春:そして同じ道を歩き始めた

 そして翌日。学校へ向かうと昨日の出来事が学部中の話題をさらっていた。

 そこで私は柊和也という人物がどういう人なのかを知った。

 私が通う大学の付属病院の副医院長を父に持ち、同じ学校の医学部2年生。成績は優秀な上に親しみやすい性格から、学校中の人気者なのだとか。

 ちなみに、この情報はすべて通り過ぎて行った生徒たちが口にしていたことだ。

 私とは真逆のような人だ。だが、もう関わることはない。

 ・・・と思っていた。



 授業が始まった日の朝。私は土手で黒猫ちゃんと再会した。

「モフモフ〜。元気してた?」

「ニャー」

 元気そうで良かった。

「お前」

 その時、後ろからいつもは聞かない声が聞こえてきた。

「柊さん・・・?」

 そこにいたのは柊和也、その人だった。

 この土手の先にあるのは看護学部のキャンパスのみ。どうして医学部生の彼がここにいるの?。

 そんな私たちの間を山から吹き降りてきた風が、勢い良く通り抜けていく。

「この先は看護のキャンパスよ」

 まさか、迷子?。

 なんて、1年通ったキャンパスを間違えるなんて少し笑い話のようなこと・・・ねえ。

「看護の教授に用があって来たんだが・・・入り口が分からねぇんだ」

「・・・」

 私が想像していた迷子とは少し違うが、ある意味迷子だった。

「ニャー」

 黒猫ちゃんは柊さんの足下にすり寄った。

「お、元気そうだな」

 柊さんは黒猫ちゃんの頭をそっと撫でる。あ、柊さんの手って大きい。あの黒猫ちゃんの頭が手のひらですっぽりと包まれ、私が撫でるよりも小さく見える。

 いや、そうじゃなくて。

「・・・この前はありがとう。あなたが助けてくれなくちゃ、私もその子も、無事じゃなかった」

 先ほどまで黒猫ちゃんと触れ合えたのも、柊さんが助けてくれたから。

「何かお礼がしたいんだけど、何がいい?」

 金持ちの坊ちゃんに何がいいと聞くのは少しおかしいだろうか。

 すると案の定、柊さんから返ってきたのは笑みだった。

「そんじゃあ、教授のところに案内してくれよ。キャンパスの中に入れたとしても広い分、さらに迷子だ」

「そんなことでいいの?あなただったら、少し声をかければ誰かが案内してくれるでしょ?」

「お前と少し話してみたくなった」

「は?」

 この人、今なんと?

「いや、変な意味じゃなくてそのままだ。俺と話してて真っ直ぐ目を見てくるやつは初めてだったから、面白いなと」

 目をそらしたら負け。黒猫ちゃんとコミュニケーションをする中で身につけた教訓だ。しかし、それがこうんなところで裏目に出るなんて。

「はぁ・・・話すだけだから」

 仕方ない、一応命の恩人だ。

「ありがとさん」

 いつもより重い足取りでキャンパスに向けて歩き出した。




「失礼します」

 教授から欲しかった資料を受け取った俺 − 柊和也は教授の研究室を後にして階段を降りる。すると、前方から看護部生数名が目を輝かせて歩み寄ってきた。

「柊君だっ。久しぶり」

「和君元気ー?」

「会いたかったよ〜」

 彼女たちは何かと医学部に出入りしている学生で面識がある。

「久しぶり。授業じゃねぇの?」

「空き時間だよ」

 彼女たちが俺に向ける好意的な視線が嫌なわけじゃない。だが。

「和君?ぼーっとしてどうしたの?」

「んや、なんでもねぇよ」

 持田の真っ直ぐな瞳にどうしてか目が離せない。あの目は一体何が作り出したのか。

「そういえば、今朝持田さんと一緒にいたでしょ?彼女に近づかない方がいいよー」

「なんでだ?」

「だって、全然人と話さないし、演習の時もやることはやってくれるけどやりずらいし、みんな避けてるしー」

 持田が?。あー確かに。どこか人と距離を置いているように見えなくもない。一歩踏み出すこともなく、立ち止まっていて、こちらが近づくと一歩下がる。

 そんな彼女の手を掴めたら。

「・・・俺、授業があるから戻る」

 持田は毎日あの土手を通るだろうか?。

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