第13話

 七時を過ぎた頃、渚が厨房に入ってきた。


「お疲れ様みゆ!帰って大丈夫だよー」

「え、帰っていいの……!?今!?」


 私はマニュアル通りに食材を盛り付けながら渚に叫ぶようにして尋ねた。

 というのも、ちょうど夜のピークを迎えた厨房は大忙しで、とても帰って大丈夫なような状況ではなかったからだ。


 私の問いを聞いて、渚は苦笑した。


「でもみゆ、そろそろカレにご飯作らないとでしょ?」


 ピタッ、と動きが止まった。


 ……本当だ!!


 忙しさですっかり忘れてたけど、陽の晩ご飯作らないといけないじゃん……!


「あ、……いや」


 私は昨夜の会話を思い出し、外しかけたエプロンを強く結び直した。


「今夜はご飯いらないって確か昨日言ってた。仕事が増えてきて終わらないんだって」

「そうなんだ!じゃあ平気?まだやってくれる?」

「もちろん。こんな状態で煌也が一人になったら死ぬだろうし」

「死なねーよ。けど、サンキュ」


 フライバンを使いながら煌也が口元を笑ませた。

 頷いて微笑み返せば、渚側から物珍しそうな視線を感じた。


「本当に仲良くなってる……」

「上手が言ったんじゃねーか。仲良くなっちゃえって」

「なっちゃえ!?え、その見た目でそれ言うんですか金重先輩!?あははっ面白ー!」

「んだと!?」

「あっ煌也注文きた!煌也の担当!」

「マジかよ了解!」


 煌也がテキパキと迅速かつ丁寧に作業を行っていく。さすが、慣れてるな。

 私も頑張らないと!


「渚これ五番テーブルにお願い!こっちは十四番!量多いから気を付けて!」

「任せて!りょーかい、分けて運ぶね!」


 次の注文何だったっけ……うわまたきた!どんどん新しいの来て終わりないな……!



 そうやって忙しく動き回るうちに時は過ぎ。


 いつの間にか、時計の針は九時を回っていた。


 仕事を開始した四時から数えると、約五時間ぶっ続けで働いていたことになる。

 ……だからこんなに体が疲れてるのか。どうりで全身痛いと思った。


 ピークを乗り越えた厨房は、びっくりするくらい楽に感じた。作業もスムーズにこなせて、余裕と暇が出来てくる。


 煌也が調理中に大欠伸した後、厨房の入口を誰かが潜ってきた。


「お疲れ様でーす」

「お疲れ様です」

「……お疲れ様です」


 即座に煌也が返したので、とりあえず私も返しておいた。

 入ってきた人は優しげな笑顔を浮かべた。


「二人ともお疲れ、上がっていいよ。九時からは俺と坂田だから」


 ――あ、そうか交代する人か。よかった。もはや閉店までやり切りそうなモチベーションで立ってたし助かった。

 明日は一時限目から授業入れてたから、十一時とかまで働いてたら絶対身が持たなかった。


「了解です」

「ありがとうございます」


 感謝と共に頭を下げる。

 後任の人はニコッと笑って「こちらこそ代理ありがとうね」と言ってくれた。


 でも髪の毛は灰色っぽい。……この職場には根はいい不良が集まるのかな。


 厨房から出てスタッフルームへ煌也と並んで歩く。何か話題、話題を。

 脳内で一生懸命探していて、私は借りたエプロンをつけたままだったことに気付いた。


「あ、エプロン……返し忘れた。洗って明日の朝にでも返そう」

「洗わなくても大丈夫だぞ。持ってけば坂田さんが他のとまとめて洗ってくれる。それから美優、今夜暇か?」

「暇……だけど」


 唐突に話が変わった。なんとか頭の回転を追いつかせて返答をする。

 煌也は笑顔でもなく真顔でもない表情で言った。



「飲まねぇか?俺ん家で」

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