疑念

 現在荒廃世界において、企業間戦争は至る所で行われ、それぞれの企業体がしのぎを削っている。各地域に排他的経済ラインを敷き、己の統治するエリアにコロニーや工場などを建設し、世は戦国時代に近しいものとなっているのだ。

 そんな中、ヴァコ・ダナはかなりの地域を占有した大企業であるが、その急速に広がりだした経済ラインを保つのが難しくなってきていた。

 国土が広がればそれを管理するだけの資材と人員が必要不可欠であるが、人手不足を合併や吸収という形で補ってきた結果、ヴァコ・ダナは一枚岩とは言えない組織体になっていた。


「これです……シュピーゲル主任」

 新しく手に入った情報は、ヴァコ・ダナの末端企業の人間から得られたものだった。過去、ヴァコムとダナインが合併する以前の同僚だった男から、インサイダー取引でカガミは情報を入手したわけだ。

「もうシュピーゲルでも主任でもない」

 かつての同僚にそう告げながら、受け取ったデータを確認すると、ヴァコ・ダナの実験コロニーの情報と昨今の動きが纏められているのが分かった。


「これが報酬だ」

 カガミが男に金を渡すとかつての仲間は窺うように訊ねてきた。

「主任、これは親切で言いますが……ヴァコ・ダナに喧嘩を売るのは自殺行為ですよ」

「だから、シュピーゲル主任は、『死んだ』だろう」

 もうそんな人物はいない。今いるのはカガミというミツバチ隊の隊員だ。

 カガミが早々に元同僚に別れを告げ、裏取引は終わった。


 実際のところ、真っ向からヴァコ・ダナとやりあえば潰されるだけだろうが、今回はあくまでヴァコ・ダナの実験施設を占拠する事が目的であり、ヴァコ・ダナ全てを相手にする必要性はない。

 そのため、十分な作戦が必要になった。

 ヴァコ・ダナの研究施設を潰し、それでいて足が付かないような作戦を練る必要性がある。


 情報を持ち帰ったカガミの元に、タバサからの連絡が入り、ミツバチ隊に収集がかかった。どうやら、ユグドラシルの研究にまた一つ判明した事実があるようだった。

 重要区画の地下最下層まで降りたミツバチ隊の面々は、ユグドラシルプランの研究者からユグドラシルの『寄生』の情報を手渡された。


「イカに寄生していた菌類から、ユグドラシル……つまり、新世代植物には、別の生物を乗っ取ることが出来る事実が判明したわけだが……、それに伴いサンクチュアリにミュータントが定期的に集まってくる理由に思いついたものがある」

 サンクチュアリには、以前モグラのミュータントが集団で襲撃があった。なぜかサンクチュアリにはミュータントが寄ってくるという、その理由が判明したというのだろう。

「ユグドラシルに寄生されると、ユグドラシルが生きるため、宿主は寄生体に利用されることになる。養分を吸われながら、時には敵対者と戦い、時には更なる養分を集めるために仲間を誘導する」

「誘導?」


 レツが訊ねると、研究員がとあるデータをモニタに表示させた。

 それは気味の悪い線虫で、細長い針金のようにも見えた。


「ハリガネムシという寄生虫だ。これに寄生された生物は、水辺に誘導されることになる。水に近づくと、宿主の身体から這い出て水の中に入り、産卵するのだ」

「うげえ……気色ワルッ」

 モニタの映像には『ハリガネムシ』に寄生されたカマキリが映し出され、ちょっとしたグロテスクムービーにレツが悲鳴をあげる。


「ユグドラシルも似た働きをするということか」

「サンクチュアリに一輪だけ生えたユグドラシルではあったが、あの地にはまだドナーベビーの肥料が残っているんだろう。ドナーベビーがユグドラシルの種の役割をしているのなら、あのサンクチュアリには、寄生体が今も蠢いているのかもしれない」

 研究員がそう意見を述べたが、意外なところから否定の声が上がった。


「いや、違うな」

 その野太い声はガロッシュだった。こういった場面で誰よりも口数が少ない男から出た言葉は、周囲の目を丸くさせた。


「違う、とは?」

「モグラ共の死骸から、寄生体は見つかってないんだろう?」

「ああ、そうだが……」

「だったら、ハリガネムシの例とは異なる。ミュータントどもは、寄生されていない己の意思で、サンクチュアリを目指していたんだ」

「だが、サンクチュアリの胞子だか、寄生体だかが、獲物を求めてフェロモンでも撒いた可能性はある。食虫植物などが行う手口だ」

 研究員がガロッシュの意見に更に意義を重ねた。

 だが、妙なくらいに饒舌に大柄なガロッシュが、研究者の意見に異議を唱えるので、カガミも珍しくなって、ガロッシュに問いかけた。


「だったら、ダンナはどうだって感じてるんだ?」

「ユグドラシルは、地球環境を復興させるための大切な植物だ。それを動物の本能で、やつらも分かっているンじゃないのか」

「な、なに?」

 思いがけない意見だった。ユグドラシルに首ったけのガロッシュならではの論法のようにも思えて、カガミは少しばかり眉をひそめた。それはタバサもレツも同様だった。しかし、ガロッシュはそのまま真面目な顔でつづけた。本心で、そう語っているのだろう。

