その王は美しいがゆえに敗北する
- ★★★ Excellent!!!
十六世紀初頭、現在のイランの王《シャー》であったイスマーイール1世。救世主を自称する彼は、邪悪なほど美しい王だった。父の死のためにわずか十歳で王となった彼は、無敗を誇っていた。オスマン朝最高の軍事的手腕を持つとも讃えられる一方で、その冷酷さを恐れられたスルタン・セリム1世とチャルディラーンで見えるまでは。
容貌のみならず心も並外れて高潔で美しい王イスマーイール。救世主に相応しい美を己に律したがために敗北した彼と、その腹心の部下であり友人である騎士タフマースブ。そしてタフマースブの妹であり、イスマーイールの妃であるタジルー。そして「敵」であるオスマンの王子スレイマン(後の大帝です!)……。それぞれに魅力的な人物の想いが、運命が糸となって織り成されるのは、静謐で美しい結末です。
羅針盤は北を指さない。全てはこの秀逸なタイトルが示しています。しかし、物語が終焉を迎えてさえ、一瞬でもいいから針が北を向いてくれていたら……と願ってしまう。イスマーイール1世の時代から約五百年が経ち、全ては遅すぎると分かっていてもなお。これぞまさに、優れた歴史小説のみが成せる技です。