第4話 嘘つきお姉さん
ところであおばさんは、ふたつ不都合な隠しごとをしていた。
ひとつは、強くもないのにお酒が好きなこと。
もうひとつは、酔うとスキンシップが過剰になること。
コーヘイたちと別れて家に帰り着くと、「レッスンは明日からね」とウィンクしてあおばさんは晩ごはんを作ってくれた。
「どれくらい食べるかわからないから多めに作ってみたよ。残った分は明日の朝ごはんね」
そう言って食卓に並んだのは、大皿に山盛りの
なんていうか、「家庭料理」って味がした。
あおばさんはご飯はほとんど食べずに、青椒肉絲をつまみにビールを飲んでいた。
「美味しいです」
「ふふふ、そうだろう? 誰か他の人が作ってくれたご飯ってのは美味しく感じるものだし、ましてや君はここしばらくずっとひとりで味気ないほか弁とかばかり食べていたわけだからね」
どうもあおばさんはお酒が入ると口調が変わるようだ。
口調だけじゃなく、優しげなお姉さんから、ちょっといたずらっ子、いじめっ子――少々悪ノリの過ぎるS気味なキャラになる。
くだけた相手にだけ見せる素顔なのかな? と思うけれど、同居生活初日からそれはどうよ? とも思ったり。
あと、晩ごはんの後、一緒にテレビを見ているときの距離感が近すぎたり。
さすがにあんなキスはもうしないけれど、ちょこんと隣に座って僕の肩にもたれかかってくる。
あおばさんの髪の毛がエアコンの風に吹かれて僕の頬をなでる。
同じ石鹸やシャンプーを使っているのになぜかあおばさんの匂いにドキドキして、同居は軽率だったかな、とその晩思った僕だった。
翌日、一緒にスーパーに行く前に図書館に寄った。
筒井康隆の『時をかける少女』、原田康子の『満月』、広瀬正『マイナス・ゼロ』、重松清『流星ワゴン』そしてアン・マキャフリ『パーンの竜騎士』。
ん……、なんだこのあおばさんのセレクト?
あとは、ベターホーム協会の『お料理一年生』と『世界でいちばんやさしい料理教室』……、これは僕のためだね。
スーパーに着くと、「さあ! 今日から一緒にご飯を作るよ」と買い物カゴを僕に持たせて。
が、そこで僕はあおばさんのカットソーの裾のあたりを摘んで引っ張って――これだけでも緊張するものだね、自分から女の人に触れようとするのって――1万円札を手渡した。
「日常の買い物は母の名義のキャッシュカードかプリペイドカードを使うように言われてるんです。
だから何を買ったかバレちゃうんで、ビールとかおつまみっぽいものとか、……あと、その……女の人が使うアレとかは……これで買ってください。
無駄遣いはしないと信じてますから、足りなくなったら言ってください」
「あ、ありがとう……」
あおばさんはちょっと虚空を見上げて
「ビール350ml缶だけなら40本分くらいか……。1日2本なら3週間分……」
やれやれ、暗算してただけみたいだ。
「とりあえず今日は定番ってことでカレーを作ろうか」
「野菜の皮むきは面倒ですけど、それくらいならひとりでも作れますよ」
「じゃあ、キーマカレーっぽいのにしよう! ビールにも合うし」
「キーマカレーって何ですか?」
「ん〜、ひき肉のドライカレーっぽいもの?」
「なんで疑問形なんですか?」
「そのへんの
てへへって……。
「こうちゃん
「どうでしょう? 使おうと思ったこともありませんでしたから」
「3リットルで1500円くらいの箱入り白ワイン、買ってもいいかな?」
上目遣いのあおばさん、ジト目の僕、竜虎相打つみたいな構図で見つめ合うこと数秒。
先に目をそらしたのは僕の方だった。
こうなってしまっては、ため息混じりに了承するしかないわけで。
「コーヘイに共犯者になってもらうことにしますよ。昨日もビール買っちゃったし」
「ありがとう♪」
ふにゃりと笑うあおばさんに、僕は苦笑いするしかなくて。
ワインの他に、鶏挽き肉、玉ねぎ、人参、グリーンピース、念のためにカレー粉の小さい缶、コンソメスープの素、ローリエを買って。
「ある程度作れるもののレパートリーを増やしたら、2,3日ずつで野菜やお肉を使い切れるようにローテーション考えて買い物をするとお得だよ」
鼻歌まじりにあおばさんは、見切り品の豚こま、キャベツやもやしなんかを次々買い物カゴに放り込んでいった。
3リットルのワインも入ったその買い物カゴを持っているのは僕だ。
野菜をさいの目切りにするのが面倒なこと以外は、本当に簡単だった。
玉ねぎの半分はくし切りにしてジップロックに入れて冷蔵庫へ。
人参の半分も短冊切りにして同じくジップロックに入れて冷蔵庫へ。
「明日はこれと豚こま、キャベツともやしで野菜炒めだよ」
コップになみなみと注いだ白ワイン片手にあおばさんはそう告げた。
「ん〜、昼ごはんに焼きそばでもアリだね、これは」
なるほど、と僕は素直に心のノートにメモをした。
でも、料理中にお酒の入ったコップ片手に後ろからあすなろ抱きはやめて欲しい。
そもそも普通は男が女の子相手にすることだし、背中になんだか柔らかいものがあたってるし。
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