高潔な精神に惹かれ合う若者達の、心を揺さぶられる人間ドラマ

羅針盤――本作ににおいてこの言葉は、実際のコンパスではなく、人の心の、そして、“北”は、物語の主人公であるサファヴィー朝の建国者、イスマーイール1世の暗喩に用いられている。

イスマーイールの美しく高潔な容姿とその精神に、周囲の人間はまるで羅針盤が北を示すかのように跪いてきた。
しかし、オスマン軍との決戦において、オスマン軍の羅針盤は“北”を示さなかった。
その挫折の一戦とその後の彼の転落を描いた短編だが、戦記物かという先入観は数話読み進めるうちに払拭され、崇高で濃密な人間ドラマであることに気づく。

敗戦が濃厚となった場面で交わされる、親友タフマースブとのやり取り。
命を賭す戦場でのやりとりだからこそ描ける、登場人物達の研ぎ澄まされた人品。
そして、タフマースブとの離別後、敵将スレイマンの登場で更に紐解かれる親友の決意。
この辺りの件(くだり)からはもう、ラストまで目頭が熱くなりっ放しだった。

ラスト、イスマーイール自身を羅針盤に例えることで作品の主題に再びスポットを当てるタイトル回収もお見事。
詩のように美しい地の文と感動的な台詞の数々で紡がれる珠玉の歴史短編!

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