作者の哲学の結晶

まずはじめにお断りしておこうと思う。私はどうやら、他の読者の方々とは違った見方をしているらしい。であるから、このレビューはあまり参考にならない。それを踏まえた上でお読みいただきたい。

これは、哲学書だ。
作者である増黒氏の思想が、全編に亘って示されている。
それはひどく高潔で、淀みがない。
おそらく作者は、長いようで短い人の世を深く憂いているのだろう。そして、憤っており、なおかつ愛しているのだろう。この作品は、血を吐くほどの叫びである。

架空の国や人々、そして歴史を描く物語として、作者は心の在り方を説いている。
読者と登場人物の間には常に一定の距離が保たれるように書かれており、読者は全体を俯瞰するようにそれを追ってゆくことになる。しかしその実、作者と登場人物、そして作中の「筆者」との距離は非常に近い。すべて同一人物と言っても良い。
描写は淡々と簡潔に、深いところまで踏み込むことはなく、ゆえに感情を強く揺さぶられるような作りにはなっていない(とはいえ、そういった場面がまったくないわけではない)が、それが却って作者の思想を真っ直ぐに伝える効果を生み出しているのだろう。であるから、ここまで支持されるのではないかと思う。
つまりは、「筆者」という存在を通して物語を記述するように見せて、作者が作者の分身である登場人物を語ることで、自分という存在を語っている、そういう熱に、皆あてられるのだろう。

だから、これは哲学書なのである。哲学書としての評価をしている。
この意見には、多くの反論が寄せられることと思う。作者本人からも、心外だと言われるかもしれない。だがあえて断言する。

これは、増黒氏の思想、人生のすべてなのだ。
それを正面から受け止める覚悟があるのなら、読むと良い。

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