戦いを美しく気高くしてはならない

「な、なんだこりゃ」

 開口一番、カガミが間抜けな声を出してしまった。

 LDロッカーで待っていたのは、変わり果てた姿のデュビアス・ソウルだったからだ。


「何って、偽装だよ。偽装。これならどこからどう見ても、ならず者のレイダーって感じでしょ」

 リリナが工具を弄びながらカガミに応える。

 デュビアス・ソウルのその外見は、パイプやら鉄板やら、ごちゃごちゃと装甲に取りつけてあって、歪というより、粗悪な印象が表にあふれ出ていた。

 ふと、隣のラタトスクやインフェルノ・シャウトを見ても、矢張り不格好なジャンクを積み重ねた『ありあわせ』で作った感が出ている。


「確かに、品性のかけらもない」

 これからヴァコ・ダナのコロニーに襲撃に行くため、ミツバチ隊のLDはその外見をツギハギにして、会社に属していない社会不適合者の着込むLDのように見せかけられているわけだ。

「万一誰かに見られても、盗賊だか山賊だかに誤魔化せた方がもっといいでしょ」

「それはそうだ」

「不格好なのは我慢してよ。寧ろ、そういう雰囲気を楽しんで演じてみたら? ぐへへー、身ぐるみ寄越せ~ミタイな?」

 リリナが面白そうに笑うが、カガミは自分の相棒とも言えるデュビアスの姿を憐れに思うばかりであった。

 トゲトゲしたアーマーパーツに、頭部には何の意味があるのか、ドクロのペイントまで入っている。海賊なのか山賊なのかめちゃくちゃなデザインセンスである。


「今回はビー・ハイヴは使えないから、地下鉄のダンジョンを進んで、敵の拠点に侵入するんでしょ」

「ああ、ドナー・ベビーを回収しやすいしな。貨物メトロを利用する」

「気を付けてね……」

 リリナが心配そうな声を出したので、カガミは大人らしく「心配するな」と彼女の頭をぽんぽんと叩いてやった。


 作戦準備は整った。

 アリのフェロモンで、ミュータントを呼び込む炉心のトラップも制作できたし、コロニーに侵入する経路もインサイダー取引で割れた。

 作戦の都合上、今回は地下から侵攻していく形になる。

 オフェンス兼、おとりのガロッシュ。

 敵の目くらまし要因と、連絡を断つジャミングの役割を担うレツ。

 実験体になっているであろうドナーベビー救出を隊長のタバサが行い、カガミはコロニーに細工をする工作員だ。

 今回の任務はスピードが重要だ。できる限り早く実験コロニーを占拠し、ドナー・ベビーを回収しなくては、異変を察知されたヴァコ・ダナの本社から増援を仕向けられてしまう。そうなればミツバチ隊とはいえ厳しい状況に追い込まれるだろうし、ドナー・ベビーを狙った犯行だと察知されてしまう。


 様々な布石を用意し、最悪の事態に備えておくのは大事な事である。

 このLDの偽装工作のように。

 リリナと会話していたカガミの隣に、ガロッシュがやってきて、やはりLDの外見に戸惑ったような表情を浮かべた。


「隊長と話していたのか?」

「ああ、身体の事を聞かれた」

「不調なのか?」

「いや、問題はどこにもない」


 ガロッシュは作戦前に、タバサに個人的に呼び出されて何やら話し込んでいたようだが、単なる体調確認だったのだろうか。確かに、先日健康診断を行ったばかりだし、隊員の健康状況を知っておくのも悪くないだろうが、そのことを作戦間際に態々訊ねると言うのも疑問なところだ。


「……いいな、これ」

 ガロッシュがインフェルノ・シャウトの無骨な外見に、好感触を示した声を上げたので、リリナとカガミは顔を見合わせてしまった。インフェルノの背部には、無意味に多数の鉄パイプが取りつけてあって大型二輪の改造車のような見た目になっていた。

 こういうのが、好みなのかと――。確かにガロッシュには似合っているとも言えるが、それは二人とも声に出さないでいた。

 ラタトスクは、何かの骨で作られた悪趣味なアクセサリーが色んな所に取りつけてあるし、この姿を見て、誰が企業のスパイだと思うだろうという徹底ぶりが垣間見える。たぶんリリナが当初は偽装を理由に弄っていたんだろうが、最終的には面白くなってあれやこれやと盛りに盛ったのだろう。


