エピローグ ――手紙――

 いきなりこんなことを書いても信じてもらえないでしょうけれど、私は10年後の広瀬いずみです。

 でも、今キミと仲良くしている広瀬いずみさんとは別人みたいです。

 順を追って説明しますね。


 私は高校時代の同級生、宮城幸太郎くんに片思いしていました。

 最初はなんとなく憧れているだけだったけれど、模擬テストの日、偶然見た宮城くんのお弁当が自分のものと同じだったことに運命を感じたのです。

 でも結局、高校在学中はほとんど話をすることもできないまま卒業してしまいました。

 そして宮城くんが県外の大学を志望しているのを知って、私も一生懸命勉強して同じ大学、同じ学部に受かりました。


 大学デビューっていうのかな。

 お化粧とかファッションとか頑張って、偶然を装って宮城くんに「再会」したのです。


 キミは最初、私と本や音楽の趣味が似てるって言ったけれど、それは当たり前。

 こうちゃんと付き合うようになって、私はたくさん影響を受けたのだもの。

 本や音楽だけじゃなく、色々こうちゃんに影響受けたり合わせたりしたんだよ。

 こうちゃんも私に合わせてくれたことはいっぱいあったと思うけど。

 影響も受けてくれていたら嬉しいな。


 ずっとそのままつきあっていけると思っていたけれど、私は県庁に就職して、こうちゃんはこっちにも支社がある会社に就職して、最初の1年は遠距離恋愛になりました。

 2年目にこうちゃんがこっちに配属になって、このまま結婚するのかなって思ってるうちに3年後、こうちゃんが転勤になりました。

 私はようやく県庁職員としての仕事に誇りとかやり甲斐を持ち始めたところでした。

 ここでキャリアを終わらせてしまっていいのかな? と迷ってしまったのです。

 こうちゃんについて行ったら、この先一生「転勤族の妻」です。

 そんな自分の未来予想図に疑問を持ってしまったのです。


 そしてある晩、うだうだ悩んでいるうちに、なぜかキミに出会いました。

 そこからはキミも知っての通りです。


 こうちゃんは大学で「再会」した時には家事全般要領よく出来るようになっていました。

 ひとり暮らしをした時期があって、その時に叔母さんから教えてもらったと言っていたけれど、その手順はまるで私の家でのやり方と一緒でした。

 だから私はキミに居候させてくれるよう思いついたのです。


 ところがテストでお弁当が一緒だったことに気がついた日のこと。

 単に気づくだけだったはずが、なぜか高校時代の私はキミと仲良くなってしまいました。

 しかもキミだけじゃありませんでした。

 雲の上の人みたいだった、定禅寺くんや片平さんとまで夏休みに一緒に遊びに出かける。

 こんなの高校時代の私には考えられないことでした。


 これは「私の」過去じゃないんじゃないか、という不安が膨らんできました。

 そして日毎に膨らんでいくその不安にとうとう耐えきれなくなったのが今日のことでした。

 でも、これを読んでるキミにとっては昨日のことになるのかな。

 不安だったとはいえ、毎晩誘惑するようなまねしてごめんね。


 あれは賭けでした。

 本当は起こらないはずのことが起こったら、元いた世界に戻れるんじゃないか、と。

 そして、広瀬いずみは私でもあるのだから、きっとキミは私が教えたとおりにあの子に優しくしてあげられるだろうし。

 今だから言うけど、こうちゃんと初めてした時、とても痛かったんだよ。


 私はキミが抱いてくれたおかげで、こうちゃんへの気持ちを確かめることができました。

 仕事の上で私の代わりになれる人はいても、私ではない誰か他の女の人がこうちゃんの隣にいるのは我慢できないことに。

 キミはこうちゃんでもあるのだから、今夜の私とキミのことは浮気ではないよね。


 キミがこれを読んでいるなら、きっと私がいなくなった後でしょう。

 私のことは心配しないで「広瀬いずみ」ちゃんに優しくしてあげてくださいね。

 私はきっと元の時代に戻って、こうちゃんとやり直していることでしょう。


 キミと過ごした11日間は、とっても楽しかったよ。


                                 かしこ

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