前作「誠心誠意、咲きて散れ」に続く新撰組の敗走物語です。
前作よりファンタジー色が薄れ、良い意味で通常の歴史小説っぽく仕上がっています。個人的には本作の方が好きです。
また、前作が専ら斎藤一と沖田総司の語り合いだったのに対し、今回は斎藤一と土方歳三の語り合い。
私は、宇宙戦艦ヤマトの世代ですから、沖田総司や土方歳三の存在は何となく知っていたのですが、斎藤一の存在は本シリーズで知りました。史実に拠ると、戊辰戦争後も生き延びた数少ない新撰組の隊士の一人ですから、彼が主人公となるのも自然は自然です。
でも、元々作者は斎藤一の隠れファンなのかもしれない。Wikipediaで彼の一生を読んだら、香港映画「男達の挽歌」を地で行くような、ノワールな人生です。
話題を作品に戻しますと、作者の凄い処は、判明している史実を忠実に守り、その間隙をドラマチックな展開やファンタジックな要素で繋げる手腕です。
例えば、本作で斎藤一を取り合って、恋の鞘当てをする篠田弥曽と高木時尾。Wikipediaで史実を調べると、斎藤一は弥曽と結婚し、時尾と再婚します。弥曽とは死に別れなのか、単なる離婚なのか、それは書いてませんでした。でも、その事実を知った上で本作を読むと、三人の機微を巧く描いているなぁ、と感心するのです。
史実に魔性の者が登場しないのは当然ですが、当時の会津藩士やその妻子達の口惜しさは、こんな感じだったのだろうと、敗戦側の登場人物に感情移入しながら読んでいました。
終盤の斎藤佑樹のSurvival 章では、昭和天皇の「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」との玉音放送を思い出します。歴史は繰り返す。日本人は懲りずに同じ轍を踏むのかもしれません。逆説的ながら、本作に夢中となる読者が多いとも言えるでしょう。日本人魂の琴線に触れる物語なんですよ。
作品中に「誠義」の単語が出てきます。正義じゃなく「誠義」。新撰組らしい言葉だと思いました。
どれも読み応えが有りますが、私が最も好きな章は終盤直前のblood章ですね。
歴史小説としては軽めの流麗な文体が誘うのは、
死地としか言いようのない絶望的な負け戦。
年末時代劇『白虎隊』をご存知のアラフォー世代には
トラウマに近い記憶をお持ちの方も多いかも知れません。
あの時の森繁久彌、よかったなあ。
突きつけられる矜恃を賭けた二者択一、
生き残った二人の新選組幹部は、
それぞれに自分の戦場を選びます。
幾度も繰り返されたテーマですが、
ファンタジックな味付けもあって
歴史小説は苦手という方にも
入りやすい物語に仕上げられています。
逃げ場なしの選択を迫られた時の心情を
是非体験してみて下さい。
誰もがいずれ何らかの形で、
同じような選択を経験せざるを
得ないのですから。
前作に引きつづき、拝読しました。
江戸城無血開城後、官軍に追い詰められていく会津軍と新撰組の物語です。今回も、斎藤一と土方歳三の二人によって、交互に語られていきます。
江戸幕府はなくなってしまったのに、何の為に戦うのかーー。否、何の為に生きるのか。
圧倒的な量の武器と兵力を備えた薩長土肥連合軍に追い詰められていく、会津軍の闘いぶりを読み進めるにつれ、そんな疑問が繰り返し頭に浮かびました。本当に悲惨です。特に、守ると約束したのに守れなかった会津の人々のために、自決の道を選んだ白虎隊の少年たちの断末魔の苦しみは、涙なしには読めませんでした。味方の足手まといになることを避け、自ら死を選ぶ女性や年寄り達の姿にも……。
この時代、身分もあれば言葉も違い、「同じ日本人」という感覚はなかったと思いますが。同じく国を想い親しい人の幸福を願った人々が、殺し合わなければならなかった事実が、胸をえぐります。
相変わらず流麗かつ読みやすい文章で、あやかしの登場する場面も、殺陣もお見事です。
美男で有名だった土方氏の色気と大人の余裕も、斎藤氏の不器用な漢っぷりも、素敵でした。
今回は、女性達にも注目です。会津女たちの毅さには、感動いたしました。
重厚な歴史ファンタジーを求める方に、お薦めします。
自分は、歴史小説はほとんど読まないどころか、日本史に全くといっていいほど興味がない人間です。
それなのに、この方の小説には否応なく惹き込まれてしまいます。
それは何故かなと考えると、歴史の教科書が出来事や人名の無味乾燥な羅列であるのに対し、氷月さんの小説の登場人物たちが、血肉の通った生身の人間に感じられるからに他ならないでしょう。
彼らの体温や、息づかいさえも感じられるように思えます。
前作でもそうでしたが、氷月さんの小説を読むのはとてもしんどい。
そのしんどさが魅力なのです。
負けの気配が濃厚に漂う戦いの日々の中で、彼らが何を見聞きし、感じ、考え、諦め、信じ、選んだのかが胸を抉るほどに迫ってきます。
何度も涙が流れました。
何度も心をまるごと持っていかれました。
前作同様に、読んだ後しばらく放心状態になってしまいました。
男たちの信念や矜持のぶつかり合いも見所ですが、男女の心の揺れ動きも魅力のひとつです。
こういったシーンに限らず、文章の端々にとても色気があるんですよね…。
