読み手をインスパイアする力作。間違いありません。

 たくさんの小説を読んできた。今思えば漱石の「坊ちゃん」を読んだ小学生の頃からずっとそうだったのではないかと思うが、いい作品を読了した後は、なんだか落ち着かなくて立ち上がったり、意味もなく歩き回ったり、ほかにしようもなくてトイレに行ったりしたものだ。
 今思えば、それは作品から何かの力をもらってそれが御しきれずにいたのだろう。別の言い方をすれば〝インスパイア〟される感覚である。
 うまく言い表せる気がしないのだが、そこで体験した小説の言葉なりイメージの向こうに、自分がまだ見ぬ何かを垣間見られそうな、思ってもみなかったものを作り出していけそうな、そんな高揚した気分にさせられるのだ。
「幕末レクイエム」を通読して、やはりそれを感じている。「誠心誠意…」はハードボイルドの感性が剣と妖術を介してハードボイルドと対決する場面に翻弄されるような感覚。一転して、「士魂の城…」では、人の誠意や健気さにまぶしく立ちすくむ感覚、とでもいおうか。どちらからも手応えのある高揚感をいただいた。感謝したい。
 奇しくも、勝海舟や土方歳三を描く作品を同時期に競作することになった。私には不思議と両方の小説に違和感がなかったが、氷月さんはどうだったのだろう。そういう興味も持たせていただいた。

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