に提示された条件なのだという。


「まるでお前を呼び寄せるために課せられた条件のようだろう。そういうことだから油断はするなよ。なぜか流れ弾で死んだ、なんて話は聞きたくないからな?」


 そういうことか。首都で高級士官が不審死を遂げれば操作は軍部・警察機構の双方が威信にかけて捜査を行うが、前線での戦死ならすぐに調査は行われず、疑惑が浮上したころには実行犯も逃亡ないしは始末されているというのだろう。


「ご命令、確かに受諾しました。引き続きVenusの監視を行い、実戦行動中に不審な挙動など起こさぬかに注意を払います。木村中将にもよろしくお伝え下さい!……といったところでしょうかね。しかし前線となると、またユーラシアですか?」


「それは俺にも分からんが、諜報部の友人から聞いた話ではさらに遠い中央アジアから中東北部にかけてのエリアで年内に何かあるかも知れんって話だ。あのあたりは大きな連合もなくW.P.I.Uが軍を送る必要もないから、そこではない可能性もあるが」


 葉山の話は後に、弥兵衛の人生すらも変える事件に発展することとなるのだが、今の彼らにそれを知る術はない。彼らのビジョンに映る未来は、まずVenusの完成記念式典で行われる候補生たちのエキシビションを成功させることと、候補生たちを新たな赴任先に送り出すことであった。そして無事に目的を達しng歴303年8月24日、ついに巣立ちの日を迎える。



37・常夏の島に再び舞い降りる「ghost」


「与えられたのは約1年という短い期間のため、私は諸君らに最初から容赦のない訓練を課してきた。初日から約半数がこの科を去り、それ以降も減っていくものと考えていたが、意外なことに……というのは一人前の軍人に対しては失礼だとしても、まさか初日以降に脱落者なしで本日を迎えるとは想像すらしていなかった」


 修了式典の最後に登壇したのは、主任訓練教官のルーファス=弥兵衛=花形中佐。階級は葉山誠士郎准将が上位なものの、10月からの中途加入だったため祝辞を譲ったのである。もちろん、それを理由に面倒を押し付けたというだけだが。


「よく「私を倒したい」だの「一泡吹かせたい」だのと言う候補生もいたが、結局それが果たされることはなく修了してしまったな。だが、この脱落者なしという結果には素直に私の負けを認めよう。おめでとう、諸君ら全員が協力し得られた成果だ!」


 途中で笑いも出たが、最後の最後で飛び出した鬼教官の敗北宣言と自分たちの勝利判定に候補生たちも顔を見合わせ、喜びをかみしめている。


「これから先も諸君らは誰かと力を合わせ、時に助け時に助けられ生きていくのだろう。そして時には仲間と立ち向かっても歯が立たない、強大な壁となる事象事案も出てくるかもしれない。だがこうして私を負かしたように、途中で諦めずにやり遂げれば成果が得られることもあるのだと私は思う。この日の勝利を胸に刻み、最後の瞬間まで諦めない人間になってくれることを切に願うものである。見苦しいと言われようと、一人で生き延びた卑怯者と蔑まれようと、諦めないことが次に繋がるのだから」


 候補生たちは「ハロンの英雄」が世間で言われているような、小綺麗な人物ではなかったことをよく知っている。そしてあの地が想像を超えるほどの、命が文字通り飛散する地獄であったことも。あまりにも安売りされる命を前に半ば正気を失い、立ちはだかる敵を討つことしか頭にないような戦鬼が生き残った理由も知った。自分が同じ状況に置かれた時、同じようにできるかは分からない。しかし諦めずに地獄から生還した実例を目にしたというだけで、それを知らぬ者との差は天地の開きがある。


「教導員育成科一期生の諸君はこれにて全過程終了!次に会う時はお互い一軍人として向き合うこととなる。その時はお手柔らかに頼むとしようか。では諸君の武運長久を祈りつつ、私の祝辞は終了とする。本当によくやった。みな壮健たらんことを!」


 挨拶が終わると同時に、候補生たちがW.P.I.U正装軍服の左肩に掛けられたごく短い肩マントを装飾ごと引き抜き、空に放り上げる。かつては軍帽などを放り上げていたが踏まれて使い物にならなくなることを考えると、W.P.I.U時代からはより安価なマントを投げる習慣に変わっていったのだ。


