あの瞬間、結ばれたのは赤い糸だった

夢沢 凛

プロローグ : 家族ー 2人の世界観 ー

 高級住宅街の中でもきらびやかな輝きを放つ一軒家。その門をくぐった先にある庭先では、小学生になりたての少年とその母親がボール遊びをしていた。

「お母さん!行くよ!!」

 少年が自身の腰元まであるゴムボールを蹴り上げると、ボールは大人の背丈まで上がり、そして母親の元まで届いた。

「よっしゃーーー!」

 全身で喜びを表現する少年を見て、母親は満足そうに笑みを見せた。少年は母親に駆け寄って自慢話を始めた。

「お母さん、俺学校の休み時間のサッカーで”はっととりっく”をしたんだっ!」

「まぁ。そんな難しい言葉を知ってるの?和也はすごいわね」

 母親の優しい手が少年の頭にそっと乗せられた。

 そんな時、門が静かに開いた。

「お父さんっ!」

 その門をくぐった父親に向かって少年は走り出す。しかし、足がもつれて思いっきり転んでしまう。

 慌てて駆け寄った父親と母親だが、そんな2人に対して少年は何事もなかったかのように顔を上げた。

「足が長くて引っかかっちゃった」

 そんなジョークに2人は互いに顔を見合わせ、そして吹き出すように笑い始めた。

 その日の夜。

 ずらりとテーブルに並べられた夕食の数々。

 メニューを考案したのは母親で、実際に作ったのは母親と数人のお手伝いさんである。

「明日から数日、病院に泊まるが和也のことを頼んだよ」

「任せたくださいな。あなたも無理しすぎないでね」

「あぁ」

 大学付属病院の医師である父親は、月に何日か家に帰ってこないが、少年は寂しいとは思わない。

 何故なら、そんな日は毎日電話で声を聞かせてくれるから。

「和也も、お母さんをしっかり守るんだぞ」

「まかせてっ!!」

「うふふ。頼もしいこと」

 しっかり勉強して、将来は父親のように強く、母親のように優しい人になる。

 そんな夢が少年 − ひいらぎ 和也かずやを支えていた。

 そして、両親の期待の中、自身のため努力に努力を重ね、国立大学医学部を首席で入学し、馴染みやすい性格から学校中の人気者として華々しい学校生活を送っていた。





 一方で同じ頃、とある郊外にある小さな町のアパートの一室。

 薄暗いリビングで1人うずくまる少女の姿があった。年齢は和也と同じ年頃だろうか。身体の線はやたら細く、頬も少し痩けていた。

 そして、少女の目は遠い何かを見つめていた。

 深夜になってようやく両親が別々に帰宅したが、少女の事を気に留めることはない。

 2人が初めて少女に気がついたのは、母親が少女の足につまずいた時だった。

「邪魔」

 冷めた視線で見下ろす母親を父親が止めることはない。父親は少女の襟元を掴むと近くのクローゼットに押し込んだ。

「お前が見てないせいで、こいつが外に出ているだろ」

「なんで私のせいなのよ!」

 そんな両親の会話に少女が耳を傾けることはない。

 父親がこうした態度を取るのは、もう昔から。しかし、最近は酷くなった。もともとお金に困っている家庭ではあったが、半年前に父親が勤める会社が倒産。少女に対する態度は悪化した。それまでかろうじて少女の味方だった母親は、食事を作らなくなり、少女を外に出さなくなった。そのため、学校への登校もまちまちで最近はすっかり行けなくなった。

 少女は、どうして両親がこうなったのか分からない。いや、考えるだけの力がもう残っていない。

 それからしばらくして、異変を感じた学校からの通報で事が発覚し、少女は施設に預けられる事になった。

 そして、少女は施設を出る時、改めてあることに気がつく。

 自分には何もない。何も持ち合わせていない。

 少女 − 持田もちだ 美咲みさきは施設を出た後、奨学金や借金をして国立大学看護学部へ進学。しかし、周りと関わることは一切無く、1人学校生活を送っていた。



 この物語はそんな2人が紡ぐ”縁”のお話。

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