きっと忘れられない旅になる
- ★★★ Excellent!!!
およそ時代小説という枠組みでさえ、ほとんど描かれることのない新石器時代が舞台の本作。そこでは未だ神秘の樹林に暮らすヒトと、不毛の荒野に文明の道を切り開く人の対立があった。
圧倒的な筆致で描かれるあるがままの自然の姿は、野蛮な闘争を繰り返す文明の歴史という呪われた営みの根本を問う。そこには正邪善悪や美醜はなく、正しき神と教義という幻想も決して手を伸ばすこともない。
『神(テティ)はただ在るのであり、人のためだけの神などいない』
この言葉こそまさしく無為自然を生きる森の民と、本作が提示する『無謬の正義、絶対の神』という世界を今なお蝕む呪いへのアンチテーゼであると私は考える。
あるべき姿、正しい姿など存在しない。人もモノも、ただ在るがままに在るだけなのだ──雄大で残酷なシベリアの樹林は、傲慢の落とし子たる人をそう導いているように感じられるのだ。
森羅万象には魂が宿り、それらへの知恵と敬意こそがヒトという獣に生きる資格を与える。そしてそれを忘れた時、ヒトは神に見捨てられる……そうした人間中心主義がもたらす災厄への警句を、文学という媒体に落とし込む。まさに常人には真似られぬ、不世出の才人の為せる離れ業である。
御託はここまで。本作がもたらす残酷で美しい世界への旅路は、きっと忘れられない旅になることだろう。