「この一年に教わったこと、生涯忘れることはありません!今後も励みます!」

「サシで勝てなかったのは心残りだが、お楽しみは後に取っておいてやるぜ!」

「最後に教官から勝利判定を取れるとは、夢にも思いませんでした……」


 壇上から降りる弥兵衛に様々な言葉が投げかけられるが、ふと「何か忘れていたような」気がする。だが葉山を始め修了式の進行役なども特におかしな素振りは見せておらず、和気藹々とした雰囲気の中で第一期教導員育成科の修了式は終了を迎える。



「はあ!?お前、自分の進路を候補生たちに伝えていないのか!」


「ええ、そういえば忘れてました。でも最後の挨拶で「次に会う時は一軍人同士だしお手柔らかに」と話しましたから、どこで会っても大丈夫でしょう。たぶん」


 修了式の後、教官や兵器開発部の研究員らだけで開かれた打ち上げの席で、弥兵衛は葉山の質問に淡々と答える。葉山は「跳ねっ返りのチームB」がここぞとばかりに弥兵衛へ何かしらのイタズラを試みるだろうと楽しみにしていたのだが、普段の暴れっぷりは何処へやら、妙にしおらしく修了式に出席していたのが不思議だった。しかしその理由がここにあったのだ。


「科を終了して正式に配属となれば、イタズラも笑い話では済まない。だから学生最後の日には目の上のたんこぶに最後の一撃を食らわせるのが習わしだというのに、あいつらと来たら妙におとなしかったから拍子抜けしたもんさ。だがお前がここに残るものと思っていたから、次に来る後輩のためにおとなしくしていたんだろう。絶対に候補生を調子に乗らせないよう厳しくされることを予想してな。チッ、つまらん!」


 自分の修了式ではそんなことをした覚えはないが、よくよく考えれば目の上のたんこぶになるような教官はおらず、そういう人物が出るほど真面目(あるいは不真面目)に学校へ行っていなかったのだから当然ではある。いずれにせよ上層部の無茶な要求をどうにか達成し、外務防衛大臣様にも貸し一つというところで満足気味の弥兵衛であるが、別の悩みも出てきていた。


「ところで例の国外の件、自分でも調べてみました。面倒なことにどうも宗教絡みのようですね。しかも「人は新世界で救われる」とか謳う新興宗教の」


「俺も聞いた。カルト集団「新天連」の奴らだろ?人が棄てた荒れ地に住み着いた根性だけは認めるが、何かヤバい化学薬品工場事故を起こしたりしているらしい。表向きは「生きるために必要な工場での不運な事故」ということだが、胡散臭さ過ぎる」


 新天連は「人は新世界に至り、そこで苦しみも悲しみもない生活を未来永劫に送ることができる」という教えを説く新興宗教である。世界が発展を続ける時期には見向きもされなかったが、世界が生き残る者と滅びに向かう者とに分かたれた際、その教えに縋ろうという「滅びゆく者」たちが集まり棄てられた地に一大都市国家群を築くまでになったのである。基本的には無害の存在だったが、このところ近隣国にまで被害が及ぶ不祥事が頻発し不安定要素と化しているのだという。


「当面はパラオ基地勤務ですが、何かあれば特殊潜航艇で海中探索でもしながら中東方面送りですかね。パラオ基地ならバカンス気分も味わえますが、あっちは……」


「俺が陰謀渦巻く首都での勤務を続けるんだ。お前だけパラオでバカンスなぞ到底我慢ならんな。早いとこカルト連中と戯れる日が来ることを祈ってるぜ?」


 サイパン基地から呼び戻された日のやり取りに意趣返しする形で答えた後、二人は互いの検討を祈りグラスを鳴らすと一気に飲み干す。弥兵衛も葉山も、W.P.I.Uの軍人としてはこれが最後の邂逅になることを知る由もなかった。



 ng歴303年9月1日、パラオ基地は快晴に見舞われていた。この日、新たにパラオ基地へと配属される部隊が集合し歓迎式典が開かれていたが、次世代機実戦データ収集小隊ことI.C.C.W隊の集合だけが遅れている。その主な要因は台風の時期で船に欠航が出たという不可抗力的な面もあるが、よりにもよって隊長が到着していないのだ。


「結局、船には間に合わなかったので隊長がどのような方も分かりませんね……」

「整備の連中は知ってそうだったが、口止めされてるのか話そうともしねえしな」

「誰が来ても、私たちは自分の務めを果たすだけ。教官ならそう言うはず……」


 I.C.C.Wのパイロットには結局、第一期教導員育成科から6名が選出された。AからCの各チームリーダーと、リーダー推薦の一名ずつである。


「指令!ただいま管制室に入電がありまして……」


 パラオ基地司令官・ケネス=リード少将は駆け寄ってきた兵に耳打ちされると、思わず天を仰ぎ顔を抑える。一目で呆れていることが分かるその仕草には、軍人を止めても劇団員なりパントマイマーでも生きていけるだろうと思わせるものがあった。


