第5話 すりあわせが大事
次の日、結局またスーパーに行って3玉パックの焼きそばを買った。
「使いまわし、使いまわし」
と、あおばさんは野菜や肉を買い物かごに放り込んでいく。
僕が持つ買い物かごに。
「こうちゃん家では、肉じゃがの肉は牛? 豚? しらたき入れる?」
「たぶん、豚肉だったかと。しらたきって糸こんにゃくのことでしたっけ? だったら言われてみると入ってますね」
「そっか〜」
買い物かごには、豚肉と牛肉の両方が放り込まれた。
どういうこと?
「牛肉の肉じゃがの感想は?」
ビール片手にそう尋ねるあおばさんの目は、既にちょっととろんとしていて。
「なんか、すき焼きとか牛丼っぽいですね。豚肉の方があっさりした感じで好きですけど、これはこれで好きです」
「うんうん、満点の回答だね。
いつか彼女ができて手料理振る舞われたりしたら、もしも好みの味付けじゃなくても否定しちゃダメだよ。
お互いの味覚をすりあわせていくの。
食べ物以外にも、生活習慣って家ごとに結構違うからね」
今夜のあおばさんはちょっと説教モードみたいだ。
ウザいとまでは言わないけど、何か事情があって家を出てきたのだろうし、家出も三日目でストレスでもたまってきているんだろうか。
糸こんにゃくをメインのつまみにビールをチビチビ飲みながら、でもって昨日図書館で借りてきた『満月』を読みながら、そんな話をするあおばさん……。
ストレスじゃないな、くつろぎ過ぎだろう? 僕の家で。
「ビールをチビチビ飲む人は信用できないって言ってたのは、フィリップ・マーロウでしたっけ?」
軽くジャブを入れてみた。
「それは、マーロウじゃなくてスペンサーだよ、少年」
あおばさんはなかなかの乱読派みたいだ。
「私に意見するつもりかな?」
目を三日月形にしてニンマリ笑うあおばさん。
ヤバい、これは
「すりあわせは大事だよ。
食べ物だけじゃない。
読む本、聞く音楽、観る映画。
洗濯するときの柔軟剤の香り、靴下を干す時につま先とゴムの方のどっちを上にするか、シャツのたたみ方とか下着のしまい方。
生活の色んな部分が些細なことで違ってて、そんな些細なことほどこだわりがあったりして」
猫の目がいつの間にか肉食獣の眼に変わっていた。
「日常だけじゃないよ。
キスの仕方。
どこをどんなふうにさわられると気持ちがいいか。
教えてあげようか? こうちゃんに、私の扱い方を……」
本を閉じ、ペロリと唇をなめまわし、しかし視線は僕から外さない。
が、外さないまま立ち上がろうとしたものだから、椅子を思いっきりうしろに蹴り倒してしまい、なんか妖しい雰囲気はぶち壊しになった。
「僕、ミステリはブラウン神父の方が好きなので……」
それでその場は収まって、そのまま何となく昨日と同じように一緒にお皿を洗い、つけっぱなしのテレビを見るでもなく、僕は宿題と明日のテストのヤマを張り、あおばさんは隣にちょこんと座って『満月』の続きを読んだ。
が、あおばさんの思い詰めたような表情が気になって勉強が手につかなかったのはここだけの話。
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