冬:考えても出ない答え、突如消えた光




 そんな和也に連れられてパーティー会場に案内される。なんとそこは家の裏側にあった大きなバラ園。園内に大きなテーブルがいくつも並べられ、その上には数多くの料理が並んでいた。そんな会場の上空には満天の星空が広がっている。

 まるでファンタジーの世界に迷い込んだかのようだ。

 会場には既に客人と思しき人々がそれぞれの会話を楽しんでいる。

「おや、和也君。久しぶり」

 キョロキョロと辺りを見回していると、隣に立っていた和也に声がかけられる。その声ですぐに現実世界に返ってきて声の主を確認すると、和也の前に立っていたのは同い年くらいに見える青年だった。

「久しぶり。1年ぶりか」

 どうやらお知り合いのよう。こうした社交界にいれば挨拶は大切なコミュニケーション。私が出る幕ではない。2人で話ができるように私はそっとその場を離れて会場の隅に移動した。そこからは会場全体がおおよそだが見えて、そこから見える景色は私が見ることもないだろうと思っていたきらびやかな世界だった。そんな中に違和感となく立つ和也の姿に、改めて違う世界に暮らしていたのだということを思い知らされる。

 この白のドレスだって、本当は私自身のものではなく施設を出てすぐに当時まだ健在だった祖母からもらったものだ。着たのも今回のパーティーが初めて。

 会話を楽しむ女性の姿1つとっても、品があってまとう雰囲気もきらびやかだ。

「・・・」

 なんで、私たちは出会ったのだろうか。

 生まれも育ちも全く違うのに、私たちは出会ってお互いに想いを通わせた。

「お嬢さん、お一人ですか?」

 その時、会場が写っていた瞳にタキシードを身にまとった青年が写り込んだ。

「私・・・ですか?」

「えぇ、あなたです。会場の隅でいても楽しくないでしょう?よろしかったら、ご一緒にいかがですか」

 ナンパ・・・ではないわよね。社交界の人だし、そこはわきまえているはず。

「いえ、私はここで結構です」

「こんなに可愛らしい方を1人にできませんよ。今日はクリスマスです。これも何かの”縁”ですよ」

 右手首を掴まれ、半ば強引に引っ張られる。

 普段着だったらすぐに逃げられるけど、このハイヒールじゃ動きづらくてどうにもできない。

 あ、この状況。まるで本の物語のようだわ。確か、私が読んだ本の中ではパーティー会場で見知らぬ人に連れていかれそうになった主人公は、そこで他の男の人に助けてもらってなんとか難を逃れる。でも、その話を読んだ時に私はこう思ったの。

 ハイヒールがあるなら、踏んでしまえばいいんじゃないかって。

 私はあえて青年に近づくとすぐに青年の足をハイヒールで思いっきり踏んだ。見事にクリンヒットしたらしく、青年の目には涙が浮かんでいた。

「・・・くっ、くっ」

 しかし、すぐに近くから聞き慣れた笑い声が聞こえてきた。

「どこぞの王子様らしく助けてやろうかと思ったが、とんだじゃじゃ馬姫だ」

「・・・ごめんなさいね、清楚なお姫様じゃなくて」

 青年はいつの間にか私の後ろに立っていた和也の姿を見て顔を青ざめ、急いでその場を後にした。

「もう話はいいの?」

「あぁ。って、ナンパされた後だっていうのにやけにケロっとしてるな。・・・まさか」

「ナンパだったの?」

「・・・分かった、分かった」

 顔をしかめた和也だったが、その意味が私には分からない。でもそんな時。

「和也、その方は?」

 私たちの前に現れたのは凛とした気配が印象的な夫婦だった。

「彼女が今お付き合いしている持田 実咲さんだよ。実咲、俺の父さんと母さんだ」

 和也の紹介で男性は軽く会釈をした。

「和也から話は聞いているよ。私は和也の父で彼女が母だ」

「持田 実咲です」

 流石大学病院の副医院長というのか。圧巻とも言える雰囲気の中に凛とした静けさを感じる。

「あらあら、可愛らしい方ね。看護学部の学生さんなんですって?」

「はい、そうです」

 一方で母親は笑顔の素敵な人で、ぎゅっと私の手を握ってくれた。

 温かい手だった。

「その髪、和也が結ったでしょう?」

「そ、そうです」

 あれ?髪を整えてもらった後にこの人に会ったっけ?

