冬:無数の糸の中で手繰り寄せた一本
「か・・・ずや・・・っ」
そこに立っていたのは紛れもない柊 和也、その人だった。
どうしてっ、私のことは知らないはず。接点は1つもなかったはず。
名を呼んではいけない。呼んでしまったら気持ちが溢れてしまいそうだったから。とっさに両手で口を塞いだ。
そして気がつくと辺りは真っ白な世界に包まれていて、その空間にいるのは私と和也そしてそんな和也の足下にいる黒猫ちゃんの3人になっていた。
「何もよくないね。これがお前が望んだ世界かよ」
彼は本当に和也なのか、そんな考えが巡るがふと黒猫ちゃんがいつものように「ニャー」と1つ鳴いた。いつもなら何気ない鳴き声かと思ったかもしれないけど、この時だけは違った。
本物なのだと、言っているようだった。
「・・・そうよ。これが私の望んだ世界よ」
口を塞いでいた手を下ろし、ぎゅっと目をつぶった。
「見たでしょ!私と出会わなければ和也は元気に生きて行けるっ!未来のことは分からないけど、でもクリスマス夜の事故には巻き込まれなかったっ!」
そしたら、もっと明るい未来が待っていたかもしれない。
「私は和也と出会わない方が良かったのよっ!!!!」
その言葉を最後に訪れた沈黙。
あぁ。失望させた。せっかくこうして会えたのに、最後にかけた言葉がこんなのなんて。
「・・・そんなこと言うなよ」
しかし、そんな沈黙を破ったのは和也の一言だった。
「お前との時間は何ものにも変えられない大切な時間だ。けど、春のあの日、あの場所にいなければ出会うことができなかった。もし違う場所にお互いがいたら会えなかったんだぞ」
そう、私が商店街にシャーペンの芯を買い行って、帰りに裏道から帰ろうだなんて思わなければ、彼に会うことは無かった。
「でも、出会わなければこんなことにはならなかったっ・・・。この先、もっと明るい未来があったかもしれないっ」
「そんなの推測上の話だろ?」
すると和也はゆっくりと歩み寄ってきて自身の両手で私の両手を包み込んだ。とても温かい手。血の気のない彼の顔を見てからのこの温もりはとても辛かった。
「未来は無限に広がっている。けど、もし俺たちが出会ったこの世界だけが幸せだと感じたらどうする?」
「そんなこと、分かるわけがないでしょ!」
「そうだ。だから今あるこの"
「っ!」
無限の可能性の中で手繰り寄せたたった1つの縁。それが今の私と和也の姿なんだ。
出会わない可能性の方が多かったかもしれない中で、私たちは出会えた。そして想いを通わせることができた。
「俺はな・・・手繰り寄せたこの糸が間違いだったなんて、一度も思ったことねぇよ。昔も、そして今もな」
間違いじゃない。その彼の言葉が私の中で波紋となって広がっていく。
一緒にいてもいいの?
彼のために何かしたいと思ってもいいの?
あなたを愛してもいいの?
分からないからこそ、幸せだと思ったこの"縁"を大切に。
「帰ろう」
そう言って差し出された左手。この手の先に新しい未来が待っている。
彼が事故に遭ったという事実は変わらないけど、それでも今まで幸せだったことも変わりない。
あなたがいてくれたから、菜の花の土手でも1人じゃなかった。
あなたがいてくれたから、お母さんとも正面から向き合えた。
あなたがいてくれたから、恋という感情を知ることができた。
あなたがいてくれたから、今こうして愛していると思える。
全てあなたがいてくれたから。
「・・・うんっ」
私はその左手をとった。
ふわっと、頭を撫でてもらう感覚に心地よさを感じる。
が、それがふとおかしい事だと気がつき私はとっさに顔を上げた。するとそこは病室に戻っていて、どうやら和也が眠るベットに伏して寝てしまっていたようだ。
あれ、じゃあ今の感覚は?
「やっと起きたのかよ。じゃじゃ馬姫じゃなくて、とんだ眠り姫だな」
何気ないからかうような一言。でもこの声は。
枕の方へ目を向けてみると、そこには。
「おはよう、実咲」
温かな笑みを向ける和也の姿があった。
「っ・・・遅いのはそっちじゃないっ!!」
思わず大声を出してしまうが、すぐにここが病室だと思考が戻り口を塞ぐ。
「手足動く?ちゃんと話せる?私のこと分かる?」
「お前の頭撫でたし、おはようって挨拶もしたし」
すると和也は片手で私の手首を掴んで自身に引き寄せた。
「ちゃんと実咲のことも分かる」
「っ・・・」
恥ずかしさよりも嬉しさの方がこみ上げてきて、とっさにぎゅっと和也に抱きついた。
「良かったっ。良かったっ・・・」
そんな私の姿を見て和也もぎゅっと私を抱きしめてくれた。
「ただいま、実咲」
「お帰りなさいっ!」
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