秋:別世界の住人
大学生の長い長い夏休みが終わった頃には紅葉に向けて、葉の色も変わり始めていた。空模様も秋空へと変わり、山からの冷たく乾燥した風も吹き始める。
だが、私たち2年生は長期休み明けの余韻に浸っている暇は無かった。
2ヶ月後から始まる病院実習に向けて授業と並行して事前学習を行う。
それに当たって、授業開始時刻よりも早く登校する日も増え、柊と会う日も少なくなっていった。
そして秋も深まった頃、実習が始まり忙しいけれど充実した日々を送っていた。
「ニャー」
そんなある日の夕暮れ。実習終わりの帰り道の土手で約2週間ぶりに黒猫ちゃんと再会した。
モフモフ、モフモフ。
あー・・・、可愛い。
いつものように撫でていると、黒猫ちゃんは突然ハッとしたように起き上がり、そして歩き出した。私がそのまま眺めていると黒猫ちゃんは歩みを止めて振り返った。
「ニャー」
ついて来いってこと?。よっこいしょと立ち上がると、黒猫ちゃんは再び歩みを進めた。
軽快なリズムで歩みを進める黒猫ちゃんの後ろ姿は、とても可愛らしい。
そして、そのままついて行くと、文房具を買いにきたあの商店街に出る。授業終わりということで、商店街は多くの若者で溢れていた。暗くなっている足下でどんどん進んでいく黒猫ちゃんを見失わないようにしっかりと目で追う。
すると、ある時にピタリと歩みを止めた。
特に何かがある訳ではない。しかし、そんな黒猫ちゃんの視線を追ってみると、そこには数名の男女に囲まれ楽しそうに話す柊の姿があった。
ある女性が柊の服の裾を引っ張り店の中に入ろうと促すが、また別の女性が反対の裾を引っ張りまた別の店を指差している。
そんな女性を前に柊は困った顔1つせずに、何かを話している。
そうだ。いつも土手で会っていたが、彼の本来の姿はこれだ。
学部の中で時々目にする柊の隣にはいつも誰かがいて、華やかだった。
医学部ではどうなのかなんて噂でしか聞いたことがないが、そんな噂でさえ私から見れば雲の上の存在を思わせるものばかりだった。
あんな小さな、何もない土手で私と何気ない話しをするような人ではない。
「ニャー」
黒猫ちゃんを抱き上げてそのままその場を後にした。でも黒猫ちゃんはすぐに飛び降りて私の足下に頬を擦り付けた。
「どうしたの?」
こんな所で甘えたって、人目が多いからろくに遊んであげられないよ?。
しゃがんでもう1度黒猫ちゃんを抱っこしようとしたその時だった。
「こんなところで奇遇だな」
あの声が、上から降ってきた。
「え・・・」
そのまま顔だけ上げると、そこにはあの華やかしい世界にいた柊の姿があった。
「お、クロも一緒か。珍しい」
いや、珍しいのはそこじゃないでしょ。
「さっきの人たちは?一緒に買い物してたんでしょ?」
「見てたのか。いや、さっき終わった」
ウソつき。裾を両側から引っ張られてたでしょ。
「もう帰るから、私のことは気にしないで。それじゃあ」
「待て」
黒猫ちゃんを連れて帰ろうと思ったけど、ふと肩を掴まれた。
「久しぶりに会ったんだ。少し話そうぜ」
何を考えているのか分からない。しかし、私の答えを聞かずそのまま歩き出してしまった。
いやいやいや。何なのよ、もう。
でもとりあえずついて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます