演習

「ガロッシュ、あのオッサンをあぶり出せよ!」

「応ッ」

 レツはガロッシュに言い伝え、LDラタトスクを後方へと移動させる。ガロッシュ、レツの作戦は前衛であるガロッシュのLD『インフェルノ・シャウト』での弾幕による制圧射撃だ。そこに痺れを切らせて出てきた新入りの頭を『ラタトスク』がスナイプするという動きだ。

 ガロッシュの『インフェルノ・シャウト』はその巨体と武装から無視はできない存在感がある。その機関銃から放たれる銃撃は簡単に抜ける事は出来ないはずだ。

 そして、更にレツはジャミング機能の備わったレドーム・シールドも装備している。これにより、相手はラタトスクを見失うことだろう。

 演習の場として選ばれたこの荒野は、多数の岩場に、崩壊した建物などもあり、身を隠せるポイントは多い。


(出てきやがれオッサン……。華麗なヘッドショットで一撃だ……)

 レツはまず最初の狙撃ポイントとして身体を隠しきれる岩場をカバーにして、レドーム・シールドを展開した。これでジャマーが発生し、カガミのデュビアス・ソウルの索敵能力は殺されるはずだ。相手は目視で敵を捕らえるしか手段がなくなる。

 だが、インフェルノ・シャウトからの弾幕がラタトスクを捜すだけの余裕を与えるわけがない。


「そこだァ!」


 ガロッシュが吠えた。緑のLDがこちらにスプリントをして来たのを見付けたのだ。ガロッシュはすぐさま照準を合わせ、デュビアス・ソウルに機関銃を発射した。

 ドルルルルッ! と重く響く音を響かせ、機関銃が振動すると、弾丸が凄まじきレート速度で発射される。本来は実態弾を発射するためにその反動と衝撃はかなりのものなのだが、現在は演習のための模擬弾だ。弱プラズマ電流が放射され、デュビアスに降りかかっていく。

 デュビアスはスプリントの速度を上げ、自分を横薙ぎに狙い撃ってきたプラズマ機銃の弾丸をかわそうと駆け抜けるが、流石にスプリントだけでは躱し切れずに被弾すると思えた。

 カガミはそのまま近場の岩を見付け、そこに身体を滑り込ませるように隠し、インフェルノ・シャウトの弾幕から逃れた。しかしガロッシュはそこから逃さないと言わんばかりに機関銃をデュビアスの隠れた岩場に向け連射しつつ、ゆっくりとそちらにズンズン、歩を進めた。

 レツはその様をスナイパー・ライフルのスコープから覗き、デュビアス・ソウルの隠れた岩場に照準を合わせていた。あとほんの少し、こちら側に身体を動かせば射線に入り、デュビアス・ソウルに直撃を与える事もできる。


(逃げろ……、ガロッシュの弾幕から動け……その瞬間、撃ちぬく)

 しかし、デュビアス・ソウルは岩場からまだ動かず、その場からアサルトライフルをカバーから出し、乱射させた。その弾丸はインフェルノ・シャウトの装甲をかすめるも、致命的なダメージとはならず、ガロッシュはそのままカガミの射撃を物ともせずに機関銃を前に出して、ずしん、ずしんと踏み込んでいく。


「いつまで隠れている!」

「騒がしい奴だな」


 その時、カガミが動きを見せ、レツの視界内に身体を晒した。その一瞬ではあったが、レツは引き金を引いた。その距離千二百メートル――。


 ヴィッ――!!