 かくして、奇妙な出で立ちとなったミツバチ隊は、地下鉄に乗り込んだ。フェニレクの所有するレール・トラクターで回収物もこの中でなら安全に運べるだろう。ご丁寧に除染装置も完備されている。

 一行は、地下鉄を使い、ヴァコ・ダナのテリトリーの穴を縫ってコロニー付近まで接近できた。

 幻の駅とされていた都市伝説のような棄てられた駅に停車したトラクターから降りた四人は行動を開始する。


 カガミは炉心へ、タバサは研究施設へ、レツはライフラインを潰すため、そしてガロッシュは敵部隊を引き寄せ殲滅するため暴れまわる。さもその姿は獰猛な野獣のように、秩序を知らないレイダーそのものという様子で、だ。


 コロニー内でまず最初に動いたのはレツだ。彼がコロニーのライフラインを潰す事で、周囲への連絡を途絶えさせる役割となるし、現場を混乱させることもできる。

 そして、その混乱に乗じてタバサとカガミはコロニーの重要施設へと移動を開始する。

 その二人が警備隊の注意を引かないように、ガロッシュはコロニーの真っただ中で暴れ回ることになった。

 突如、コロニー内部に出現した大型LDに、コロニーの警備隊が対処に当たったが、ガロッシュのインフェルノ・シャウトの十八番とも言える敵殲滅能力は群がってくる警備隊を次々に高火力で蹴散らしていく。

 混乱する現場が周囲に異常と救援を報せようとするも、レツがジャミングを行ったため、音信不通の状態になった。

 この音信不通の状態に、他のヴァコ・ダナの部署が早急に気が付けばアウトだ。だから、作戦はできるかぎり素早くこなさなくてはならない。


「目撃者は皆殺しだ。悪いね」

 レツは作戦行動中、コロニー内の人間を排除していく。どちらにしても、この実験コロニーで暮らしている人間など慈悲をくれてやるほどの価値もない。

 ラタトスクは拳銃で抵抗してくる係員や住人をナイフで刈り取ってゆく。

 エネルギー供給が遮断され、コロニーは出入り口の扉すらリアクションに応えられなくなり、憐れにも実験施設の人間は閉じ込められる状況となった。


「こちらカガミ、炉心にトラップを設置。ガロッシュと合流するぞ」

 カガミは早々に自分の任務をこなしたため、最も厳しい矢面に立っているガロッシュの援護に向かう事にした。

 ガロッシュは単身、コロニー内部の市街地で警備員と戦闘を繰り広げていたが、並みいる警備員の中から、一人際立った能力を持つLDが発見できた。


「ガロッシュ、無事か?」

「ああ、だがアイツは手ごわいぞ」

 データを確認すると、ヴァコ・ダナのランカーLDであることが分かった。


「ランカーLD『テールズ』を確認」

 ミラが分析結果を報せる。相手のLDはヴァコ・ダナの中でも実力者として有名なランキングに名を連ねている『テールズ』のようだ。その装備者はシモーヌと言う女性だった。

 タバサのスティンガーに似てスピード型にアセンされたLDはまるで忍者のように、縦横無尽にコロニー内の建物を軽々と飛び越える機動性がある。色は黄土色に染められていてジャンプのために使用するジェットノズルが腰から伸びている。その外見が尻尾のように見える事から命名されたのだろうか。

 ジャンプ力もあり、脚部にスキルがあるらしく、なんと壁に張り付く事すらできる。武装はアサルトライフルを主武装にしているため、ガロッシュには難敵とも思えた。


「ガロッシュ、テールズはオレが相手をする。お前は警備隊をやれ」

「よし、オレはチャーリーに移動しつつ殲滅していく」

 インフェルノ・シャウトが移動する素振りを見せたのでテールズが大きくジャンプをして、上を取って逃すまいとしたが、背後からデュビアス・ソウルが飛び掛かって来た事で、テールズは反転し、ガロッシュを見逃してしまう形になった。