 そんな私の様子に和也のお母さんはクスリと笑みを見せた。

「その結い方は、和也が1番好きな結い方ですもの。椿の花なんて、和也が幼い時に将来結婚する女性に贈るって・・・」

「母さん!それを今言わなくたって!」

「そんなこともあったな。流石、話を切り上げて彼女に駆け寄っただけあるな、和也」

「父さんまでっ」

 え?話を切り上げて?

 でもさっき話が終わったって言ってたけど。

 私が和也の顔を覗き込んでみると、彼の頬はほのかに赤みを帯びていた。

 あぁ、なるほど。

「私、和也さんに出会って色んなことを知ることができました。黒白だった世界に色をつけてくれたは和也さんなんです。私・・・和也さんのことが好きです」

 今の私が持っている言葉、感情、世界で伝えたいことを伝えてみせる。

「和也さんとお付き合いさせてください」

 これが私の精一杯。

「・・・和也のこと、よろしくお願いします」

 しばらくの静寂の後に返ってきたのは、和也のお父さんの一言だった。

「あなたがどんな道を歩んできたのかは分かりませんが、こうして2人の道は交わったんです。きっとこの先も同じ道を歩けるはずです」

「えぇ。あなたたちなら大丈夫。実咲さん、いつでも遊びに来てね。待ってるわ」

 2人のそんな言葉がジワリと私の心に染み渡る。抑えきれえない感情が目に溜まっていくのが分かる。

「はいっ。ありがとうございますっ」

 そんな私の肩を和也はそっと支えて引き寄せてくれた。






 人生の中でこれほど幸せだと思った瞬間はあっただろうか。

 今、最高に幸せだと思える。

 でも、運命とは一直線に進ませてくれない。




 パーティーも終了し、着替え終わった私は帰り仕度を終えて玄関に立っていた。

「本当に送らなくていいのか?」

「うん。ちょうどいい時間にバスが来るから」

 そのまま門まで2人で歩いていく。

「本当に珍しいよな。彼氏に送らせない彼女って」

「そう?自分でできることをしてるまでよ」

 次に会えるのは新年。

「・・・よいお年を」

「あぁ。よいお年を」

 ちょうどバスが来た。名残惜しい和也の手を離したが、すぐに握りかえされそのまま口づけが降ってきた。

「っ・・・」

「・・・気をつけて帰れよ」

 私だけが火照っていて、和也の顔はどこか涼しげ。

 悔しいけど、和也の方が一歩上手だ。

「・・・ありがとう」


 しかし、その時だった。

 私が乗るはずのバスがブレーキをかける素振りもなく車体を左右に振り始めたのである。

 そんな異様な光景に息を飲む。

「和也っ、あれっっ」

 どれほどスピードが出ていたのだろうか。あっという間にバスが目の前に迫っている。

 このままじゃ引かれるっ。

 バスのライトが私と和也を目の前に捕らえる。


 ガシャーーン。


 大きな衝突音がその場に響いた。

 一瞬にして目の前が真っ暗になり、状況が上手く掴めない。

 あれ、バスにぶつかったはずなのに痛くない。

 体を起こそうとすると、ふと重みを感じる。

「・・・う・・・・・・そ・・・」

 体を起こすと、私の隣には頭から血を流す和也の姿があった。

「かずや・・・和也!!!」

 今もなお頭や腕、足などから血がドクドクと流れ出ている。すぐに圧迫止血をしなくちゃっ。

 呼吸は・・・え、ない。すぐに脈を確認するがとても弱々しい。

 すぐに119番に連絡して応急処置に入る。

 


 和也っ。



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