第5話
伝わらないんだな、と改めて実感した。
陽が
渚に聞いてほしかったが、相談しすぎるのも申し訳ないので控えることにした。
いつも過ごす休憩室の椅子に一人で座り、先程出された課題を消化する。
静かな空間でペンを動かす様は、世界から存在を外され、取り残されたかのよう。
時間と共に、行き場のない気持ちが溜まっていく。重くて重くて倒れそうだ。
「……はぁ」
陽のいいところ。挙げていったらきりがない。
顔を思い浮かべるだけで鼓動が速くなる。どんなことを考えていても、気付いたら「陽はこうだ」とか、「陽ならこう言いそう」だとか想像してしまっている。
けれど――
「……私ばっかり好きだな」
本音が、ぽろりと口から漏れた。
『恋人』になれたのに、想いは一方通行のままだという事実をひしひしと感じた。
――突如休憩室の扉が重厚感ある音を響かせて閉まった。
驚いて心臓が跳ねる。そのまま動揺する私を知ってか知らずか、入室した「誰か」は真っ直ぐに自販機へ近付いていった。
休憩室の扉は押し引きによって開閉するタイプの手動式で、開ける際の音はあまり出ない。さっきまで完全に気を抜いていたせいもあり、私は「誰か」がいつ入ってきたのか全く推測出来なかった。
もし独り言の途中で入ってきてたんだったらどうしよう。恥ずかしすぎる。最初から最後まで聞かれてたら死にたい。
ボタンを押す音、飲み物が取り出し口に落とされる音。それらを背中で聞きながら早く去ってくれと願う。
「………………」
しばらくの沈黙。そして、「誰か」は再び自販機に小銭を投入した。
まだ買うの……!?お願い早くどこか行って……!
「――コーヒー飲めますか」
机の端に何かがコン、と置かれた。
顔を上げた先にいたのは――恐らく「誰か」の正体である、知らない男子。
……え?話しかけられた……!?
「あっ、はい……飲めます」
「そうですか。ならこれ、どうぞ」
何かを掴んでいた手が離れる。
その「何か」は缶コーヒーだった。戸惑いながらも触れてみる。冷たい缶が指先を通して、私の脳を冷静にさせた。
この部屋の壁はガラス張りで、外から中の様子が分かる。落ち込んでた私を通りすがりに助けようとしてくれてるのかな……。
私は純粋な感謝を込めて微笑みかけた。
「……ありがとうございます」
「別にいいですよ。じゃあ、借りは返しましたから」
借り?私、この人とどこかで会ったことあったっけ……?
記憶を呼び起こしているうちに、黒髪の男子はさっさと休憩室から出ていってしまった。
……なんというか、陽とは真逆の男子だったな。全体的にさっぱりしてたし、髪もストレートでサラサラそうだったし。それに、確か初対面は陽がたくさん喋りかけてくれて、私すごく救われたんだよね。
あ――まただ。また、無意識に陽のこと考えてた。
やっぱり私は陽が……どれだけ浮気されても陽が、好きなんだ。
嫌いになんてなれないんだ……。
「…………」
缶コーヒーのプルタブを指で押し上げ、中の液体をごくりと飲み込む。
口に残る苦さは、不安や悲しみ。……辛いけれど、これからもずっと苦いわけじゃない。
たとえ傷つく日々でも彼と一緒にいたい。
もう一度夢中にさせてみせる。陽を誰より好きなのは、絶対に私だから。
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