「賊風情が、私に敵うと思うのか!」

 デュビアスとテールズがぶつかり合った拍子に相手の声が接触回線で伝わって来た。

 その声は矢張り女性のもので、情報通りシモーヌという装備者で間違いないだろう。


「ヴァコ・ダナも堕ちたなッ!」

 デュビアス・ソウルの装備するヤキトリが火を噴いてテールズに襲い掛かるが、テールズがデュビアス・ソウルの腕を押さえ、剣先をそらす。

 そのままもつれ合い、二体は地に落下する。

「こんなところに何の目的でッ」

「皆殺しだよ!」

「サイコパスが!」

 カガミはリリナに言われたからというのもあるのかもしれないが、悪役ぶって言って見せるとテールズの蹴りが腹部に突き刺さり、デュビアスはよろめきながら後方に離れた。

 しかし、カガミの中でまったくもって全てが演技というわけではなかった。彼もやはり、過去の因縁からくる復讐心が、このヴァコ・ダナの実験に携わった者に殺意を抱かせるのだ。


 両者は距離が離れた事で互いに身を隠し、攻撃の機会をうかがった。壁をカバーに牽制射撃を撃ち込むカガミだったが、リロードの隙を突いてテールズが物陰から飛び出す。カガミは挙動予測からエイムを合わせようとしたが、テールズはジェットを吹かすと建物の上部の壁に張り付いてアサルトライフルを構えた。


「スパイディかよッ――」

 ズドドッ、と上から降り注ぐアサルトライフルを間一髪で回避したが、カガミの狙いはブレてしまい、イニシアチブを奪われる形になった。

 テールズはそのまま壁走りをしてデュビアスに向かってくる。奇妙な立体起動に、カガミは予測がつかめず、アサルトライフルのエイミングが定まらないことにイラだつ。


「動きに惑わされる……。あれを追おうとしてはダメだ……」

 相手の速度に合わせて戦えばたちまち翻弄されて殺されるだろう。対等の土俵で戦おうとしてはならない。相手を貶める手立てが必要だ。

「フラッシュ・グレネードを使う」

「遮光カメラ始動。ポケット解放」

 デュビアス・ソウルの映し出すカメラにフィルターが入る。閃光弾で相手の目を潰し、動きを止める作戦だ。ヤキトリはバックパックにかけなおし、腰のグレネード・ポーチに手を突っ込むと、そこには閃光グレネードが二発収められている。

 それを手に取り、カガミは銃撃を行う。そして、リロードが必要な弾数を撃ち込んだ直後、飛び出して来たテールズにグレネードを投擲する。


 ズガンッ、と短い破裂音ののち、グレネードから凄まじい閃光が広がった。まともに見ていれば目を潰されるため、こちらを見失うはずだ。

 しかし、テールズは閃光をまともに受けたというのに、物おじせず、デュビアスに対して反撃の射撃を撃ち込んでくるのだった。


「ウグッ」

「右半身に直撃。腕から肩にダメージ」

 カガミはすぐさま撤退し、もう一度身を隠す。だが、テールズは確実にこちらを仕留めようと追ってくる。


(閃光対策していたか……)

「くそ……最初の攻撃の不意打ちでキッチリ仕留める相手だったな」

 ガロッシュに気を取られていた相手の背後から接触できたあのタイミングで一刺し入れるべきだったのだ。だがそれは失敗に終わった。

「実力伯仲と判断。地形を利用することを提案」

「ここは相手のコロニーだぞ、地の利はあっちにあるだろう。何か別の対策で……!」

 だが、テールズは素早くデュビアスを捕らえて三角跳びのように壁伝いに飛び回っては襲い掛かってくる。あの立体挙動をどうにか封じなくてはこちらは分が悪い。


「ミラ、あいつの動きをトレースできないか」

「出来ますが、データ解析に数十分、反映、シュミレートに更に十分頂きます」

「それは悠長だ!」

「ですが、ある一点においては百パーセントの結論が出ています」

「何?」

「テールズは、AからBに飛び跳ねるのです。AからCにも移動可能です。AからZも可能でしょう」

「……だから!? ……!! そうか!」


 テールズからの銃撃が襲い掛かってくる。どうにか逃げの一手で回避はできているが、このままではジリ貧であることに違いないしこの作戦は時間との勝負だ。一刻も早く敵を排除しなくてはならない。多少荒っぽくとも。

