エピローグ:出会い=糸



 春。土手に咲く菜の花はとても可愛らしく、一方でまだまだ吹き荒れる風はあまり可愛いとは言えない。でも、学校を卒業してからというものこの土手を歩くのは随分と久しぶりだ。

 そんな土手を前に私はめでたいこの日が無事に終わりますようにと、静かに祈った。

「今日は早いな、お前」

 すると、後ろからひょっこりと顔を覗かせてきた和也。そんな彼の足下には毛並みがフサフサな黒猫ちゃんの姿があった。

 実は私が卒業してからというもの、土手をあまり通らなくなり黒猫ちゃんと会える機会もめっきり減った。一方で和也の家の庭に現れるようになったらしく、堂々と家の中に入って暮らすようになったとか。そこで黒猫ちゃんの身元をしっかりと調べ、野良猫である事を確認した柊ファミリーが責任持って黒猫ちゃんの世話をしてくれることになった。

 そう言えば最近黒猫ちゃんの表情が和也のものとよく似てきた気がする。例えば、和也が私にイタズラした時のニヤニヤ顔とか、和也がふと見せる冷静で静かな顔・・・とか。

 ペットは飼い主に・・・似る?。

「わっ!・・・って、和也か。てかいつも言ってるでしょ?驚かさないでって」

「無防備な時じゃなきゃ、驚いた顔は見えないからなー。滅多に無防備にならない実咲をどう無防備にさせてやろうか、いつも考えていることは秘密な」

「言ってるから」

 と、いつものような調子だが今日は和也のまとう雰囲気が少し違う。


 そう、今日は和也にとって初めて臨床に出る日。この春めでたく医学部を卒業した和也は今日から私も働く大学付属病院に研修医として勤めることになっていた。

 私は今日から3年目看護師として、新たな日を迎える。


「ほら、行きましょ。初日から遅刻なんてシャレにならないわよ」

 さっさと行こうとする私の左手をふと和也が掴んだ。そしてゆっくりと自身の口元に持ってくると、そっと口付けをした。

「っ?!」

「こんな日だから、だろ?」

 そんな彼が口付けしたくすり指には、和也からもらった指輪がはまっていた。



 人と人との繋がりは一本の糸だ。それぞれの人が沢山の糸を持っていて、別の人がそれを手繰り寄せる。そうして出会いが生まれるのだ。


 でも・・・どうやら私と和也が手繰り寄せた糸は、「赤い糸」だったらしい。


「お願いだから、それを病院でやらないでね」

「分かった」

「・・・本当に分かったの?」

「つまり病院じゃなきゃ、やっていいんだろ?」

「っ?!」


 けどこんな糸も、悪くないわね。



 あの瞬間、結ばれたのは赤い糸だった 完


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