『あ~あ~、整列待機中の諸君。見事に整っているところ大変恐縮だが、今からここに空から降りてくるという馬鹿者が出おった。奴は人は避けて降りるから問題ないと申しておるが、万が一があっても困るゆえ一時こちらに退避してくれ』


 スピーカーを通して出される声は半ば諦めが入っており、止めようとしてもムダであることを悟っているようでもある。ケネス少将が軍学校時代にさんざん苦い思いをした教え子が今では一番の出世頭で、英雄とまで呼ばれ今日ここにやってくる手筈となっているが、少将はある意味で期待はしていたのだ。出世もし少しはまともになっているのではないのか、何せW.P.I.Uの誇り、ハロンの英雄と呼ばれているのだから。しかしその期待はいとも簡単に、しかも最悪の形で裏切られてしまう。


『当基地上空に輸送機アルバトロスが到着するそうだ。そこから降下を行うらしいが、私はもうすでに胃が痛い。以後の段取りはカーマイン大佐に任せる……』


 引継ぎを宣言したカーマイン大佐の言葉が終わると同時に輸送機のジェットエンジン音が響き始め、次第に大きさを増す。そして基地のはるか上空、まだ豆粒ほどの大きさの高度を維持したまま通過していくのを全員が見送った。


「誰か飛び降りたか?パラシュートは開いていないようだが……」

「さすがにやり過ぎと思って思い直したか。にしても、破天荒な人物らしいな」

「いったいどこに配属されるんだろう。うちはもう揃っているはずだが」


 兵たちも異変がなく不思議に思っている最中、まだ空を見上げ続けている者たちがいる。彼らには晴れの舞台でも臆さずこのような真似をできる人物が誰か、直感的に分かっていたのだ。


「見えたぞ!奴だ、間違いねえ。こんなに早く勝負の機会があるなんてな。やっぱり愛しの我が故郷、パラオは最高だぜっ!」


 上空のアルバトロスから投下されたガルーダが地上に近づくにつれ、それがコマンド・ウォーカーであることを他の兵たちも理解する。彼らにとってコマンド・ウォーカーとは「地上を駆けるもの」であり、それがクレーンで釣られるでもなくジャンプするでもなく宙を舞う姿を目にするのは初めてである。自然と目を奪われるのも当然のことであろう。そして勢いからして頭部からの墜落は免れ得ぬと思った矢先、ブースターを基点に地へ向いていた頭は天に、天に向いていた脚は地へと向き着地した。


『ケネス=リード少将閣下および、そこの新兵たち以外は初めましてとなりますかな。自分はルーファス=弥兵衛=花形中佐であります。codenameはghost、本日よりこのパラオ基地にご厄介となります。なにとぞよしなに』


 華麗な着地を決め、敬礼しつつスピーカーで口上を述べる。その見事なまでの動きとまさかの英雄が登場ということも合わさり、基地は大きな歓声に包まれる。この後に行われる「新天連討伐作戦」の打ち合わせで合流が遅れ、9月1日パラオ基地到着に間に合わせるにはこれしかなかったのだが、つかみは上々のようである。ケネス少将の胃も、別の意味で鷲掴みにされてしまったが。


『分かったから機体を格納庫に置いて、すぐに戻ってくるように。いいか、大至急だぞ。いつぞやのようにサボるのは許さんからな!』


 命令、受諾いたしました!……と告げると弥兵衛は格納庫へガルーダを飛ばす。サイパンでもこんなことを言われたな、と去年の記憶を振り返りつつ。去年の夏から今まで、この一年は本当に多くのことがあった。これからの一年はどうなのだろう。大きな事象もなくただ日々を送るのか、それとも何かが起こるのか。軍人としてそれなりに優秀だとしても、超能力者ではない弥兵衛にそれは分からない。


「であれば、日々できることをやるのみさ。真面目に、そして不真面目に。生きられなかった者たちのぶんまで……!」


 常夏の島パラオに降り立ったghostことルーファス=弥兵衛=花形の27回目の夏はまだ終わらない。そして次の夏を、彼は彼のまま迎えることはできないのだが、それは次の物語で語られるべきことである。


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