第4話

「……あれ?美優、体冷たくない?大丈夫?」

「っ……だ、大丈夫。ごめん」


 陽から離れて赤みのなくなった顔を背ける。


 嘘でしょ……た次の日になんて今までなかったのに。でも、明らかに陽の匂いじゃないものが混ざってる。つまり陽は、誰か女の人といたってことだ。


 服にその人の香りが染みつくほど近く、長く――。


「謝らなくていいよ。それより、体調悪いなら無理せず言って?」

「……本当に、平気だから。陽お腹空いてるでしょ、ご飯食べよう」

「そう?」


 気遣うような表情を浮かべる陽に、出来るだけ自然な形で背を向ける。

 陽が玄関扉の鍵をかけて廊下に上がってくる間、私は乾いた唇を強く噛んで、零れそうな涙を奥へ押し戻した。




 それからは、気がついたらご飯を食べ終わっていて。どんな話をしたかなんて憶えてなくて、ただ普通に振る舞えていたかだけが気がかりだった。


 順番にお風呂を済ませ、これといった会話もせず並んでテレビを見ていた午後十一時。


「ふあ……今夜はもう寝ようかな」


 欠伸を一つして、陽がソファから腰を上げた。

 明日朝早いのかな……。


「美優どうする?」

「私も、今日は疲れたから寝る。テレビも面白いのないし」

「了解。一緒に行こうか」


 リモコンでテレビの電源を落として、陽が横顔で微笑する。

 その艶っぽさから目を逸らし、私は「うん」と頷いた。


 寝室に入り、ダブルベッドに向かい合わせで寝転ぶと天井の電気を消した。

 身が縮むほど空気が冷たい。昨夜の熱はどこに行ってしまったのだろう。


「やっぱり落ち込んでるね、美優」


 突如頭上から降ってきた、疑問形ではない陽の呟き。驚いていれば、優しい手つきで頬を撫でられた。


「愚痴でも何でも聞くから言っていいよ?」


 ――陽が浮気をするから、それで悩んでるの。という文が浮かんだが、私は陽に首を振った。


 陽が浮気をするのが悪いんじゃない。浮気をされるような、陽を、浮気したくなるような物足りない気持ちにさせる私が悪いんだ。


「……可愛いなあ」


 思わずという風に私を一度抱きしめた後、陽は愛おしくて堪らないものを見るような瞳で表情を緩めて微笑んだ。


 陽はよくこんな表情かおを私に見せる。まるで“愛してる”、と伝えるみたいに。――だけど浮気はなくならない。


 どこなんだろう。私の何がいけないんだろう。……わからないよ、陽。


「!」


 陽の胸にぴたりとくっつくと、陽は僅かに目を見開いてから嬉しそうに笑んだ。

 頭を撫でられる感触に安らぎを覚えながら瞼を閉じる。


 ――触れた場所から「好き」も不安も、全部伝わればいいのに。


 意気地無しな私は、そんな起こり得るわけのない空想を愚かにも願ってしまっていた。

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