第2話 あなたはだあれ?
夏の朝は早い。
僕はギンギンに目が冴えてまんじりともせず一夜を明かした。
リビングに朝日が差し込んできた頃、ようやくお姉さんは大きく伸びをして目を覚ました。
「う、うーん」
そして、ガバッと起き上がるとキョロキョロあたりを見回して、
「こうちゃんの実家!?」
とつぶやいた。
やっぱりこのお姉さん、僕のことを知っているみたいだ。
「おはようございます。よく眠れましたか? 二日酔い、大丈夫ですか?」
僕が声をかけると、ビクッと飛び上がるみたいにしてこっちを見た。
「こ、こうちゃん? 夢じゃないの!?」
「お姉さん、ゆうべも僕の顔を見て『こうちゃん』って言ったけど、僕、お姉さんとは面識ないと思うんです。お姉さんは、誰?」
「え? 私!? 私だよ、イズミ。判んないの? こうちゃん!?」
「イズミ……さん?」
お姉さんは僕の顔をしげしげと見つめて、それからリビングを見回した。
そして、ある一点――たぶんカレンダー――を凝視した後、大声を張り上げた。
「え、ええーーーっ?」
パタパタと服のお腹まわりとか叩いて――そのワンピースにはポケットはついていなかったみたいだけれど――何かを探しているようだったので――。
「ゆうべのこと、覚えてますか? 公園のブランコのあたりで酔っ払って寝てたの。
近くを探したけど、お財布もケータイもハンドバッグみたいなものも、何も落ちていませんでしたよ。
ついでに言うと、お姉さんは裸足でした」
お姉さんは大きく目を見開いて、口をパクパクさせた。
何か言いたいけど、言葉にならない、そんな感じ。
「私、ちょっと悩み事みたいなのがあって、部屋でビール飲んでて、ついウトウトして……。あとは記憶にない……。
夢の中にこうちゃんが出てきたような気はする。すごく久しぶりで、嬉しくて、いっぱいキスして……」
そこまで言って、お姉さんはハッとしたように僕を見た。
僕は目をそらしたけど、たぶん耳まで真っ赤になっていたと思う。
「ご、ごめんなさい! あなた、こうちゃんに似てるけど、こんな若いわけないし。きっと人違い! そ、その、失礼なことしちゃったんだったら、本当にごめんなさい!」
僕はそっぽを向いたまま、そっけなく尋ねた。
「で、その『こうちゃん』って誰なんですか? 僕は
「わ、私は、い、いず……うん、
何も持たずに裸足で公園で寝てたって、一体何があったんだろう?」
お姉さんの目は明らかに泳いでいて、何か嘘をついているのは間違いなさそうだった。
「それで、どうしましょう?
靴がないから、帰るにしてもサンダルくらいしか貸せるものはないんですけど」
「うん……、ここって君の家だよね? もしかして住所は名取台2丁目?」
「そうですけど」
「どうしよう? 私、記憶喪失かも!?
なんかすごくいろいろ断片的に覚えてるんだけど、自分の家とか仕事とか、いろんなことが思い出せないの。
カレンダー見ると今は8月みたいだけど、今日は何年の8月何日なの?」
そう言うお姉さんの目は相変わらず泳ぎまくりで、何かを隠しているみたいで、でも自分自身戸惑っているのも確かみたいで。
「今日は2017年の8月1日。僕は高校2年生で夏休みの真っ最中ですから、ゆっくり思い出してくれて構いませんよ。
塾も昨日で一度終わりだから、時間はたっぷりあります」
「お、おうちの人は、大丈夫なの?」
「父はこの春から、海外に単身赴任です。
で、ちょっと生活に不自由してるみたいで、僕が夏休みになったタイミングで母も父のところへ行って、母が戻ってくるのは9月末の予定。それまで僕はひとり暮らしってわけです」
「あ、なんかその話、聞いたことある! ……ような気がする」
ここの住所といい、今の話といい、このお姉さん、記憶喪失のくせにどうして僕の個人情報にだけ詳しいんだろう?
「お姉さんの家とか判らないなら、警察行きましょうか?
捜索願とか出てるかもしれませんし」
「いや、あ、あの、私、今帰る家がないような気がする……」
「え? だってゆうべは部屋でビール飲んでたんでしょう? 僕が見つけたときもビールの缶を握りしめてたし」
僕はそう言って、台所の方を指差した。
台所の床にはまだビールの缶が置きっぱなしだった。
あと、そういえば数日分のカップラーメンやほか弁の空容器とかも適当にポリ袋に入れたまま置きっぱなしだった。
お姉さんはしばらくそれを見つめていて、
「あの、厚かましいお願いなんだけど、しばらく私をここに置いてくれないかな?
帰る方法……じゃなくて帰る場所を思い出したらすぐに出ていくから。
その……、お金もスマホもないし、今行くあてもなくて、家事とか、そう! 家事とかやってあげるし、私が出ていったあともちゃんと出来るように料理とか教えてあげるから!
そのぉ、しばらくここに置いてくれないかな?」
上目遣いでそう言うお姉さんの弱りきった表情に僕はあっさり落ちた。
なんだかもう、放っとけない気持ちになって。
「もう、不意打ちでキスとかナシですよ。
僕だって一応男性なんですから」
「ありがとう!」
お姉さんの肩から力が抜けていくのがわかった。
気がつかなかったけど、やっぱり知らない環境(ホントに知らないのか判らないけど)で緊張してたんだろうな。
「とりあえず何か食べましょうか?
トーストかカップラーメンしかないですけど」
こうしてお姉さんは僕の家の居候となった。
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