雄大なる自然で営まれる素朴な民の生活の破壊と緩やかな再生に息を呑む

厳しくも優しい森に抱かれながら、青年ビーヴァは穏やかに生きていた。氏族の王と、乳兄妹である王の娘ラナと、頼もしい母タミラと、仲間たちと。ビーヴァはある日親を熊に殺された一匹の白い仔狼を拾います。
一見偶然であるような出会いは、実は必然であった。セイモアと名付けられた狼とビーヴァを巡り合わせた原因が明らかになるとき、森の民の穏やかな生活は一度崩壊します。南にある国からの使者として訪れた青年マシゥとビーヴァが築いた友情も。
物語の舞台であるシベリアの自然が雄大で美しいだけ、南からの開拓民の暴虐の凄惨さが際立ちます。目を覆いたくなるほどです。けれども自然の美しさと人間の行いの醜さは表裏一体で、一方があるからこそ一方が引き立つ。まるで光と影のよう。
物語の終わりは完全なハッピーエンドではない。喪われたものは戻らない。けれどもビーヴァとマシゥが属する民族や風習の違いを越えて親友となったように、森の民たちは痛みを乗り越えて再生へと向かってゆく……。
全てを読み終え、序章を読み返すと、白い狼に語りかける娘の言葉は一度目とはまた違った意味を持ってあなたの胸に迫ってくるはずです。

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