 カガミの隠れている岩を、スナイパーの模擬弾が貫いた。レツの撃った弾は外れたのだ。


「ちッ」


 レツは思わず舌打ちをする。直撃すると思っていたのに、模擬弾が通常の弾丸よりも軽かったためだろうか、予測よりも上に着弾してしまったのだ。

 レツはその場から移動し、ミスした弾丸起動を修正し、次こそはと再度照準を構える。


「ジャマー発生、プラスミドを検知できません。障害が発生」

 ミラが状況を報告するが、カガミはそんな事は言われる必要もないとプラスミド反応での索敵をあきらめていた。


「ミラ、相手のプラスミドなんか気にするな。オレの事だけ見てろ!」

「口説いているのですか?」

「全身敏感にしてるんだぞ!」


 神経とつながるLDは感覚を鋭敏にデータとして認識できる。LD装備時、人体のプラスミドが活性化し、ヒトは通常時よりもその五感をより強く高める事が出来る。それは集中力を必要とし、優れた格闘家が相手の動きがスローモーションになって見えるような状況を、意識的に発生させることが可能なのだ。

 カガミは今、まさにその神経を集中させ、己の五感を高めていた。

 アドレナリンの味が舌に感じられそうなほどの鋭敏な神経強化は、時と場合では諸刃の剣ともなる。感覚が鋭敏になるということは、刺激も強化されるため、この状況で痛烈な一撃を貰えば痛みは数倍になって襲い掛かってくるのだ。


 しかし、カガミはその反撃の一撃を恐れることなく、感覚を研ぎ澄ませた状態で、デュビアス・ソウルを岩場から駆け出させた。

 目にもとまらぬスピード、と表現するべきその動きに、レツはスコープの狙いからデュビアスが一瞬で消えた事に驚愕した。

「は、早いっ」

 ガロッシュも同様にその速度と、まさかこの状況で岩場から駆け出すとは思っていなかったので、その意表を突く動きに、機関銃がブレてしまい、発射された機関砲の弾は地面をえぐっていた。


「逃がすか!」

「そこッ」


 デュビアス・ソウルの動きが速かった。インフェルノ・シャウトが機関銃の照準をもう一度カガミに向けようとしたのだが、驚異的な速さで旋回し、ガロッシュの背後を取ろうとする動きに、大きな銃身を構えたままのインフェルノ・シャウトでは旋回スピードに差が生まれた。デュビアスの軌道をなぞるように、空しく弱電流弾が後を追う。

 そのわずかな隙を狙い、デュビアス・ソウルはアサルト・ライフルを発射した。こちらも、ガロッシュやレツの装備同様に模擬弾だ。

 ダダダ、と短い三点バーストが発射された。それは見事、インフェルノ・シャウトの機関砲の薬莢ベルトに命中していた。この薬莢こそ、火薬弾ではないプラズマ弾の薬莢である。そこに衝撃を与えたところで、ガロッシュへのダメージとはならない。

 ガロッシュはカガミの射撃が大したダメージになっていない事を知り、機関銃を今度こそぶち込んでやるとばかりに、ドズン! と重圧ある踏込で機関銃を支え、外さないように照準ロックさせた。


「もらった! ……はッ!?」


 ガチンッ! とインフェルノ・シャウトの機関銃が嫌な音を立てて止まってしまう。先ほどデュビアス・ソウルの射撃によって受けた衝撃で機関砲の中に納まった薬莢がジャムったのだ。


「エネルギー弾はぁッ!!」

 ガロッシュが気に入らないと猛り、機関銃を投げ捨てた。元々彼は実弾が好みで重量ある武器を取り扱うことに長けていた。模擬戦のためのプラズマ弾のために軽量化されてしまったため、戦闘中の違和感が纏わりついて気に入らなかったのだ。

 使い慣れないプラズマ弾のジャムに苛立ったガロッシュは、バックパックからロケットバズーカを装備させようとデュビアス・ソウルを視界に収めながらも腕を背部に回した。

 だが、デュビアス・ソウルにとってまさに攻め時とも言えたその無防備な重量級に、カガミは一気に接近し、背面をキープするように円運動でかき回す。


「鈍いね、大将!」

「ぬがあッ!」


 デュビアス・ソウルのスピードに追い付けないインフェルノは、カガミの射撃によって脚部にダメージを受けた。左足に弱電流が走り、ガロッシュは怒声を上げる。

 しかし、まだ致命傷判定とは言えないダメージであり、インフェルノの装甲の厚さを思い知らせる。


「固いな、うっ?」


 ビシュンッ!

