冬:エスコート

 季節は乾いた風が吹き荒れる冬。乾いた風は肌をピリピリさせ、静電気を発生させる。ドアノブを触れることが少し怖いが渋々握るとバチン、と案の定の放電。

 と、冬の醍醐味を自宅で体験したところで私は土手に向かって歩いていた。風がビュービューと吹き荒れる中、土手に到着すると既にそこには柊、改め和也の姿があった。

 もちろん、黒猫ちゃんも一緒だ。

「お待たせ」

 私の声でスッと顔を上げるその表情はとても穏やかな笑みだ。と思ったのも束の間。

「おせーよ」

 優しく左手首を掴まれ、そのまま引き寄せられると不意にバランスを崩してしまった。

 倒れるっ。

 けど痛みは襲ってこなくて、代わりに温かな温もりが私の体を包み込んだ。そしてフッと首筋に息がかかる。

「ずっと待ってたし」

「っーーー?!?!?!」

 この一瞬で土手の脇にある坂に腰掛けていた和也の足の上に私の体が乗っかかっていて、彼の顔が目の前にあった。

「あ、危ないでしょっ」

「お前が遅れたから」

 和也と互いに気持ちを通わせてから時も過ぎ、今日は留学に行く和也の買い物に行くことになっていた。

「遅くなったのは悪かったけど・・・」

「・・・お、珍しい。化粧してる。もしかして・・・」

「っ!」

 今日は久しぶりのお出かけの日。

 そりゃ、気合も・・・入るわよ。

「ほ、ほら、早く行きましょ。沢山買うんだから、時間が足りなくなっちゃう」

 そもそも、和也の場合行かなくても今時ネットショッピングとかがあるんだから、わざわざ私と行かなくてもいいと思う。

 しかし、その考えだけで終わってしまうのは以前の私。

 今の私は少し違う。

「俺はもう少しこうしててもいいぜ?」

「っ!!」

 こうした少しの会話も嬉しく思う。同じ空間を共有しているのを感じられるだけで胸がいっぱいになる。

 でも、これは少し恥ずかしい。

 やっと解放され、ぐっと背伸びをするとフワッと冷たい風が首元に吹き込んんできた。

 寒っ。不意に彼の温もりが恋しくなった。

 いやいやいや。早く行こう。

 そうして先に歩き出すものの、すぐに和也が横に並んだ。

「置いて行くなよ」

「追いついているじゃない」

 私より早く歩くくせに、横に並んでから私の歩幅に合わせてくれる。さりげない気遣いが上手いのよね、彼。

 そしてやって来たのは、近所にある大きなショッピングモール。

「それで、何が欲しいんだっけ?」

「まずは・・・」

 到着してからというもの、和也はテキパキと買い物を済ませていく。悩むかと思ったものも即決し、ある意味早技と思わせるほどどんどん終わっていった。

「・・・早いわね」

「あ、あぁ。決めて来たからな。悩んでたら時間が無くなっちまう」

 しかし、時刻は午後3時。もう少し悩んでも充分に足りる時間だ。

「考えてもいいのよ?このペースなら間に合うし」

「いーや、もう一ヶ所行きたいところがあるんだ」

 そう言って和也は買い物を再開させた。

 他に買いに行くところがあるのかしら?