「ミュータント達は、自分の意思でユグドラシルを守るため、サンクチュアリを目指していたんじゃないか。人が聖地を荒らさぬようにと」

「なら……奴らから見ればサンクチュアリに壁を作って防衛している人間、つまり俺達が植物を殺そうとしているように見えているってことか?」

「事実、地球を荒廃させたのは過去の人類だ。ならば、他の動物から見れば、再度地球が蘇ろうと花を咲かせたものを、ヒトという悪魔から守りたいと動くのは分かる話だ。事実、ミュータントはヒトに襲い掛かってくるが、ミュータント同士で殺しあったりはしない」


 研究員はまだガロッシュの妄信とも取れる意見に、否定的な顔をしていたが、ふと、手元の紙媒体の資料を手に取って、何かを確認したあと、もう一度ガロッシュに向き合って、様子を確認した。

 そののち、研究者は「なるほど。その通りかもしれん」と意見を改めたのだ。

 あまりにもあっさりとガロッシュの言葉に頷いたので、タバサがまさかという反応を取ってしまった。

 彼女からすれば、ヒトが地球を汚染する悪魔であるという意見は、好みではなかったからだ。


「もし、その意見が正しかったとして、ヴァコ・ダナは例の実験薬品を取り扱う上で、相当ミュータントに襲撃されている可能性があるんじゃないのか」

「ヴァコ・ダナが……現在、広がる戦域をカバー仕切っていないのは、ミュータントに悩まされているからです」

 タバサの言葉に、カガミがインサイダー取引で入手した情報をもとに発言した。

「そのため、前回、奴らの排他的経済水域に、我らが侵入しても連中は部隊を寄越さなかった。大きく広がり過ぎた母体が鈍重になっているというだけではないんです」

「……なら、それは使えるんじゃねー?」

 今度はレツが口を開いた。


「ミュータントが、しょっちゅうヴァコ・ダナを襲撃しているってんなら、コロニーの襲撃もミュータントの仕業に見せかければ、オレたちの作戦が行いやすいだろ」

「……ミュータントの仕業に見せかける……。何かアイディアがあるか?」

「以前、オレはコロニーにアリが入り込んできた事件を担当した事があります。あれは……使えるかもしれません」

 ミラに調査させたデータは今も残している。スキャンデータではあったが、アリのフェロモンを利用したトラップだったことは発覚しているし、あれを仕掛けたレベル・ミリオンの情報があれば、もう一度再現させることもできるだろう。

 アリのフェロモンを集める、という一風変わった任務をこなす必要はあるかもしれないが。

 結局、できる事があるならば、実行するべきだという事から、その案が採用されることになった。


 ミツバチ隊は、手近なアリの巣を襲撃し、目標数のアリフェロモンを回収する任務に就くことになるのだった。


 ――そんな任務は特に問題もなくこなす事ができるし、ミツバチ隊は早々に『仕掛け』用の素材集めを終わらせた。

 しかし、隊長であるタバサは一つ気になっていたことがあり、作戦中、どうしてもその事が脳裏を離れなかった。


(――なぜ、あのバイオテックの研究者は、急にガロッシュの意見を飲み込んだのだ……?)


 任務をそつなくこなすガロッシュは、やはり豪快な戦いぶりでインフェルノ・シャウトでアリを屠り倒していた。

 別に、ガロッシュがそういう性格をしているから、あの場で研究員を論破できる意見を出すことが出来ない人物だとは思っていない。彼はユグドラシルに関しては熱意を持っていたし、自身でも勉学し、研究をしている様子だった。


 タバサが気になっているのは、ガロッシュが意見した事ではない。

 ガロッシュの意見に、頷いた研究員の、その時の態度だ。


(――あの時、何かの資料を見て、意見を変えた――。あの資料は……しかし……)


 タバサは研究員が覗き込んでいた紙媒体の資料を、その観察眼で盗み見ていた。

 一体、何の資料だったというのだろう――。


 ――あれはどうみても、『資料』ではなかった。


(あれは――ガロッシュの健康診断の結果だったはずだ――)

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