第11話

「…………」

「おぉっ、みゆ似合うー!」


 無理って言ったのに……。


「みゆ何でも似合うねー!」と笑う渚を前に、私はがっくりと項垂れた。

 服はファミレスの店員が着るそれになっている。


 数時間前、私は申し訳なく思いながらも断ったのだが、渚に頼みに頼み込まれ押し切られてしまった。

 私は慣れないバイト服を見下ろして、自分が頼まれ事にめっぽう弱いことを改めて自覚した。


「ていうか渚、助っ人で来てくれるんなら私が来る必要なかったんじゃないの?代わりは一人でいいはずでしょ?」

「残念!私のシフトは六時からなんですねー。彩さんのと被ってるから、私は無理なんだよ」

「……そっか」


 道は絶たれた。バイトするしかないのか……。ああ。


 上手く出来るかな……。


「おい上手!ちゃんとバイト代理連れてきたのか?」


 急な大声に驚いて体が揺れる。

 恐る恐る後ろを振り返ってみると、どこか不機嫌そうな男の人と目が合った。


 茶色寄りの澄んだ焦げ茶の瞳。短くカットされた焦げ茶の髪には赤メッシュが入っていて、耳たぶのピアス、鋭い目つきなど、いかにも“不良”という感じだった。


 私は反射的に目を逸らし、一秒と待たず後悔した。


 渚を苗字で呼び捨てしてたから、多分渚の知り合いなのに!印象悪かったよね今の……。失敗した。


 再び横目で見てみたが、男の人はもうこちらを見ていなかった。私は心の中で謝った。


「連れてきましたとも!ほら、この子ですよ!」

「っわ」


 ぐいぐいと渚に背中を押されて男の人の方へ近付けられる。

 男の人は何も言わず私をじぃっと見た。


 ……なんか、観察されてる?怖いな……。気に入らないとか理不尽なこと言われて追い出されたらどうしよう。


「ふーん」


 興味なさそうな声を出された。


「で、何か教えたのか?」


 そして私から顔を逸らして渚に尋ねた。


 ……嬉しいのやら嬉しくないのやら。


 私は複雑な気持ちになりながら、渚と男の人の会話を邪魔しないよう無言を決め込んだ。


「何も教えてないです!というか金重先輩にお願いしようと思いまして」

「えっ」

「は?俺?」


 今、渚なんて言った?


「めちゃめちゃいい子なんで、これを機に仲良くなっちゃってください!」


 意味ありげに男の人に笑いかける渚。

 待って。一人で話を進めないで。


「渚!渚が教えてくれるんじゃないの!?」

「私?あははっ、無理だよー!だって彩先輩の担当って厨房だもん!」


 胸の辺りで手を左右に振って、渚は否定を示した。

 私は以前渚が料理はダメダメだと言っていたことを思い出し、理屈に納得はしたが気持ち的には納得出来なかった。


「でもせめて一緒に」

「ハァ……わぁったよ。おい代理、来い」


 小声で渚にお願いしている最中、男の人がそう言って身を翻した。

 心臓が働きを止めたような気がした。


「……?代理!早く来い!」

「先輩、『代理』じゃなくて『美優』ですよー!」

「あ゛ぁ!?ったく、美優!さっさと来い!!」

「っ……は、はい!」


 急いで駆け出せば、男の人は私がある程度追いつくまで待ってから再度背を向けて歩き始めた。

 怖……っ!だんだん口調荒くなって眉間に皺も寄ってきててすごく怖い!なんでこんな人……なんて思っちゃいけないけど、渚何考えてるの……!?




「……ごめんねみゆ」


 ぼそりと呟いた渚は、祈るような瞳で厨房に消える二人を見送っていた。

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