 デュビアスの足元へ、鋭く突き刺さった射撃にカガミはデュビアス・ソウルの軌道を変更させた。レツの狙撃が撃ち込まれたのだ。レツは直撃をさせるつもりの射撃だったが、高速で動くデュビアスに、ラタトスクのスナイプはまたもミスとなった。


「チョロチョロと!」

 レツは歯噛みをして、次弾の装填を行いつつ、デュビアス・ソウルの動きを追う。歪な軌道に切り替わったデュビアスの動きにいよいよ予測が難しくなり、どうにかカガミの動きを限定させる必要があると考えた。


 ガァン! とインフェルノからバズーカが発射される。威力はあれど、弾速は早くない。カガミはその射線から身体を左右に振り攻撃を回避してみせると、アサルトライフルのセミオート射撃で巨大なLDに射撃を浴びせる。


「効かん、効かん!」

 ガロッシュはデュビアスからのダメージを物ともせず、弁慶のように銃撃に対して仁王立ちを取り、脇に抱えるように装備しているロケットバズーカの銃口をデュビアス・ソウルに向け続けた。

「凄まじい装甲だ……アセンブルコンセプトがハッキリしてる。だから対策も取りやすい!」

 刹那、デュビアス・ソウルが跳んだ。


「な、なにッ、ジャンプ!」

 デュビアス・ソウルのバックパック装備はスラスターがあり、それにより長距離ジャンプを実現できる。

 圧倒的な火力と勢いを持つ、インフェルノだったが、不意を突いた自分の頭上を跳び越すような動きに、サイトが追い付かず、あっという間にデュビアスを見失ってしまう。

 デュビアスは六メートルを超えるジャンピングでもって、インフェルノの頭上から銃弾の雨を降り注ぐ。


 ダダダッ、ダダダッ!

 表面や背部からの銃撃には固い防御を誇っていたインフェルノだったが、頭部は急所でもある。いかに頭部装甲を固めようと、人が着込んでいる以上、頭部への攻撃は視界と脳を揺さぶる。まして、今回は電流刺激が発生するプラズマ弾であれば、それは十分にクリティカルヒットを与えることになるのだ。


「うぐっ……」

 インフェルノ・シャウトの動きが止まり、どずん、と膝を落としてしまう。プラズマ電流のレベルが疑似的に致命傷レベルで発生した事を示し、ガロッシュに電流を与え、リタイアを示した。


「ガロッシュがやられた! だがッ、もらうッ!」

 レツはその様をスコープ越しに見ていた。インフェルノ・シャウトは沈黙したが、ガロッシュがカガミを引き付けたおかげで、最大の隙を作ることができた。デュビアスは高く跳んだが、それはすなわち着地する事も予測させる。

