第8話 それから……

 それから毎日、僕たちは4人で遊んだ。

 カラオケ、ゲーセン、服を買いに行ったり、本屋や市内に唯一残るCDショップに行ったり。

 は二学期から僕と同じ塾に通うことにしたそうだ。


 朝ごはんはあおばさんが作ってくれて、僕が皿洗いをして。

 午前中はあおばさんにコツを教わりながら掃除や洗濯をして。

 昼からは僕はコーヘイたちと遊びに出かけて、あおばさんは……何をしていたんだろう。


 夕方僕が帰ってくると、一緒にスーパーに行って。

 一緒に晩ごはんを作って一緒に食べて、一緒にお皿を洗って。

 お風呂の後は、僕が宿題をやっている横であおばさんは本を読む。

 指先が触れたり、腕に柔らかいものがあてられたりしても僕は気づかないふりをして。


 8月11日のことだった。

 いずみと片平さんは家族で出かけるというので、コーヘイとふたり、CDショップで何を買うでもなくさして広くもない店内をブラブラしていた。


「いずみって、たぶんコータローのこと好きだよな」


「……コーヘイもそう思う?」


「間違いないだろ。でもってこれもたぶんだけど、前々から多少は意識してただろうな」


「それはないんじゃないかな?」


「お前、ちょっと自己評価低すぎ。地味系女子連中からは一番人気なんだぜ」


「なんだよ、その微妙な範囲限定は」


「高嶺の花過ぎず、真面目そうで清潔感があって、成績だって悪くない。運動部のイケてるっぽい連中よりも手が届きそうで草食っぽい分、そういう子たちには人気があるんだよ」


「それは素直に喜んでいいのかな?」


「いいんじゃね。でもって、いずみはお前と話をするようになって、みんなと同じ『憧れ』みたいなのから現実のリアルなお前を『好き』っていうのに変わった、ように見える」


「そうなの……かな」


「ああ、たぶん、な。

 そういえば、いずみってお前んちの叔母さんにちょっと雰囲気似てるよな」


「そういえば、そうかな?」


 なんかモヤモヤしたまま、いつもより早めに解散した。

 ま、ふたりで「解散」も何もないけれど。



 帰り道、ドラッグストアから出てくるあおばさんと会った。


「きょ、今日は早いね」


 なんだかあおばさんの声がうわずっているように聞こえたのは気のせいだっただろうか。


「このまま一緒にスーパーに行っちゃおうか」


「そうしましょうか」



 いつもどおりの晩ごはんの後……いつもどおりじゃないあおばさんがいた。


 宿題をしていた僕の横に缶ビールを片手にちょこんと座ったあおばさんは、体にバスタオルを巻いたままで。

 僕が避ける間もなく首に腕を回してきて、唇が重ねられ。

 からめられた舌はなんだか苦い味がして、きっとこれがビールの味なんだろうな、と他人事のように思いながら押し倒された。


「お願い、たぶんもう時間があまりないの。

 だから今のうちに私のことを知っておいて欲しいの」


「それって……いや、でも今はダメです。僕、アレ持ってないです」


「避妊具のことだったら、さっき私が買ったから大丈夫。

 どんなふうにすればいいか、『私が』『どうして欲しい』か教えるから、それを忘れずにいて欲しいの」


 そう言ってあおばさんは僕の手を引くと、10日くらい使っていなかった二階のベッドへといざなった。


「でも、ひとつだけお願い。

 今夜は私のこと、『あおば』じゃなくて『いずみ』って呼んで」


 ――その瞬間、ずっと我慢していた僕の何かが弾けた。

『いずみ』さんに導かれるままに、そっと触れ、柔らかく、そしてゆっくりとゆっくりと何度も……。



 しばらくして目が覚めると僕はひとりで寝ていて、ベッドサイドにはこの10日ほどの間に買ったあおばさんの服や下着がきちんとたたまれていて、横には使いかけの避妊具と何枚かのレシートと1万円の残りであろうお金、そしてその下には手紙のようなものがあった。


 僕は慌てて服を着て、急いで家を飛び出した。

 行くべき先はなんとなくあおばさんを拾った児童公園だと思った。

 ブランコの近く、玉砂利の道に転んで脱げたみたいにあおばさんの靴が落ちていた。

 はたしてその先には転んで手をついたような跡があって、飲みかけの缶ビールが転がっていた。


 でも、その先には足あとも何もなくて、もちろんお姉さんが落ちていたりもしなかった。

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