春 : 線と線が交わった瞬間
犬と猫。どちらが好きかと言われれば、断然猫である。
自由人だから、気まぐれだからではない。
あんな小さな体なのに1匹で行動する。自分の身は自分で守り、明日の未来は自分で作る。つまり自律的な生き物というわけだ。加えて可愛いときた。
とても魅力的だ。
そんなことを考えながら私 −
土手を下った場所には河原が広がっており、その近くで川の水が緩やかに流れている。そんなせせらぎの音を背後に河原では散歩中の2匹の犬が吠えあっていた。
その声に反応することもなく、猫は己のやるべきことを淡々とこなしている。
しかし、その時、川の背後にそびえ立つ1800m級の山から強風が吹き込み私の髪をなびかせるどころか、ボサボサにかき乱した。
最初の1発目は動じない。だっていつものことだし。
けれど、整えた直後に吹き込んでくる風には少々イラつきを感じた。挙げ句の果てに、腰まである髪が私の顔の前にまで上がってくるともう最悪である。
ビシッと山を睨みるけるが、そんなことをしてもこの強風は収まらない。
左手につけていた黒ゴムで髪を1つに結び、目の前に建つキャンパスに足を向けた。
医療系の学部を多く持つ国立大学の看護学部看護学科2年。
そこが私が通う学校。
キャンパスに到着するのと同時に新1年生が溢れており、まだ慣れていないせいか、教室を探してウロウロとしていた。一方で在校生は長く続いた休み明けとあって、重たい体にムチ打って黙々と目的の教室へ向かっている。
もちろん、私も後者だ。
今日はガイダンスだけだから、午前で授業は終わる。バイトも入ってないし、午後からは何をしようか。
「午後からはカラオケに行こうよ」
「ドライブ行こうぜ」
「バーベキューでもするか!」
廊下で話す生徒。そんな彼らは私を見るなり距離を置こうと場所を移動したり、話すことをやめてこちらをじっと見ている。
いつものこと。そう、いつものことなのだ。
教室に着くと1番前例の席に腰をかける。
もし、私がどこにでもいる学生なら、ここで友人が「おはよう」と声をかけてきたりもしくは私が声をかけに行くだろう。
だが、そんなことはしないし、来るような人付き合いもない。
先に言っておくが、意識して避けているわけではない。しかし、仲の良い友人がほしいかと言われれば、NOだ。
必要最低限の付き合い以外は求めていない。休み時間には1人で静かに過ごしたいし、放課後はゆっくりとやりたいことをやる。
誰かと深く関わるなんてもってのほか。
どれだけ親しい人でも、お金が絡めば牙を剥く。
おっと・・・いけない。
春は出会いの季節にと言われるが、つい昔のことを思い出してしまう。思い出さないと決めた幼い頃の記憶。
何故なら、
そうこうしている間にガイダンスも終わり、それと同時に待ってましたと言わんばかりに女子生徒の集団が教室を飛び出した。
洋服を買いに商店街に行くとかなんとか、大きな声で話しながら。
買い物・・・か。
そう言えばシャーペンの芯が切れてたかも。
この辺りで1番近い文具店は徒歩20分程の所にある学生に人気のおしゃれな商店街の一角にある。近くに医学部のキャンパスもあるため、授業終わりには沢山の生徒で賑わいを見せる。
おそらく、今日は混雑することが予想されるが、その文具店は数多くの文房具を扱っている上に安い。文具はその文具店で買うと決めているのだ。
よし、行こう。
高笑いする学生の間を縫うように私は教室を出た。
再び建物の外に出ると、待ってもないのに強風がお出迎え。しかし、私だって何度もやられたいわけではない。外に出る前に髪を1つに結んでいる。
だが、風はさらにその上をいって、そんな髪でさえも巻き上がらせ、私の頬にチクチクと突き刺さらせた。
もういいや。
開き直ったところで、さっそく商店街に足を向けた。
校門付近にある大木の桜の下では多くの生徒が満開の花を撮ったり、自身を桜と共に撮ってすかさずスマホをいじったりと、桜が運んできたワクワクを思い思いに楽しんでいた。
桜、綺麗だなぁ・・・。
加えて、強風に乗って花びらが舞い上がり、カサカサと枝が揺れて葉と葉が擦れる音が響く。
花吹雪は生徒たちの間を通り抜けていくと、近くに広がる住宅街へと消えていった。
た、たまには強風も悪くない・・・かも。
いいものも見られたところで、再び足を商店街に向けた。
大学付近に広がる住宅街を黙々と歩いて行くと、賑やかな空間に出る。そう、商店街だ。車が通る道の両脇には、衣服店やアクセサリー店、スーパーマーケットや雑貨屋などが並び、その中では学生たちが思い思いの時間を過ごしていた。
それにしても今日は人通りが多いな。
お目当の店に入ると、店前の人通りと同じほどの学生の姿があり、なかなかの人口密度だ。買うものが決まっていたため、なんとか手を伸ばして品を取ると、会計を済ませて店を出た。
いつもならこのまま他の店を回るのだが、今日の混みようをだと、疲れるのがオチだろう。
よし、帰ろう。
ここから徒歩15分程の家。少し遠回りして帰ろう。この人混みをの中を帰りたくない。
来た道とは反対側を歩いて今度は人通りの少ない道に出る。
学生の姿はまばらで、先程の商店街程の学生の姿はない。ここは学生の登下校に使われる裏道だ。
「ニャー」
そんな時、朝に見かけた黒猫ちゃんが路地裏から出て来た。
目が合うと小さく口を開いて鳴く。
モフモフしたい・・・。
そんな欲望に任せ、黒猫ちゃん撫でている、その時だった。
「キャーーーーーーーーーーっ!!!」
その場に合わない女性の高い悲鳴。その悲鳴に誰もが足を止め、口々に「危ない」と叫んでいる。
その時に私も初めて気がついた。
なんと、もの凄いスピードで車が私たちに近づいているのだ。車はスピードを緩めることなく、一直線に私と黒猫ちゃんに向かって向かって来ている。
黒猫ちゃんを抱いて逃げなくちゃっ。
けど、間に合わないっ。
もう目の前にっ・・・。
ガッシャーン。
遠い意識の中で、何かが強くぶつかる音がした。
けど、それだけ。
そこから先は、暗い闇の中に意識が沈んでいった私には分からないことだった。
車が近くの電信柱にぶつかり、辺り一帯は混乱に包まれる。その一方でその場にいた全員の注目を集めたのが実咲とそんな彼女に覆いかぶさるように倒れていた青年だった。
「痛ってぇ・・・」
青年が体を起こすと、その場に居合わせた学生数名が駆け寄って来た。
「柊君、大丈夫っ?」
「こんくらいなんでもねぇって。誰か救急車を呼んでくれたか」
「呼んだよっ」
体を起こした青年の視線の先には、アスファルトの上でぐったりと横たわる実咲の姿があった。そんな彼女の胸元には黒猫の姿が。
「・・・」
青年はそっと目を閉じた。
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