 ミラの回りくどい説明だったが、カガミにはそれで十分だった。テールズを押さえる上で、確実な道筋があることに気が付いた。


 テールズもそろそろ止めを刺さなくてはと焦っていた。入り込んだ巨大なLDのほうも排除しなくてはならないからだ。こんな一匹のネズミに手間取っているわけにはいかない。

 テールズが壁を足場に、もう一度忍者のように高速で飛ぶ――。が――。


「うおおおっ」

 カガミが猛ると、突撃を掛けた。それは、テールズに向かって、ではなく、テールズがいた足場に向かって、である。

 支点Aからジャンプするテールズは立体起動で次の着地点B~Zまで自在に移動できる。たった一つの点を除いて。


 テールズは自分に突っ込む様にして無防備に姿を現したデュビアス・ソウルにアサルトライフルを撃ち込んだ。だが、すれ違うように自らの脇を追い抜いて行ったため、そのヒットは浅かった。

 デュビアス・ソウルはテールズが支点にした足場Aに飛び出したのだ。

 AからAへは移動しない。それだけは絶対だった。

 そして、デュビアスのバックパックから推進力を噴射させると強引に姿勢を回転させて、テールズのバックを取ったのである。


「空中戦は、デュビアスもできるッ!」

 見様見真似の動きだったが、空中アクロバットをデュビアスも行った。まずいと思ったテールズは慌てて振り向き直るため、身体をひねるが、その特徴的なテールノズルが小回りを潰していた。


「五感最大!」

 敵の動きをスローモーションで捕らえるカガミは、自分の目にはゆっくりとコマ送りのように身をひねろうとするテールズの姿が映し出されていた。

 カガミが狙うのはたった一点、その尻尾だ。


「ッ」


 アサルトライフルが火を噴くと、テールズの巨大な尻尾のように見えるノズルに直撃した。

 ボシュウッ――!!

 すると、ガスが漏れるような音と共に、尻尾から高熱の火炎が噴きあがる。


「アッ、ひ――」


 跳躍力を得るために装備していたプロペラントタンクに穴が空き、火薬が火をつけた。

 まるで踊る様にテールズがぐりんと回った。慌ててジェットをパージしようともがいたのだろう。だが、引火したジェットは装備者の短い悲鳴をかき消して大爆発を起こした。


 ズボォアッ――!!

 刹那、テールズの下半身が無くなっていた。どごん、と鈍い音を立てて地面に堕ちたのは彼女の上半身だけだった。下半身は千切れて飛び散ったので、どれが右足なのか左足なのか、もう分からない。


「ぎっ、ひっ――ひゅッ――」


 上半身だけで転がったテールズの装備者シモーヌの喉から言葉になっていない呼吸が漏れ出ていた。まだ息があるようだったが、時間の問題だろう。

 カガミはシモーヌの傍までゆっくりと接近し、腹部から下のない身体で腕で這いずる様に逃げようとしている敵を見下ろした。


「ヴァコ・ダナが何をやっているのか、分かっていてここの防衛隊をやっていたのか?」

「げ、げぶっ」

 カガミは息も絶え絶えなシモーヌに訊ねたが、帰って来たのは断末魔だけだった。もうピクリとも動かなくなってシモーヌは死んだ。

 爆音が激しかったため、他の防衛隊が駆け付けてきたが、カガミはもうその隊員に苦戦などはしなかった。

 処理をしていくばかりとなったコロニー内は至る所から火の手が上がり始める。地下コロニーという鉄の箱庭の中で火の手が上がれば、住人はあぶり殺しになるばかりだ。


 そんなのは惨たらしい。なるべく楽に死なせてやろうと、カガミはコロニー内の人間を一人づつ確実に殺害して回った。男も女も、無関係に、このコロニーは浄化されなくてはならない。生存を許されるのはドナー・ベビーのみ。

 正義のヒーローの戦いではないが、元々そんな安っぽさは微塵もない世の中だ。死ぬのは、正しさだとか悪だとかとは無関係のことで、いい奴だろうが、悪人だろうが、理不尽に死ぬのが荒廃世界の掟である。


「隊長は、どうしたんだろう」

 そんな事を考えながら、武器を持っていない研究者らしい白衣をヤキトリで突き刺したデュビアス・ソウルは生存者を捜してプラスミドの臭いを追うのだった――。

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