夏服のお姉さん

@kuronekoya

第1話 空からお姉さんが降ってきた?

 もう夏とはいえ、塾が終わる頃には外はすっかり暗くなっていた。

 近道しようと児童公園の中を横切っていたら、ブランコの近くに墜落死体のような格好でうつ伏せに倒れている女性がいた。

 警察か? 救急車を呼んだ方がいいのか? と近寄ってみると、プーンとアルコールの匂いがして、お姉さんは片手にビールの缶を持ったまま軽いいびきをかいていた。


 お姉さんは青みがかった麻のワンピースを着て、裸足だった。

 周りを探したけれど、財布やケータイ、ハンドバッグなんかも落ちてはいなかった。


 とりあえず起こしてみるか? と肩に手を置き揺さぶって声をかけてみる。


「ねえ、いくら夏でもこんなところで寝てたら風邪引きますよ」


「う、う〜ん、あれ? こうちゃん? 何若作りしてるの? あははは」


 そしてお姉さんはまた眠ってしまった。


 僕の名前は、宮城幸太郎みやぎ こうたろう

 確かに「こうちゃん」と呼ばれることは多いけど、知り合いにこんな酒癖の悪いお姉さんはいないはずだ。

 とはいえ、僕のことを知っているかもしれない人をこのまま放置する訳にはいかないし、もしも記憶があったら警察に預けるのも後々感じが悪いだろう。

 仕方なく僕はそのお姉さんを背負うようにして家に連れて帰ることにした。



 背中に何か柔らかいものが当たっているような気がするけれど、気にしちゃダメだ! 煩悩退散!!

 なのに、そのお姉さんは寝てるくせにビールの缶は手放さないし(もう空なのに!)、僕の耳元で「うふふふ」とか気持ちよさそうに笑うし、その吐息が耳にあたってゾクゾクするし。


 なんとか家にたどり着いて、リビングのソファに寝かす。

 お姉さんの服には砂埃がついてるけど、あんまり触っちゃマズイだろうし、ましてや脱がすわけにもいかないし、もうソファとか汚れるのも仕方ないと割り切って、とりあえずタオルケットを掛けてみた。


 明るいところであらためて見てみると、お姉さんは美人だった。

 ふにゃあとした警戒心のかけらもない隙だらけの寝顔、ごく薄くカラーリングしたようなサラサラとした髪、柔らかそうな頬と唇。

 胸のふくらみはさっき思う存分堪能……じゃなくて体感した。

 歳の頃は30前後なのだろうか? 母よりぜんぜん若いけれど、もう大学生って感じではない。

 とりあえず、僕よりはずっとお姉さんってことしかわからない。

 けど、美人……美人っていうより可愛いって感じがした。


 ミネラルウォーターとコップを用意して、もう一度お姉さんの肩を揺すった。


「水、持ってきたけど、飲んだ方がよくないですか?

 二日酔いってつらいんでしょう?」


 お姉さんは薄く目を開けると、にへらと笑い、


「ああ、こうちゃんがいるぅ〜。夢みたい……。うふふふ」


 と言って僕の首に腕を回して引き寄せると、僕の唇をふさいだ。


 僕のファーストキスは見知らぬお姉さんによって奪われた!

 それは、なんかこう、もう、すごかった。

 大人のキス……舌を絡めて、何度も何度も、それから唇を貪るように。

 頭を抱えこまれて、その僕の髪を梳くようなお姉さんの手つきも官能的で。

 僕が呼吸できなくて無理やり引き剥がすまで、それは続いた。


「会いたかったよ、こうちゃん……」


 満足げにそう言ってお姉さんはまた眠ってしまった。

 悶々とした僕を残して。


 ソファの横のテーブルにミネラルウォーターとコップを置いて、僕はリビングの対角線上のカドでタオルケットにくるまって寝ることにした。

 結局一睡もできなかったけど。


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