第3話 買い物に行こう
お姉さんはパタパタと服についていた砂埃を落とすと、リビングに掃除機をかけ、貧相な朝ごはんのあとは溜まっていた洗い物とかしてくれて、洗濯までしてくれて(下着、見られちゃったよ)、それから正座するとモジモジしながら切り出した。
「あの、返すアテはないんだけど、少しお金を貸してもらえないかな?
ええと、その着替えとかね……」
「ああ、そうですよね、着替えは必要ですよね」
「うん、ユニクロとかしまむらとかで全然かまわないから。
あと、化粧水とか最低限のものだけ買わせてください」
「あんまり高い化粧品とかはちょっと困りますけど、生活必需品なら遠慮なくっていうか、ほどほどに遠慮しながらどうぞ。
そろそろお店とか開き始める時間ですし、一緒に駅前の方に行きましょうか?」
「ありがとう!」
破顔したお姉さんの笑顔は、とてもまぶしくて。
こんな美人のお姉さんと一緒にいるところを友だちに見られたら恥ずかしいな、とちょっと思った。
道すがら、距離感の探り合いみたいな会話がとぎれとぎれに続く。
「ねえ、君のこと『こうちゃん』って呼んでもいいかな? 私のことも『いずみ』とか『あおば』でいいからさ。
なんか君って私の知ってる『こうちゃん』と似てて、そう呼びたいんだけど、ダメかな?」
また上目遣いで訊いてくるけど、今度は寄り切られないぞ。
「それは、お姉さんが好きな人の代わりってことですか?」
僕は敢えて突き放したような冷たい声で返事する。
「そんなんじゃないの。代わりとかじゃなくて、うまく説明できないけど、呼び方は同じ『こうちゃん』でも、全然違うくて、でも全く別人ってわけでもなくて……」
明らかに変なことを言いながら、慌てて両手をワチャワチャ振り回して説明しようとするお姉さんは、なんだかとても可愛らしくて。
結局僕は、
「かまいませんよ、『あおば』さん」
と答えるしかないわけで。
無理やり好きなミュージシャンとか作家の話を振ってみたら、思いがけず趣味が合って。
特に本の好みは近くて、話しているうちにあっという間に駅前まで来てしまった。
駅の近くにあるイオンの2階であおばさんが服を選んでいる間に、僕は玄関の合鍵を作って、さらにその間にまとまった額のお金をおろした。
基本的に買い物は母のクレジットカードを使うように言われているけれど(ホントは利用規約違反だよね)、さすがに利用明細で女性服や化粧品を買ったのが判るのはマズイから。
あおばさんは本当に最低限のものだけしか選ばなかったようで、逆に僕が「本当にそれだけでいいの?」と訊いたくらいだった。
それから1階の食料品フロアにご飯の材料を買いに行った。
「こうちゃん、何か好き嫌いはある?」
「セロリとオクラはちょっと苦手かな? でもあとはだいたいなんでも食べますよ」
「部活は文芸部だっけ? 特に運動するわけじゃないから、カロリー多すぎない方がいいよね」
「僕……部活の話、しましたっけ?」
「あははは、いや、してたと思うよ……えへへへ」
本当に嘘をつくのが下手な人だと思う。
だからこそ、僕もそこを信じて居候を許可したわけだけれど。
「高校生の男の子って、どれくらい食べるかわかんないからなー」
なんて棒読みっぽく言いながら買うものを選んでいって、あおばさんは何気ないふうを装ってビールも買った。
夏休みのフードコートはちょっと混んでいたけれど、正午にはまだ少し早い時間だったから二人がけの席に座ることができた。
「友だちに会ったらなんて説明しましょうかねぇ?」
「う〜ん、お母さんの一番下の妹、とかでどう? 臨時でひとり暮らししてるこうちゃんの様子を見に来ているの」
なんて話をしていたら、突然声をかけられた。
「コータロー、誰だよ? その美人のお姉さん」
「コ、コーヘイ!? びっくりしたよ、急に声をかけられたりしたから」
振り向くとひと組の男女がハンバーガーショップのトレイを持って立っていた。
「こうちゃん、お友だち?」
「うん、同じクラスの
コーヘイ、片平さん、こっちは叔母のあおばさん」
「はじめまして、いつもこうちゃんがお世話になってます」
「いえ、こちらこそいつも幸太郎くんには勉強を教えてもらったりしてお世話になってます。
ちょっと混んでますから、俺たちは向こうで席を探しますね。
じゃあコータロー、また金曜にな」
康平はそつなくこたえ、片平さんは僕の方を見てニヤリと笑うとあおばさんに会釈してふたりは立ち去った。
「金曜って何かあるの?」
「学力テストがあるんです。全国模試」
「朝からずっと?」
「そうですね、1年で習った5教科5科目で午前4コマ、午後1コマだから終わるのは2時くらいですね」
「だったら私、お弁当作ってあげるよ!」
いきなりあおばさんが興奮気味に前のめりになってきた。
「いや、いいですよぉ。コンビニでパンでも買っていくつもりでしたから」
「ううん、作らせて! 私が作りたいの!! 男の子のお弁当!」
なんか鼻息荒いあおばさんに僕は、
「よろしくお願いします」
その一択しかなかったわけで。
でもそれは意外と悪くない気分だったりして。
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