お仕事あれこれ
食鳥処理加工
端的に言うと鶏を
ただ捌くと言っても、羽を
Kさん(20代後半 女性)は加工工場への派遣を一ヶ月後に控えていた。
「Kさん、ノートを見せてください」
「……?」
彼女の日本語運用能力は一ヶ月で何とかなるというレベルのものではなかった。
この時はひらがなを読むので精一杯だった。「読める」だけで意味は理解できなかった。
文法を1からチンタラ教えていても一ヶ月ではさすがに無理があるので、鶏の部位の名前だけでも覚えてもらう事にした。
せせり、むね肉、ささみ、手羽先、手羽元、もも肉、砂肝、ぼんじり、ハツ、レバー、きんかん、皮、鶏足――
カードサイズに切った画用紙にこれらの部位の写真を貼って、お手製「鶏の部位カルタ」を作成した。
私が部位名を言う、Kさんが該当するカードを取る。二人だけの地味で暗すぎるカルタ遊びを一日三時間ほど行った。
他の時間は「切る」「洗う」など、仕事で使う基本的な動詞の暗記に費やした。
そして一ヶ月後、Kさんは巣立った。
ハツとレバーの違いがよく分からないままに。
その後は工場の方からクレームもなく、それなりにやれているんだろうと思っていた。
その年の冬、事務所に小包が届いた。
「これ、ツカサさん宛ですよ」
事務の人に渡されたそれは、Kさんが送ってくれたものだった。
小さな段ボールを開けるとノートの切れ端がまず目に入る。手紙のようだ。
ツカサさん お歳暮
と大きな字で書かれていた。読み書きできなかったはずの漢字。一生懸命練習したのだろう。
手紙の下にはささみの燻製が入っていた。きちんとパウチ詰めされた製品である。きっと彼女が製造に携わった物だ。「私は大丈夫です」という彼女からのメッセージのような気がした。
今でも時々、新幹線が停まるような大きな駅の土産物屋でささみの燻製を目にする事がある。
彼女はもう日本にいないけれど、燻製を見かける度に誇らしい気持ちになる。
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