日本人だけが理解できない日本語

 ある日、事務所で六、七人の労働者達と話している時に休日の話題になった。

「いつも何してるの?」

 何の気なしにそう聞いた。


 労働者達は顔を見合わせ、少し考え込んでから口々に

「テレビを見ます」と答えた。


 それから、一人の労働者がこう付け加える。

「でも日本語ですから、意味が分かりません。ただ見るだけ」


 すると別の労働者が笑いながら


「うしみたい」

 と言った。


 直後、労働者達がどっと笑った。事務所の中が笑いで溢れる程の大爆笑である。


「うしみたい、って何が? どういう意味なの?」


「だから、テレビを見ます、意味が分かりません、うしみたい」


 再び爆笑。


 事務所には私の他にもう一人日本人がいたのだが、二人とも理解できなかった。日本語で話しているはずなのに日本人だけが置いてけぼりにされている。

 その時の労働者は全員同じ国の出身というわけではないので、「うしみたい」というのは絶対に日本語であるはずなのだ。

 それなのに、日本人だけが理解できなかった。


 異なる言語を話す者同士が意思疎通を図るために共通の言語を独自に変化させる、という現象は世界各地でみられる。

 労働者の状況とは異なるが、例えばシンガポールで使われている英語のようなものである。シングリッシュとも呼ばれるそれは、英語がベースでありながら中国語やマレー語などの要素が多く含まれている。


 労働者もきっと、我々日本人が知らないところで日本語を進化させているに違いない。

 とても興味深かったのだが、結局「うしみたい」という言葉の意味は教えてくれなかった。


 牛なのか虫なのか、それとも全く別の何かなのか、「うしみたい」が一つの単語なのか、それすら分からずじまいである。


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