この作品に出会えてよかった

※レビューを書くつもりがこの作品への恋文になってしまったので、そのようにご覧いただければ幸いです。

この作品をまだタイトルしか知らなかったとき、正直に言ってしまえば「恋愛ものかな……ならあまり縁はないなぁ」と思っていました。
私自身、あまり恋愛というものに興味がなく、それを主題とした作品は避ける傾向にあったからです。
そういった要素をエンタテインメントとして楽しむことはできます。
また、話を盛り上げる要素として必要だったり(ときにその必要がなさそうなものもあったりはしますが)、それがあることによってより深いドラマが生み出されたりすることも理解していますし、自身もそのように書いています。
しかし、どうにも「運命の恋」だとか「命をかける恋」だとか、そういったものは理解ができないし、興味が持てないのです。

そんな私がこの作品に興味を持ったきっかけは、あらすじでした。
よくよくあらすじを読んでみれば、どうもこの作品は「恋愛もの」とは違うらしい。
そしてタグに見える、「アロマンティック」、「アセクシャル」の文字。
ずいぶんと難しく、繊細な話題に踏み込んでいくなぁと思いました。
そうして興味をひかれた私が、まるで夜の海に吸い込まれるかのごとく、静かに、確実に、深くまで引き込まれてしまったということは、言うまでもありません。

なんと言えばよいのでしょう、とにかく、無理なく読めるのです。
それは、一種の心地よさですらあります。
無理やりにテンションを上げさせられるということもなく、かといって面白くないなんてことはまったくなく、すんなり、彼女たちのことを受け入れられるのです。

私にも主人公・聖良と同じように、菜々子のことは理解できません(といっても、最後まで読めばそれもまた違った見方ができるのですが)。
逆に聖良の感じたことは、共感できる部分が非常に多い。
しかし、私はおそらく、アロマンティック・アセクシャルというわけではありません。
おそらくというのは、聖良よりだいぶ長く生きているにもかかわらず、いまいち自分自身そのあたりを理解できていないからです。
「恋」をしてきたような気がします。
しかし、それは「恋」に「恋焦がれていた」だけのような気もします。
さらに言ってしまえば、一番熱く、苦しい想いをしたのは、異性に対してではなく同性の「親友」に対してなのです。

これは何も特別なことではないと思います。
だからこそ、この作品がたくさんの人の心に響くのでしょう。
おそらく、誰もが通る道なのです。
聖良もただ、誰もが通る道を通っただけかもしれない。
あるいは本当に生まれつき恋ができないのかもしれない。
それは本人以外にはわかりません。
いえ、本人にもわからないのかもしれません。
それが、とてもよくわかってしまうのです。

彼女がひとつの結論に辿り着いた時、じわりとにじむような涙を止めることができませんでした。
なぜかはよくわかりません。
とにかくよくわからないほど、無理なく馴染み、委ねられる、そんな作品なのだと思います。

そのストーリーはさることながら、構成、文章、表現、すべてが素晴らしく……かといって、どなたにもオススメできますと言えるわけではない、稀有な作品だなと思います。
おそらく、この感じがわからない人にはとことんわからない。
聖良に「恋」がわからなかったように。
けれど、馴染む人にはとことん馴染む作品だと思います。

私はこんなにも素の自分のままで読むことができ、素の自分のままでレビューを書くことができる作品に、今まで出会ったことがありません。
もし、私と同じように「恋愛もの」を避けてしまう傾向がある方がいらっしゃいましたら、ちょっと読んでみていただきたいと思います。
これは、間違いなく「恋」をめぐる物語です。
しかし、いわゆる「恋愛もの」ではありません。
人という永遠のミステリーを描く物語であり、青春の苦悩を描く物語であり、きっと、一番厄介な友情というものの物語です。

「恋を知らぬまま死んでゆく」のは、いったい誰なのでしょうか。

書けば書くほど次々とさまざまな思いが滲んできてしまいますので、そろそろ終わりにしようと思います。
長々と失礼いたしました。
最後にひとつだけ。
この作品を生み出してくださって、ありがとうございました。

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