モラル貧乏
労働者に日本文化を理解してもらうため、会社ではよく季節ごとにイベントを行っていた。春は豆まき、夏は怪談など。
その日は七月に入ったばかりの蒸し暑い日だった。事務所に大きな笹が運び込まれた。七夕である。早速近所のスーパーで短冊や折り紙を買い込んで労働者達と飾り付けすることにした。
七夕らしい飾りではないが、彼らは鶴や船などを折り紙で作って楽しんでいた。ちなみにベトナム人と中国人が作る折り鶴の首はなぜか太い。
太い首の鶴に穴をあけ笹に吊るしていたら、労働者達が「これも」と言って短冊を持って来た。
『お金がたくさんもらえる』
『日本でたくさんお金をかせいで国に家をたてる』
『お金がほしい』
『お金』
生々しい願い事だった。というかもはや願い事の形式ではない。
その時、傍で見ていた同僚の野中君が
「辞書を持って来なさい」
と吐き捨てるように言った。
不思議な顔をしながらも辞書を取りに寮へ帰る労働者達。
辞書を手に事務所へ戻って来た彼らに、野中君はこう告げた。
「”道徳”の意味を調べなさい」
野中君の言いたいことは分かる。
労働者は日本の技術を学ぶために来ているのであって、お金だけが目的ではない。が、そんなものは単なる建前でしかない。自国での生活をちょっとでも豊かなものにしようと、必死で働く労働者がほとんどなのだ。
「働くのに金より大事な理由なんかあるわけがない」と思ったが、彼らは素直に短冊の願い事を書き直していた。
『日本語が上手になる』
『家族の健康』
『仕事に慣れる』
『両親が長生きする』
とても道徳的である。
後日、そこに一枚の短冊が追加された。社長が書いたもののようだ。
『アウディが欲しい』
道徳とは一体何だろうか。
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