ぜひこの奥深い小説世界を堪能してみて下さい。
そして最後に。
ケモ耳が生えた土方歳三を読めるのは今作だけ!(たぶん)
たくさんの小説を読んできた。今思えば漱石の「坊ちゃん」を読んだ小学生の頃からずっとそうだったのではないかと思うが、いい作品を読了した後は、なんだか落ち着かなくて立ち上がったり、意味もなく歩き回ったり、ほかにしようもなくてトイレに行ったりしたものだ。
今思えば、それは作品から何かの力をもらってそれが御しきれずにいたのだろう。別の言い方をすれば〝インスパイア〟される感覚である。
うまく言い表せる気がしないのだが、そこで体験した小説の言葉なりイメージの向こうに、自分がまだ見ぬ何かを垣間見られそうな、思ってもみなかったものを作り出していけそうな、そんな高揚した気分にさせられるのだ。
「幕末レクイエム」を通読して、やはりそれを感じている。「誠心誠意…」はハードボイルドの感性が剣と妖術を介してハードボイルドと対決する場面に翻弄されるような感覚。一転して、「士魂の城…」では、人の誠意や健気さにまぶしく立ちすくむ感覚、とでもいおうか。どちらからも手応えのある高揚感をいただいた。感謝したい。
奇しくも、勝海舟や土方歳三を描く作品を同時期に競作することになった。私には不思議と両方の小説に違和感がなかったが、氷月さんはどうだったのだろう。そういう興味も持たせていただいた。
会津藩とともに、新政府軍を迎え撃つ新撰組。
土方歳三と斉藤一は劣勢の中、いかにして、何のために戦うのか。
生まれつき青い環の力を持つ者と。
後天的に赤い環の力を得る者、というファンタジー設定のある歴史物。
環を断てるのは、環を持つ者だけ。
環の力、それだけで歴史的趨勢を変えられるわけではない。
それでも、敵を倒すために、大切な者を守るために。
呑みこまれて妖堕ちする危険を冒してでも、環を欲する者は多い。
【京都・江戸編】の視点人物は、二人とも環を持つ者でした。
だから。
持っていないものでは、介錯してやることすらできない。
という事実を、本作でひしひしと感じた……。
『八重の桜』は見ていませんし、会津戦争については、白虎隊が自刃したことしか知りません。
どうしようもなく負け続ける会津藩と新撰組。
土方は新撰組を率いて戦い続けるため、箱館へ向かうことを選び。
袂を分かった斉藤は、会津に残って戦い続ける。
降伏したあとの会津にも、戦で死ぬのとはまた別の戦いがあった。
(視点人物は土方と斉藤ですが、容保公も、陰の主役だったような気がします)
武家の血が一滴も流れていなくても、武家の魂を宿すことはできる。
会津で生まれ育っていなくても、会津の誇りを持って生きることはできる。
終章、墓にかけた最後の台詞。
どちらも、自分の思いにまっすぐに、譲れないものがあっただけ。
読みながら泣きそうになりました。
(斉藤視点なので、斎藤が時尾さんベタ惚れなのは丸分かりなのですが。
横槍入れようとする女性登場で、時尾さん視点だと妬いたろうなぁ……。
あと、土方視点部分が、めちゃくちゃ色気があります。
女性に対する余裕が、斎藤と全然違う。さすが色男)
京都を撤退し、会津にて新政府軍との戦いに身を投じた頃の新撰組のお話です。
新撰組側視点からの歴史小説かと思いきや、歴史上の人物達が炎を操り、治癒を行い、法力の盾まで展開するといったエンタメ要素を持ち込んでいます。松平容保がシールド展開するとか間違いないのです!
とはいえ、本作の真骨頂は、その丹念で誠実な歴史上の出来事への向き合い方。バトルや恋愛模様やちょろちょろする小動物や鬼の副長のケツなどのエンタメ要素をちりばめながらも、史実を下敷きとした骨太の新撰組の物語が展開されていきます。
もちろん、負けます。なぜ戦うのか、なんの旗の下に集うのか、その旗はどう思っているのか、そんな事を考える暇もなく負け続けます。斉藤一が、土方歳三が、松平容保に新島(川崎)八重が、そして白虎隊が。
「滅びの美学」なんて言葉を殴り飛ばしたくなる程に、容赦なく負けます。読む方も、そして恐らくは書かれる方も、ちょっとキツいお話です。
でも、だからこそ、このお話を読んだ方は、歴史上の人物に思いを馳せ、いろいろと考え、頭を下げる事ができるのだと思います。このお話は、歴史小説であり、エンタメ小説であり、なによりも鎮魂歌なのでしょう。
その誠実さがあるから、なんでもないような最後の場面が、こんなにも嬉しいのでしょう。
素敵なお話です。是非ご一読を。
京を離れてからの新撰組の戦いを追う小説。そう知って読み始めると、本作はたしかにガチの時代小説の文体や雰囲気を持っていて、違和感なく読み進められるだろう。
しかしそのまま読み進めると、驚愕することになる。なにしろ魔物が出る。本作の特異なところは、時代小説の文体、内容のまま、魔物が登場してファンタジー展開するところ。「ただ織田信長が出るだけで、内容はなんちゃってファンタジー」的なよくある奴ではない。
土方歳三たちの戦いがどういう決着を迎えるのか、歴史的事実をどこまで取り込むのか――。興味を覚えたら、各話を辿るしかない。文体もしっかりしていて読みやすいですよー。