 LDは重量があるため、ジャンプをした後の着地に大きな隙が生まれてしまうのだ。そここそ、狙撃のチャンスと言えた。


「オッサン、オレの勝ちだ!」

「いいや」

「!!」


 レツがまさにその引き金をデュビアスに向けて引く直前だった。

 レツのラタトスクの背後から声が響いた。

 そこには白と黒のゼブラ迷彩のLD『スティンガー』がパイルバンカーを突き出した姿で佇んでいたのだ。


「た、隊長……」

「チェックだな、レツ」

「ま、参った」


 タバサのパイルバンカーがラタトスクの背を軽く小突き、演習訓練の決着が着いたのだった――。


 ――演習訓練を終え、ミツバチ隊は再びフェニレクのLDロッカーに戻って来た。

 LDを脱いだ一同はドリンクを片手に感想戦を行っていた。


「ち、オレは別にオッサンに負けたわけじゃないぜ」

 レツが悔し気にそう言うが、タバサはそれを窘めた。

「いいや、これはチーム戦だ。チームで敗北したお前は、カガミに負けたということだ」

「お、オレは隊長にやられたんだよ!」

「いいや」


 タバサは首を横に振る。


「今回の作戦、全てカガミの発案だった。私は今回、何も指示していなかった。カガミの言う通りに動いただけだ」

「なに?」

 ガロッシュもぴくりと反応し、カガミを見てきた。タバサもレツも、その視線がカガミに向けられて、カガミは口を開かざるを得ないなとストローから口を離す。


「……オレは補充要因だったんだろ、オレの前にはスナイパーの娘がいたと聞いた」

「だから、なんだよ」

「部隊での作戦において、スナイパーだけがやられたという状況はつまり、裏取りをされたって事だろ」

「……」

 スナイパーは部隊の後方に配置されるものだ。それが先にやられたというのであれば敵襲が後方から現れたという事になる。特にスナイパーは相手からすると、かなり忌み嫌われるポジションだ。発見したら、なるべく早く対処しなくてはならない。

 裏取り、つまり、相手部隊の後ろに潜伏移動して素早く攻撃する事が、スナイパー潰しのスタンダードな戦術だ。


「お前らは、オレに拘り過ぎて、隊長の事を配慮してなかった。これはチーム戦だぜ」

「……そうだ。そして、ミナミがやられた事は私自身の経験の無さからくるものだった。カガミは私に裏取りをさせる事で、前回の作戦においての反省点を実感させてもくれたんだ」


 タバサのスティンガーはかなりの軽量級であり、スピードはこの部隊で一だろう。だからこそ、素早く相手の懐に潜伏し裏取りをするのに適していた。しかも、今回はカガミの力を知りたいと言う心理のため、カガミへの攻撃が集中することも織り込み済みだったということだ。


「我らは若い部隊だ。カガミの知識と経験は必ず役立つだろう」

 作戦を展開するうえで、重要な事を理解しておく必要があるのは当然のことだ。だが、言うのは簡単だ、理解もできるが、実践に活かすにはどうしても経験が必要になる。

 カガミは、スナイパーを狙うための手段をタバサに教示することで、前回の失敗に対する予防策を身をもって伝えたのだ。


「……ち、分かったよ。でもジャマーを張ってる状況で狙撃位置をよく特定できたな」

「最初からプラスミド反応に頼るつもりがなかったからな。お前ら若い世代は、プラスミドに頼りすぎな部分もある。自分自身の感性を磨いて反応しろ」

 LDには様々な機能があるが、それはどれも人体のプラスミドを利用して使用される。カガミは今回、それを頼らない、マニュアルの戦闘技術を見せて年長者としての威厳というのを示してやったのである。

「感性だと?」

 ガロッシュが低い声を少しばかり高くして疑問の声を上げる。

「耳で聞き取ったらしい」


 カガミは今回、完全にLDの機能の一部のプラスミド索敵を無視して、自分の感性を鋭敏にさせることに集中させた。その結果、わずかな音を聞き分けたのだ。

 それはレツの射撃がどこから跳んでくるのかを割り出すために使われたのだと言う。


「オレとやりあいながら、レツの銃声に耳を傾けていたというのか」

 ガロッシュも流石に目を丸くした。

「耳から聞こえる音は、かなり重要だ。アナログも捨てたもんじゃない」

 簡単そうに言ったカガミだが、ガロッシュの弾幕の中、レツの放った銃声を聞き分けたというのは、カガミが並みの能力ではない事を知らせるには十分なものだった。

 この演習で、カガミに対する評価はしっかりと見直された事だろう。

 カガミはとりあえず、自分が単なるオッサンではないと証明できたことに満足し、ドリンクを飲み干すのだった。

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