 しかし、首を傾げる私なんて御構い無しに買い物を再開させた和也。そんな中、時々カップルで手を繋いで歩く人々や、クリスマスの飾り付けが目に入った。

 クリスマス当日は、和也の家で大きなパーティーがあるらしく主催者側である和也はその準備やらもあり1日会えない。

 クリスマスデートに憧れていたわけではないが、よく聞く話だったから気になっていた。

 でも和也だって忙しいんだ。無理は言えない。

 そうこうしている間に買い物が終わり、これからどうしようかと相談しようとしたその時。

「次行くぞ」

 和也は迷いのない目で私の手を引っ張り先を急いだ。

「ど、どこに行くの?!」

 私の問いかけにも答えることなく、和也は黙々と歩く。大きなショッピングモールの端から端まで移動したところで、和也はとある店の前で止まった。

 そこは髪飾りを売っているお店だ。

「髪・・・飾り?」

「お前、ドレス持ってる?」

「う、うん。持ってるわよ」

「何色?」

「白・・・が基調かしら」

 すると、和也は真剣な顔つきで髪飾りを選び始めた。

「ねぇ、どうしたの?」

「ん?24日のパーティーの髪飾りを選んでんだよ」

「え?24日?」

「言っただろ、パーティーがあるって。本当は2人で過ごしたかったけど、そうはいかないし、せめてパーティーを楽しんで・・・」

「待って!パーティー行くなんて言った覚えないわよ!」

 パーティーをやるから忙しくなる、という内容は聞いてたけど、行くか行かないかの話しは聞いてない。

「言ってなかったか?」

「うん」

 和也はうーんと考え込むと、スッと向き直った。

「このパーティーで俺は両親に実咲のことを紹介しようと思っている」

「っ・・・」

 パーティーで私のことを・・・?。いつかは挨拶に行かないととは思っていたけど、まさかパーティーで。

「だから来てほしい。駄目か?」

「・・・私、パーティーとか出たことないわよ?」

「もちろん、エスコートは俺がしてやる」

 もう、また上から目線。でも、その言葉が私の背を押してくれる。

 それに、クリスマスに会える。

「・・・うん。出席させてもらうわ」

 そんな私の答えに和也は優しい笑みで答えてくれた。

「そんじゃ、ちょっと早めのクリスマスプレゼントに髪飾りを選んでやるから。見てみろよ」

 髪飾りを選んでいる中で、少しだけ彼のことを知ることができた。

 彼の好きな色、好きな形。

 そんな和也が選んでくれたのは、紅い椿の髪飾りだった。



 そしてパーティー当日。

 パーティー開始時間は19時からだが、和也に言われて少し早めに彼の家の前に到着した。

「・・・大きい・・・」

 教えてもらった通りに来たはずだったが、合っているのかどうか不安になる。私の目の前にあるのは、まさしく豪邸という言葉そのまんまの家とその前に広がる芝生の庭、そして大きな門だった。

 とりあえずインターフォンを押してみると、すぐに女性の声が返ってきた。

『どちらさまでしょう?』

「持田と申します」

『持田様ですね。お待ちしておりました。他の者がご案内します』

 そして声が途切れてからすぐに家の中から女性が出て来て、門を開けてくれた。

「ようこそお越し下さいました。ご案内いたしますので、どうぞ」

 女性の後ろについて家の中に入ると、眩しいほどの輝きを放つ内装が眼前に広がった。広い玄関、廊下なのにしっかり手入れさせている。和也の話だと5LDKとかの大きさを想像していたが、とんでもない。

 10?・・・12?。いや、・・・20LDK・・・・。

 と、頭の中でグルグルと考えを巡られていると1つの部屋に案内された。

 そこは更衣室なのだろうか。大きな鏡や着替えるためのカーテンがある。

 更衣室にしては大きな部屋だが、もうそこは驚かない。

「着替え終わりましたら、お声がけ下さい」

 とりあえずドレスに着替えてメイクも整える。来慣れぬドレスは思いの外時間がかかる。メイクがどうにか終わったころ、扉がノックされた。

「どうぞ」

 さっきの女性の方かな?

 しかし、入って来たのは・・・。

「ほう・・・。馬子にも衣装だな」

 ビシッとスーツで決めた和也がニヤニヤと口角を上げて入ってきた。

「馬子にも衣装ってっ」

 失礼なやつ。

 扉を閉めてこちらにやってきた和也は、私の目前にある台の前に髪飾りが置かれていたことに気がついたらしく、それをそっと手に取った。

「髪まだなのか?」

「えぇ。・・・どんな髪型が似合うか決まらなくて」

 紅い椿を目立たせたいが、どうがいいのか決まらなかった。

 すると和也は前の鏡に写る私の顔をじっと見つめたまま動かなくなってしまった。

 鏡越しなのに、見つめられた瞳から熱が伝わってくる。

 少し・・・恥ずかしい。

 ふと目をそらすとすぐに顎をクイッと上げられ、強制的に正面を向かされた。

「っ・・・」

 しばらく見つめると、私の後ろに立って私の髪をいじり始めた。

「じっとしてろよ」

「う、うん」

 私より大きな手なのに、とても優しい手つきで髪をすいていく。とても慣れた手つきだ。

「・・・よく、女性の髪を結ぶの?」

 人気者の和也のことだ。ありえない話ではない。

 でも・・・少し妬いちゃうな。

 でもそんな私の問いかけに和也はすぐに笑顔で返した。

「妬いてくれるのは嬉しいが、残念ながらよく結ぶのは母さんの髪だ。さっきも仕上げてきた」

「そ、そう」

 1人で思考暴走して・・・恥ずかしい。それにしても、外見からは想像できない女子力の高さ。

 もしや私より高い・・・?。

 そんなこんなで私の髪を1つにまとめ、器用に丸めてピンで留める。そして最後に椿をだんごの横に添えるようにつけた。

 横髪を少し残し、後ろにだんごを作ったシンプルな髪型。

「お前はシンプルの方が似合う」

「・・・ありがとう」

 完成度の高さもさることながら、思いの外しっくりくる。

「そんじゃ、行くか」

 スッとの右手が差し出される。

「お手をどうぞ」

「・・・・・・」

 パーティーなんて、ろくに出てことなくて不安だらけだけど。

「えぇ」

 なんだか少し、楽しみになってきた。

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